5-5:クー・ファディルにて
”彼らは話したがらないだろう”という隊長の予想とは裏腹に、事件を知るタイミングは意外にも早く訪れた。軽い打撲の症状で治療に訪れた老婆が、さりげなく話題を振っただけで、ぺらぺらと酔っ払いのように喋り始めたからだ。
「森の戦士が襲ってきたのは、夕暮れ時だったよ」
と老婆は言った。<森の民>である彼女は、その太い指を使って頭皮を苛立たしげにかいた。
「大勢の森の戦士が、クー・ファディルを包囲したんだ。奴らは一人の村人も逃がさないようにしたかったんだろうね」
「ちょっと待ってくれ。森の戦士とは何だ?」
クロトールは話の途中で尋ねた。<森の民>についてはすでに知っているが、”森の戦士”という言葉を耳にするのは今回が初めてだ。
すると、老婆は両目をミミズクのように見開いた。
「森の戦士を知らないのかい? うらやましいことだね。きっとあんたは、これまで苦労のない人生を送ってきたに違いないさ」
「あなたと比べれば、そうかもしれないな」
クロトールは老婆のお喋りに忍耐強く応じた。
「だったら、あなたの豊かな人生経験をもとにして、教えてくれないか? 森の戦士とは何なんだ?」
「森に巣食うウジ虫のことさ」
と老婆は答えた。
「あたしらと同じ血を引いていても、中身は全く別物さ。奴らが絶えず悪さをするせいで、あたしら正直者が苦労しているんだよ。村で税金を納めている<森の民>が、いつまで経っても”帝国人”になれないのは奴らのせいだ」
老婆の要領を得ない物言いに首をひねっていると、傍らで話を聞いていたエイレナが助け舟を出した。
「一口に<森の民>と言っても様々なのだ。帝国と平和を望む者もいれば、戦おうとする者もいる。森の戦士は戦いを選んだ者たちだ」
「そう。そいつらが村を襲ったんだよ」
と老婆は同調した。一連の話を聞いたクロトールは、ゲリラ兵のようなものだろうか、と推測した。
「まあ、おおよそ理解した。それで、襲撃はどんな風だったんだ?」
「そりゃあ恐ろしかったよ。村の北側から、いきなり火の手が上がってね」
老婆は、両腕をかき抱きながら話を続けた。
「ありゃあ、びっくりだったね。村を襲った森の戦士は、強力な兵器を持っていたんだ。連中はそれを使って、全てを焼き尽くそうとしたんだよ——ドラゴンの炎でね」
「待て。何の炎だって?」
クロトールが聞き返すと、老婆は皺だらけの口を大きく開けて、
「ドラゴンだよ」
と一語一語繰り返した。
「あたしは見たんだ。森の戦士が巨大なトカゲを操っているのを! あれは間違いなくドラゴンだった。そいつがあちこちに火を吹いて、家や人を飲み込んだんだ」
それまで話を聞いていたエイレナが、視界の隅で訝しげに目を細めるのが見えた。おそらく彼女は、老婆の話があまりに大げさで、年寄りが構って欲しさについた嘘ではないかと疑っているのだろう。今の話は、さすがに尾ひれがつき過ぎだと思っているのだ。
だが、クロトールは違った。老婆の証言は審問官としての役割と、<黒鉛の森林>でなすべきことを思い出させるものだったからだ。ドラゴンと炎——それらは首都を発つ前に何度も聞かされた言葉だった。
なおも自由に喋らせていると、<森の民>の老婆はさらに気になる内容を口にした。
「誰もが一巻の終わりだと思った。まさにその時だったよ、ヤンクログが現れたのは。<森の民>の友が、あたしたちを助けに来てくれたんだ!」
話に無関心になりつつあったエイレナが、この一言で弾かれたように顔を上げた。現在捜しているダイアウルフの名前が、この老婆の口から語られるとは、夢にも思わなかったのだろう。
「ヤンクログは高く飛び上がって、ドラゴンの喉笛に噛みつこうとした。あいにく狙いは外れたけど、怖気づいたドラゴンは、慌てて村から逃げ出したんだ」
老婆は身振り手振りを駆使し、熱心に語り続けた。
「ドラゴンが逃げると、ヤンクログは後を追って森に消えた。すると、村を襲った森の戦士も、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。これが昨日起きたことの全てさ。あたしにとって、ヤンクログは村を救った救世主だよ」
今聞いた内容を忘れないうちにと、クロトールは紙に素早くメモを取った。それから書き終えた用紙を逆さまにすると、筆記具を添えて老婆に突き出した。
「ここに署名してくれ。あなたの証言は将来、公的な資料として提出するつもりだ。念のため確認するが、これまでの言葉に嘘偽りはないな?」
老婆はひどく面食らった様子で、しばらくの間、カッコウのヒナのように口を開けて固まった。
「あんた、いったい何のつもりだい? 資料がどうのこうのって——」
残念ながら、クロトールがその問いに答える機会はなかった。突然、けたたましい半鐘の音が、村全体に響き渡ったからだ。その音色は、教会の鐘とは正反対の不規則さで、聞く者の不安をあおるものだった。
クー・ファディルに長く住む老婆は、それらの音の意味をたちまち理解し、その場にうずくまった。
「ああ、まただ! また森の戦士が――」
「敵襲ー!」
ガロン隊長の大声が、老婆の言葉をかき消した。彼は防具の金属音をがちゃがちゃ立てながら、酒場の前を駆け足で横切っていく。
「敵襲だ! 森の戦士が再び攻撃を仕掛けてきた。 動ける男はわたしについて来て、戦え!」
「戦うのは男だけなのか。わたしは女だが、人並みには戦えるぞ?」
隊長が去った後、エイレナが誰に言うでもなく不満を漏らした。すぐそばに危機が迫っているにも関わらず、彼女の態度は異様なほどに落ち着いていた。
「まったく、次から次へと厄介事がやって来るな。このままでは、我々も戦いに巻き込まれる」
「嘆いても仕方ないさ」
と答えたのはフェリックスだった。彼は弓と矢筒を手にすると、勢いよく立ち上がった。
「俺は防衛に加わる。村で武器を使える人間は貴重だろうからな」
「それなら私も行こう」
クロトールはフェリックスに続いて立ち上がったが、その際、背中を再び痛みが襲った。怪我の後遺症が、こんな時でさえ悪さをした。
「大丈夫ですか、クロトール?」
ゴーレムのミアが、クロトールの異変に気づいて尋ねた。<永遠の夜明け>を支援する模造人形は、仲間の些細な変化も見逃さなかった。それはゴーレムという存在ゆえの特性か、はたまた彼女自身の個性なのか、クロトールには判断しかねた。
「気遣いに感謝する、ミア。しかし、フェリックスが言ったように、今は武器を扱える人間が求められているんだ」
クロトールはそう言って、<誇り>の鍔に手をかけた。<永遠の夜明け>のリーダーであるエイレナは、これから戦いに赴く二人の姿を見つめると、静かな口調で言葉をかけた。
「二人とも、くれぐれも無茶はするな。わたしは表立っての支援はできないが、上手くいくよう祈っている」
「ありがとう。さあ行くぞ、フェリックス」
クロトールは酒場の空き地を飛び出すと、怒声や悲鳴が聞こえる方角へ走り出した。そこは村の西側——最初に一行が診療所を開いた場所と、奇しくも重なっていた。
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