9-3:儀式の丘で
クロトールは、エイレナと馬のファリオンをその場に残し、エルゲオンの長い背中をついていった。丘の斜面には、日差しによって干からびた草がいくつも生えている。
これほど乾いていれば、きっとよく燃えるだろう。クロトールは、放浪民の長老からもらった草刈り用の刀を取り出し、ヨモギを根元から刈り取った。切れ味は文句のつけようがなかった。
「私を手伝うのはなぜだ、クロトール? さっきの話に同情したからか? それとも、私が正直者かどうかを見定めているのか?」
エルゲオンが不意に疑問を投げかけた。クロトールは刀についた土汚れを拭き取りながら、
「理由は色々ある」
と答えた。
「あなたの手足では、草を刈るのが難しいだろうと思ってな。それに、この恋の結末がどうなるか、個人的に興味がある」
「恋?」
エルゲオンは上ずった声で聞き返した。
「今までそんな風に考えたことはなかったが、否定はできないな。なるほど、恋か。つい昨日友を失ったばかりで、感傷的になっているせいもあるだろうが」
「仲間がいないのは寂しいだろう。人気のない奥地に住んでいればなおさらだ」
クロトールが同情を示すと、エルゲオンは首を振り、含みのある声で笑った。
「いや、私が奥地に住んでいるのは、むしろ誰とも会わないためなのだ。この見た目のせいで、ひどく嫌がられているからな。<森の民>は私に敬意を払いこそすれ、好意を寄せることはない。影の神エルゲオンは畏怖の象徴であるがゆえに、嫌われ者なのだ」
「嫌われ者か」
クロトールは言葉を繰り返した。
「奇遇だな。実を言うと、私も組織の中では嫌われ者だったんだ。そのせいで貧乏くじを引かされ、この森に派遣された」
エルゲオンは今の話に少なからず興味を持ったようで、クロトールの姿を仮面越しにじっと見つめた。
「本当か? だとすれば、我々は似た者同士というわけか。不運な星の下に生まれたはぐれ者。幸福を願う間もなく不幸に追われ、行き着くは最果ての地だ」
「それでも希望がないわけではない」
クロトールは穏やかに言った。
「私は奇妙な巡り合わせによって、今の仲間を得た。あなたにも今後、似たような幸運があるかもしれない」
「そうだな」
エルゲオンはうなずくと、深く長い息を吐いた。
「本当にそうなるといいな。何せ、嫌われ者の友人になってくれる者は非常に少ない。あなたなら分かるだろう、同志よ?」
***
丘の斜面から戻ったクロトールは、持ち帰った薬草を祭壇のくぼみに置いた。するとその直後、草はひとりでに発火し、くぼみの中で勢いよく燃え始めた。クロトールは驚きのあまり、その場から後ずさった。
「なぜいきなり燃え出したんだ?」
クロトールはエルゲオンに尋ねた。だが、彼は素顔を隠す仮面の下から、次のように述べるだけだった。
「なぜならこの祭壇自体が、この地に残るわずかな魔法だからだ」
薬草の煙が、細い線を描いて上昇し、頭上の雲と一つになった。それは天と地上をつなぐ一本の道となり、エルゲオンが再会を望むニウェンは、その道の上から現れた。
翼を広げて悠々と降りてくる彼女は、一見すると神話の天使のようだった。だが手の代わりに漆黒の羽を、五本指の代わりに金の鉤爪をつけたその姿は、明らかに異教の神だ。
未だ炎の残る祭壇に着地すると、彼女は焦点の定まらない目で、周囲をぼんやりと眺めた。やがてエルゲオンの存在に気づいたその時、彼女の眠たそうな瞳に、初めて光が宿った。
「エルゲオン? 何が起こったの? 儀式を行ったのは誰?」
矢継ぎ早に質問を重ねる中、ニウェンは丘に立つクロトール、エイレナ、そして馬のファリオンに目をやった。
「彼らはこの森の人間じゃないわね。いったい何者? 呪術師たちはどこへ行ったの?」
「待ってくれ、ニウェン」
エルゲオンは、ニウェンを落ち着かせようと、穏やかに語りかけた。その声は緊張のせいか、少し震えていた。
「今から全部説明する。君がいない間に世界は大きく変わったのだ」
「確かにそのようね」
ニウェンは風にたなびく金髪をかき上げて言った。その軽やかな髪は空気の中で、絹糸のように流れた。
「聞かせてちょうだい、エルゲオン。私が眠っている間に何が起きたの?」
答えを迫るニウェンを前に、エルゲオンは要点をかいつまんで説明していった。内容は先住民の末裔である<森の民>の現在、ルキウス・アルコニウス・ノガタスとドラゴンの関係など、多方面に及んだ。ニウェンは話が終わるまでじっと聞き入っていた。時に唇をかみ、時に鋭く息を吐きながら。
途中、話題が<永遠の夜明け>にまで及ぶと、ニウェンの関心は主にエイレナへと移った。エイレナをしげしげと眺める彼女の瞳は懐疑の色を帯びていて、説得に骨を折るだろうことは確実だった。
「つまり、私はあなたと契約しなければならないのね、エイレナ? 私が”夜明け”によって、この世から消えてしまう前に」
要点を得たニウェンが、羽の先で髪をいじりながらつぶやいた。その声は明け方に消える夜露のように儚げだった。
「でも、それって本当に必要なこと? 全ての生物には定められた寿命がある。そのルールが時代を経て、神々にも適用されるようになっただけではなくて?」
「つまり、あなたはこう言いたいのか? 時代の変化に従い、あなた自身の消滅を受け入れると?」
エイレナの問いに、ニウェンは弱々しく微笑んだ。
「そういうわけではないわ。死は私にとっても未知で、怖いことよ。だけど、契約によって無理矢理生き永らえたとして、こっちに何の得があるの? きっと、あなたにこき使われるだけの未来が待っているだけよ」
「気休めになるかどうかは分からないが、エルゲオンは自分の意思で自由に行動しているぞ。少なくとも私にはそう見える」
クロトールはエルゲオンに目を向け、言った。
「ただ彼の場合は、自ら契約を望んだからな。自分で決めるのと強制されるのとでは、受け取り方はだいぶ異なる」
「いや、これは強制ではない」
エイレナが素早く訂正した。
「契約には双方の同意がいる。もちろんニウェン、あなたの同意もだ。それがなければ同盟を結ぶことはできない」
「私はさっき目覚めたばかりなのよ。今すぐ決めるなんてできない」
ニウェンは小さな肩をすくめてみせた。
「少し時間をちょうだい。久々に空を飛んで、風に羽を浸したいの。どうするかはその間に決めるから」
そう言うと、彼女は足元の祭壇を蹴って、空へ高く舞い上がった。黒い翼がほんの一瞬太陽を遮ったかと思うと、その姿は虚空へ消え、そよ風と静寂だけが残った。祭壇の薬草は燃え尽きて煙もなくなり、儀式を行う前の状態に戻っていた。
静かになった丘の上で、クロトールは虚空を見つめるエルゲオンに声をかけた。
「次に彼女に会ったら、あなたの気持ちを伝えたらどうだ? ずっと気にかけていたのだろう?」
「いや、その必要はない」
エルゲオンは視線をそらし、照れ隠しに笑った。
「彼女の無事を確認できただけで十分だ。これ以上を望むのは贅沢というものさ」
「いいのか? しかし——」
そんな風に話し込んでいると、エイレナが耳ざとく聞きつけ、声をかけてきた。
「どうした? 私には言えない話か?」
「もう、この話はよそう」
クロトールだけに聞こえるよう、エルゲオンが小声で言った。
「さもないと、今みたいに詮索され続けるだろうからな。私の個人的な事情は内側にしまっておいてくれ。友情の担保としてな」




