第13四半期「しあわせな生活」
春がきた。
「ガキのころさ」
桜色のサボテン並木を歩きながらジョオがいった。
「金星って、すごくおっかない場所だとおもってた」
どうして? おかしそうにキャシィがきく。
「硫酸の雲があったり、地表が四百六十度に達したり――」
「なに、それ」
笑いが花ひらく。ころがってきたキャンディボールをほうりかえしてやってから、
「ひどい偏見だわ」
「それじゃ、地球はどんなイメージさ?」
ジョオもいたずらっぽくたずねかえす。キャシィはちょっと考えてから、
「スシ、テンプラ、それから、――ハラキリ」
「なんだよそれ」
ふたりで笑う。
ばか話ばかりだったわけでもない。しんみりとすることもあった。
夜、ジョオが眠れずにいると、キャシィはよくディムから出たホットミルクを二杯トレーにのせて、部屋をたずねてきたものだった。
星をみながら、キャシィはこういった。
「わたしのパパ、就活生だったの」
シュウカツ!? ひさびさにきいたそのことばはジョオの心臓をにぎりつぶしかけた。
「転職活動をしにいったのよ」
「宇宙へ?」
「そう。冥王星へ」
ジョオはミルクを噴きだしかけた。冥王星!?
「うん。……悪い仲間にだまされたのね。パパは、ほんとうにすなおなひとだったらしいから」
それ以上、キャシィは語ろうとしなかった。
ジョオは、なんといっていいのかわからずに、じぶんの話もすることにした。
生い立ちのこと。いたずら屋のこと。就活のこと。そして、リョウのこと。
語るうち、涙のとまらなくなったジョオを、キャシィはそっと抱きしめた。
――そして教会の鐘がなった。
ささやかな宴がひらかれた。
ジョオの招待客はひとりだけだった。そのひとりだけのための特等席はだれにもすわられることはない。卓上の手紙はいつかきっと読んでもらえる日がくるだろう。
午後にはもう、タキシードも、ドレスもぬいで、ふつうの暮らしがはじまった。
仕事する。
メシを食う。
そして、ひとつの寝室へはいっていく――。
その日からジョオは、なんだかぼんやりしはじめた。
ディムのメンテナンス日にドムを分解したり、メリルの給油日にあやうくサラダ油をやりそうになったりした。
「つかれてるんだよ」
モリーはいった。
「スペアリブでもお食べ」
それは吐瀉物になった。
パーツ屋のおやじはこんなことをいう。
「かわいい嫁さんもらって。しあわせもんだなあ」
「ははは……」
「どうだい、夜のほうは。お盛んかい」
「ははは……」
肉屋もミルク屋もオイル屋も――。
「お前も一家のあるじだからなあ」
「子どもはまだかい?」
「男は死ぬ気で家族を守らなきゃ!」
ははは……。ははは……。ははは……。
ジョオは酒をのむようになった。
ボブがいろいろな惑星のめずらしいワインやブランデーを愛蔵している。ジョオはなにかと口実をつけ、かれと一杯やりたがった。
「いいや、ジョオ。ちょっと、最近のみすぎだぞ」
そういってことわられるようになってからは、こっそり酒場へでかけるようになった。
そこは楽園か? すくなくとも酒はジョオを失望させない。
たまに下半身事情のひけらかしあいこそ男同士の友情のはじまりにふさわしいと信じこんでいるようなゼロデリカシーおやじがとなりにくると、ジョオはだまって席を立ち、殴ったり殴られたりすることもあり、
「いやあ、ちょっと転んじゃってさ」
あきらかにアルコールくさい息で青あざの理由を弁明するジョオに、キャシィは
「ふーん……?」
それは「ふーん……」になり、「……ふーん」になって、ついにはふーんもなくなった。
ジョオは酒をのむ。
――おれは欠陥品なんだ。
ジョオは酒をのむ。
――だれともわかりあえやしない。
ジョオは酒をのむ。
――人間は、ごちゃごちゃとよけいなことばかり……。
テレビがいう。ネットがいう。そこらのひとびとがいう。
――男は……。男ならば……。男として……。
「くそが!」
夜道はサボテンをけとばしつつ歩く。
「くそが! くそが! ――このくそが!」
こんな星はないものだろうか。
そこでは赤ん坊こそもっとも忌みきらわれる存在なのだ。
ばぶばぶほざくのもむかつくし、きゃっきゃとはしゃぐのもいらつくし、寝顔をみてると疲れがたまる。
両親の嫌悪を一身にそそがれた赤ん坊は邪悪な幼児になり、やがて極悪な大人になっていく。
人財の宝庫にもなりうるだろう――。
「おもしろい話だね」
声をかけてくる男がいた。夜闇に浮かびあがるような白銀のスーツ。そして銀色の髪。
「くわしく聴かせてくれないか?」




