第20四半期「存在賭博場」
存在硬貨。ここではそれを賭してゲームがおこなわれる。
コインはコインだが、一枚としておなじ刻印、おなじかたちのものはない。
カイトたちが脇を通ったテーブルでは青光りするちいさなホタテ貝のようなそれをベットしている女がいた、雄々しいたてがみのライオンの頭部のようなそれを回収している男がいた。
「ものは試しさ」
ドリアーノはふたりを卓につかせた。
カイトとレイカは並んで座り、カードが五枚ずつ配られた。
ルールがわからない。
「捲ってみろよ。ただし相手には見えないように」
カイトはちょっとだけにらみつけるようなまなざしをこの不敵な笑みの木星マフィアに送りつつ、指示にしたがうとえがかれているのは月にまたがるピエロだった。
レイカも捲る。
ドリアーノは説明した。
いまからふたりにその図柄から連想されることがらについて、なんでも自由に語ってもらう。
内容は、図柄そのもののことでもいけないし、それと関わりなさすぎてもいけない。いや、いけないことはないのだが、それじゃあ勝負にならないだろう。
語りの長さは、自由にかげんしてもらっていい。長すぎても興ざめだろうが、短すぎてもつまらないだろう。
賭されるものは「存在」だ。そのことの意味をよく考えたうえで勝負への参加・不参加をきめるといい。
「だが、これはデモンストレーションだからね。さしあたり、降りるという選択はナシで考えてもらおうか」
ポーカーのようなものか、とカイトは考えた。しかしいまのドリアーノの説明は、ほとんど説明になっていない。
「はじめてもらおう。――まずはあんたから」
カイトが指名された。
咳払いを、ひとつ。
カイトは日ごろのプレゼンの不評つづきの憂さを晴らすように、滔々と、適度に修辞などもおりまぜながら、月と道化師というものについていかにもみごとな、みごとすぎる演説を打ち、レイカの苦笑をひきだした。
なにがなんだかわからないが、こうしてしゃべらせてもらうことはともあれ気持ちがいい。
つぎにレイカの番がきた。
「そうね――」
レイカは自嘲ぎみな笑みをうかべながら語りはじめた。
「これは――そう、わたしが、動物園にはじめて行ったとき……」
はじめて、行ったとき……。そうくりかえして、レイカはかたまった。
かたまってしまったまま、三十秒くらいもすぎ、カイトは何度かドリアーノに目くばせしたが、かれはべつにレイカのターンを打ち切ろうともしない、カイトにまなざしをかえしもしない。
おどろきの事態がおこった。
レイカの目から、涙がぼたぼた垂れてくる。しゃくりあげつつ、レイカは語る。
「わたしは、ママが……。ママがいなくなるなんて、おもってなかったもん――」
カイトは目を疑った。おちたそばから涙は硬貨にかわっていく。銀色の蓮の花やら、スズメバチの巣やら――。
語り終わりまでとめどなく涙粒はおちつづけ、ということは硬貨が生産されつづけ、じゃらじゃらと、生まれたてのそれらをレイカはじぶんのほうへ引き寄せて、一枚ひろいあげ、さも愛おしげにかかげてみせた。
「これは、——あんたのものじゃない」
ドリアーノはそういって、コインをみんなカイトのほうへ押しやった。
そうするとカイトは勝ったのだろうか。
ふしぎな心境の変化があった。急に、こんなことをおもいだしたのだ。
このあいだ、ニュースサイトで見かけたのだが、アナウンサーのNが、長年ダブル不倫をしていたらしい。
Nには子どもがいる。相手も家庭をもっている。そのことがふいに頭をよぎっただけでなく、なんだかカイトは、むらむらとはげしい憤りに憑かれだした。
――子どもの気持ちを考えろ!
いっぽうレイカは、安らぎ。ただもうそれだけだった。
どちらが勝ったとも、ドリアーノはいわない。
カイトはとにかく、Nが許せない、相手の男も許せない。
そしてレイカから垂れおちた硬貨をケースにしまうとき、素手でふれるのになんだか抵抗をかんじてしまった。
それだけだった。
それだけだった?
いいや、カイトはなかなか席を立つ気になれなかった。
存在の硬貨。
どういうものだか得体はしれないが、それぞれに固有の印とかたちをもっている、そういうものを、じぶんも産んでみたい。ぼくのはどんなかたちだろう? 産まないことには、ここを去りがたい。
それで二勝負目がはじまって、捲ったカードに宇宙が描いてあったとき、カイトは両義的な動悸におそわれた。
――これを、語るべきだろうか?
語るべきじゃない。そんな気はしていた。けれどもカイトはじぶんの硬貨が見たかった。それを手にとって、さっきレイカがしていたように、光にかざしたり、むかしのひとがやったみたいに、噛んでみたりもしたかった。
だから語った。
「ぼくは、――宇宙に行けない気質なんだ。『AKUBI』に耐えられない体質なんだ……」
それはもちろんいちばんの秘密なのだから案の定、語るにつれて気持ちはたかぶり声はふるえ、涙もでて、それは星型の、その他さまざまなかたちのコインになった。
勝負に没頭するふたりをみて、ドリアーノはつぶやいた。
「いちばんの暗闇がいちばんのかがやきに、いちばんの空虚がいちばんの充実に変ずる点がある。逆もまた然り。宇宙とはふしぎなもの……」
それはボスの受け売りにすぎなかったが、ともあれふたりは勝負に熱中しつづけた。




