5-4:クー・ファディルにて
男は診療所を一瞥すると、いかにも軍人らしい、はきはきした声で尋ねた。やや不安げにこちらをうかがうエイレナに対し、クロトールは”ここは自分に任せろ”と、目で語ってみせた。
「私だ。首都から来た審問官のクロトールだ」
男は耳にした答えに眉をひそめたが、一方で自己紹介を忘れることはなかった。
「クー・ファディルの隊を率いるガロンだ」
どうやら男の身分は村の隊長らしい。
「わたしは口達者な方ではないから、単刀直入に聞こう。審問官であるあなたが、異端者ではなく村人の世話をしているのはなぜだ?」
「おかしいだろうか? 私は審問官だが、同時に神の信徒でもある。そして隣人を助けるのは信徒の重要な義務だ」
クロトールは言葉を慎重に選んで答えた。この状況を切り抜けられるどうかは、自分の言動にかかっている。皆のために破滅は何としても避けなければならない。
「村の人々が治療を求める中で、我々は必要なものを持っていた。唯一足りなかったのは患者を診るための広い場所だった。それが今ここにいる理由だ」
「それじゃあ、ここで手当てをしているのは、あなたの仲間なのか?」
隊長の部下が<永遠の夜明け>の三人を顎先で示し、尋ねた。
「こいつらは何者だ? あなたは帝国人だと一目で分かるが」
「詳しくは聞いていないが、異国の流れ者らしい。私は旅の途中で負傷したところを彼らに助けられたんだ。その縁で今も一緒に行動し、助け合っている」
ガロン隊長は不審に目を細め、クロトールと<永遠の夜明け>の面々を交互に見やった。彼はこちらを完全には信用しないだろうが、それでも捕えるような真似はしないだろう、とクロトールは見積もった。今のクー・ファディルによそ者を監視する余力はない。それに、村には治療のできる人間が絶対に必要なはずだ。
やがて隊長は観念したように息を吐いた。
「医療行為そのものは問題ではないが、やるなら村の中でやってくれ。必要な場所はこちらで用意するから。いいな?」
「分かった。すぐに移動するとしよう」
難事を切り抜けたクロトールは、ほっと胸をなでおろした。表面では涼しい顔を装っていたが、体は緊張で汗ばんでいた。
一行は隊長の指示に従い、村の中に入った。門をくぐると焦げた臭いが強くなり、同時に被害の詳細も明らかになった。火災は村の広い範囲に及んでおり、住居や馬屋、鍛冶場までもが焼けてしまっている。村にとって、鍛冶場の焼失は特に痛手だろう。武器や防具はもちろん、農工具さえ手に入らないのだから。
「あなたは首都から来たと言っていたな、審問官?」
謎多き審問官の素性が気になるのか、ガロン隊長が歩きながら話を始めた。
「異端者捜索のために、ここまで足を運ぶとは。道中はなかなか大変だったのではないか?」
「村を守るあなたほどの苦労はしていないさ」
クロトールは、質問をさりげなく回避しつつ答えた。話の中でぼろが出ないよう、身の上話はできるだけ避けたかった。それゆえ、話をすぐに別の話題に切り替えた。
「あなたはここに勤めるようになって長いのか、隊長? 見たところかなり若いが、兵を率いるようになってからどれくらい経つ?」
すると、ガロン隊長は急にきまりの悪い顔をして、目をそらした。どうしたのだろう、とクロトールが不思議がっていると、それまで横を歩いていた隊長の部下が、薄ら笑いを浮かべて次のように言った。
「今のは禁句ってやつだよ、審問官。ガロンはついさっき隊長になったばかりで、中身は新米同然なんだ。本人は昇級を嫌がったが、他の偉い奴らは、昨日のせいで全員死んじまったからなあ」
ガロン隊長は苦虫を噛み潰したような顔で振り向くと、秘密を暴露した部下を荒々しく肘で小突いた。
「恥ずかしながら、こいつの言ったことは本当だ、審問官。クー・ファディルの兵士は他と比べて昇進が早い。この村が文明の最前線で、対立がしょっちゅう起きるせいだ」
「昨日まで大好きな女の尻を追いかけ回していた小僧が、いきなり隊長を任される。そんな村なのさ、ここは」
隊長の部下が、小突かれた箇所をさすりながらつぶやいた。
「その女だって、今は冷たい地面の下で——」
「黙れ! アキシオス」
アキシオスと呼ばれた部下は、隊長の命令に忠実に従った。それ以降、彼は一切しゃべらなかった。
隊長に連れられて行き着いたのは、酒場の脇にある屋外スペースだった。村の中央に位置するその場所は、他より被害が少なく、何より十分な広さがあった。酒場のテーブルを脇に寄せると、怪我人を寝かせるための空間が、ものの数分で出来上がった。
「今後はここを使ってくれ」
と隊長は言った。
「薬や包帯が足りなくなったら、医者か衛生兵に頼るといい。調達に困らぬよう、わたしが彼らに伝えておく」
「心遣いに感謝する。隊長、色々してもらった中ですまないが、最後に質問させてくれないか?」
すでにこちらに背を向けていた隊長が、肩越しに耳を傾けた。クロトールは、彼が聞き耳を立てているのを感じながら、これまで抱えてきた疑問をぶつけた。
「いったい村で何が起きた? 誰の仕業でこうなったんだ? 我々が知っているのは、事件が起きたのは昨日ということだけだ」
「悪いが、その質問に答えられない。見回りの仕事が残っているんだ」
隊長は、荷が重すぎると言わんばかりに首を振って、断った。
「昨日のことなら、治療のついでに患者に聞いてみるといい。もっとも、彼らは好んで話したがらないだろうが」
言い終わると、ガロン隊長は部下のアキシオスとともに、足早に酒場を去った。
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