第16四半期「TairaQ」
一周まわって極度の紙媒体社会だ。
カイトは腱鞘炎になりかけていた。まわりではAIたちがシャチハタを押しまくったりそろばんを弾いたり。
「カイトさまカイトさま!」
一体がいう。
「やはりこちらにもありました!」
すかさずべつの一体がいう。こちらにもです! こっちが先にみつけました!
やはり自我なんてもたせるべきではなかったのか、競争心の旺盛なかれらは毎日のようにこうしてなんでも張りあいつづけている。カイトは左右の手で一部ずつ資料をうけとった。
ZAKURO社では仕事をサボると死ぬ。
一時間ほど残業して外にでたカイトは今日は鍾乳洞の廊下でダイクに会った。
「――お疲れ」
隈がひどい。それはそうだ。ダイクさんは太陽系合同説明会の責任者なのだ。
あんなことになってしまって原因の調査とかマスコミの対応――とはいっても弊社が百パー牛耳っているのだが――とか精神的なつかれとか、まともに寝られるはずもない。
「そうでもないさ」
ダイクはいった。
「いちばんつらいのは遺族のひとたちだ」
「ええ……」
カイトは目をそらす。
それにくらべるとじぶんの目下の調べものなんて些事中の些事だ。資料を読みこみながら、このひとに相談してみようかという誘惑がじつは何度もよぎったが。
――ぼくは恥知らずだった。
ダイクは立ち話の時間も惜しそうに去っていった。そのときに一枚のなにかを落とした。
それは名刺だった。
個人でなくお店のだ。店名をみて、カイトは眉をひそめた。
――TairaQ。
このお店なら知っている。どぎつい看板が、帰宅途中の路地の奥で、いやでも目につくぎらつきかたをしているからだ。
いわゆる「クラブ」というやつで、カイトはくわしくないのだが、くわしくなりたくもないのだが、会員制で、酒とか踊りとか、おかしな薬とか、ありとあらゆる乱痴気がおこなわれていると噂にきいたことがある。
でも、なんでそんな店の名刺をダイクさんが!?
個人的に出入りしているだなんてとうてい考えられない、考えたくもない。
付きあいで? いいやまさか。天下のZAKURO社員があんな魔窟で接待をうけるだなんてありえない。
あるいは、ガサ入れ業務の一環? けれどもダイクが公安部とのつながりをもっているだなんてきいたことがない。
きっと街角で配っていたものをことわりきれずに押しつけられてしまったのだろう。とりあえずそう考えておくことにして、仕事モードにもどろうとする。
こんなことが起きている。
このごろ就活生たちの自己PRが、やけに――なんというのだろう。
ことばを選ばずにいうならば、やけにうすっぺらい。
やけに空疎で、皮相で、刺激も洞察も卓見もなく、したがって読みごたえもなく、やけに、つくりごとめいている、ような気がする。
もちろんむかしから一定数、そういうものはあった。
就活はひとつの仮面の提示の場にすぎないのだから、そこで語られる人生やじぶんなんて表面的なものになって当然だし、むしろそうあるべきだが、そういうことともちがう。
――ような気がする。
「ような気がする」だらけだが、直感的にはやはり捨ておけず、複数社の就活記録を精査しているところなのだった。
もちろん、どの会社も太陽系合同説明会がらみでごたごたの真っ最中だから、そう熱心に対応してくれるわけではないのだけれど――。
気づけばあの路地にきていた。
「TairaQ」の文字が赤く発光している。たしか「バウンサー」というのだったか、黒いスーツにサングラスの男、カイトの胴体ほどにも太い両腕の男ふたりが店の入り口に立っている。
その男たちの、いかめしく引き締まっていた口もとがカイトのスーツのロゴをみてにへにへとゆるむ。ZAKURO社の旦那のおでましだ。
「あ、いや――」
カイトはあいまいに笑った。もちろん入るつもりはない。というか、入れないだろう。会員じゃないのだから。
通りすがりのふりをして立ち去った。
翌日、翌々日にもその通りすがりはやって来た。
声をかけられはしないくらいの距離をとり、待ちあわせのふりなどして、十五分ほども店の様子をうかがっている。
ダイクが入るのも、出てくるのもみたくない。みたくないからみにきてしまう。
業務中にもこの件ばっかりうかんできた。
AIは休憩をすすめる。カイトは答える、
「今日は休むわけにはいかないよ」
「そうでした。いい着眼点です。もうじきお客さまがお見えになりますね」とAI。
そう。重要なお客さんが――。
そう答えるカイトのもとに、つかつかとその人物はちかづいてきていた。
ZAKURO社は来客にも容赦なく、迷宮を提示する。
レイカはべつにたまたまちかくに用事があったからだが、早めにきてやったのに、きっかり定刻になるまでさまよわせられた。
それでむかついていて、ノックは暴行のようになった。
「はい」
あわてたような、カイトの声がする。
「ど――どうぞ」




