第32四半期「ジョオの決意」
ジョオは宇宙を行く。たぶん偵察用かなにかの小型船で、武器は貧弱だ。
もうどうとでもなれという気持ちで行き先をとりあえず地球に指定、あとは、機械に操縦を任せきりにした。
そして後部座席に寝ころんでいると、むずむずとして、ぞわぞわとしてきて落ちつかない。よけいなことを考えだすまえに、さっさと「AKUBI」でドップリしちまうか。
ジョオは動画を観はじめる。
――ばかな連中だよ。
スシに洗剤をかけたり、売りもののおでんをつんつんしてみたり。
――ばかな連中だよ……。
妙だった。
いつものようには入りこめない。
ジョオはしばらく真顔で画面をながめていた。
通りすぎていく。いろいろな星の、いろいろな発信者たち。
――死んじまうんだな。
ジョオはおもった。
――みんな、死んじまうんだな。
死んじまうっていうことは、生きているっていうことだ。生きているっていうことは、生きてきたってことだろう。生きてきたっていうのは――いったいどういうことなんだろう?
外をみる。窓のむこうは宇宙だが、そこにジョオもうつっている。
このジョオというやろうは、大ばかもので、今度こそいよいよ、ほんもののくずになってしまった。
ジョオは叫んだ。
金星のちかくを通りすぎるまで、叫びつづけた。
そこらじゅうのたうちまわって、髪の毛をめちゃくちゃにかきむしりつづけた。
壁に頭を打ちつけて、おもいっきりじぶんの首を絞めてもみるのだが、それでもこいつは殺せないのだ。
どんなスピードで、どこまで逃げたってついてくる。
宇宙は、こんなにひろいのに、はてしないのに、おれは、どこまでもこいつなのだ。
宇宙はこいつでしかないということなのだ。
ほうりだされたケータイが、「AKUBI」を垂れながしつづけている。
――今日はあ、公園の鹿を、いじめて、まいります!
ジョオはぎゅっと目をつむった。胸に手がいった。
おれが宇宙ならこいつらも宇宙なのか。なんといろいろな宇宙がこの宇宙には存在しているんだろう。
それぞれの宇宙にはほかの宇宙のどんな天才にも解明できないような独特な、ばあいによっては妙ちくりんにさえみえる、そのくらい独特な歴史や法則が存在していて、それがその宇宙を膨張や収縮や燃焼や、ときには破滅にまで、駆りたてているのだろう。
ジョオはじぶんの宇宙におもいをはせた。
なんと狭小なハビタブルゾーンだろう。
そこにうつくしい星はひとかけらも存在していないような気がする。
まだ、見つかっていないだけなのだろうか? 未踏査の領域で、なにかすこしでもましなガスや塵が光をはなっている可能性もあるのだろうか?
それとも、それはたった百円で高額商品が手にはいりうるというあのガシャポンの景品のプレイステーションⅩⅩのように、はるか遠方できらびやかな輝きだけをはなっておきながら、魅惑するだけ魅惑しておきながら、じつは永遠に到達不可能な、にせものの理想郷にすぎないのだろうか?
――今日は、戦艦の塗装についてです。
――海王星でおすすめのカレー屋、トップ五!
――夏休みに読むならこれ! おすすめ文学作品!
――木星旅行の注意点!
このひとたちの宇宙には、このひとたちなりのうつくしい星がたしかにあってそれがあらがいがたい引力でかれらをひきつけ、その星でかれらは暮らしつづける覚悟をし、終わらない宇宙探査をあきらめた。
それはおそらく尊いことで、いまのジョオには尊すぎることで、その尊さを直視するのがつらすぎて、ジョオは「AKUBI」を閉じ、ふて寝をきめこんだ。
だがねむれない。涙がぼろぼろあふれてくるのだ。
しばらくして、こんなおもいつきはほんとうに唐突におとずれた。
――そうだ。そうだよ……。
ジョオは起きあがった。ケータイをもった。
「AKUBI」を、みるためじゃない。
撮るためだ。
――おれも、遺したい。
なにかをのこしたい。ここにこういうろくでなしがいたんだということをのこしたい。
楽器も弾けなければ、歌もうたえない。ゲームもへたくそだ。料理もできないし、手先も不器用だし、しゃべりもうまくなく、なにか通暁した分野があるわけでもない。
ひとさまに披露できるようなことはなんにもない。
――それでも、なにか遺したっていいだろう?
おれがいたんだ。たしかにこの宇宙にいたんだ。「知ったこっちゃねえよ」っていわれたって、関係ない。おれは、いるんだ。ここに、いるんだ――。
ジョオは録画ボタンを押した。
――あー……えっと……。
ことばが、意外に、でてこない。「しゃべる」って、どうやるんだっけ?
――えっと……。おれ、ジョオっていうんですけど……。




