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12-5:決戦

 クロトールは、イヴォとともに草むらに飛び込んだ。ノガタスが逃げ込んだ森は藪だらけで、視認性が著しく悪かった。それでも、奴がそれほど遠くない場所にいるのは分かっていた。数メートル先で、激しく揺れ動く草木がその証拠だ。


 走り続けて息が上がってきた頃、急に視界が開けた。二人は、森の間を延びる細い道の上に立っていた。そこにはノガタスもいた。奴は骨の刃が刺さった胸部を抑えながら、肩で息をし、痛みに耐えていた。


「さぞ愉快だろう。私が苦しむ姿を眺めているのは」


 こちらに振り向いたノガタスが、息の混じった声で問いかけた。エイレナの魔法と墜落時に負った怪我によって、奴は少なからず弱っているようだった。


「だが、残念だな。この戦いの最終的な勝者は私だ。お前たちはドラゴンを仕留め損なったのだから。あの子は今後、私の助けなしで成長を続け、やがて世界を焼き尽くすだろう」


「こんな茶番はいい加減、終わりにしよう」


 クロトールは<誇り>の切っ先をノガタスに向けた。剣を傾けると、その表面は頭上を覆う雲と同じ色に変わった。雨雲だ。雨が近づいている。


「ルキウス・アルコニウス・ノガタス。お前に残された選択は二つに一つだ。降伏か死か?」


 ノガタスは陰気に一笑すると、勢いよく剣を抜いた。奴が一族から盗み出した美しい宝剣は、外気に触れた際に一瞬、ぎらりと光った。


「どちらを選んでも同じことよ。お前とイヴォで、まとめてかかってくるがいい。ここでお前たちが負けたら、二人がかりで勝てなかったことを生涯、笑い種にしてやる」


 最初に攻撃を仕掛けたのはイヴォだった。血気盛んな彼は、これまでの屈辱を晴らすべく、恐るべき速さで斬りかかった。が、ノガタスは攻撃をいとも簡単にかわし、反撃の突きを与えた。


 イヴォは剣が触れる直前に飛び退いて、難を逃れた。負傷し、圧倒的不利な状態にあっても、ノガタスの動きはイタチのように素早い。


 クロトールも剣を振るった。イヴォの攻撃の合間に斬撃を繰り出し、ノガタスに休む暇を与えないようにした。対するノガタスは迎撃と反撃に専念し、かわしては突き、かわしては突くを繰り返した。


 三人の剣が光り、ぶつかり、音を立てた。その間、ノガタスは動きを止めず、終始悪魔のようなしぶとさを見せた。クロトールは、奴の左後方を狙った際、動きを読まれて反撃の突きを受けた。幸い間一髪で避けたが、その直後、破れた上着の隙間から、空気が入ってくるのを感じた。


「ふん、大したことないな」


 距離が開いた際、不意にノガタスが言葉を発した。その顔は余裕を装っていたが、額には脂汗が浮かび、吐き出す息は苦痛で湿っていた。


「何を手間取っている? 死にかけの男と、二対一で戦っているんだぞ。しょせんは負け犬同士、腐った藁の寄せ集めでしかないということか」


 奴の挑発に耳を貸すな——クロトールは目配せして自制を促したが、イヴォはその挑発にまんまと乗ってしまった。彼はノガタスに向かってマスティフ犬のように突進すると、勢いに任せて乱暴に剣を振り上げた。


 <竜教団>の創設者であり、人心掌握に長けたノガタスにとって、イヴォの衝動性を操るのは造作もないことだった。奴は大振りの一撃をひねってかわすと、慣性を利用して鋭い水平斬りを放った。勢いづいた一閃はイヴォの剣を弾き、高々と宙に飛ばした。


 剣を失ったイヴォはその場で目を見開き、陶器のように顔を青くした。クロトールは急いで間に割り込み、ノガタスがイヴォを切り裂く前に攻撃を受け止めた。それからは一対一の戦いとなり、両者は鏡合わせの踊り子のように辺りを舞った。


「あの哀れなイヴォは、痛みとしびれのせいで、しばらく動けないだろうな」


 ノガタスが脂汗のにじんだ顔に、冷笑を浮かべて言った。


「つまりは審問官、これは我々二人の戦いだ。私とお前だけの」


 前進と後退を繰り返すうちに、森の中に入った。辺りの樹木はそれほど多くないが、足元に生えた下草のせいで歩きにくい。時折、視界に入る暗い空は、雨の到来がそう遠くないことを示していた。天はどちらに味方するのだろうか。信仰に揺らぐ審問官か、それとも歪んだ信条を持つ異端者か。


 両者は飛び出し、刃を交差させ、力で押し合った。その際、息がかかるほどの近距離でノガタスが顔を歪めた。怪我が相当痛むのだろう。いったん距離を取り、相手に再度近づこうとしたその時、天から水滴が落ちた。いよいよ雨が降り出したのだ。


 剣をかわし、突き、打ち合っている間にも雨は強まり、やがて土砂降りに変わった。地面の土はぬかるみ、足元はすべりやすくなったが、それでも戦いは続いた。一瞬、目の前が光で覆われ、雷鳴が鳴った。雨粒、泥、雷——クロトールは、これほどの悪条件の中で戦った経験がなかった。一方、長年各地を放浪して剣の腕を磨いてきたノガタスは、悪天候を味方につけて攻勢に転じた。


 強烈な斬撃を受け止めたクロトールは、その時、濡れた下草に運悪く足を取られた。それはほんの一瞬の出来事だったが、ノガタスは隙を見逃すほど愚かではなかった。振り上げられたノガタスの剣が刀身を弾くと、<誇り>は悲鳴に似た金属音とともに手を離れ、二、三歩離れた地面の草むらに突き刺さった。


「これで終わりだ、審問官」


 クロトールの全身を激しい悪寒が襲った。ノガタスが至福の表情でこちらを見据え、剣を振り上げるのが見える。


 終わりだ——そう思ったクロトールは、抗いようのない運命を前にして、とっさに目を閉じた。だが、直後に聞こえてきたのは自分の断末魔ではなく、ノガタスの叫び声だった。


 目を見開くと、すぐそばでは信じ難いことが起きていた。そこには馬のファリオンが——亡き同僚と同じ名前をつけた自分の愛馬がいたのだ。それが今、ノガタスの右肩に噛みついて、体を拘束している。


 ノガタスは痛みのあまり、自分の剣を地面に落とした。奴は抵抗し、無事な方の左手でファリオンを殴ったが、ファリオンはそれに動じるどころか、いっそう強く噛んだ。


「くそっ、こいつめ——」


 今が好機だ。クロトールはわずかな時間で<誇り>を拾い直し、ノガタスに獅子のような速さで向かっていった。


 しかし接近する直前、予備のナイフを手にしたノガタスが、ファリオンの首筋を深く切った。ファリオンが悲鳴を上げて地面に倒れるのを見たクロトールは、自分の内側で激しい怒りが湧き起こるのを感じた。そして感情に任せるまま<誇り>を振り、ノガタスが向き直る前にその喉元を切り裂いた。


 ノガタスは皿のように目を見開き、同時に口も大きく開いたが、声は出なかった。奴はやがて仰向けに倒れると、それ以降、一切の動きを止めた。開いたままの両目から徐々に光が消え、それで死んだのだと分かった。


 クロトールはノガタスの死体に歩み寄ると、奴の手から血まみれのナイフを抜き取った。そのナイフは最初、赤く濡れていたが、降り続く雨が何事もなかったかのように洗い流した。そう、まるで何事もなかったかのように。



***



 イヴォが追いついた時、クロトールは地面に横たわるファリオンのそばにしゃがんでいた。神のお告げのように突然現れたその馬は、今や生命を失い、うつろな瞳を天に向けるだけだった。もはや死体となった馬の首筋を、クロトールはなでていた。これまでの労苦に報いるように、優しい手つきで。


「ここで何があったんだ?」


 ノガタスと馬の死体を交互に見ながら、イヴォは尋ねた。そのまま雨に打たれながら答えを待ったが、クロトールは下を向いて黙ったままだ。


 もう一度同じ質問をしようとした時、つぶやきにも似た答えが返ってきた。


「私にも分からない」


 クロトールは手を止めて立ち上がったが、視線は未だ馬の方に注がれていた。


「ファリオンはなぜここに来たのだろう? 私は彼を高台に置いてきたはずだ。戦いの邪魔になったり、危険な目に遭うことがあってはいけないからと」


「確かにそうだ」


 イヴォはうなずき、言った。


「あなたの馬は、あの場所に残っていたはずだ。それが今ここにいるということは——途中であなたを恋しがって、後を追ってきたのかもしれないな」


「いや、それだけとは思えない」


 クロトールは、下を向いたまま首を振った。その声は、感情の高ぶりによって明らかに震えていた。


「ファリオンは、死んだ同僚から拝借した馬なんだ。元の持ち主は信仰に篤い人で、他の同僚からは”聖人ファリオン”と呼ばれていた。馬の名前も彼から取ったんだ」


「つまり、あなたは——かつての同僚が馬の姿を借りて、助けに来てくれたと思っているのか?」


 イヴォが首をかしげて尋ねると、クロトールは一瞬押し黙った後、次のように言った。


「それもあり得るかもしれない。しかし、私が考えているのはそれとは違う、もっと別の可能性だ」

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