7-3:放浪民の宴
「まず剣術についてだが、これは一族の義務として身に着けたものだ。私の生家は代々、ベノキアと呼ばれる村一帯を治めていて、私はそこの次男坊だった。当時の記憶はほとんどないが、教わった剣の基礎だけは体が覚えている。ただそれだけのことさ」
「つまり、あんたは貴族の出身なのか」
フェリックスはますます熱心な眼差しでクロトールを見つめた。
「“なんてこった!”と言ってやりたいところだが、あんたが普通の爺さんじゃないことは薄々気づいてた。<黒鉛の森林>を剣の腕だけで生き延びてきたんだからな」
「生き延びられたのは皆のおかげだ。私の実力じゃない」
クロトールはいったん手を止め、<永遠の夜明け>の三人を見回した。
「あなた方は瀕死の私を救い出し、今も旅路の中で支えてくれている。改めて感謝を述べたい。これまでの忘れがたい親切に対して」
「嬉しいことを言ってくれるな、クロトール。思わずこの場で踊り出してしまいそうだ」
エイレナが歌うように言って、微笑んだ。
「お前の出自については分かったが、もう一つ聞いていいか? 元々貴族だったお前が、なぜ審問官になったのだ?」
「最初から審問官になりたかった訳じゃないが、聖職者になったきっかけは、今から三十年ほど前のことだ」
とクロトールは答えた。
「私はかつて、神に命を救ってもらったことがある。その恩を返すべく、こうして信徒になったんだ」
エイレナは食事の手を完全に止めていた。どうやら出された料理より、審問官の過去の方に興味があるらしかった。彼女だけではない。フェリックス、長老、ミアさえも動きを止め、一言も話を聞き逃さぬよう耳を傾けている。その様は歌い、騒ぎ、笑い合う放浪民たちの中ではひどく浮いていたが、それだけ知りたい気持ちが強いということなのだろう。
クロトールはそんな皆の願いを叶えてやることにした。今でも時折夢に見る、幼少期の体験を語ることによって。
「幼い頃のある日、私は父と兄の三人で狩りに出かけた。兄たちは兎を狩るつもりでいたが、私は弓を扱うには幼かったから、代わりに野イチゴ狩りを楽しむことにしたんだ。父と兄は兎に、私はイチゴに夢中になり——やがて私は、自分が森で迷子になったことに気づいた」
語るにつれ、当時感じた恐怖が思い起こされた。故郷の森は、年端もいかない幼児にとって恐ろしい場所だった。地面にせり出す木の根は罠のようで、頭上の枝葉は方角を分からなくした。
「もう駄目かと思ったその時、神が私を救ってくれたんだ。森の中に突然現れた光が、私を安全な場所まで導いてくれた。後でそのことを司祭に話すと、“お前が見たのは神の光だ”と言われたよ。私は今でもそう信じている。あんな奇跡を起こせるのは神しかいないとね」
「そいつは面白いな」
話を聞いていたフェリックスが興味深げにうなずいた。
「あんたは神の奇跡を目の当たりにして、今の道に進んだってわけか。まさに運命だな」
「私もそう思っていた。ただ、首都に行ってからは、あまり上手くやれなかったな。時間が経つほど周りから嫌われて、敵が多くなっていった」
「それはなぜですか、クロトール?」
それまで言葉少なげだったミアが、たまらずといった様子で尋ねた。
「あなたのどこに嫌われる要素が? 私には分かりません」
「理由は色々ある。首都にいた頃、私は他人の意見に反対しがちだったし、愛想も悪かった。この顔を見れば分かるだろう? 加えて私は、組織の決まり事をそれほど気にかけない人間だったからな」
「自分をそう悪く言うな、クロトール。確かにお前はフレンドリーには見えないが、私に比べればかなりのイケメンだぞ」
己のしなびた皮膚を引っ張りながら、長老が快活に笑った。クロトールは彼の言葉に一瞬手を止め、頬を緩めた。
「あなたこそ、自分に自信を持ってくれ、長老。実を言うと私は、どうせ歳を取るなら、あなたのようになりたいと思い始めていたんだ」
クロトールは手の汚れを拭いた後、再度皆を見回した。魚料理の脇には、大量の骨でできたトゲの山ができ上がっていた。
「さて、そろそろ自由にさせてくれないか? しばらくは料理の味を堪能したい」
***
会場の熱気は時間が経っても衰えることはなかった。放浪民たちは歌と踊りに夢中になり、乾いた手拍子を夜の森に響かせる。彼らを見下ろすように立つニレの木さえ、枝葉を揺らして楽しんでいるように見えた。
これだけ騒ぐと敵の注意を引くのではないか、とクロトールは懸念したが、口には出さなかった。場の雰囲気を壊したくなかったし、何より今は食事を楽しみたかった。
「帝国語を覚えたのは十歳の頃だ。訳ありの帝国人はいつだって森にいたから、教師に困ることはなかった」
会場の音楽に気分を良くしたのか、放浪民の長老は頼まれてもいないのに自らの過去を話し始めた。歳を取るにつれて昔話を好む傾向は、文化や民族を越えた共通事項であるようだ。
「他の言葉も話せるぞ。アスラン語、リベロニア語、サナン語も少し。この特技を生かして行商人になろうかと考えたこともあったが、私には見ての通り、家族がいたからな」
「リベロニア語も話せるのか? どうして?」
フェリックスが横から首を長くして尋ねた。このような質問をしたのは、彼自身がリベロニア人であるからだろう。暗い髪に褐色の肌、新月の夜を思わせる黒い瞳は、自由都市に住むリベロニア人の特徴であり、フェリックスの外見にも当てはまっていた。
長老はリベロニア語を覚えた経緯を語り出した。
「遠い昔、旅人のリベロニア人に教えてもらったんだ。あいつはいい奴だったよ。愛想がよくて、世慣れした感じで。名前は忘れたが、本人は世界を知るためにあちこち回ってると言っていたな」
「世界を知るため、ね」
何か気に食わない部分があったのか、フェリックスは鼻であしらった。
「そんなのは嘘っぱちだ。そのリベロニア人も、向こうでやらかして追い出されたんだろう。気の毒なことだ」
「そいつ“も”と言ったか?」
クロトールは言葉のわずかな違和感も聞き逃さなかった。
「私の聞き間違いか、フェリックス? それとも、お前も向こうでやらかした過去を持っているのか?」
すると、フェリックスは途端に顔を歪め、
「それについては話したくない」
と言って視線をそらした。彼がクロトールの詮索に気分を害したのは明白だったが、ここで一連のやり取りを見ていた長老が間に入った。
「恥ずかしがる必要はないだろう、若いの。クロトールはお前の素性を知りたいだけで、子供の頃のおねしょの回数を聞きたいわけじゃない。それに、クロトールの話をあれだけ聞いた後で、自分はだんまりというのは不公平じゃないかね?」
その会話の最中、会場の音楽が穏やかな曲調から、明るくコミカルなものへ変わった。長老はこの変化を誰よりも喜んだ。
「おお、この曲は私の十八番だ。少し踊ってくる。用があれば後にしてくれ」
長老は鳥のように長い脚で料理をまたぐと、人々の輪に加わって踊り始めた。その機敏さは十代の若者に引けを取らないほどで、彼を出迎えた者たちは賞賛の口笛を吹いていた。
「確かに、長老の言う通りだ」
やがてフェリックスがぼそりと言った。
「あんたから根掘り葉掘り聞いた後で、俺が喋らないのフェアじゃない。だから少しだけ聞かせてやる。だけど、本当に少しだけだ」




