第36四半期「死者たち」
ジョオはしゃべりつづけた。
独りの機内でカメラにむかってしゃべりつづけた。
――だれかが見るかもしれないんだ。
とおもった。もちろん、だれも観ないかもしれない。観たところで、そのひとがドップリの最中であれば記憶にのこりはしないだろう。
地球までしゃべった。
脱出艇は森のなかに置きざりにした。
部屋にもどるとちゃぶだいの電池がきれていた。だれかの名刺が置いてある。
――カイト……?
リョウだ。リョウがもどったにちがいない。リョウがここへきてカイトに連絡をとったのだ。どうしてだかはわからないが。
ジョオは腹がへった。冷蔵庫には切り餅しかない。これってここにいれておく必要のあるものなのだろうか。
出前をとることにした。
待ちながらおもった。よくミステリーで不審死に、「自殺しようと決めているひとが、〇〇なんかするかなあ」みたいな違和感をおぼえる刑事や探偵を見かけるが、おれは、なんでもするだろう。
食って外へでた。それでまた部屋へもどった。テレビをつけて、消した。
二十分後、ようやくカイトに電話する。
つながった。
「……あ、もしもし。おれだけど。ジョオだけど……」
カイトの第一声。
――……普通詐欺か?
大むかし、特殊詐欺と括られていたようなたぐいの犯罪は、あまりによく起こるので、普通詐欺と改称されたのだ。それはそれとして、
「いやいや。本人だよ。ふつうに。……うん。ひさしぶり。リョウから電話あったろ?」
――リョウ? ……いいや?
「え? でも、お前の名刺……」
カイトは覚えがないといった。
じっさいに覚えはないのだ。
とりあえず、会って話そうということになった。切る直前にカイトはきいた、
――お前、へんなメッセージ送ってないよな?
ジョオはいった。
「いいや?」
その三十分後、ZAKURO社ビル前でふたりは会った。
「……なんで、こんな場所で」
というのが、ジョオにしてみれば正直なかんじかただった。
――おれはヒョウガじゃない。ヒョウガのジョオじゃない。ここで死んでいったのは同胞なんかじゃない。
カイトはだまってビルを見あげている。
ドアが開き、ふたりは石材看板のかげに身をひそめた。
たくさんの、白い不採用通知にくるまれたなにかが担架で運びだされてきた。それをみてカイトは気まずそうに頭を垂れた。ジョオは棒立ちだった。
しばらくしてカイトはいった。ぼくはなかに話をつけなければならないひとがいる。
「ああ」と、ジョオ。
生きてもどれるかわからない。
「ああ」と、ジョオ。
カイトはすこし考えてから、問いかけた。
大むかしも大むかし、風車につっこんだ自称騎士がいた。
そのひとのように、もし、人生のある期間おかしなまぼろしに憑かれていたとしたら、そのあいだにも、ぼくはたしかに生きていたことになるのだろうか。
むしろいまこそがまぼろしであって、みじかいその期間こそがほんとうの人生であったと、――いいや、ほんとうの人生なんてものをぼくはまだ一瞬も生きたことがないのだと、なんでいいきれないことがあるだろう?
「ああ」と、ジョオ。
「おい」
カイトはジョオを小突いた。
「まじめに聴いてるのか?」
「すまん」
ジョオはいった。
「ぼうっとしていた」
おれはヒョウガじゃない、とおもった。
おれはヒョウガなんかじゃない。おれには関係ない。関係あるもんか。
おれの知ったこっちゃない、だれが死んだって知ったこっちゃないんだ。
「ジョオ」
カイトは唐突にこんなことをいってきた。
「お前の動画観たよ。途中まで」
んあ? とジョオ。
「ああ、――ありがとう」
「お前、おかしなメッセージ送ってないんだよな」
「だから、なんのことだよ、それ」
「いや……」
「ベータ」のアカウントは削除済みになっていた。
「それをたしかめておきたかった」
「なんだかよくわからんが、――電話でよくねえか……」
そうしたらこんなところに来ないですんだ、あんなものをみないですんだ、おれはヒョウガじゃない。ぜったいにあんなもの関係ないんだ。
「まあ……。そうなんだけど……。先にそっちが電話してきたんだろう」
「リョウからの連絡はないんだな?」
「知らないよ……」
カイトはこころもとなげにつぶやいた。
「ぼくはすくなくとも覚えてない」
カイトはおもった。もっとなつかしい気分になれたらよかったのに。
「なんか」
カイトはいった。
「ぼくたち歳をとったよな」
それがすごく陳腐なことばであることは自覚していた。しかしあることばが陳腐になるのはこれまで宇宙ができてから何度でもいろんな状況でいろんな関係のいろんなひとびとのあいだで、つぶやかれてきたからだろう。
カイトはこのおののきをジョオとわかちあいたかった。それですこしでもこの宇宙とのつながりをかんじておきたかった。
ジョオはいった。
「なんだよ、急に」
お前はそうかもしれないさ。お前はZAKURO社だから。お前には人生が塔かなにかのようにみえているんだろうから。
「はは……」
とカイトはいった。
賭博場の光景があざやかによぎった。
ビルへはいっていくカイトの後ろ姿をみて、最後まで見おくってジョオは、しばらくうごけなくて、涙がでてきた。
――おれは生きのびた。
これまで死なずに生きてきたのがふしぎなくらいだった。
じっさい何度も死んでいるのかもしれない。
おれのこれはもうもとのジョオではなく、いろいろな宇宙のうちもっともましな宇宙のジョオがいま、こうしておれでいるのかもしれない。
おれもヒョウガの一員として死んでいたらどうなっていただろう。顕彰されたろうか。偲ばれたろうか。悼まれたろうか。きれいなすがただけおもいだしてもらえたろうか。
逃げるのはスカッとした。愉快だった。かしこかった。ただしくもあったはずだ。おれは勝った。おれは勝ったんだ。
やつらは死んだ。おれは生きのびた。
死んでなんになる?
死者のほうが気だかくうつくしくみえる宇宙はなにか根本的にまちがっているとしかおもえない。
おれはみっともなくとも生きるのだ。ばかにされながらも生きるのだ。迷惑をかけながら生きるのだ。くずになっても生きるのだ。それが生者の仕事だろう。
それが生者の仕事だろう!
ジョオは「ZAKURO社」の看板のZの字に、つばをぶっかけた。




