第35四半期「メッセージ」
ああん!?
カイトがまたでかい声をだした。レイカはもういちいち反応しない。機械的にスロットをまわしつづける。
その背中をちらちらとカイトはうかがった。しかしあくまでも無反応なのをみてとると聞こえよがしのため息をつき、手もとのケータイにまなざしをもどした。
ダイレクトメッセージがとどいている。
――動画みた、おまえどうかしてるぞ
これだけなら即ブロックで終わる話だが差出人が気になった。アカウントをみにいくとだれもフォローしていない、だれにもフォローされていない。
名前は「ベータ」。
よりにもよって兄さんの名前だと?
いたずらだとしたら、いたずらに決まっているのだが、かなり悪質だが、カイトがベータの弟であることを知っているものはZAKURO社の人間か、リョウとジョオくらいにかぎられる。
いまは勤務時間中だ。カイトはダイクのゆるしがあるのでこんなこともしていられるが、ふつうの社員はケータイなどいじりだしたとたんに即死する。
――ジョオか?
わざわざこのためにアカウントをつくったのか? しかし登録日をみると五年前だ。
ちょっと気味が悪くなり、カイトはジョオには解答不能とおもわれる質問、というか問題を送ってみることにした。
「時間溶解理論について、数式を用いつつ詳細に説明せよ」
わざわざ声にだしながら文字を打ちこんだがレイカはふりむかない。
即座に、返信があった。
文面をみて気がついたのだが、カイト自身、この種の専門知識をもっているわけでもないのでデタラメかどうかの判断もつかない。しかしとにかくかなりそれっぽい数字と記号はつらなっていた。
カイトはさらなるメッセージを入力しかけて、ちょっと手をとめ、いったんケータイを置いてサイコロを何度か振ったあと、宙をみてぼんやりしてからもういちどケータイを手にとった。
――あなたはベータ博士ですか?
返事がくる。
――よそよそしいな。やはりおれのことうらんでいるのか?
――出会い系サイトの勧誘でしょう。
――やつらの目をぬすみおくってる。むだばなしのひまはない。
――やつら?
――めいおう星人。
カイトは鼻でわらった。
――あほらしい。冥王星に電波があるんですか。
――5000Gの時代だぜ。
――写真送ってくださいよ。
――それはできない。
――なぜ? 冥王星人にみつかるから?
するとナマケモノが「YES」といっているスタンプが送られてきて、カイトは、この生きものを兄がこよなく愛していたのをおもいだし、くすりとさせられた。
――あなたがほんとうに兄さんだったらよかったのに。
するとベータは、いいやベータを装った何ものかは、カイトが小四のとき好きだった子の名前をつぶやいた。
――お前ジョオだろ。
すると即座になんとかの定理の証明が送られてくる。
――テキトーだろう、こんなの。
――しんじなくていい。しんじすぎるな。
相手はいった。
――ちょっと待ってろ。
そこでいったんやりとりはとぎれた。カイトは落ちつかず、レイカのとなりにいってスロットをプレイしはじめた。
リールがまわる。リールがまわる。リールがまわる……。
ケータイが気がかりで、カイトは何度も立っては見にいった。ポケットにいれて、だして、ほうり投げて、また取りにいって……。
「ねえ」
レイカはいった。
「うざいんだけど!」
急にカイトは胸がつうんとなった。鼻の奥も。
両目から、存在硬貨がこぼれだす。足もとに、じゃらじゃらコインが垂れおちる。
カイトは這いつくばり、口をひきむすんでそれをがしがしかきあつめだした。レイカはボタンを叩きつづける。
ちょっと待ってろ、の「ちょっと」はそうとう長かった。
カイトはもうコインでいっぱいの器を脇に置き、いつもの椅子に腰かけて、そのメッセージを読みはじめた。
――カイトめいおう星人どもにひれふすな。
そこで終わっている。しばらくしてもう一通きた。
――おれのこと、たまにだけおもいだしてくれ。
レイカは器が空になり、台にパンチして椅子をおり、部屋を出ていこうとした。
もう一室のほうにはもっとくだらない連中がたくさんいる。
そういうやつらは、レイカのいろいろな涙のたねになる。
それでじゃんじゃら稼いだら、もうスロットは飽きたから、つぎはルーレット。それが飽きたらカード。それも飽きたらまたスロットに――。
「レイカさん」
カイトの声がした。
レイカさん?
「きっしょ。なにその呼びかた。『ズベ公』じゃないの?」
「思い出って」
カイトの目は真っ赤になっていた。
「どうやって思いだしていくのがいいんでしょうか?」
意味不明。レイカは無視していこうとした。
カイトは立ちはだかる。
「なんなの? わたし、稼ぎに行きたいんだけど」
「いま、『冥王星人どもにひれふすな』って――」
カイトはケータイの画面をみせようとして、やっぱりやめた。そのしぐさは、むしょうにレイカの癇にさわった。
「冥王星人? なんの話なの?」
カイトは呼吸をととのえてから、いった。
「ここに来てから、どのくらい経ちますか?」
レイカはだまってカイトをにらみつける。覚えてませんよね、とカイトはいった。
「ぼくら、あまりにも長くこんな場所に入りびたりすぎたんじゃないでしょうか」
「あ?」
レイカはつかみかかった。
「なんだてめえ。説教か? つまんねーことほざいてんじゃねえぞ」
カイトはあっけなくレイカを組み伏せた。
はなせや! こら! レイカはわめきつづける。
「……ぼくのことばじゃ、とどきませんか」
なんだよてめえ! レイカはもがく。いきなりよお!
おめー、さっきまでそこでサイコロふってたんじゃねえのかよ! なに急にひとりだけいい子ちゃんづらでキレイゴトぬかしはじめてんだよ! 見くだしやがって!
出ていきたいんなら勝手に行けや! わたしにはここしかねーんだよ!
涙がとびちる。レイカは吼えつづける。
おめー外に居場所あんのかよ! 会社か? ZAKURO社か? いいよなおめーは! みんなに尊敬してもらえるもんなあ! わたしには、帰る場所なんてねーんだよ!
花鏡院コーポレーション? 死ねやあんな会社! 知ってんだよわたし、みんな、わたしめんどくせーメンヘラだとおもわれてんの! おもてむきペコペコしてるけどさあ!
それがタテマエだってこともわかんないようなバカ女だとおもわれてんの!
それでこのままおだてあげられて社長の椅子にふんぞりかえってみたってさあ!
もう、死にたい! 死にたい!! 死にたい!!!
死ぬ! 外に出るくらいなら死ぬ! おねがい正気でいさせないで!
もうほっといておねがいだから!
すりガラスの向こうに気配をかんじた。人影がうようよとうごめいている。賭博者どもだ。おこぼれを拾いにやってきたのだ。
カイトは手をはなした。
レイカは立ちあがり、
「死ねや!」
と吐きすてて、部屋をでていった。
カイトはビルの外にでた。




