表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/57

8-5:影の神エルゲオン

 ヤンクログは死んだ。クロトールは最初、これで終わりだと思った。神として崇められたダイアウルフは、数多の生物と同じように死に、肉体は歳月によって朽ちていくのだ。そう信じて疑わなかった。彼の亡骸が光り出し、奇妙な現象が始まるまでは。


 それは突然、前触れもなく起きた。クロトールは、ヤンクログの亡骸から光が漏れ出し、体全体が輝き始める瞬間を目撃した。何が起きているのか分からない間に、光は徐々に強まっていった。暗闇は外枠を切り取られ、潜伏場所を暴かれた洞窟の鼠たちは、恐怖に縮こまっている。


「何が起きているんだ?」


「神々の消滅の第一段階だ」


 クロトールの問いに答えたのは、エイレナだった。<永遠の夜明けの>魔術師である彼女は、目の前で起きている現象について、詳しく知っているようだ。


「神々は死ぬと肉体が霧散し、霊魂と成り果てる。そしてその後は——」


 間もなく部屋全体が光で満たされると、亡骸は突如霧散し、無数の光の粒へと変化した。夜明けの太陽を思わせる、柔らかな光——それを見たクロトールは、動揺のあまりしばし呼吸を忘れた。


 目の前を漂うこれらの粒子には、見覚えがあった。かつて自分を救った神の光と、特徴が驚くほど似ている。


 光の粒子はしばらく洞窟の中に浮かんでいたが、やがてふわふわと、不規則な速さで移動を始めた。あるものは壁をすり抜け、あるものは天井を通過して遠くへ消えていく。


 全ての光が辺りから消え去ると、洞窟には以前の暗さが戻ってきた。ヤンクログの亡骸は跡形もなく消えたが、洞窟には血生臭さが依然として残っている。言い換えれば、それが彼のいた唯一の痕跡だった。


「ありがとう、人間よ。あなた方は私にできないことをやってくれた。おかげで友は安らかに逝けたはずだ」


 友の最期を見届けたエルゲオンは、仮面越しにすすり泣くような音を立てた。彼は明らかに感傷的になっていたが、それでも長くは引きずらず、悲しみを追い立てるように息を吐いた。


「さて、今度は私が約束を果たす番だな。こちらの願いを叶えた今、あなた方は好きなものを要求できる。さあ、何か必要なのか言ってみろ。私はランプの精ではないが、要望には可能な限り応じよう」


「エルゲオン、我々は成り行きでヤンクログを助けただけだ。あなたが謝礼を払う必要はない」


 エイレナは仲間の顔色をうかがった後、そう言った。クロトールもエイレナと同意見で、見返りを求めるつもりは一切なかった。しかし、エルゲオンは、


「そういうわけにはいかない」


 と言って譲らなかった。


「なぜ何も欲しがらない? あなたは<永遠の夜明け>の一員なのだろう? 神々と契約を交わし、身元を保証する代わりに力を要求する集団。このチャンスを利用して、私と契約する気はないのか? それとも、あなたにとって私は契約の価値さえない存在か?」


「ヤンクログは我々との同盟を拒否し、プライドを優先させたために亡くなった」


 エイレナは顎を引き、腕を組んで答えた。


「あなたも彼と同じ考えではないのか、エルゲオン? 何せあなたは、誇り高いヤンクログの友人だ」


「友人”だった”だ、人間よ。我が友は死んで、霊魂になり果てたのだから」


 エルゲオンはかぶりを振り、沈んだ声で答えた。彼の言う”霊魂”とは、先ほど目にした光の粒のことだろう。


「確かに、以前は彼と同じように考えていた。力も寿命も劣る種族の庇護下に入るなど、あり得ないとな。だが、そのような意地を張ったところで、無意味に死んでいくだけだ。わが友がそれを身をもって教えてくれたよ」


 エルゲオンはさらに言葉を継いだ。


「はっきり言おう。私はあなたとの契約を望んでいる。目的を果たすまでは死にたくないのだ」


「目的?」


 フェリックスが首を傾げて聞き返すと、エルゲオンはうなずき、


「復讐だ。仇を取ってやらねば」


 と答えた。


「友を殺した帝国人の首をへし折って、谷底に投げ飛ばしてやる。我々は互いの利益のために、協力し合えるはずだ。私はこの先の地形には詳しいから、道中の案内は私が務めよう。その代わり私と契約し、仇を取るのを手伝ってくれ」


「待ってくれ。そうなると、一つ問題がある」


 クロトールは会話の間に、急いで割って入った。


「エルゲオン、あなたはさっきこのように言っていたな? ”帝国人の首をへし折って、谷底に投げ飛ばしてやる”と。だが、それでは困るんだ。仮にその仇がノガタスという名の帝国人であれば、亡骸はこちらが預かる必要がある。私は上からの命令で、ノガタスを生け捕りにするか、死体を首都まで運べと言われているんだ」


 すると、影の神エルゲオンは長い体を持ち上げ、からかうように笑い出した。


「わざわざ死体を運んで、何をするというのだ? あんな奴は獣の餌にするか、灰にした方が役立つだろうに。残虐趣味で、仲間の命を何とも思わない男だぞ」


 その言葉に、クロトールは思わず目を見張った。残虐趣味で、他者の命を軽んじる帝国人——それらはノガタスの特徴にぴたりと当てはまっていた。


「ノガタスを実際に見たことがあるのか?」


 クロトールが問いを投げかけると、エルゲオンは長い胴体を意味ありげにくねらせた。


「おそらくな。あの帝国人の姿は、森で何度か見かけたことがある。あのような輩は周りにとって、災いの元凶に他ならない」


「その通りだ」


 クロトールは、すかさずうなずき、エルゲオンに同調を示した。


「ノガタスは、存在そのものが災厄といっていい。あの男は罪のない人々を殺め、帝国に混乱を招き、邪悪なドラゴンをこの世に放った」


「そして私の親友を殺した」


 エルゲオンは話の途中、クロトールの言葉におっかぶせて言った。


「つまり、我々の目的はある程度共通しているというわけだ。ともにあの忌まわしい帝国人を追い詰め、<黒鉛の森林>に平和をもたらそう。よし、決まりだな」


 話を一方的に打ち切ると、エルゲオンは上体を伸ばして天井に張りつき、小部屋の出口に向かって歩き出した。


「野営にふさわしい場所を知っている。今からそこへ案内しよう」


 途中、びっしり生えた無数の手足を止めて彼は言った。


「眺めのいい高台で、近くには湧き水もある。今日はそこで一泊だ」


「どうします、マスター? 彼の後を追いますか?」


 遠ざかるエルゲオンの姿を目で追いながら、ミアが疑問を口にした。彼女は突然の事態を前にして、慌てふためいている様子だ。


「それより、エルゲオンとの契約はどうするんだ?」


 フェリックスも慌てた様子でエイレナに尋ねた。


「それから、これからのことも。爺さんはともかく、俺たちの目的は、ヤンクログに会うことだったろう? それがたった今死なれたとなれば——」


「ひとまず外に出よう。この血生臭い洞窟に、これ以上留まる気はない」


 答えるエイレナは、明らかに面白くなさそうな態度だ。


「話し合うのはそれからだ。まったく、この一団のリーダーはわたしであるはずなのに、どうしてわたしの承諾なしに物事が決まっていくのだろうな?」


「それがもし私のせいなら、すまない」


 気まずさを覚えたクロトールは、横からぼそりとつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ