第24四半期「ジェイドの計画」
ジェイドは説いた。
「おれたちに必要なものはなんだとおもう? 姉さん。悲劇だよ。それも臆し人どもの安っぽい琴線とやらにふれる、宣伝可能な悲劇なのさ」
イシュテアはなにかいいかけたが、だまった。
「わかってるよ。姉さん。『悲劇ならもうじゅうぶんだ』。そういいたいんだろう。たしかにそれはそうだ。おれらヒョウガが悲劇の民でないとしたら、いったいどの民族がその名にふさわしいというのだろう? だが姉さん。おれらにわずかでもほんとうのあわれみがむけられたことなどあったかい? おれらは一度でもほんとうの慰めをかんじたことなどあったろうか?」
「――いいや」
「そうだろう? それはおれらの悲劇にじゅうぶんな大衆性がないからさ。それはPR材料にはつかえない。おれらへの共感や連帯を表明し、じっさい厚遇してみたところで企業イメージはよくなるばかりか、かえって不興を買うだろうからね。それにくらべて、たとえば先の説明会で友人を亡くした就活生が、喪失のかなしみから立ちあがり、もう二度とこのような惨事を起こすまいと人工太陽の研究を志願する――という、まあ感動物語があったとする。これは万人に支持されるだろう」
「つまりお前は、ZAKURO社の選考における同胞の死が、ほかの仲間たちの自己PRや志望動機に悲劇の彩りを添え、各社人事の感情を効果的にゆさぶるばかりか、喪失のなんとやらに耐え社会貢献を――表向き――こころざすわれわれに、世論も同情的になり、したがって、企業としても多少救済的に動かざるをえないだろうと……。そう考えているんだな?」
「なんだか仰々しいな。要はいかにしてかわいそうとおもってもらえるかということだよ。ひとりふたりが死ぬくらいなら、無能がいきがってZAKURO社などにいどむからと、冷笑されるだけだろう。しかし何十何百と、派手な死にかたをするならば……?」
「それはこれまでにもくりかえされてきたことだろう」
「だがいままでは、あの会社の無謬性がわりと本気で信じられていたからね。ところが今回の事故で、その神話は崩壊した。世間での反ZAKURO社感情は、すくなくとも潜在的には、かつてなく高まっているはずだ。そんな折何百もの前途ある若者がたかだか選考ごときで命を奪われ、その遺志をついだ同胞たちが、ZAKURO社の専横を内心目ざわりにかんじているその他すべての企業の選考において、亡き友人うんぬんというわかりやすい悲劇のエピソードにからめ、反ZAKURO社感情を切々とうったえる……。どうだい、姉さん。ZAKURO社そのものの内定は得られないとしても、じつにベネフィッタブルな話だとおもわないかい?」
「お前は……」
イシュテアは、弟の目を直視できなかった。
「だが、そううまく運ぶものかな――」
ジェイドはにやり。
「これだけじゃないぜ」
うわさが立った。
こんどの部隊再編で、第三、第四部隊に配属されたものには、あるとくべつな辞令が交付されるという。
原則志願制だが、どうしても頭数のそろわない場合はイシュテアじきじきに指名がなされるという。
「ヒョウガ万歳!」
旗をかかげるものがいた。
「訓練、訓練で不安になってきていたところだよ。けっきょく訓練だけで一生を終えるんじゃないかとね。ぼくはよろこんで志願する! さあ、就活だ! ほんものの、就活がはじまるんだ!」
こう考えるものもいた。
――「とくべつな」辞令といいながら、「志願制」でもあるという……。挙手さえすればだれにでもできる「とくべつな」仕事だって? しかも「頭数のそろわない」場合にかぎって、けっきょくは指名がなされるだなんて。なんか、おかしくないか?
もちろんジョオの部屋でも話題になった。
「いやあ、めでたいなあ!」
金星出身のマイケルがいった。
「ついに、われらの理想を実現するときがきたんだ。みんな、とうぜん志願するよね?」
「まあ、ふつう就活で死にまではしないし」
カルロスはいった。
「かりにおれが死んだところで、悲しんだり、迷惑をこうむったりするひとは、もうだれもいないからなあ。――ジョオ。お前さんは?」
ジョオはトイレに立った。
――とんでもないことになってきたな。
その気になればだれにでもやれるとくべつな仕事。それは鉄砲玉になることでなくてなんだろう?
この星にくるのをきめた夜のことをおもいだす。
泣きながら、ジェイドと何度も抱きあった。
肩を組み、うたいながら快哉を叫びながら、こいつのためなら死ねる、理想のためなら命をかけられるとひとり、熱く誓った。
ついてみるとジェイドの「親友」は数百人、「選ばれし闘士」は数千人もいた。
毎日氷の鏡の前でじぶんの両目を凝視していると、わからないままのほうがよさそうなことも少しずつわかってしまってくる。
ジョオはなにかに殉じたい気持ちなどこれっぽっちもない。これっぽっちもないのだということを宣言するだけの勇気もない。そういうじぶんでそれでも生きていくという気概もない。なんにもない。
なんにもないのなら、いっそ死んでもよさそうなものだが、それはこわい。
こわいのは、生きていくのもおんなじだ。
――おれはどうしてこいつなんだろう。
手を洗い、気持ち前髪をととのえながらジョオはおもった。
できるだけのそのそ、廊下を歩いていく。遠まわりしよう。
イシュテアの部屋の前を通りがかったとき、なかからこんな声がした。
「それで、冥王星に――」
冥王星だって……? ジョオは聞き耳をたてた。




