5-3:クー・ファディルにて
エイレナは人目を避けたがっていたから、説得は容易でないだろう。クロトールはそのように見込んでいたが、予想は意外にも外れた。戻った二人からクー・ファディルの惨状を聞かされた彼女は、
「そのような事情なら、仕方あるまい」
と、案外すんなり応じたのだ。
一行はクー・ファディルまで移動すると、エイレナの要望を考慮しつつ、村から少し離れた場所に臨時の診療所を作った。それから薬草や包帯などを用意すると、最初の患者を——小太りの女の息子を呼び寄せ、治療を開始した。
彼の火傷は腕の広範囲に及んでいて、あちこちに水ぶくれができていた。変色した皮膚を見ていると、彼が味わったであろう熱や恐怖が想像できて、胸が痛くなった。
「軽傷ではないな。頑張って父親を助けようとしたんだろう?」
クロトールは若者に話しかけたが、答えはなく、唇がかすかに動いただけだった。この若者はおそらく耐えているのだ。父親が死に、この世からいなくなったという事実に。会話の余裕はないかもしれないが、それでも耳では聞いているはずだ。クロトールはそう思い、話を続けることにした。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私の名はクロトール。首都から派遣された審問官だ」
「審問官」
若者がかすれた声でようやく言葉を発した。
「確か、最初に会った時もそう言っていたね。俺の名前はロイガー」
「ロイガーか。覚えておこう」
火傷の治療はそれほど複雑ではない。患部に薬を塗り、張りつかないガーゼをかぶせた後、包帯を巻けばいい。治療の間、ロイガーは泣き言を言わず、最後まで痛みに耐えた。元々我慢強いのか、あるいは悲劇によって感覚が麻痺してしまっているのか。
「さて、ロイガー。治療はこれで終わりだが、一つ頼みがある」
薬が塗られた腕をしげしげと眺めるロイガーに、クロトールは言葉を投げかけた。
「後で私ともう一度会ってくれないか? 君たち家族にできるだけのことをしたいんだ。特に、君の父親に対して」
「埋葬の手伝いなら、いらないよ。父さんは今日の朝に埋めたから」
ロイガーは伏し目がちに答えた。それを聞いたクロトールは、いっそう申し訳ない気持ちになった。
「思い出させてしまって、すまない。私は時間ができ次第、君の父親が眠る場所を訪れるつもりだ。私なりの方法で彼を弔いたい。後で草花で作ったリースを届けよう」
するとロイガーはつと顔を上げて、クロトールをじっと見つめた。その眼差しは内面を見通すような純真さで、同時に恐ろしくもあった。やがて彼は言った。
「あなたの心には何というか、芯があるね。普通の人にも、死んだ人にも優しくあろうとしている。どうしてそこまでできるの?」
その言葉にクロトールは戸惑い、一瞬、動きを止めた。どうしてそこまでできるのか――こんな風な質問をされたのは今回が初めてで、どう答えていいか分からない。しかし、ロイガーはこちらを見たまま、答えを待っている。
「私は君が言うほど立派な人間ではない」
やがてためらいがちにクロトールは答えた。
「ただ、ほんの一瞬でもそんな風に見えたとしたら、それは信仰のおかげかもしれないな。私は幼い頃、神に命を救われたことがあるんだ。だから私も人々を助け、世の中を良くしたいと願ってきた。だが——」
クロトールは話を続けた。ロイガーが見つめる中で間が空くのが怖かった。
「だが、私はしょせん、口先だけの人間だ。湖に捨てられたエラナダの人々に対して、結局何もしてやれなかった。彼らを埋葬すると言い出して、君たち家族を危険に巻き込んでおきながら」
すると、ロイガーが落ち着いた声で、なだめるように言った。
「安心して。エラナダの人たちは安らかに眠っているよ。あなたがいなくなった後、父さんが村の人たちに声をかけて、遺体を埋葬しに行ったんだ。父さんはきっと、あなたの姿に影響を受けたんだと思う」
「君の父親が? そうか」
ロイガーの話を聞いた途端、背負っていた重荷が一気に軽くなったような気がした。なすべきことがなされ、死者はあるべき場所に弔われたのだ。湖の貴婦人も喜んでいるに違いない。人々の善意が土地の浄化と、湖の再生を早めますように——クロトールは心の中で祈った。
「教えてくれてありがとう、ロイガー。君の話を聞いて、心がどれだけ安らいだか」
「お礼を言わなきゃいけないのは、俺の方だよ。治してくれてありがとう。あなたが来るのを村で待ってる」
治療を終えたロイガーは村の奥に消えた。クロトールは目途がつき次第、彼に会うつもりでいたし、じきにそうなると思っていた。その頃は負傷者の数がまばらで、すぐに手が空くだろうと高をくくっていたのだ。
しかし、事態は予想とは違う方向に進んでいった。診療所には治療を求める者が次々現れ、やがてその数は長蛇の列をなすまで増えたのだ。フェリックスは患者の多さに頭を抱え、ミアは「包帯の在庫が残り少ないです」と警告した。そして、最初は文句一つ言わなかったエイレナも、ついにはクロトールの袖を引いて不満を口にした。
「厄介なことになった。我々はもはや身動きできない。相談に来た時、お前はこれだけ大勢の患者がいるとは言わなかったな」
「だましたわけじゃない。想定外だったんだ」
とクロトールは弁明した。それしか言いようがなかった。
「せいぜい数人程度だと思っていたが、甘かったな。村ではよほど医者が足りないらしい」
「そのようだな」
エイレナは大きなため息をついた。
「今さら治療を投げ出すような真似はしないが、ここまで注目された以上、何事もなく終わるとは思えない。遅かれ早かれ誰かに目をつけられるだろう。今のうちに覚悟を決めておかねば」
実際、エイレナの懸念は現実のものとなった。帽子状兜とサーコートを着込んだ男が、部下を伴って村の入り口に現れたのだ。男の立派な風格はいかにも軍人といった感じだが、兜の下からのぞく顔は意外にも若い。
「ここの代表者は誰だ?」




