表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/57

6-3:ルキウス・アルコニウス・ノガタス

 結果だけを述べれば、捕虜への尋問は極めて平和的に終わった。つまり情報を得るのに暴力や脅しといった手法は用いなかった、ということだ。


 最初の印象は最悪だった。元々荒事に慣れている捕虜たちは、相手を威嚇する鋭い眼光で一行をにらんできた。彼らの瞳には”簡単には屈しない”という強い意志と、敵意が宿っていた。


 しかし、ミアが<森の民>の言葉を使って話を始めると、状況は一変した。会話が続くにつれて、捕虜たちの顔に動揺が現れ、敵対的な態度が鳴りを潜めた。クロトールにとって、<森の民>の言語は粗野で恐ろしげな響きだったが、ミアが話すとなぜか美しく、滑らかに聞こえた。


 やがて捕虜たちはぽつりぽつりと、まとまった言葉をしゃべり始めた。話の中身は理解できなかったが、その様子から判断するに、ミアの質問に一つ一つ答えているようだった。しばらくするとミアは、


「彼らは知っていることを全部話しました」


 と言って尋問の終了を告げた。決して長い時間ではなかったが、彼女の行為はその場にいた全員にとって、忘れがたい記憶となった。クロトールがそのことについて言及したのは、牢獄を出た後、資料室でエイレナと二人でいる時だった。


「信じられない。ミアがあれほど上手くやるなんて。エイレナ、あなたもそう思わないか?」


「わたしも驚いている。ミアの学習能力は想像以上だな」


 エイレナは表情をほとんど変えなかったが、清水を思わせる青い目には、ミアに対する愛情が見て取れた。ミアの頑張りを心から誇りに思っているのだ。


「これで必要な情報はそろったか? 時間をかけた甲斐があると良いのだが」


「ああ。ここにある資料と、捕虜たちの証言があれば十分だろう」


 クロトールが資料の角を揃えてたたくと、音が静かな部屋の中で大きく響いた。現在、資料室にいるのはクロトールとエイレナの二人だけで、ミアは怪我人の治療で消費した薬草を、フェリックスは戦いで使った矢を補充するために出かけていた。


「それなら、これまでに分かったことを聞かせてくれ」


 エイレナが机の反対側に座った状態で、指を組んで尋ねた。


「特にヤンクログについて知りたい。理由は言わずとも分かるだろう?」


「いいとも。ついでにノガタスについても聞いてくれるか? あの凶暴犯のことは、知っていて損はないはずだ」


 エイレナがうなずくのを確認したクロトールは、今後したためるであろう膨大な報告書を念頭に置いて、情報の総括を始めた。


「まず異端者のノガタスについてだ。結論から言えば、奴が森の戦士と一緒にいる可能性は十分に高い。捕虜たちの何人かが、隠れ家でうろつくよそ者の帝国人を見かけたと証言している。ノガタスは身の安全を保障してもらう代わりに、戦士にドラゴンを貸し与えているのかもしれない」


「であれば、今後森の戦士についてはいっそう警戒すべきだな」


 エイレナが硬い表情でつぶやいた。


「それなら、ヤンクログについてはどうだ? 彼がクー・ファディルを救ったことについて、お前はどのように考えている?」


「ヤンクログの動機については今のところ不明だが、あの狼の行動は、森の戦士たちにとって衝撃的だったようだな」


 とクロトールは述べた。これも捕虜から得られた証言が根拠だった。


「彼らが動揺するのも無理はない。帝国を憎んでいたはずのヤンクログが、一転して村を守ろうとしたのだから。最初の襲撃で村が壊滅しなかったのは、ヤンクログのおかげと言っていい。前に酒場で胡散臭い話をしていた老婆は、結局正直者だったというわけだ」


 報告がひと段落つくと、エイレナはそれまでとは違う、真剣な表情でクロトールを見つめた。その瞬間、これから重要な話が始まるのだとクロトールは悟った。


「お前はノガタスを、わたしはヤンクログを追っている。我々は現在協力関係にあるが、今後はどうする? お互いの目的を優先して、それぞれ別の道を歩むべきだろうか?」


「いや、その必要はないだろう」


 クロトールは首を振って答えた。


「ヤンクログはドラゴンを追って森に消えた。ということは、我々が目指すべき方向は同じということだ。ドラゴンがいるところに、ノガタスやヤンクログもいるはずだからな。ところでエイレナ、あなたは未だにあのダイアウルフを殺すつもりでいるのか?」


「分からない」


 エイレナは伏し目がちに述べた。


「ヤンクログは何を考えているのだろう? 帝国人を殺して回っているかと思いきや、今度は森の戦士を妨害して、村を守った。いったいなぜ? 彼の心に変化があったのか?」


「それは奴に直接聞くしかないだろうな」



***



 村を発つ前、クロトールは約束を果たすためにロイガーの家を訪れた。彼とその家族が暮らしていた自宅は、火災によって骨組みが焼け落ち、床まで黒く焦げていた。おそらく父親はこの場所で命を落としたのだろう。建物が炎に包まれるまではあっという間で、逃げられなかったに違いない。


 その後は、ロイガーの父親が眠る墓地へ立ち寄った。クロトールは盛り土の手前まで歩いていくと、事前に用意した葬儀用のリースを置いて、冥福を祈った。野生の草花でできたリースは、見栄えがいいとはいえなかったが、アカマツと焦土が広がる風景に驚くほどなじんでいた。


「いつになったら、私たち<森の民>は平和になるのでしょうね」


 それまで静かに祈っていたロイガーの母親が、不意に口を開いた。


「昔、曾祖母が言っていました。”今のように散り散りになる前、我々<森の民>には、皆で集まって歌を歌う習慣があった。皆が最後にニレの木に集まり、声をそろえて歌ったのはいつだったろう”って」


 帝国に追われた先住民の末裔、<森の民>の運命は長い年月を経て枝分かれした。抵抗を続ける者や、同化を受け入れる者、さまよう人生を選んだ者——二度と交わることのない道は、民族のつながりを遠い過去のものにしたのだ。


「どうしてこうなったの?」


 火傷を抱えたままのロイガーが、誰に言うでもなくつぶやいた。


「どうして父さんは殺されたの? 誰のせいで?」


 誰も彼の問いには答えられなかった。母親だけでなく、クロトールさえも。



***



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ