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12-1:決戦

 その要塞は、断崖の遥か向こうにあった。


 <森の民>の祖先が造った太古の要塞は、森の緑を背景に堂々と鎮座していた。建物を構成する白い石壁が、東からの強烈な日差しを反射して、見る者の目を刺激する。外壁に沿って並ぶ尖塔は、それ自体が威圧的な雰囲気を放ち、侵入者ににらみを利かせていた。


 クロトールが森の高台で<誇り>の手入れをしていると、狩人のフェリックスがかすかな音を立てて現れた。彼のブーツについた草汚れは、水気を帯びて光っている。察するに、かなり急いで来たのだろう。


「イヴォから伝言を預かってきた」


 彼は息を弾ませながら言った。


「敵は俺たちの計画に気づいて、要塞の守りを固めているらしい。城郭に弓兵を配置して、待ち受けているんだ」


「厳しい戦いになるのは間違いない。あの建物は、三方を崖で囲まれているからな」


 そこまで言うと、クロトールは<誇り>を磨く手を止め、顔を上げた。そして、これから自分たちが攻める予定でいる、恐ろしく強固な城塞の外観を眺めた。


 周囲を崖に囲まれた要塞の侵入方法は、非常に限られていた。これまでに確認されている経路は、西東方向に延びる長い石橋のみ。加えて、内部に侵入するには、入り口を塞ぐ堅固な城門を破らなければならない。


 まさしく無敵の要塞といっていい構造だが、それでも勝機がないわけではない。こちらにはクー・ファディルの兵士たちに加えて、森の神々が味方についている。橋の先にある城門を開くことができれば、戦況は一気に変わるはずだ。


「ところで、フェリックス。エイレナとミアを見かけなかったか?」


 クロトールは<誇り>を鞘に収めた後、フェリックスに尋ねた。


「危険な目に遭っていなければいいんだが。あの二人はすぐに戻ると言って、出ていったきりだ」


「心配をかけたな。今戻ったぞ」


 エイレナとミアが、狙いすましたようなタイミングで戻ってきた。二人は薬草の補充のため、一時的に別行動を取っていたのだった。実際、成果はあったようで、ミアが背負う荷物はいつも以上に膨れ上がっていた。


「わたしもミアも準備は万全だ。作戦開始はもうすぐか?」


「ああ。しかるべき時に、イヴォが我々を迎えにくることになっている」


 クロトールはエイレナの問いに答えると、眼下の景色に目をやりつつ、立ち上がった。間もなく赴くことになる要塞は、朝の霧が取り払われたことで、輝きをいっそう増していた。


「その後、隊長の部隊と合流したら作戦開始だ。合図の角笛を吹いて、それから——戦いが始まる」


 イヴォが一行を迎えにきたのは、そのすぐ後のことだった。高台を離れる直前、クロトールはこれまで苦楽をともにしてきた相棒、馬のファリオンのそばに寄った。これから始まる戦いを知ってか知らずか、ファリオンは普段より落ち着きがなく、しきりに首を振っていた。


「今から行ってくる、ファリオン。後で必ず迎えにくるからな」


 そう言って首筋をなでてやると、ファリオンは動きを止めて、クロトールの姿を食い入るように見つめた。その様は、動物であるにも関わらず知性めいていて、かつての同僚である”聖人”ファリオンの、思慮深い眼差しを思い起こさせた。


 クロトールはファリオンをなでる手を止め、束の間、思いを巡らせた。この馬にはいったい、何が見えているのだろう。戦いに勝利する未来か、あるいは——もっと別の何かだろうか。



***



 マツとカバノキの混合林を抜け、シダが生い茂る一帯に出た一行は、森で待機するガロン隊長の部隊と遭遇した。彼らは作戦開始に備え、要塞の橋の近くで待機していたのだ。


 隊長はクロトールの接近に気づくと、ゆっくりとした歩調でこちらに歩いてきた。戦いが迫る中、彼の表情はいつも以上に引き締まって見えた。


「兵たちの調子はどうだ、隊長?」


 クロトールが挨拶がてらに声をかけると、ガロン隊長は後方の部隊に目をやりつつ、次のように言った。


「ご覧の通り、人員は可能な限り集めた。だが、それでも戦いは熾烈(しれつ)を極めるだろう。後はこちらが勝利できるよう、神に祈るしかないな」


 隊長が”神”について言及したので、クロトールは何も答えず、ただうなずくだけに留めた。戦いを前にして、宗教の話題に触れるのは可能な限り避けたかったからだ。それゆえ、己の揺れる内面を探られる前に、話を進めることにした。


「我々も準備ができている。それで、作戦はいつ始めるんだ?」


「もう間もなくだ」


 そこまで言うと、ガロン隊長は何かを探すように天を仰いだ。頭上の空は天気が崩れ、大部分が雲によって覆われ始めている。その曇り空を背景に、一羽の鳥が円を描いて飛んでいた。鷹や鷲にしてはずいぶん大きい。


 隊長は視線を地上に戻すと、イヴォに目をやった。その表情は真剣そのものだ。


「作戦を始めよう。イヴォ、合図を出してくれ」


 イヴォは短くうなずくと、腰に提げていた角笛に手を伸ばした。それはクロトールが放浪民の長老から譲り受けた、合図用の角笛だった。イヴォが注ぎ口に息を吹きかけると、角笛は哀愁を帯びた独特な音色を辺りに響かせた。


「総員、前進せよ!」


 ガロン隊長が指示を出すと、兵士たちは(とき)の声を上げて移動を始めた。陣形を組んで進む部隊の先頭を歩くのは、大盾を構えた元捕虜たちだ。前線で味方を守る壁となり、本隊を安全に渡らせること——それが彼らの役目だった。それゆえ武器は支給されず、身を守る大盾だけを手にしていた。


 やがて、要塞の方でも動きがあった。部隊の接近に気づいた森の戦士が、胸壁や城郭から攻撃を仕掛けてきたのだ。攻撃を防ぎきれなかった数人の捕虜が地面に倒れ、橋の上に取り残される。戦闘の規模は、国家や貴族の闘争とは比べものにならないが、それでも目の前で起きているのは間違いなく戦争だ。


「兵士たちは本当に大丈夫なのですか?」


 倒れる捕虜たちを目にしたミアが、懸念を口にした。


 彼女が心配するのは当然だった。クー・ファディルの兵士たちは、逃げ場のない橋を渡ったうえで、城門を破壊する必要がある。それも百人ほどの、わずかな人数でだ。


 それは一見、勝ち目のない戦いだが、今回は幸いにも強力な味方がついている。クロトールは目を細めて要塞の方を見た。どうやら合図を受けて、作戦の次の段階が始まったようだ。


 それまで上空を旋回していたニウェンが、敵の隙をついて地上に急降下したのは、ちょうどその時だった。彼女は不規則な動きで敵の射手を翻弄しつつ、鋭利な爪で積極的に攻撃を仕掛けている。上空から突如現れた謎の生物によって、要塞の城郭はパニックに陥った。


 時を同じくして、エルゲオンも騒ぎを起こし始めた。壁を伝ってこっそり侵入した彼は、天井を素早く移動しながら、城壁の間で好き勝手に大暴れしている。


 そんな中、突然、辺りに妙な音が鳴り響いた。ゴトゴトという低音と、鎖が激しくぶつかる音が、手前の方から聞こえてくる。


「何の音だ?」


 森の戦士たちが抱いた疑問は、ただちに解消されることとなった。音の出どころは、要塞の入り口を塞ぐ巨大な門だった。ニウェンの背に乗って建物内部に潜入したカイが、制御室から昇降機を操作して、門を開いたのだ。森の戦士たちが唖然とする中、クー・ファディルの兵士たちは、城門から要塞の内側へ一気になだれ込んだ。


 クロトール、エイレナ、フェリックス、ミア、イヴォの五人は、部隊に少し遅れる形で要塞に突入した。未だ戦いが続くこの場所で、探すべき標的は二つ——<竜教団>の創始者であるノガタスと、奴が従えるドラゴンだ。


「イヴォ、ノガタスやドラゴンがいそうな場所へ連れていってくれ。お前は誰よりも要塞に詳しいはずだ」


 イヴォはクロトールの要求にうなずくと、要塞の地下へ一行を案内した。下り階段から吹き上げてくる風が、すれ違う者の頬をぞっとする手つきで撫でてくる。


 階段を下るにつれ、地上で戦う兵士たちの声は徐々に遠ざかっていった。同時に辺りは急速に暗くなり、光源は燭台の明かりだけが頼りとなった。



***



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