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6-2:ルキウス・アルコニウス・ノガタス

 隊長の反応はおおむね予想通りだった。それまでの柔和な表情が一変し、杯を運ぶ手が止まった。


「尋問? あなたが相手をすべきは森の戦士ではなく、異端者ではないのか?」


「私の追跡対象である異端者が、森の戦士と手を組んでいる可能性があるんだ。それについて確証を得るために、捕虜たちから直接話を聞かなければならない」


 クロトールが理解を求めて説明しても、隊長の強張った顔つきが緩むことはなかった。彼は嫌悪に目を細め、口の端をぴくつかせた。


「話を聞くだけか? まさか拷問にかけるなんてことは——」


「それはなるべく避けたいところだ。私も痛みが分からない人間ではないからな」


 とクロトールは答えた。今の言葉は方便ではなく、本音だった。こうして話をしている間も、怪我の後遺症が背中で悪さをしている。いったいいつになれば、この痛みから解放されるのだろうか。


「しかし今は緊急事態だ。私が追っている異端者は危険な人物で、放っておけば何をしでかすか分からない。尋問が遅れればその分情報は古くなり、追跡が難しくなるだろう。だから、今すぐ取りかかりたいんだ」


 ガロン隊長は思いつめたようにうつむいた。彼が尋問に対して後ろ向きなのは、隊長になってから日が浅いせいだろう、とクロトールは思った。それでも、何も感じないよりはずっといい。人は本来、彼のようにあるべきだ。


「あなたの事情は理解した」


 やがてガロン隊長は言った。


「だが審問官、そもそもあなたは、森の戦士の言葉が理解できるのか? 捕虜の中に共通語を話せる者はほとんどいない。できても片言だけだぞ」


 クロトールは、想定外の事態に束の間言葉を失った。捕虜たちが帝国の言葉を理解できないなら、尋問自体始められないではないか。


「それなら、クー・ファディルに住む<森の民>に通訳を頼めないか? 彼らは元は同じ民族なんだろう?」


 食い下がるクロトールに対し、隊長は苛立たしげに首を振った。


「あなたは大事なことを忘れている、審問官。捕虜たちは村を滅ぼそうとした犯罪者だぞ。そんな奴らの通訳を誰が買って出るというんだ? 自分たちを殺そうとした悪党の顔を、誰が見たいと?」


 隊長の言うことはもっともだった。身内を失くしたばかりの人々に、殺人者との面会を求めるのは間違っている。しかし、そうなると捕虜たちへの尋問は諦めざるを得ない。まさに打つ手なし、お手上げだ。


 クロトールは失意のまま席を立とうとしたが、そんな時、パンケーキを食べ終えたばかりのエイレナが興味深い一言を放った。


「ひょっとしたら、ミアが助けになるかもしれない」


 彼女はつぶやくように言った。


「我々は以前、森をさすらう友好的な<森の民>と、交流を持ったことがあるのだ。その際、ミアは彼らから言葉をいくつか教わっていた。あの子は物覚えがいいから、今も会話ができるかもしれない」


 エイレナの言葉に最初に反応を示したのは、クロトールではなくガロン隊長だった。彼は最後まで話を聞き終えた後で、


「ああ、あなたは放浪民に会ったんだな」


 と訳知り顔でうなずいた。


「放浪民について聞くのは初めてだろう、審問官。<黒鉛の森林>には定住も敵対もしない、ごく少数の<森の民>がいるんだ。その姿を見ることはまれだが、時折偵察隊が報告を入れることがある。害はないが変わった連中さ」


 クロトールは、隊長の説明を聞いて、頭を抱えたい気分になった。<森の民>、森の戦士、放浪民——前にエイレナが言っていたように、一口に<森の民>と言っても様々なのだ。だが、今の自分にはその全てを理解する自信がない。<黒鉛の森林>に住む人々にとっては、当たり前のことなのかもしれないが。


「<森の民>の多種多様さには、困惑してしまうな」


 クロトールが思わずつぶやくと、未だ酒をたしなむフェリックスが、


「そうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()よりは、覚えやすいけどな」


 と指摘した。どうやら彼は人の名前を覚えるのが苦手らしい。


「どうやら、爺さんには民俗学の講義は難しかったみたいだな。それでどうする? ミアに通訳を任せてみるか?」


 ここでエイレナは、食料の袋詰め作業にいそしむミアに声をかけた。


「ミア、お前に森の戦士の通訳を頼みたいのだが、できるか?」


 するとミアは作業の手を止め、マスターであるエイレナをじっと見返した。


「ある程度はできると思います」


 ミアは平坦な声で答えた。


「ただ、完璧にこなす自信はありません。私は詩や比喩といった曖昧なものが、元々苦手なので」


「そんなものを理解する必要はない」


 エイレナは肩をそびやかし、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「人をいたぶって答えを引き出すのに、詩的な表現は不要だからな。我々は芸術家ではないから、情報を得られさえすれば何でもいいのだ」


「待て、待て。やはり拷問は駄目だ」


 ガロン隊長は、自分こそが正義だとでも言うように両手を振り回した。


「捕虜を痛めつけないと約束してくれ、審問官。それが面会の条件だ。頼むからこれ以上、村に暴力を持ち込まないでくれ」


「分かった。武器になるものは置いていく。これならあなたも安心だろう」



***



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