第14四半期「ジェイド」
男につれられてジョオは階段をおりていった。そこはバーになっていて、ほかに客はだれもいなかった。マスターさえもいない。いわゆるノーオペの店舗で、ボタンひとつで酒でもつまみでもわいてくるのだった。
ジョオはなんとなく気味のわるい感じがした。あまり好きになれそうもない雰囲気だ。
ふたりはサボテン酒で乾杯し、すぐに二杯目のウイスキーがきた。
男はジェイドといって、よその星出身で、いまはこのあたりでスカウトの仕事をしているのだといった。
なんのスカウトだよ? ジョオがたずねてもそれにはこたえず、逆にこう聞いてきた。
「さっきいっていたみたいなこと、あんたはいっつも考えてるのか?」
けれどジョオはもう五杯目にすすんでいて、さっきのことなんて覚えていない。ジェイドはいった、
「まあいいや。あんたは金星出身なのかい?」
そうだとジョオはいった。この街出身のビジネスパーソンで、製薬会社で営業をしている。年収はせいぜい七百万くらい。家のローンもあって、休日はゴルフに駆りだされたりもして、なかなかたいへんだよ。
それはこのあいだ説明会で知り合った連中の身のうえ話のパッチワークにすぎなかった。
しかしうそのじぶんになるのは奇妙にたのしくて、ジェイドもなかなか聴きじょうずだったので、ジョオはそのうちほんとうに来月プレゼンがひかえていたり、土星にしょっちゅう出張にでかけたりしている気分になってきた。
別れぎわ、ジェイドはこういった。
「あんたはほんとうに話しじょうずだなあ、ジョオ。あんたと飲んでると日ごろの嫌なことなんかみんなきれいに忘れちまうよ。天才的なトーク力だな」
そうかな? そんなかな? しかしそういわれると、もちろんいやな気はしない。
ふたりは毎晩会うようになった。
「――それで、主任は左遷されたのさ」
「あっはっは――それはあんたの作戦勝ちだなあ、ジョオ」
「それから課長も――」
「――あんたはそんなことに気づくのか!? ものすごい観察力だな」
「うちの嫁がさ……」
「――それはまったくだ。あんたが怒るのももっともだよ、ジョオ」
ジェイドはキャシィたちとちがい、ジョオのセールスポイントをほんとうにわかってくれている。ちょっと言いまわしを工夫してみればすぐに気がついてワードセンスをたたえてくれるし、たまにツッコミをいれてやれば頭の回転に舌を巻く。
どんな愚痴でもさえぎらないで聴いてくれるし、おどけて自虐に走ったときには、そのふるまいの底にある、かなしい本音にしんみり共感してくれる。
無能には石ころにみえるらしいジョオのたくさんの宝石を、さすがスカウトというべきか、ジェイドは見ぬいて讃美してくれた。
それがものすごく気持ちいい。
それだけにジョオはたまにジェイドが不機嫌そうにしていたり、黙りこんだりしていると、なんともいえずに不安になって、
――この男を失望させたくない!
と、いっそう大げさなおもしろトークに走るのだった。
あるときジェイドがこう言いだした。
「なあ、ジョオ。いまの宇宙って、あんたはどうおもう?」
いつになく真剣なまなざしだ。なんだか面接でもうけているような気分でこわくて、ジョオは、またおちゃらけた方向に話をもっていこうとした。
「くそだよ。くそ・オブ・くそ――」
「そうだな」
くすりともせず、落ちついた声で、ジェイドはいった。
「たくさんの不正がなされているよな」
ジョオはだまった。
ちょっとむかついた。
――なんだ、こいつ。ひとが気をつかって、頭もつかって、愉しい雰囲気をだそうとしてやってるっていうのに、じぶんひとりだけ、まじめぶりやがって。
「ちょっと、ゲームをしようぜ」
ジェイドが提案した。ジョオが承諾するまでもなく、カードの束が卓上にほうられた。
それは五十四枚の名刺だった。
「ルールはかんたん。おれとあんたで五枚ずつひく――」
ジョオはぼんやりときいていた。要するに、最終的に、手札の人物の合計年収が多いほうが勝ちなのだ。
「おもしろそうじゃんか」
ほんとうはトークショーの主演でいるほうがずっとおもしろいので、内心ちょっと興ざめ気味だったが、ジェイドを怒らせてはいやなので、適当なことをいっておく。さっさと終わらせよう。
「なにを賭ける?」
ジェイドがきいてきた。カネか? それ以外か?
ジョオにはカネがない。
ジェイドは札束を積んだ。あごの外れそうなジョオに、
「おれはこれでいこう。あんたは――そうだな。こうしないか? ジョオ。もし、おれが五回連続で勝ったら――」
五回連続? どんな無理難題を要求されるのだろうとジョオは身がまえた。しかしジェイドの提案は、
「――おれの話を聴いてもらおうか。どうだ? ジョオ。やるか? やらないか?」
話? なんだそんなこと。
勝てば大金がもらえる。これだけのカネがあれば、なにかビジネスでもはじめられる。
そしたらおれは社長だ。一流の仲間いりだ。
ジョオは牧場の仕事に飽きていた。こんな宇宙の辺境で、電気動物の世話をして、だれに持てはやされるわけでもなく、ろくにぜいたくも知らずに死んでいくのはいやだった。
まして子どもだなんて!
ジョオはまだジョオの人生すらじゅうぶんに生ききれてはいないのだ。
最後に一発どでかい花火をぶちあげたいのだ。
――結果は負けだった。
ジェイドの手札は役員ぞろいの、ロイヤルストレートフラッシュ。ジョオにきたのは平社員ばかりだった。
「もう一回?」
ジェイドがきいた。ジョオはうなずいた。
そして連敗。
八回勝負して八ぺん負けたとき、ジョオはようやく気がついた。
「きたないぞ!」
ジェイドはいかさまをしている。
「お前さっきから、重役ばっかり!」
「そうだよ?」
あっさりと、ジェイドは認めた。
「おれはいかさまをしているよ。――だが、ジョオ。よーく考えてみてくれないか? だれが、いかさまをしないだなんていった?」
「なんだと?」
「いかさまをしてはいけないというルールもない。いや、あったところで、事実いかさまはできてしまうだろう」
「おかしいだろ、そんなの!」
「なにが?」
ジェイドはぬっと身を乗りだした。ジョオはおもわず背もたれにひっつく。
「じょ、常識的に考えて……」
「常識、ねえ……」
ジョオはジェイドにじっとり見つめられ、こわくなってきた。
急にたましいの宿った人形に追いつめられたような気分だった。
「ジョオ。約束通り、おれの話を聴いてもらおうか」




