第33四半期「囚われのイシュテア」
「はあ!?」
とつぜんカイトが床にダイスをたたきつけた。
「なにやってんだよ、あいつ!?」
ここで賭博にふけるようになってから、なぜか、「AKUBI」が平気になっていた。
それでいて宇宙に出たいという気持ちもなく――だってめんどいから――サイコロ遊びの片手間にだらだらみていたらジョオがうつった。
――おれ、地球出身のジョオ。いたずら屋をやっていた。合同説明会に行ったんだけど、そっからいろいろ波乱万丈で……。
その波乱万丈の顛末をたどたどしく語る旧友を、カイトはぼけっとみていたが、金星を発ったあたりで動画をとめ「ばっかじゃねえの!」といった。
ひとりごとにしてはでかすぎる声。
「うっさいっての!」
レイカもくる。
「ツキがなくなる!」
これがこのごろの口ぐせだった。ということは、負けつづきだということだ。
この遊戯場には、勝敗を明示するものはなにもない。ディーラーも、筐体も、稼ぎだした硬貨の量ですら、だれが勝者なのかをあきらかにしてはくれない。
にもかかわらず、レイカは負けていた。
もうはじめのころみたいには、胸がいっぱいになることも涙があふれてしかたがないこともなくなっていた。
「知りあいが『AKUBI』に出てたんだよ」
「なによそのくらい。わたしの友……知りあいだって、何人もでてるわ。モリモリ星のCOSMOちゃんって知らない?」
「知りませんよそんな偏差値の低そうな名前のひとは。ぼくは――」
「紫外線がすごくつよい星だからメイク技術が高度に発達したのよ。わたし、その子とごはんいったこともある。でも、友だちじゃないの。わたしね、ひとにほんとうのじぶんをなかなか見せられないかわいそうな女で――」
あっ、いまならいける。この気分ならいける。レイカはそうおもった。そうおもって、ルーレットのほうへ行ってしまった。
「めんっどくさいスベタだなあ」
カイトはいった。そしてもういちど、一時停止中のジョオをみた。
ジョオとカイト。
カイトとジョオ。
――夜光虫、いっしょにみた。そのあと、トンカツたべたっけな。
カイトはダイスをひろうのもわすれて、なにもころがっていない卓上をしばらくながめていた。
――なんでこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ?
一時間後、カイトの動画が「AKUBI」に投稿された。
――いちおうZAKURO社で、いろいろな業務をやっています。
いろいろな、っていうとなんだかはぐらかしてるみたいですけど、ほんとうにこうとしかいいようがない。ZAKURO社の組織構造は、他の会社とはまったくちがっているんです。
……ぼくはあんまりじぶんのこと、天才だとはおもいませんねえ。まわりがばけものばっかりですから。努力でここまでのぼりつめてきたっていう自負ならあります。努力はうらぎりません。……いや、どうなのかな。たまたまぼくに才能があったのかな。
ZAKURO社はいい会社ですよ。お給料、正直、かなりもらってます。でもぼく、物欲ってあんまりないんですよねえ。だから貯まっていくいっぽうというか……。
でもけっして現状に満足しているわけじゃありません。ハングリー精神はつねにあって、やっぱり人生、うまれたからにはずっとじぶんを高めつづけなきゃいけないとおもっているんです。それがぼくなりの宇宙の掟というか。だから、いまもいろいろやってます。でかいプロジェクトの構想もあるし……。
仕事、仕事、仕事。とにかくおおきな仕事を任されてみたいです。
尊敬するひとは――。
ダイクは動画を止めた。
そしてぐったりと壁にもたれている鉄格子のむこうのイシュテアをみた。
「きこえてるかい。きこえてるだろう。心配するな。お前を撃ったのはほんものの銃じゃない。銃は銃だが殺傷能力はない。だがあんたのモチベーションはいま、極度に低下しているはずだ」
反応はない。
「あんたも組織の長ならわかるだろう。ほんとうにおそろしい人材、それは、やる気だけある無能。そういうやつに鎮静をかけるために開発されたしろものさ」
「殺せ」
「そんな物騒なこといってくれるなよ。コンプラ全盛のこの時代に。その部屋だってなかなか居心地わるくないはずだ。見かけは牢獄そのものだが、そのじつ納期間際の社員を缶詰めにするためのコンセプチュアルなワークスペースだからね。奥にトイレも、シャワールームもある。そこにツボ押しカプセルだってあるんだぜ。一見鉄の処女みたいだが」
「仲間たち……」
イシュテアは、ようやく顔をあげてダイクをにらみつけた。
「仲間たちは……」
ダイクはこたえる。
「殺したよ」
「いっていることが……」
「矛盾している、というのかい? そのご指摘に対しては二点、返答させてもらおう。一、やつらは生かしておく価値がない。だから殺してもいい。二、存在者はそもそも、矛盾のかたまりのようなものである。――まあ、おれを『存在者』とよべるかどうかは、あやしいところだが」
「わたしも、殺せ」
「いいや、あんたは殺さない」
ダイクは明言した。
「なぜならあんたには、これから就活をしてもらう必要があるからだ」
「なんだと……?」
「テストがしたい。『存在承認としての内定』。それをさずけられる就活生の第一号に、あんたはえらばれたのさ。名誉なことだろう」
「なぜ、わたしが」
「あんたほどおもしろい人間もめずらしい」
ダイクはいった。




