第19四半期「闇の職業安定所」
――まさか行く気じゃないでしょうね?
「行くな」とも「行けば?」ともつかないトーンで、レイカはいっていた。
木星マフィア。映画のなかの存在だった。あの星の大気にふくまれるヘリウムは、吸いこむと声が変わっておもしろく、忘年会などの余興でよくつかわれる。
そこに目をつけ、密売でのしあがったのがドリアーノのような連中だ。
――しかし、大胆すぎないか?
ぼくがやつらの敵対組織の構成員――にはみえないとしたって、あのガクチカ、ZAKURO社員の可能性を疑われたっておかしくないはずだ。
つぶされないという自信がある?
いいや、こんな可能性もある。ZAKURO社員であっても……ZAKURO社員だからこそ、接触するのだと。
――あの店の名刺を、ダイクさんはもっていた。ダイクさんは、ZAKURO社員である。
ドリアーノたち一派は、レイカさんの話では数か月ほど前から、あの店で幅をきかせだしたらしい。
そしてドリアーノは今回、ぼくがZAKURO社員であるかもしれないという可能性をも、よほどの単細胞でなければとうぜん考慮にいれながら、接触をはかってきた――。
ある仮説が、カイトの頭にうかんでしまった。けれどもそれはおそろしい考えだ!
カイトは仕事に打ちこもうとした。
打ちこんでこんなこと、はじめからなんにもなかったのだとじぶんに言いきかそうとした。
しかしばかげたことに、この仕事の内容そのものが、つまり、就活生たちの軽薄化というこの事態そのものが、あのクラブでのドリアーノ一派の台頭、そして、就職浪人生たちの跋扈のようなことがらと、まったく無関係であるとはいいきれないような気がしてきたのだ。
――ばかげている、ばかげている、ばかげている。
カイトはしばしばダイクと遭遇した。
「よう。お疲れ」
いつもの挨拶。
「最近? まあ、……少しずつましになってきたよ。あまり大きな声ではいえないんだが、ビッグ・メッセの件、あれは、どうやら事故だったらしい。人為的なものじゃなく、な」
「確定したんですか?」
「まあ、そこはな。だからいまは、事故原因の調査中ってことさ」
そのことはレイカにもつたわった。提供してもらった資料について要確認点が二三あり、電話して、ちらっと説明会の話がでた際に、「事故」のフレーズがうっかり漏れた。
――事故? 事故だったのね? テロとかじゃなく?
レイカはやけにそこに食いついた。
ええ、とカイトがしかたなく認めると、ああ、とレイカは安堵した。
けれどもすぐ、疑念もわいてきた。
――それじゃ、ほんとうにいたずら屋どもは無関係だったってこと? たしかにあそこまでのこと、いま冷静に考えてみればあいつらにやらかせるはずもないわけだけど……。
それにしてもZAKURO社がなにか隠してる可能性は、ほんとうに、ない? こいつが、というより、ZAKURO社全体が……。
レイカはひきつづき関係性をたもっていく必要をかんじた。
「それでドリアーノの件はどうしたの?」
冗談っぽくきいてみる。
意外にもカイトは深刻げな沈黙でそれに応じてきた。すぐに「まさか」と切りすてられるとおもっていたレイカはちょっとおどろいた。
そんないきさつがあって、ふたりはいま、名刺の住所にやってきている。
アポなしできてもいい、というのは、アポなんか取りたがるような小物とは会わん、ということだろう。
職業安定所。
このビルの、たしかに五階。まちがいはない。看板には「職業安定所」としかない。
エレベーターをおりると、やっぱりどうみても職業安定所だ。
受付があって、窓口が五つほどあって、奥に事務作業をしているひとたちがいる。順番待ちの求職者たちもいる。
ふたりはぽかんとしながら、いわれるがまま番号札を発行した。
すぐ呼ばれた!
何人もの待機者たちの不審げなまなざしをかんじながら、ふたりは三番窓口へ通されて、個別相談室へ通されて、本棚裏のドアの先へと通されて、エレベーターで地下へくだるとそこは巨大なカジノだった。
――就活賭博!
たくさんのモニターにいろいろな企業の面接もようがうつしだされている。TairaQでたむろしていたような連中がそれに向かって罵声をあびせたり、野卑な声援をおくったり。
中央の、いちばんでかいモニターには――各就活生の氏名、年齢、学歴、IQ、家族構成、友人関係、スポーツ経験、志望先、ガクチカ、長所や短所……などなどが、顔写真をともなってつぎつぎとうつしだされていく。
「よお」
ぼうぜんとするふたりに、ドリアーノが声をかけた。
「足もとがお悪いなか、来てくださったんだな。感謝するぜ。だが、こんくらいでおどろかれていちゃ困る」
「こんくらいでって――」
と、レイカ。
「べつにおどろいてないんだけど!」
「そうかい?」
ドリアーノは薄ら笑いでいう。
「そんなら、いいんだが。――奥でやってるのはもっとすごいぜ。最先端の、まあエンタメさ。だが、そいつをお楽しみいただくには……ちょいと、覚悟がいる」
ぬっと筋ものの顔がよってきて、カイトはたじろいだ。
どうすんの? と小声でレイカ。
カイトはおもった。
――ぼくは、たしかめなければならない。
いや。たしかめたいんだ。そして、たしかめるのがこわいんだ。
こわいのだが――。
「秘密厳守でたのむぜ」
扉へふたりをみちびきながら、ドリアーノはいった。
それはこうもいっているようだった。
――バラすならバラしたってかまわないぜ。どうせおれらは善処できるから。
カイトの疑念は、確信にかわりつつあった。そのことがいっそうカイトをやけっぱちにしているのかもしれなかった。
扉がひらかれる。
ドリアーノは告げた。
「――ようこそ。存在賭博場へ」




