12-2:決戦
要塞に侵入した一行は、ノガタスが潜伏していそうな場所を、片っ端から探していった。厨房、寝室、訓練用の大広間に武器庫——
そして牢獄。イヴォの話によると、ノガタスは暇さえあれば牢獄に立ち寄り、囚人たちと話に興じていたらしい。
「牢獄はこの先だ」
一行を先導するイヴォが、石材でできた薄暗い通路を歩きながら言った。
「奥には囚人たちがいる。害のない連中だから、どうか剣は抜かないでくれ」
通路の奥にあったのは、”牢獄”としか言いようのないほどの、殺風景な空間だった。分厚い格子に囲まれた、藁と容器があるだけの部屋。しかし、それらのいずれの場所にも、本来いるべきはずの囚人がいなかった。どこも無人で、あるのは彼らの臭いや髪の毛などの、わずかな痕跡だけだ。
「何かがおかしい」
牢獄の様子を見終えたイヴォが、不安に駆られた表情でつぶやいた。
「囚人たちはどこに行ったんだ? 全員がまとめていなくなるなんて」
その時、辺りを調べていたミアが、皆の注意を引くため声を発した。
「ちょっと、これを見てください」
彼女が発見したのは、床についた大量の血痕だった。部屋の中央に突然生じたそれは、何かを引きずったような軌跡を残した後、壁際で消えている。
「変だと思いませんか? この血は行き止まりの壁の辺りで、いきなり止まっています。普通はこうはならないはずです」
ミアは足元に目を向けつつ、疑問を口にした。彼女が主張したように、床上に伸びる血の跡は、壁に向かって伸びた後、血だまりもないまま突然、途切れている。
とすれば、この血痕は、かなり特殊な状況で発生したことになる。誰かが壁に寄りかかって傷を早急に治したか、あるいは——壁そのものをすり抜けたか。
ふとあることをひらめいたクロトールは、自分の拳を使って壁をたたいてみた。その後は、他の場所の壁もたたいて、音色を聞き比べてみた。
結果は思った通りだった。血痕のある部屋は、そうでない部屋と比べて、高く乾いた音が鳴る。おそらく、壁の反対側に空洞があるのだろう。
「向こうに隠し部屋か何かがあるのかもしれない。これについて知っているか、イヴォ?」
クロトールは手がかりを期待してイヴォに尋ねたが、残念ながら、返ってきた反応は芳しくなかった。
「知らない。この要塞は、俺が生まれるずっと前にできたものだから」
一行はしばらくの間、手立てなく立ち尽くした。だが、そんなある時、牢獄の壁掛け燭台に目を留めていたエイレナが、不意に何かを思い出したようにつぶやいた。
「もしかすると、案外、古典的なトリックかもしれないぞ」
すると、彼女は何を思ったか、燭台の火を吹き消して、好き勝手にいじり始めた。押すなり捻るなりしていた次の瞬間、突然、燭台が素早く回転し、目の前の壁が水平方向に動き始めた。
壁が大きな音を立てて消失すると、その先には暗く、埃っぽい通路が続いていた。過去の古びた空気が、濁流のような勢いで牢獄の方へ流れてくる。
加えて通路の先には、それまで途切れていた血の跡があった。誰かがつい最近、ここを通ったのは間違いない。
「昔読んだ物語の中に、同じ仕掛けのトリックがあってな」
エイレナは、隠し通路を見つけたのが誇らしいようで、得意げに笑っていた。
「物語の主人公は、通路の先で宿敵と対峙する。この道もおそらく、ノガタスのもとへ続いていることだろう」
「あんたが読んだその物語は、幸せな結末で終わるんだろうな、エイレナ?」
フェリックスがおそるおそるといった様子で尋ねたが、エイレナはいつものように微笑むだけで、何も答えなかった。
通路は要塞の深部へ向かって下降している。クロトールは牢獄から松明を拝借すると、仲間を先導する形で最初の一歩を踏み出した。下から上がってくる空気には、古代の臭いとともに死の気配が混じっているような気がした。
***
最初に感じた死の気配は、あながち間違いではなかった。神々のレリーフが並ぶ一本道をひたすら下っていくと、やがて死者を納めた棺が横たわる、広大な空間に出たからだ。
天然洞窟を加工して造られたその場所は、<森の民>の祖先が眠る巨大な地下墓地だった。訪れる者が絶えて久しいのか、手つかずのままの副葬品は、埃や蜘蛛の巣でほとんどが埋もれている。
降り積もった塵が時折舞い上がり、濃い霧となって視界を遮ろうとする。そのような環境の中、クロトールは松明を片手に仲間を導いていった。このような場所では明かりは心強い味方となるが、一方で敵に見つかるリスクも高まる。慎重に進まなければ。
「他の皆さんが来るのを待った方がいいのではないですか?」
ミアが石をかじる鼠たちに目を向けながら、小声で尋ねた。彼女は暗がりに潜む見えない気配に対して、明らかにおびえている様子だった。
「この先にノガタスとドラゴンがいるなら、兵士たちと力を合わせた方が——」
「いや、今さら彼らと合流するのは困難だろう」
エイレナが反論した。
「それに、我々が時間をかけている間に、ノガタスは逃げ出すかもしれない。そうなれば、これまでの苦労が全て水の泡になってしまう」
クロトールもエイレナと同意見だった。ノガタスは状況が不利になると、味方を犠牲にしてでも生き延びようとする卑劣な男だ。奴に隙を与えてはならない。
「私もエイレナに賛成だ。ノガタスはここから逃げるつもりでいる。奴はこの混乱に乗じて、行方をくらませる気だ」
「そうかもしれないけど、俺はミアと同じで、兵士たちを待った方がいいと思うな」
フェリックスが、埃っぽい空気にせき込みながら意見した。
「ノガタスはこの通路を使って、囚人たちと一緒に脱出したんじゃないか? 奴は人を操るのが上手いから、解放した囚人たちと手を組んで、俺たちに襲いかかってくるかもしれないぞ」
「いや、おそらくそれはあり得ない」
それまで無言を貫いていたイヴォが、暗い表情を浮かべて否定した。
「ノガタスは囚人たちを解放したんじゃない。連れ去ったんだ。これはあくまで推測だが、囚人たちが通路の先に連れていかれた理由は——」
すると、話を聞いていたフェリックスの顔が、途端に青ざめた。きっと途切れた言葉の続きを予測して、気分が悪くなったのだろう。
「そんな。まさか——」
「きっと、そのまさかだ」
答えるイヴォの表情は硬かった。
「囚人たちは、ドラゴンの餌として連れていかれたんだ。空を長い時間飛ぶには、十分な栄養が必要だから」
「そんなところだろうと思っていた」
エイレナは物憂げに息を吐いた後、そう言った。
「ノガタスに連れていかれた囚人は、今頃は全員がドラゴンの腹の中ということだな」
「我々が急いで駆けつければ、一人か二人は助けられるかもしれない」
クロトールはそう言うと、持っていた松明をより高く掲げた。
「急ごう。この先で何が起きているにせよ、ノガタスを取り逃がすことだけはしたくない」
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