7-5:放浪民の宴
一行はその後の数日間を放浪民とともに過ごした。帝国人と異邦人、放浪民で構成された奇妙な混合隊は、道中、食料や資材を集めながら、森をしばらく北上した。
クロトールは早朝などの空いた時間を使って、放浪民の男たちに武器の使い方を教えてやった。ある程度実力がついた頃、男たちは「これまでの恩返しがしたい」と申し出て、<黒鉛の森林>の地理情報を教えてくれた。おかげで森のどこを歩き、どこを避けるべきかが明白になった。
「森の東側へ行きたいなら、地下洞窟を使うという手があるぞ」
ある日、<黒鉛の森林>を誰よりも知る長老が一行に助言した。その洞窟は放浪民だけが知る秘密の通路で、東へ向かうのに最も安全なルートだと彼は請け負った。
「あの場所にはいくつか危険な箇所があるが、通り抜ける分には大丈夫だろう。右の壁を伝っていけば出口に着くからな。ただ——」
「ただ何だ、長老? 洞窟にはヒグマや大蛇が棲んでいるとでも?」
急に押し黙った長老に、クロトールは冗談のつもりで言葉を投げかけたが、恐ろしいことに、彼は一切笑わなかった。やがて彼は言った。
「そう、そうだな。それに近い者が住んでいる。友好的な相手ではあるが、見た目が個性的で、そのくせ人を驚かせるのが好きなんだ」
クロトールがその曖昧な回答に眉をひそめると、長老は元々皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにしてみせた。
「そうにらむな。どう説明すればいいか、分からないんだ。何せお前は帝国人で、生まれも文化も違う。彼について話したとしても——」
「安心しろ、長老。その点については、クロトールは聖人のように寛大だぞ」
傍らで話を聞いていたエイレナが、長老に笑いかけた。
「実例を挙げてみせようか。クロトールはわたしの使う“黒魔術”を黙認し、秘密にしておくほど寛容な男だ。前に訪れた村で私を指差し、“こいつは魔女だ”と言って捕らえさせることもできたのに、そうしなかった。この男が信頼に値することは、わたしが保証する」
「別に疑っているわけじゃない。私だってクロトールを信じているとも。ただ、洞窟に住んでいる彼については、説明するのが難しいんだ」
そう言うと、長老は眉の先を神経質にいじり始めた。
「彼の名前はエルゲオンという。我々<森の民>は、彼を”影の神”と呼ぶこともあるな。見た目は人間の姿とはかけ離れているが、こちらが手出ししない限りは友好的に接してくれる」
「具体的にどんな見た目なんだ? 事前に教えてもらえれば心の準備ができる。不要な衝突も避けられるだろう」
「そうだな。彼の胴体には長い手足がついている。それも一、二本じゃなく、たくさんだ」
長老は腕を広げ、指先を小刻みに動かしながら説明した。
「胴体は長くて、蛇のようにしなやかだ。鹿の骨でできた仮面をかぶり、いつも顔を隠している。そのため彼の声は、常にくぐもって聞こえる」
「なるほど」
クロトールはふんふんとうなずいてみせた。
「つまり、仮面をつけた節足動物という認識でいいんだな? 他に知っておくべきことはあるか?」
「ああ、あるとも」
長老は間を置かずに答えると、仲間の放浪民たちの耳に入らぬよう、声を落として続けた。
「エルゲオンはヤンクログの古い友人だ。お前たちがヤンクログを追っていると知ったら、彼は良い顔をしないだろう。だからその件については、聞かれても黙っていた方がいい」
「分かった。忠告に感謝する、長老」
と答えたのは、クロトールではなくエイレナだった。その時の彼女は、なぜか急によそよそしくなったように見えた。
「しかし、そもそもの話——」
ここで長老の声色が急に変わった。その場で居住まいを正した彼は、エイレナの目をまっすぐ見つめた上で、次のように問うた。
「ヤンクログを殺す必要があるのか、エイレナよ? あの狼は<黒鉛の森林>に古くから住まう神だ。彼が死ねば、<森の民>は悲しむどころの騒ぎではないぞ」
「この問題は感情で議論すべきではない。ヤンクログは止めねばならないのだ」
答えたエイレナの声は、鉄のように冷たく、頑なだった。
「このまま奴の愚行が続けば、いずれは大規模な討伐隊が帝国から派遣されるだろう。そうなれば森のあらゆる場所が暴かれ、神々は住処を失ってしまう。<森の民>の信仰する全ての神が、<黒鉛の森林>から姿を消すことになるのだぞ」
「そうかもしれん。しかし、エイレナよ。それがあなたと何の関係があるのだ?」
問いかける長老の目は、真夏の日差しのごとく、ぎらぎら光っていた。
「お前を引き止める真似はしない。だが、エイレナ。<永遠の夜明け>の魔術師よ。この世界とそこに生きる神々は、ヒトには理解できない独自の倫理で動いているように見えるのだ。<黒鉛の森林>から神々が消えていくのも、ヤンクログが帝国人を殺すのも、それぞれの倫理が働いた結果だと私は思う。果たしてそれらに我々人間が干渉すべきなのか?」
「必要であれば、そうすべきだ」
エイレナはどこまでも譲らなかった。
「文明の夜明けは止めなければならない。<永遠の夜明け>はそのために存在するのだから。我々は神々を理解し、味方であろうと努めている。あのダイアウルフがそれを理解してくれればいいのだが」




