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11-2:信仰が揺らぐ時

「エイレナ、一つ質問していいか?」


 クロトールは、ためらいがちに切り出した。自分が抱える悩みに答えられるのは、異教の神々に詳しい彼女しかいない。そう思ったからだ。


「神々の霊魂は、<黒鉛の森林>以外でも見ることができるのか? たとえば、帝国の領内でも?」


「もちろんだ。神々の消滅はこの森だけでなく、世界中で起きている。夜に適当な地域をうろつけば、人気のない場所で見かけることもあるだろう」


 エイレナは質問にひととおり答えてみせたが、クロトールの不意打ちにも似た問いかけに、少々面食らった様子だ。


「しかし、クロトール。なぜそのようなことを聞く? 老後の楽しみに、世界各地の霊魂巡りでも計画しているのか?」


「そんなわけがないだろう。私が気にしているのはもっと別のこと——自分の信仰についてだ」


 クロトールは、重い口調で述べた。一度口にしたからには、喋り続けなければならない。ここで余計なことを考え始めたら、ためらいが生じて、言葉が出てこなくなるだろう。


「洞窟でヤンクログが死んだ時から、ずっと疑問に思っていたんだ。昔、私を助けてくれた神は、私が信じる神とは違う存在なのではないかと」


 すると、エイレナは今の一言に強く惹かれたようで、すっと身を乗り出してきた。


「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」


「以前、放浪民の宴の席で話したことを覚えているか? 当時迷子だった私を、神の光が救ってくれたという話だ」


 水辺を漂う無数の霊魂を眺めたまま、クロトールは続けた。神々の魂は水面で連なり、離れるなどして、それ自体が一つの星座のように見えた。


「私はそれを、帝国の神がもたらした奇跡だと信じてきた。だが、今目の前を漂う霊魂の特徴は、幼い頃に見た光の特徴と、驚くほど似ているんだ」


 疑問に目を細めるエイレナを前にして、クロトールは話の続きを急いだ。彼女に向かって、最後まで話さなければならない。たとえその後に、恐ろしい結果が待っていようとも。


「私は恐れているんだ。かつての私を救ったのは、帝国の神ではなく、異教の神の霊魂だったのではないかと。そして、仮にこの予想が正しければ、私の人生は取り返しのつかないことになってしまう」


「なぜ取り返しがつかないと——ああ、なるほど」


 <永遠の夜明け>の魔術師であるエイレナは、クロトールの複雑な心境を理解できるほどに賢かった。


「これまでお前のしてきたことが、無意味になるからか。神のために生きると決め、何十年もかけてきた歳月が。違うか?」


「そうだ。まさしくその通りだ」


 クロトールは、暗く沈んだ声で答えた。エイレナの分析は、腹立たしいほどに当たっていた。


「これまでおよそ三十年の月日を神に捧げてきた。周りに味方がいない時も、神が救ってくれた事実を心の支えにしてきた。でもそれが、実際には全く別の神に仕えていたのだとしたら?」


 全く別の神だとしたら——クロトールは心の中で続けた。自分は今まで何のために祈り、耐えてきたのだ? 何のために?


 エイレナは話を全て聞き終えると、突然黙り込んでしまった。返す言葉が見つからずに困っているのだろうか。あるいは、くだらない相談にあきれて閉口しているのか。


 恥と不安の中で待つ時間は、永遠に続く拷問のように思えたが、やがて彼女はその端正な唇を開いて、こう述べた。


「たとえお前の過去が無意味になろうと、お前自身の価値は変わらない」


 それがエイレナの答えだった。その言葉は、凪のように静かではあったが、強い意思が感じられた。クロトールは、エイレナをまっすぐ見返した。それしかできなかった。


「わたしが必要としているのは、今のお前だけだ。ただ、これでも納得できないというなら、真相をその目で確かめるしかないだろう」


 話の途中、エイレナは倒木から腰を上げると、森の遥か遠くへ目をやった。


「この旅が終わったら、お前は故郷に戻り、神の光を探しに行くのだ。疑問を解決するにはそれしかない」


「見つけられるだろうか? あれから何十年も経っているのに」


 クロトールの不安げな問いに対し、エイレナは静かに首を振った。


「それはわたしにも分からない。故郷に戻れば真実が分かるかもしれないし、分からないかもしれない。結局重要なのは、過去をどう扱うかなのだ。お前にはそれが問われている」


 エイレナは、そう言い残して歩き去った。急に静かになった水辺に残ったのは、悩み続けるクロトールと無数の霊魂、それからかすかな羽音を立てる虫たちだけだった。



***



 野営地に戻ったクロトールは、寝床で休んでいたイヴォと真っ先に目が合った。その目をのぞき込んだだけで、彼が剣の到着を心から待ちわびていたのだと分かった。


 クロトールは彼に近づくと、預かっていた剣を彼の前に突き出した。


「ほら、ずっとこれが欲しかったんだろう?」


 イヴォは剣を受け取ると、鞘から少しだけ抜いて、刀身の状態を確かめた。完全に抜かなかったのは、周りの皆を刺激しないためだろう。


「ありがとう。剣をきれいにしてもらって、父も喜んでいることだろう」


「ほう。その剣は、お前の父親のものなのか?」


 クロトールが尋ねると、イヴォは何か思うことがあるのか、足先をそわそわさせた。


「父は生前、森の戦士の指導者だった。彼は俺を次の指導者に指名した時、この剣を授けてくれたんだ」


 そこまで言うと、イヴォは寝床の脇にそっと剣を置いた。置かれた剣の金属部分が、野営地の明かりを受けて朝日のように輝いている。


「だが、俺はもう部族の長ではない。ノガタスに決闘で負けてしまったから。あなた方の助けがなければ、間違いなくあの場で殺されていただろう。俺は、奴が言う通りの軟弱者だ」


「ノガタスの言うことを真に受けるな。奴は人の苦しみに喜びを見出すような男だぞ」


 今いる野営地では、仲間たちがそれぞれの形でくつろいでいた。薬草の補充について話し込むエイレナとミア、森の神々と話を弾ませるフェリックスに、並んで草をはむファリオンと、イヴォの黒毛馬——自分も彼らのように休みたいところだが、まずは話し合うのが先だ。クロトールは今後に備えて、その場に座り込んだ。


「私は、何としてもノガタスを捕えたいんだ。役立つ情報があれば、聞かせて欲しい」


 クロトールがそのように要求すると、元々ノガタスと因縁のあるイヴォは、


「もちろん。俺はそうするつもりであなたを待っていたんだ」


 と快く応じた。


「俺を打ち負かしたノガタスは、今頃は森の戦士の新しいリーダーとして、要塞に陣取っているはずだ。要塞にいる戦士の数はおよそ五十。ノガタスが周辺地域に招集をかければ、さらに多くなるだろう。あの場所を攻略するなら、入念な準備が必要だ」


 クロトールは腕を組んでうなった。敵の数が五十か、それ以上なら、我々だけで捌くことはほぼ不可能だ。やはり一度クー・ファディルへ戻り、ガロン隊長に相談すべきだろう。彼が助けてくれるとは限らないが、それでもやるしかない。


「要塞に攻め入るためには、兵力が要る。お前に協力してくれそうな味方はいないのか?」


 クロトールがそう尋ねると、イヴォはなぜか急にきまりの悪い態度になった。


「それについては——」


 彼はしばらく間を置いた後、やがてこう言った。


「打つ手がないわけじゃない。でも、実現するにはあなたの力が必要だ。これから俺が話すことを、どうか聞いてくれ——」



***



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