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10-1:予期せぬ再会

「彼女をここで待つ必要はない。ニウェンはいずれ、我々を探して下に降りてくるはずだ」


 エルゲオンはそう言って、先へ進むよう促した。クロトールとエイレナは儀式の丘を後にすると、野原に残してきたフェリックスたちと合流するため、道を引き返した。何事も起きていなければ、彼らは今もケシの花畑で採取を続けているはずだ。


 しかし、野原では予想外の事態が起きていた。現地に到着したクロトールが目にしたのは、馬に乗った森の戦士と対峙するフェリックスとミアの姿だった。


 彼らの視線の先にいる人物には、見覚えがあった。金色狐のケープをはためかせた、大柄な森の戦士。一行がルキウス・アルコニウス・ノガタスを追い詰めた際、風のように現れた謎の男だ。


「いい時に来てくれたな」


 クロトールとエイレナの接近に気づいたフェリックスが、森の戦士に矢を向けたまま言った。彼の動作は、色鮮やかな花が咲く野原の中では、ひどく浮いて見えた。


「おかげで矢を使わずにすむかもしれない。平和に事を進めるには人数が重要だからな」


 一団のリーダーであるエイレナは、ミアを下がらせた後、ケープを羽織った男を問いただした。


「お前の顔には見覚えがある。森の戦士の一人だな?」


 男は馬の手綱を動かしただけで、何も答えない。最初に会った時は気づかなかったが、よくよく見るとその顔立ちは整っていて、年齢も若い。たぶんフェリックスと同じか、少し上くらいだろう。


 エイレナは、何も答えない男に向かってまくし立てた。


「お前が覚えていなくても、わたしは覚えている。無力な放浪民が大勢殺された中に、お前はいた」


「俺は彼らを傷つけていない」


 ケープを羽織った男は、エイレナの言葉を遮るように言った。その際、彼の鋭い眉が中央に寄ったのが見えた。


「少なくともあの場では。あの件は、俺にはどうすることもできなかった」


「クロトール、近くに来てくれ。じきにお前の剣が必要になるかもしれない」


 クロトールはエイレナの要求に従い、そばに寄った。彼女が自分を呼んだのは、戦いを想定してか、あるいは脅しのためか。どちらにせよ、剣士を近くに置くのは正しい判断だ。


「お前はなぜここにいる?」


 エイレナがさらに問いを重ねると、男は質問攻めにうんざりした様子で息を吐いた。


「”なぜ”? それはこちらの台詞だ、よそ者よ。お前たちはここにいるべきではない。俺の仲間に見つかれば、すぐに殺されてしまうだろう」


「忠告には感謝するが、青年よ。我々とて、好き好んで奥地へ来たわけではないのだ」


 エルゲオンがそう言い、威嚇するように体を立ち上げると、男の乗っていた黒毛馬が恐怖でたじろいだ。その際、男の金色狐のケープは日差しに反射して、バターのように輝いた。


「その生き物は何だ? 怪物か?」


「それは私に聞いているのか?」


 クロトールもこのやり取りに加わることにした。


「彼の名はエルゲオン。<森の民>が崇める神だ。知らないのか?」


「知らない。おれが知っているのはヤンクログくらいだ。でも彼は——」


 男の言葉はいったん途切れた。その顔には、憂いや後悔のようなものが見て取れた。


「おそらくもう生きてはいない。残念なことだ」


「残念?」


 それまで平静を保っていたエルゲオンが、声を荒げて聞き返した。これほど感情をあらわにした彼は、今まで見たことがなかった。


「ならば、なぜあの帝国人をかくまうのだ、森の戦士よ? ヤンクログはあのろくでなしに殺されたというのに。彼はお前たち<森の民>の神であると同時に、私の友人でもあった。彼の最期を見届けたのも、この私だ」


「それは、すまない」


 男は顔半分をケープにうずめ、沈んだ声で謝罪した。彼が何に対して謝ったのかは、よく分からない。ヤンクログに対してか、エルゲオンに対してか、その両方か。


「ヤンクログがああなった責任は、俺にもある。あの帝国人をちゃんと見張っていなかったから。気づいた時には遅すぎたんだ」


「その帝国人というのは、ルキウス・アルコニウス・ノガタスのことだな?」


 クロトールが確認すると、男は目を合わせてうなずいた。


「確かにそんな名前だった。帝国人の名前は覚えづらい」


「そう言う割には、帝国語が上手ではないか」


 エルゲオンが抜かりなく指摘した。


「我々神に言語の壁はないが、お前は違うはずだ。どこで言葉を教わった?」


「捕まえた囚人からだ」


 と彼は答えた。


「彼らは色々と役に立つ。あの野蛮な帝国人よりはずっと」


 男の言葉に宿る棘のような表現が、クロトールの心に引っかかった。


「ノガタスに対して、敵意のようなものを感じるのは気のせいか? 奴はお前たちの仲間ではないのか?」


「悪いが、俺はもう行かなければ」


 ケーブを羽織った男はそう言うと、手綱を操り、馬を北の方角に向かせた。そのまま素早く立ち去るかに思えたが、彼は拍車をかける直前、一行に次のような言葉を投げかけた。


「もしノガタスに興味があるなら、今夜、<黄金の木>の下で話を聞いてみるといい。俺は奴とそこで会うことになっているから。そしてここだけの話、俺と奴のどちらかは、明日の日の出を見ることはない」


 男は野原が途切れた先にある、巨大な広葉樹を指差した。樹齢数百年はありそうな木の枝には、<黄金の木>の名の所以である黄色い果実がたわわに実っている。それは緑の多い<黒鉛の森林>の中で、圧倒的な存在感を放っていた。


 クロトールは男の言葉を疑問に思い、目を細めた。


「待て。なぜそのような話をする? 何が目的だ?」


「答えるまでは行かせないぞ。俺の矢があんたを狙ってる」


 弓を構えたフェリックスが脅しをかけたが、男は微塵も怖がらず、冷たく言い返した。


「勝手にしろ。矢を射たければ射るがいい。俺は行かなければならない」


 そう言い残すと、男は馬に拍車をかけ、林の奥へ姿を消した。土埃が収まり、蹄の音が鳴りを潜めると、辺りは急に静かになった。


 今の話は本当なのだろうか——男が走り去った方向を見ながらクロトールは思案した。ノガタスが今日の夜、あの木の下に現れるなら、先回りして奴を待ち伏せることもできるだろう。だが一方で、男の発言が真実である証拠はなく、こちらを誘い込むための罠という可能性もある。


「何とか乗り切ったな」


 フェリックスがゆっくりと弓を下ろした。結局矢を射ることはなかったが、彼は残念がるどころか、安心しているように見えた。


「運が良かったな。出会った相手が悪ければ、いきなり襲われたかもしれない。あの男は、森の戦士にしては話ができる方だったな」


「彼は悪い人には見えませんでしたね」


 ゴーレムのミアが、ケシの入った瓶を荷物に詰め込みながら言った。緊迫した現場に長らくいたにも関わらず、彼女は人間とは違い、あっけらかんとしていた。


「<森の民>が多種多様に分かれているように、森の戦士にも色んな人がいるのかもしれませんね」


「それなら、この先も”良き出会い”を期待して、後を追ってみるか?」


 エルゲオンが伸ばしていた体を緩めながら尋ねた。


「今日の夜、ノガタスは<黄金の木>にやって来るのだろう? 普段は要塞に隠れているあの男が外に出てくるのであれば、この機を利用しない手はない」


「いいや、さっきの話を鵜呑みにするのは危険だ」


 エイレナが腕を組んで反論した。


「あの男はノガタスの名前を出すことで、我々をおびき出そうとしているのかもしれない。ヤンクログの仇を取りたい気持ちは分かるが、こちらの意図した通りに事が運ぶとは思わない方がいい」


 金色のケープの男を追うか否か——皆の意見がまとまらないでいると、突然、頭上に巨大な影が現れた。エルゲオンが言っていたように、ニウェンが空から戻ってきたのだ。


 一行の前にふわりと降り立った彼女は、何やら落ち着かない様子で次のように尋ねた。


「ねえエイレナ、あなたさっき言っていたわよね? 契約すれば、神々はこの世から消えずにすむって」


「そうだ。わざわざ確認するのは契約の意思があるからか?」


 エイレナがすかさず尋ねると、ニウェンは首を小刻みに振って否定した。


「待って。それより私の知り合いの話を聞いて。さっき飛んでいる時にあの子を見かけたんだけど、”夜明け”のせいで今にも消えてしまいそうだったの。私、あなたなら彼を助けられると思って来たのよ。あの子に会ってみてくれない?」


「あの子とは誰のことだ?」


 エルゲオンが体を伸ばして興味を示すと、ニウェンは、


「あの子の名前はカイというの」


 と答えた。


「決して悪い子じゃないわ。手を貸して欲しいの、エイレナ。あなたと契約すれば、あの子は助かるんでしょう?」


「会ってみないことには何とも言えないな。それで、そのカイという神はどこにいる?」


 ニウェンは野原の遥か先に目を向けた。それは奇しくも、ケープを羽織った男が示した方角と同じだった。


「あの子は、あの<黄金の木>の近くにいるわ」


 と彼女は言った。この一言で、一行の次の目的地が決まった。



***



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