第23四半期「ヒョウガの一日」
午前五時。行軍がはじまる。吹雪のなかを白銀のスーツの集団がいく。
世間話を絶やしてはいけない。もちろんビジネススマイルもだ。
「われわれの目的。それは、全宇宙の変革!」
リーダーのイシュテアはいっていた。
「そのためには、さしあたり各惑星の主要企業の主要ポストを、われわれヒョウガの者が独占しなければならない! 諸君、優秀な人財たれ!」
真に優秀な人財は交通費など請求することはない。どんな悪路でも、どんな荒天でもつねに果敢に通勤する。
「鼻水凍りつく昨今!」
ジョオも叫ぶ。
「皆様におかれましては――」
六時。朝食はディスカッションの訓練も兼ねている。宇宙情勢について意見交換をする。
六時三十分。素手で氷の便器をみがく。
七時すぎから昼ごろまで、ひたすらに就活の鍛錬がおこなわれる。凍傷になるまでノックさせられたり、お辞儀で氷像を破砕させられたりする。
「させられたり、だと!?」
そんな意識のありかたはジェイドがゆるさない。
「させていただく、だろうが!」
こうして目をつけられると始末書を書かせていただいたり、懲罰ブースに閉じこめていただいたりすることもある。
昼食は罵倒しあいながら食う。
「氷のこころだ!」
つね日ごろイシュテアはいっている。
「氷のこころでハラスメントを凌げ!」
午後一は凍てつく大ホールでセミナーをきかされる、――聴かせていただく。
寝たら死ぬ。
それから氷の壁にむかってすわる。椅子も氷で尻は痛覚もなくなるが、それはこの際どうでもいい。磨きぬかれて鏡になったその壁が、こちらを見つめる自分自身をうつしだす。
ジョオはこの時間がいちばんきらいだった。
そんなこと口にすればただちにトゲつきのご鞭撻だが。
部屋は六人部屋だ。いろいろなやつがいるがジョオはレムネム星という辺境の星からきたカルロスという男と馬があった。
そいついわく、その星では毎晩みんなおなじ夢をみるのだという。その解釈をめぐって政争や紛争がたえないのだそうだ。
「けれどもおれはある日夢をみなくなっちまったんだ」
カルロスはいった。
「どういうわけだかね。星に愛想をつかされたのかもしれないな。あの星じゃみんな夢の話ばかりだからね。だれともつるめないし、ケンカもできやしない」
「それでヒョウガに?」
「まあ、それがいちばん大きな理由かな。ジョオ、お前さんは?」
ジョオは、じぶんは地球の一流証券会社につとめていたのだが、激務と熾烈な出世競争とにうんざりして、ここにきたのだと説明した。
身の上話にさける時間は多くなかった。
新人はジェイドの著書、『なにをさせていただくべきか?』のまる暗記を義務づけられている。
日中は読書のひまなどなく、夜、部屋で読まなければならないのだがジョオはすぐに眠気におそわれた。
その横で太大出のエリート二名が議論をはじめる。
「つまり宇宙とは物理法則という礼法をわきまえた物質相互間の絶えざる節度ある競いあい、すなわち、選考の場そのものであるのなら――」
「それならばわれわれ個々人の内面においても無数の心的要素すなわち就活生が葛藤すなわち就活を無限回反復していることになり――」
ジョオはよだれがたれる。
そのころイシュテアの部屋では、きわめて重要な話しあいがおこなわれていた。
ジェイドの主張はこうだ。
「人員もあつまった。士気も低くない。練度は――まずまずといったところだろう。姉さん。いまが好機だ。太陽系合同説明会はめちゃくちゃだ。各企業、採用計画が狂い焦りをかんじている。いまこそ就活だ。いまこそおれたちが、宇宙の内定を独占するときなんだ」
「うむ……」
イシュテアはあごに手をやって、じっとなにか考えこんでいる。ジェイドにしてみればもどかしい。
「なにを、ためらっているんだ?」
「いや……。お前の意見はよくわかる。その通りだとわたしもおもう。だが――」
イシュテアが懸念をおぼえているのは、計画書の、以下のような記述だった。
――第四部隊はZAKURO社、花鏡院コーポレーション等の一流企業を志望。
「なにがおかしい?」
ジェイドはつめよる。
イシュテアは、
「ZAKURO社の選考において、いのられること。それは――」
「死を意味する」
ジェイドはあっさりといいきった。
「とうぜんの話だろう? まさか姉さんは、死ぬことがこわくて、尻ごみをしているのか?」
「こわくない」
イシュテアは、声はかぼそいが、はっきりといった。
「わたしはなにもおそれない。いまさらなくすものなどないのだから」
「そうだろう? じゃあ、なにが姉さんをためらわせている? 仲間の死か?」
「ZAKURO社の内定を得るものは、例年ただひとり……。いいや、ひとりも採られない年もある」
「なにをいまさら。だからこそ集団で受けにいくのさ。そうすれば、筆記でカンニングも可能。グループディスカッションで便宜をはかりあうこともできる」
「だからといって、一部隊ぶんもの人財を投じるのは――」
「いちばん優秀なやつらには受けさせないよ。そいつらはよそで内定を稼ぐのさ。スペックの問題じゃなく、モチベーションだ。いちばん威勢のいいやつらに受けさせる。あの会社の人事どもの履歴書観は知っているだろう。『わたしは血で書かれたことばしか読みたくはない』――これは比喩じゃないぜ。あの規格外にでかいエントリーシートを、血文字で埋めさせられることになる。血気さかんなやつらでないと、ヘモグロビンがもたないだろう」
「ジェイドよ。お前は、信じていないのだろう。われわれヒョウガが、ZAKURO社の内定者を、ただの一名でも輩出できるなどと――」
「犬死にだっていいたいのか?」
「他に人財を投じるべきではないのか?」
「姉さんはなんにもわかっちゃいない」




