第22四半期「存在承認としての内定」
つきあえよ、とつれていかれたのは、例の賭博場でなくふつうにZAKURO社のオフィスだった。
部屋にはいるとプレゼンの準備がととのっている。スクリーンにプロジェクター。カイトはたったひとりの聴衆として、パイプ椅子にすわらされた。あー、あー、とダイクは音声のテストをしている。室内は暗転し、
「こんなもんかな?」
スライドのピントを調整するダイクに、放心のカイトはうなずいた。
タイトル、「存在承認としての内定」。
「おたがい、妙なしらばっくれはなしでいこうや」
ダイクはいった。
「すべて、お前が察しているであろう通りだよ。なぜなら筋書きはおれが書いたのだから。カイト。お前はかわいいやつだなあ。すぐそうやって、おどろきが顔にでる。そうだよ。名刺を落としたのはわざとだよ。会員証は、あのお嬢さんがいなくても、用立ててやるつもりだった。ドリアーノにしてみても、かりにお前がトラブルを起こさなかったところで、いずれけしかけるつもりでいた」
カイトは、ようやく口がきけた。
「なんのために……」
「お前という存在に鋳型を用意するためさ。といったところで、わけがわからないだろう。これからおれの話を聴いてもらえれば、すこしはわかってくるはずだ」
プレゼンがはじまった。
さてカイト。
存在とはなんだろう。古来たくさんの哲学者たちがこの難問にいどんできた。
人間は根源的に時間的存在である。
たとえばこれなどは、いまさら言及するのも気がひけるくらい、有名なことばだね。
だがこれをいったのは大むかし――なんと二十世紀!――の人間で、したがってとうぜんこの星のこともよく知らなかった。
スライドが変わる。写真――冥王星!
目のまるくなるカイトに微笑して、ダイクはつづける。
存在。この問題についてもっとも通じているのは、カイト、じつはこの星のひとびとなんだよ。
そう、お前も、お前の兄さんも、そしていまとなっては何をかくそうこのおれも、あこがれ、こだわり、魅せられつづけてきたこの準惑星、冥王星だね。
おどろいたか?
おどろいたろうな。カイト。きっとこれから、さらにおどろくことになる。
スライドが変わる。「資産=?」とある。その文言を、札束や、スーパーカー、タワーマンションなどのイラストが取りまいている。
カイト。
「資産」とは、いったいなんだろう。
たとえばわれわれ非冥王星人であれば、そのことばから、ここにならんでいるようなものどもをイメージしてしまうわけだ。
つまり物質的なものということだね。
こういう有限なもの、信頼に値しないもの、いずれ朽ちていくことだけのたしかなものをわれわれは恃んだり拝んだり見せびらかしたりしながら、カイト、よろこんだり悲しんだり怒ったりうらやんだりうたぐったり失意のどん底にしずんだりもしながら、われわれは、こころ休まるひまもなく老いて死んでいくわけだ。どうおもう? カイト。
こたえない。
模範解答はむろん「ばかげています」一択だろう。
しかしこたえない。
スライドが変わる。「冥王星では」とある。
冥王星では!?
——だれにそんなことがわかるんだ!?
いやでも興味をひかれてしまう。
カイト。いまお前、こんなふうにおもったろう。
冥王星では!? どうしてそんなことわかるんだ? だれも行ったことがないはずなのに? と。
わるいね。カイト。おれはお前をだましつづけていた。
おれたちは、冥王星に達していたんだよ。
カイトは起立した。
「おれ『たち』!? まさか――」
そうだよ、カイト。おれとお前の兄さん、ベータは、じつは冥王星へわたっていたんだ。
しかし……。まあ、おちついて聴いてくれ。これからくわしく話すから。
カイト。いま、われわれは「AKUBI」以外の手段で惑星間飛行をすることが公的には禁じられているね。
ほんらいは「ドップリ」に入れさえすれば、その手段はなんでもいいはずなのに――。
それだとこまるんだ。
われわれでなく、冥王星のかたがたがね。あの星は、「AKUBI」によっては接近できない。接近されてはこまるのさ、カイト。
冥王星人は孤絶を好む。それは存在の価値をたもつためなのさ。
準惑星への降格をねがいでたのも、みずからすすんでのことだった。
だれにもおびやかされたくない。
それがかれらの切なるねがいさ。
スライドに、「資産=存在」とあらわれた。
あの星での資産、それはカネじゃない。モノでもない。
「存在」なんだ。
ふしぎな富だよ、この「存在」は。
だれもが平等にもっている。しかしいちじるしい格差があるようにもかんじられる。
殖えもせず減りもしない。しかし増大や減少をかんじることはある。
いちばんの富者こそ、いちばんの貧者であるようにもおもわれる。
もちろん、その逆も――。
かれら冥王星人にとって、在ることがすなわち稼得することであり、貯蓄することであり、消費することであり、浪費することであり、蕩尽することでもある――。
しかし、カイト。「在る」とはいったいなんだろう? おれが、お前が、存在するとは、いったいどういうことだろう?
おれとベータは、まるで理解していなかった。それでおろかにも、あの星でひとかどの財界人になったつもりでいたんだからね……。
だっておれらはZAKURO社員だ! トップエリートだ!
おれたちの一時間はいくらに化ける? おれたちの生涯年収はいかほどに達するんだ?
おれたちは経済を回し、星を動かしている。
おれたちこそが、存在長者だ――。
――思いあがりもはなはだしい!
おれたちは冥王星人に「研修」をほどこした。
よかれとおもってしたことだ。
若いおれらには無為なかれらがただの窓際社員にしかみえなかったのさ。
そしておれたちは知らぬまに莫大な負債をかかえていた。
存在負債をね。
スライドが変わる。「存在負債」とある。
おれはこのときの負債をいまだ返しきれていない。お前の兄さんもだ。
ベータは生きている。
そう、たしかに生きてはいる。ただし地球ではなく、冥王星の地下ふかく、もっとも暗いところでね。
なぜ、おれだけが地球への帰還をゆるされたのか? ベータの負債はそんなに巨額なのか?
そう推しはかるとしたら、カイト。お前はまだ「存在」のほんとうの意味をわかっていないよ。
おれはすでに破産した存在なのさ。稼得能力をなくしてしまったんだ。
そこで例の賭博場をひらいた。
TairaQの客のうち見どころのありそうな連中を、あの場所へと誘いこんだ。
うまれた硬貨の一部がおれへのあがりとなり、おれは、それを債権者に支払う。
軽蔑するかい、カイト。つまりおれは他人どもから卑怯なやりかたで搾りとった存在のかけらたちを、終わる見こみのない返済にあてつづけているのさ。
カイト。おれには存在の資産がない。破産してしまったんだ。
もうながいことそうなんだ。
これまでに話してきた異星での見聞談、仕事のアドバイス、人生観、ちょっとした蘊蓄、たあいない世間話……。ぜんぶ、おれ自身の富によるものじゃない。
あんなのはみんなひとさまの富の、ほんのきれっぱしのよせあつめなのさ。
ZAKURO社の同僚たち……。
TairaQの就職浪人生たち……。
説明会に参加する就活生たち……。
こういった連中は、みなおれよりも存在において富者であり、おれはかれらからの分け前にあずかって、どうにか存在者のまねをしている。
おれはこれからも返済をつづける。搾取もつづけるし、あらたな借り入れもつづけていかねばならないだろう。
負債ばかりが増えていく。
このことは、ある意味で、おおきな慰めももたらしてくれる。
カイト。かりにこの返済が終わってしまったらね……。おれにはひとつ、構想がある……。
スライドが変わった。
――存在承認としての内定。
われわれが歓待に成功している冥王星人は二名。
ひとりはおれの債権者。
無限のお慈悲で、のろまな返済を待ちつづけてくださっている。イデコ様だ。
またおれに、存在を貸しつけてくださるおかたでもある。
そしてもうひとり、ニーサという少女がいる。
彼女は存在を受託する。存在を免税し、存在を運用する。存在を投資し、委託者に、炎のような利益をもたらす。
もしも彼女がおれ以外のだれかをユーザーとしてえらんだのなら、それは、そのだれかがよっぽどの富者であるか、もしくは、おれよりもなお存在に飢えているということだろう。
彼女がぜひとも必要だ。
彼女がいてこそ、「存在承認としての内定」計画は成立する。
説明させてもらおうか――。




