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9-2:儀式の丘で

 その後も時間をかけて進んでいくと、やがて木立の向こうに色鮮やかな野原が現れた。草花だけが広がる開放的な空間が、遠方の崖まで延々と続いている。


 ミアが欲しがるケシの花もそこにあった。赤と紫の特徴的な花々が、そこらじゅうに飛び散る絵の具のように咲いている。その規模は、ミアの在庫の不足分を補って余りあるほどだった。


「最初の目的地に到着だ。どうだ、きれいな景色だろう?」


 エルゲオンは誇らしげに述べたが、クロトールは野原の美しさではなく、大量のケシの方に注意を向けていた。仮にこれだけのケシが麻薬となり、帝国に流通することがあれば、秩序はどれだけ後退することか。町は退廃的な労働者であふれ、裏通りの首魁はますます勢いづくことだろう。この場所が多くの帝国人に知られていないのは幸いだ。


「さて、ケシについてはご覧の通りだが、儀式の丘はここより少し奥にある」


 エルゲオンは長い体を伸ばし、顔を丘の方へ向けた。


「どうする? ひとまず薬草を集めるか、それとも先に丘へ向かうか? 前もって言っておくが、私はケシの採取については手伝えない。この姿を見れば分かるだろう?」


 すると、ここでミアが皆に向かってある提案をした。


「それなら、皆さんは先に丘へ行ってください。薬草採取は私だけでできますから」


 そう言うと、彼女は許可を得る前にケシの採取を始めた。今の言葉は彼女なりに気を遣った結果なのだろうが、クロトールは不安に思った。この野原は周囲から丸見えで、決して安全とはいえないからだ。


 ミアのマスターであるエイレナも、クロトールと同じように考えていた。


「あの子を残していくのは危険だ。彼女は我々と違って、戦うことができないのだから」


「それじゃあ、俺がここに残るから、エイレナと爺さんは先に丘に行くといいさ」


 フェリックスが羽根つき帽の位置を正しながら言った。


「ここは二手に分かれよう。用事が早く終われば、その分時間に余裕ができる。敵のすぐそばで野営を張らずに済むってものさ」


「それは良い案だな」


 エルゲオンは体を弾ませるようにしてうなずいた。


「では、エイレナとクロトールは、はぐれないようついて来てくれ。丘で儀式を行うには、あなた方人間の助けが要るのでな」


「”人間の”助けだと? まさか、私たちを儀式の生贄にするつもりじゃないだろうな、エルゲオン?」


 クロトールが訝しさに目を細めると、エルゲオンは仮面越しに苦笑して、


「まさか。”彼女”はそんなものは欲しがらないさ」


 と否定した。


「さて、そろそろ行こうじゃないか。これ以上のんびりしていたら、じきに夕暮れになってしまう」


「ミア、フェリックス。木立の警戒を怠るな。敵が来たらすぐに処理するか、逃げるように」


 元々用心深いエイレナが、仲間二人に言いつけを残した。クロトールは彼女とともにエルゲオンの後を追い、儀式の丘へ向かうことにした。



***



 ひらけた土地をしばらく進んでいくと、やがて探していた丘がひょっこり姿を現した。うずくまる人の背のような小山の上には、摩訶不思議な模様が彫られた柱が、半円を描いて並び立っている。中央に置かれた意味ありげな祭壇は、採石場からそのまま持ってきたかのような荒々しさで、真ん中には捧げ物を入れるための小さなくぼみがあった。


「さあ、儀式の丘に着いたぞ」


 二人のいる方に向き直ったエルゲオンは、心なしか落ち着かない様子だ。


「では、今から手順を教えよう。この近くに生えているヨモギをいくつか刈り取って、祭壇のくぼみに入れてくれ。そうすれば、”彼女”がじきにやって来るはずだ」


 クロトールは当初、エルゲオンの指示に素直に従う気でいた。彼の言う通りにすれば、森の神の助力が得られ、ノガタス打倒に一歩近づくと考えていたからだ。しかし、<永遠の夜明け>の魔術師であるエイレナの見解は違っていた。


「エルゲオン、前から妙に思っていたのだが、あなたが祭壇の”彼女”について、まともに説明しないのはなぜだ?」


 エイレナは身を守るかのように腕を組み、尋ねた。


「あなたからはどうも陰謀の臭いがする。答えをいつまでもはぐらかす者に協力はできない。これは我々の信頼の問題だ」


 クロトールは剣の柄にさりげなく手を伸ばした。つまり、エイレナはこう言いたいのだ。エルゲオンが良からぬことを企んで、自分たちを騙そうとしているのではないかと。その疑いがある以上、儀式は手伝えないということだ。


 その後はしばし、無言の間が流れた。身を刺すような沈黙は、野花が色を散らす儀式の丘には、全くもって不似合いなものだった。


「分かった。確かに我々は知り合って日が浅い。信用できないのも分かる」


 やがてエルゲオンが答えた。その声は普段より低く、冷たく感じられた。


「それなら、儀式は私だけでどうにかする。あなた方はもしもの時に備えて、武器を抜いておくといい」


「そんなに儀式をしたいのか、エルゲオン? だとすると、その”彼女”というのは、あなたにとってよほど大事な存在のようだな」


 クロトールが呼び止めるように追及すると、エルゲオンの遠ざかる体が一瞬、硬直した。その後、彼の鹿の仮面の中から、ため息の音が聞こえた。


「そうだな。確かに、ニウェンは私にとって忘れられない神だ」


 時間が経ってから聞こえた彼の声は、なぜかこの上なく温かかった。


「ニウェンは——彼女は、私の仮面の下の素顔を受け入れてくれた、唯一の相手なのだ。それが彼女を求める理由だ。陰謀も何もない」


 エルゲオンは間を置かず続けた。彼は誰にも口を挟ませようとしなかった。


「だが、彼女が今も生きているかは分からない。文明の夜明けの影響は、すでに森の奥深くにまで及んでいるからな。本音を言えば、私は儀式を切望しているわけではない。むしろ恐れているのだ。わが友ヤンクログだけでなく、ニウェンさえも失われたとしたら? だから、今まで確かめることはしなかった。あなた方が来るまでは」


 言葉が途切れると辺りは再び静かになり、風のそよぐ音だけが聞こえた。今の話は真実なのか、それとも情を揺さぶるための巧妙な罠なのか——決して和やかといえない空気の中、クロトールは恐る恐る沈黙を破った。


「儀式の準備には人手が要ると言ったな、エルゲオン? であれば、その手伝いは私がしよう。エイレナ、あなたは万が一に備えて待機していてくれ。私に何かあった時は、後を頼む」


 そこまで言ってから、


「それで、どうすればいい?」


 とエルゲオンに尋ねた。こちらを仮面越しに凝視する彼の態度からは、明らかな動揺が見て取れた。


「それならついて来てくれ」


 少しの沈黙の後、エルゲオンはためらいがちに答えた。


「ヨモギは丘の斜面に生えている。あれは燃やすと良い匂いがするのだ」

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