第38四半期「対峙」
走りながらカイトはいった。
あの自販機は、罠なんだ。この会社には罠が多すぎる。
前に売店で同僚がカロリーメイトを買ったところそのカロリーがなんと十万キロカロリーで、一発で巨漢化してスーツがはちきれて全裸になって公然わいせつ罪でつかまった。
また仮眠室には何台も酸素カプセルがならんでいるのだがうち一台は窒素カプセルになっている。このことがなにを意味しているのかは、もちろん、わかるだろう。
「――なんでまた、そんなことに」
ジョオはなかば呆れ、なかば本気の疑問としてつぶやいた。
カイトはいった。
「それが会社なりの愛というものなんだろう」
「そんなもんかね」
こいつそのなかで生きぬいてきたんだな。
「たいへんだねえ、会社員生活ってのは」
カイトはそれにはなにもこたえなかった。
ふたりの目指す場所は一致していた。人事部だ。
もちろんカイトが前をいく。道がわかれてもためらう様子もない。ためらいが、社屋を増長させることをもう身にしみて思い知らされてきているからだった。
そうしていざ目的の部屋の看板の、その文字がはっきりとみえてきたときカイトの足どりはますます勇ましく、ほとんど威圧的なほどに力づよくなり、いっぽうジョオはあれがいますぐ出口に変わったら、そしたらどんなにいいだろうといのりはじめていた。
部屋にはいるとダイクがヒョウガの残党に銃口をむけている。
カルロスが白衣の男に撃たれそうになっている。
「待て!」
「待ってください!」
しかし引き金はひかれた。
心臓をたしかにぶちぬかれたカルロスは死んだわけではない。ただ死んだような無気力状態におちいったのだ。
「なぜなら」
ジョオに抱きおこされるニート状態のその人物を冷徹に見おろしながらダイクはいった。
「かれに手をくだすのはおれではないのだからね」
「ダイクさん」
カイトは縋りつきたさをどうにか抑制しながらいった。
「それは冥王星人のことでしょう。――もう、やめにしませんか」
「カイトか」
なんで、そんなに、つめたい声でぼくを呼ぶ!
「あがりはどうした? 賭けごとには飽きたのか?」
「……楽しませてもらいましたよ」
「そうか。……お前もくわわるか? プロジェクトの執行部に。なにも賭すことのなくなった人生は長すぎるだろう」
兄さんから連絡がきました。いいやそのことはいわないほうがいい。
「あなたは誤解している」
「そうか?」
ダイクはこちらを見向きもせずにつぶやいた。
「そうかもしれないな。たしかに、……そうなのかもしれない」
「なにかを賭すということは、あなたの考えているようなことじゃない」
「おれの考え……ね」
ダイクは銃をおさめた。
「それじゃあいったい、どういうことなんだ? 教えてくれよ、カイト。まさにそのことがわからなくて、おれはこんな愚行をくりかえしているのだから」
「……ぼくにだって、わかりませんよ」
「ああ」
ダイクはいった。
「おれたち非冥王星人にはね」
「そういう意味じゃない」
「だからこれからご教示ねがおうじゃないか。かれに。そして彼女に」
「彼女?」
「もうじき準備がととのうだろう。いま別室でおこなわれている面接は、まさしく人類史的な意義をもつものだ。よろこべ、カイト。存在承認としての内定だ」
カイトのなかでぐっと怒りがたかまった。
このやろう。これ以上ぼくのダイクさんをだいなしにするな。ぼくのダイクさんをこれ以上おとしめるんじゃねえ。
「もし、かつては理想をなにより重んじ、その理想にともに殉ずる覚悟の仲間たちをもなによりたいせつにしていたひとりの誇りたかい戦士が、その仲間を、どこまでも透明なこころもちで、すこしのうそもごまかしもなく、ただほんとうに自己自身のためだけに射殺できるようになったとしたら、それは、自己実現のひとつの極致といえるんじゃないだろうか?」
ダイクのそのことばに、ジョオははっとした。
「もしかして――」
ちくしょう。またひとつめんどうごとが増えるのか?
「それは――」
「ああ、イシュテア!」
ダイクは懇親会で乾杯の音頭でもとるように両手をふりあげた。
「ねたましい! 彼女はもっとも冥王星人にちかい下等種族となる! おれもすぐにそうなりたい! 負債をかえすのだ! 返済をすますのだ!」
どこだ! ジョオは叫んでいた。そのひとはどこにいる! いえ!
その剣幕にカイトはおどろいた。叫びきってしまったジョオは冷静になって、
――おれの、ばかやろう!
ダイクはジョオをみた。
「見たいか?」
ジョオにはダイクをにらみかえすだけの勇気はもうない。
「貴重な機会を見学したいかい?」
返事を待つまでもなく、ダイクはボタンを押し、奥の壁が開き、格子のむこう側のワーキングスペースで、イシュテアと、白い髪の少女とが差しむかいにすわっている。
ダイクがいった。
「業務妨害は、もちろんゆるされない」
ジョオもカイトも両手をあげた。後ろから、マシンガン部の社員らに、商売道具を突きつけられている。
イシュテアは、ニーサの目をみつめている。




