第15四半期「ヒョウガと臆し人」
――おれはヒョウガという星の出身でね。そこの住人は、星の名前そのままに「ヒョウガ」とよばれている。
おれは生まれたときからヒョウガだった。父も母も知らず、五十人ほどの仲間といっしょにそだったんだ。
そんな星、あんたは知らなかったろう。じつはこの星のすぐちかくにあるんだがね。ふしぎな性質をもっていて、陽の光をみんな弾いてしまう。いや、より正確にいえば、光のほうがよけて通るのさ。
だからものすごく寒くてね。ビルもみんな氷でできていて、年中吹雪がふき荒れている。
ずっと冬だから時候の挨拶もワンパターンだし、お歳暮も毎月贈らなきゃならん。
さて、ジョオ。なんでおれたちはそんな劣悪な環境で暮らしているんだろう?
なぜだとおもう?
ふいにそう問われ、ジョオは、返答にこまった。
ウケをねらう雰囲気でもないし、ばかだとおもわれるようなことはいいたくない。
「……しかたがないから」
試されることへのいらだちを感じながら、ジョオはつとめて強気にいった。
「そこに住むことを余儀なくされているから」
さすがだな、とジェイドがいって、ジョオの気持ちははなやいだ。
――そのとおりさ。ジョオ。おれたちはなにも好きこのんであんな星にとどまっているわけじゃない。
あそこでしか生きられないからなんだ。
なぜだろう?
ジョオ。それはこの宇宙ぜんたいが、くさったゲームの舞台だからなんだ。金持ちどもの独りよがりな、ね……。
熱いものがジョオの胸にこみあげる。
気づけばジョオは目の前の男の手をにぎっていた。ジェイドはジョオの手を、にぎりかえすでもなく、振りはらうでもなく、たださせたいようにさせておく。
――いまではヒョウガは五千人ほどもいる。そのうちあの星で生まれたものはもう十人ものこっていない。
みんな地球からきた、火星からきた、木星からきた、金星からきた……。太陽系中から、あつまってきたはぐれものたちだ。
はぐれものには、なりたくったってなれるものじゃない。
金持ちどもに追いやられてきた連中なのさ。
さて、ジョオ。
この宇宙が巨大なゲーム盤だとしたら、ルールとはいったいなんだろう?
それはだれが制定したものなんだ? だれの取りきめにしたがって、おれたちは一喜一憂してるんだ?
連中はいう。ひとのものを盗ってはいけません。どの口でいっている!?
先に盗ったのはおれたちか、それともやつらか?
ジョオはこころからの共感をこめて後者だといった。やつら権力者どもはおれらがふところから一グラムのアルミニウム硬貨一枚ぬきとるのだってゆるさない、それなのに、おれたちはカネも、それ以上のものも、搾りとられつづけている。
「さすがだよ、ジョオ」
ジェイドはいった。
「カネも、それ以上のものも……。そのとおりだよ」
称賛の快感よりずっとあたたかな電気がジョオを走りぬけ、ジェイドの演説を、ますます聴きたくなっていく。
――ジョオ。あんたはしばしばじぶんをおとしめて笑いをとろうとしているよな。じぶんのなさけなさや、くだらなさをすすんで示すことで相手の歓心を買おうとするようなところがあるよな。
責めてるんじゃないぜ。
それにしてみてもあんた本来の性質じゃなく、金持ちどものつくりだした、この宇宙というクソゲーをやりぬいていくためにあんたが磨きぬかざるをえなかった、涙ぐましい生存戦略であるにちがいないのさ。
あんたはばかじゃない。くずじゃない。おろかものじゃない。弱虫じゃない。なまけものじゃない。くそやろうじゃない。
あんたは無垢なのに、――無垢でいさせない宇宙がわるいんだ。
あんたが道化ものなんじゃない。あんたに道化ものの役割を強要する、この宇宙というゲームがくそでゴミなんだ。
ジョオ、号泣。
――そしたらいかさまをしてなにが悪い?
たんにゲームで勝とうとするだけでなく、盤面もろともひっくり返そうとしてなにがいけないんだ?
こんなクソゲーやってられるか!
これがこの宇宙への、ゆいいつのただしい向きあいかたであるべきなんじゃないのか?
そうする度胸のない連中――席につき、うすうす違和感をおぼえながらも、それでも行動にでるのがこわくて従順にゲームをつづけるばかな奴隷どものことを、おれは、おれたちは、「臆し人」と呼ぶ。
ジョオ。そいつらも同罪だぜ。金持ち連中の、片棒かつぎなんだ。
あんたはちがうよな? そんなブタやろうどもの一味じゃないよな?
なあ、ジョオ。
おれと来いよ。
はじめて会ったときから、おれはあんたから強いはぐれもののオーラを感じていたんだ。
他人というかんじがしなかった。
ヒョウガに来いよ、ジョオ。
そしておれたちといっしょに宇宙変革業務に従事しよう。
お前を打ちまかし、踏みつぶし、押しひしぎ、ゆがめさせ、無垢なままではいさせてくれなかった、すべてのもの――。
カネとか、権力とか、常識とか、掟とか、因習とか、固定観念とか――。
うすぎたなくちっぽけなすべてのお前の敵どもに、いまこそ復讐をちかうんだ。
さあ、来い。ジョオ。ヒョウガにはいれ。
はいっていっしょに宇宙を変えよう――。
――行かないで。ジョオ。話し合いましょう。わたしたち、きっとうまくやっていけるはずだわ。
おかしなことばにだまされないで。
敵なんてどこにもいないわ。みんなあなたの味方なのよ。
あなたがこころを開いてくれるのを待ってるの。
ジョオ。宇宙はゲームじゃない。変えるまでもなく、変わりつづけるの。
かなしいこともきっとある。やりきれないことだってたくさんあるわ。
でも、わたしたち、――わたしや、母さんや、叔父さんや、まわりのみんなたちと、助けあって生きていけば、ジョオ、きっと幸せになれるわ。
あなたが変わるために、宇宙ぜんたいを変える必要なんてすこしもない。
そのひとがいっているような「復讐」なんて、ぜんぜんいらないのよ。
わたしをみて。ジョオ。話し合いましょう。つつましくったっていいじゃない。
派手じゃなくったって、欠けているところがあったって……。
いっしょにしあわせになりましょう。
ジョオ。行かないで。そんなひとのところへ行かないで。
――「臆し人」だなあ、お前の嫁さんも。
すっかり洗脳されちまってる。
ジョオ。その女のいう「しあわせ」なんて、まやかしでしかないのさ。
それはだれよりもお前自身が知っているはずだぜ。
お前は金星のド田舎の牧場主で一生を終えるのか? ガキどもやカミさんのために一生を捧げて、「これでよかったんだ」とベタな自己欺瞞にふけりながらむなしく死んでいけるのか?
いいや、ジョオ。
さいわいなことに、あんたにはそんな才能は欠けているみたいだぜ。
あんたは吹雪のなかでしか生きられない。
おれたちといっしょにたたかいに身を投じるんだ。
おれら全員で宇宙の内定を総どりし、役員級にまでのぼりつめ、既存の秩序を食いやぶり、あらたな宇宙理念を提唱するんだ。
わくわくしてこないか?
ぞくぞくするだろう?
ジョオ。その感覚が、あんたの本質だよ。
あんたは根っからのはぐれもの。
根っからのヒョウガの一員なのさ。
――ジョオ。行かないで。
――来いよ。ジョオ。
――ジョオ!




