8-5:影の神エルゲオン
ヤンクログは死んだ。クロトールは最初、これで終わりだと思った。神として崇められたダイアウルフは、数多の生物と同じように死に、肉体は歳月によって朽ちていくのだ。そう信じて疑わなかった。彼の亡骸が光り出し、奇妙な現象が始まるまでは。
それは突然、前触れもなく起きた。クロトールは、ヤンクログの亡骸から光が漏れ出し、体全体が輝き始める瞬間を目撃した。何が起きているのか分からない間に、光は徐々に強まっていった。暗闇は外枠を切り取られ、潜伏場所を暴かれた洞窟の鼠たちは、恐怖に縮こまっている。
「何が起きているんだ?」
「神々の消滅の第一段階だ」
クロトールの問いに答えたのは、エイレナだった。<永遠の夜明けの>魔術師である彼女は、目の前で起きている現象について、詳しく知っているようだ。
「神々は死ぬと肉体が霧散し、霊魂と成り果てる。そしてその後は——」
間もなく部屋全体が光で満たされると、亡骸は突如霧散し、無数の光の粒へと変化した。夜明けの太陽を思わせる、柔らかな光——それを見たクロトールは、動揺のあまりしばし呼吸を忘れた。
目の前を漂うこれらの粒子には、見覚えがあった。かつて自分を救った神の光と、特徴が驚くほど似ている。
光の粒子はしばらく洞窟の中に浮かんでいたが、やがてふわふわと、不規則な速さで移動を始めた。あるものは壁をすり抜け、あるものは天井を通過して遠くへ消えていく。
全ての光が辺りから消え去ると、洞窟には以前の暗さが戻ってきた。ヤンクログの亡骸は跡形もなく消えたが、洞窟には血生臭さが依然として残っている。言い換えれば、それが彼のいた唯一の痕跡だった。
「ありがとう、人間よ。あなた方は私にできないことをやってくれた。おかげで友は安らかに逝けたはずだ」
友の最期を見届けたエルゲオンは、仮面越しにすすり泣くような音を立てた。彼は明らかに感傷的になっていたが、それでも長くは引きずらず、悲しみを追い立てるように息を吐いた。
「さて、今度は私が約束を果たす番だな。こちらの願いを叶えた今、あなた方は好きなものを要求できる。さあ、何か必要なのか言ってみろ。私はランプの精ではないが、要望には可能な限り応じよう」
「エルゲオン、我々は成り行きでヤンクログを助けただけだ。あなたが謝礼を払う必要はない」
エイレナは仲間の顔色をうかがった後、そう言った。クロトールもエイレナと同意見で、見返りを求めるつもりは一切なかった。しかし、エルゲオンは、
「そういうわけにはいかない」
と言って譲らなかった。
「なぜ何も欲しがらない? あなたは<永遠の夜明け>の一員なのだろう? 神々と契約を交わし、身元を保証する代わりに力を要求する集団。このチャンスを利用して、私と契約する気はないのか? それとも、あなたにとって私は契約の価値さえない存在か?」
「ヤンクログは我々との同盟を拒否し、プライドを優先させたために亡くなった」
エイレナは顎を引き、腕を組んで答えた。
「あなたも彼と同じ考えではないのか、エルゲオン? 何せあなたは、誇り高いヤンクログの友人だ」
「友人”だった”だ、人間よ。我が友は死んで、霊魂になり果てたのだから」
エルゲオンはかぶりを振り、沈んだ声で答えた。彼の言う”霊魂”とは、先ほど目にした光の粒のことだろう。
「確かに、以前は彼と同じように考えていた。力も寿命も劣る種族の庇護下に入るなど、あり得ないとな。だが、そのような意地を張ったところで、無意味に死んでいくだけだ。わが友がそれを身をもって教えてくれたよ」
エルゲオンはさらに言葉を継いだ。
「はっきり言おう。私はあなたとの契約を望んでいる。目的を果たすまでは死にたくないのだ」
「目的?」
フェリックスが首を傾げて聞き返すと、エルゲオンはうなずき、
「復讐だ。仇を取ってやらねば」
と答えた。
「友を殺した帝国人の首をへし折って、谷底に投げ飛ばしてやる。我々は互いの利益のために、協力し合えるはずだ。私はこの先の地形には詳しいから、道中の案内は私が務めよう。その代わり私と契約し、仇を取るのを手伝ってくれ」
「待ってくれ。そうなると、一つ問題がある」
クロトールは会話の間に、急いで割って入った。
「エルゲオン、あなたはさっきこのように言っていたな? ”帝国人の首をへし折って、谷底に投げ飛ばしてやる”と。だが、それでは困るんだ。仮にその仇がノガタスという名の帝国人であれば、亡骸はこちらが預かる必要がある。私は上からの命令で、ノガタスを生け捕りにするか、死体を首都まで運べと言われているんだ」
すると、影の神エルゲオンは長い体を持ち上げ、からかうように笑い出した。
「わざわざ死体を運んで、何をするというのだ? あんな奴は獣の餌にするか、灰にした方が役立つだろうに。残虐趣味で、仲間の命を何とも思わない男だぞ」
その言葉に、クロトールは思わず目を見張った。残虐趣味で、他者の命を軽んじる帝国人——それらはノガタスの特徴にぴたりと当てはまっていた。
「ノガタスを実際に見たことがあるのか?」
クロトールが問いを投げかけると、エルゲオンは長い胴体を意味ありげにくねらせた。
「おそらくな。あの帝国人の姿は、森で何度か見かけたことがある。あのような輩は周りにとって、災いの元凶に他ならない」
「その通りだ」
クロトールは、すかさずうなずき、エルゲオンに同調を示した。
「ノガタスは、存在そのものが災厄といっていい。あの男は罪のない人々を殺め、帝国に混乱を招き、邪悪なドラゴンをこの世に放った」
「そして私の親友を殺した」
エルゲオンは話の途中、クロトールの言葉におっかぶせて言った。
「つまり、我々の目的はある程度共通しているというわけだ。ともにあの忌まわしい帝国人を追い詰め、<黒鉛の森林>に平和をもたらそう。よし、決まりだな」
話を一方的に打ち切ると、エルゲオンは上体を伸ばして天井に張りつき、小部屋の出口に向かって歩き出した。
「野営にふさわしい場所を知っている。今からそこへ案内しよう」
途中、びっしり生えた無数の手足を止めて彼は言った。
「眺めのいい高台で、近くには湧き水もある。今日はそこで一泊だ」
「どうします、マスター? 彼の後を追いますか?」
遠ざかるエルゲオンの姿を目で追いながら、ミアが疑問を口にした。彼女は突然の事態を前にして、慌てふためいている様子だ。
「それより、エルゲオンとの契約はどうするんだ?」
フェリックスも慌てた様子でエイレナに尋ねた。
「それから、これからのことも。爺さんはともかく、俺たちの目的は、ヤンクログに会うことだったろう? それがたった今死なれたとなれば——」
「ひとまず外に出よう。この血生臭い洞窟に、これ以上留まる気はない」
答えるエイレナは、明らかに面白くなさそうな態度だ。
「話し合うのはそれからだ。まったく、この一団のリーダーはわたしであるはずなのに、どうしてわたしの承諾なしに物事が決まっていくのだろうな?」
「それがもし私のせいなら、すまない」
気まずさを覚えたクロトールは、横からぼそりとつぶやいた。




