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第37四半期「潜入」

ジョオはつばをぬぐった。


「ナムアミダブツ……」


のこりの「AKURO社」の文字もふくめ、ハンカチでしこしこと磨きぬいた。


ZAKURO社に仇なすものは、なんかやばい死にかたをするらしい。それはかんべんだ。


――とおもっていたら、ちょうど死神然とした黒づくめの、たぶん男性がちかづいてきた。


ふつう黒づくめといったって、目鼻くらいはさらしているものだがこの男はほんとうに顔の下半分を黒いマスクで、上半分を黒頭巾で、目の部分は黒いゴーグルでもののみごとに覆いつくしている。


「へへ……」

へんなところをみられてしまったジョオはごまかし笑いをした。

「ちょいと……掃除を……」


男はそれには取りあわず、アサシン部の社員だと名乗り、ある男を探している、敷地内に潜伏しているはずだ、見かけなかったかといってジョオにA4サイズの手配書をみせた。


ジョオのこたえは、


「――知りません」


男ははじめから期待薄にかんじてはいたようで、かるくうなずくとすぐ、俊敏な身のこなしで二階の窓から社屋にはいっていった。


ジョオはようやく息をした。


写真の男は、カルロスだった!


やつはまだ生きているのか?

















気づけばジョオは、廊下を駆けていた。


ぐねぐねとつくりを変えつづけるこの道が、侵入者をどこへみちびこうとしているのか、誘いだそうとしているのか、それはわからない。


――おれは、なにをやってんだ、まったく。


じぶんがじぶんでぜんぜんわからない。


死にたくなければ帰っておねんねがベストな選択であることにまちがいない。


ってか、すぐにでもそうしたい。


けれどもおれは、走ってる。どこにいるかもわからない、いたところでどうするべきかもわからないむかしの仲間のすがたをさがして、やばい会社に潜りこんでいる。


こわくないなんていったらそれは明確にうそだ。こわすぎる。しかしぜんぜん昂りがないといったら、それもうそになる。おれはいたずらが好きなのだ。


――リョウ。どこにいるんだ。


さっきの受付トラップのかわしかた、お前にみせてやりたかったよ。お前に感心されたかった。


もっとうまいやりかたをお前がひらめけば、おれは、くやしくって難癖つけるだろう――。


どどどとものものしい足音の群れ。こっちにくるのは、騎兵隊部!


ジョオは更衣室のロッカーにかくれた。


やつらの正装はスーツじゃなく甲冑。となれば、この部屋にご縁はないだろう。


――ナイス判断、おれ!


しかしあいつらの捜索対象はたぶんおれじゃなくカルロスなのだ。見つけしだい益々のご活躍をお祈り申し上げるつもりだろう。


――考えろ、ジョオ……。おれがカルロスだとして……。そう……。もし、おれがあいつだったら……。どこへ行く? 身をかくすか? それとも……。


月があらわれるようにカルロスのことばがおもいだされてくる。


――おれが死んでも悲しむやつはいない。


やつはそういっていた。


してみると、カルロスは死をおそれない?


死をおそれないやつが、おなじ戦いの最中、死んでいく仲間たちのなかでただひとり生きのこってしまったとしたら……。


くそう、ばかやろう。


すこしでも仲間らの無念をはらそうとするんじゃないだろうか?


そのためにはただやつ自身だけの内定じゃ、とても足りない。


仲間たちの内定。死者たちの内定。弔いのために――。


――そうか! 内定証明書!


死者たちがもう口頭で祝福を言いわたされることがないのなら、せめて書類を、かれらの墓に手向けようと考えるのがしぜんだろう。証明書が保管されているとしたら――やはり人事部!


くそっ、どこだ? どこにある?


ジョオは談話スペースのまんなかでおびただしいほどの岐路に取りかこまれていた。


しかもその岐路のそれぞれが毎秒かたちを変え、さらなる岐路がうまれたりもする。


ついでにそこの自販機のブランドも変わる。伊藤園になったりサントリーになったり目まぐるしい。


ジョオは一本スポドリでも買っておこうとした。


さっき通りすぎてきた部屋は暖房どころか熱房がききすぎで、室温はたぶん七十度ちかくもあった。


ZAKURO社はむろん家電メーカーとしても業界ナンバーワンで、エアコンと電子レンジを兼ねた製品などもある。それは極端なしろものであるにせよ、出口もわからないこんな状況であんな熱波にさらされつづければ渇き死ぬ。


ボタンを押そうとしたジョオは、愕然とした。


「つめた~い」ではなく「つめた~~~~~~~~い」とあるのはおそらく中の製品がものすごくめちゃくちゃなまでのキンキンさであるということ、具体的にいえば持ったとたん凍傷で手がもげるくらいのつめたさであることをあらわしていてしかも価格はぜんぶ時価。


究極の自販機。


そういえばさっき見かけた社食もかけそばが七十万。餓死の懸念がよぎる。


――とんでもねえところに……。


ジョオはがたがたしてきた。


――足を踏みいれちまったみたいだ……!


声がとんできた。


「それに、さわるなッ!」


聞きおぼえのある――とおもっていたら、


「ジョオ!」

「カイト!?」


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