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5-1:クー・ファディルにて

 翌日、古代の神殿を後にしたクロトールは、<永遠の夜明け>とともに高地を下り、クー・ファディル近くの土手まで足を進めた。その間は馬のファリオンには乗らず、手綱を握って地上を歩いた。背中の痛みが残っているせいで、鞍に座るのが難しかったからだ。


 <永遠の夜明け>の三人は、そんなクロトールを気遣って歩調を緩めてくれた。しかし、痛みは歩くたびに襲ってくるため、移動中は常に顔をしかめていた。


 当初はしかめ面をしていた自覚はなかったが、途中フェリックスに指摘されて気づいた。彼曰く、「晴れた日に決まって外の椅子に座る、偏屈な爺さんみたいな顔」だそうだ。


 土手脇に延びる道に出ると、一行は村へ向かうために東へ進んだ。ある程度道を進むと、何かの焼ける臭いが風に乗って運ばれてきた。昨夜の夕食で嗅いだ鹿肉の匂いとは似ても似つかない、不快で危険な臭いだ。


 すると、これまで一緒に行動していた湖の貴婦人が、にわかに立ち止まった。


「残念ながら、私が行けるのはここまでです。これより先は帝国人の領域ですから」


「分かった。ここまでありがとう、貴婦人よ」


 エイレナが感謝を込めてうなずいた。


「これからどうするつもりだ? 湖は未だにひどい状態だろう?」


「ただ時が過ぎるのを待つだけです」


 と貴婦人は答えた。


「もう慣れたものですよ。数世紀にわたって生きていれば、似たようなことは繰り返し起きるものですから。土地が浄化されるまでは時間がかかりますが、仕方のないことです」


「それでいいのか、貴婦人? 私にできることがあれば、手伝うぞ」


 クロトールは念押しで尋ねたが、貴婦人の意思は変わらなかった。


「その気持ちだけで十分ですよ、審問官。何より、あなたは他人より自分の心配をするべきです。怪我を治すには時間が要るでしょう? 無理をすると悪化しますよ」


 彼女はこれで見納めというように一行を見渡すと、最後に貴婦人らしい品のある一礼をしてみせた。


「それでは皆さん、ごきげんよう。審問官殿、私が差し上げた剣を大事にしてくださいね」


 そう言い残すと、湖の貴婦人は踵を返して去っていった。


 エイレナは貴婦人が木陰に消えるのを見届けると、クロトールにゆっくりと視線を移した。彼女と目が合った瞬間、クロトールはいよいよ自分の出番が来たのだと悟った。


「さて、審問官。我々はもうじきクー・ファディルに着く。怪我の痛む中すまないが、村で情報を集めてきてくれ。昨日はそのように頼んだはずだ」


「情報を集める、か」


 クロトールは東から漂う臭いを嗅いでつぶやいた。


「話のできる相手が、村に残っているといいが。ひょっとすると、エラナダで起きた悲劇がここでも起きているかもしれないぞ?」


「確かにそうだな。この爺さんを一人で行かせるのはまずい。最悪の場合、戻ってこられなくなるぞ」


 そう主張したのは、特徴的な羽根つき帽をかぶったフェリックスだった。


「なら、俺も行こう。爺さんの剣と俺の弓があれば、村に近づく分には大丈夫だろう」


 その後、クロトールは狩人のフェリックスとともに道を進んでいった。奥に進むにつれ、煙の臭いはますます強く、耐えがたいものになっていった。この先でいったい、何が起きたというのだろう?


「戦いにならないといいな」


 フェリックスが辺りの物陰を警戒しながら、小声でつぶやいた。


「獣はともかく、人を撃つのは割に合わない。相手がどんな奴でも、嫌な記憶しか残らないからな」


「それについては同感だ」


 クロトールはうなずき答えた。


「だが仮にその時が来たら、お前の腕に頼らないといけない。戦いには慣れているのか、フェリックス?」


「それなりには。好んで人を襲う連中はどこにでもいるからな」


 とフェリックスは答えた。


「襲ってきた奴らは全員倒した。<永遠の夜明け>はただの旅人集団じゃない。俺たちを狙う奴らは高い代償を払うことになる。今までがそうだったし、これからもそうだ」


 クロトールは何も言わなかった。今のフェリックスの発言は敵だけでなく、審問官である自分にも向けられているような気がしたからだ。若者特有の威勢のいい言動も、少し見方を変えれば、“何かあれば容赦しない”という脅しに解釈できる。彼が同行したのは親切心ではなく、監視のためだったのかもしれない。


「俺はあんたの後ろをついて行くよ、爺さん」


 少し間を置いてからフェリックスが言った。


「弓は遠くから射るための道具だからな。敵の近くにいたら、役に立たないだろう?」


「知っている。武器についての説明は不要だ。それより教えて欲しいのは——」


 クロトールはそこでいったん言葉を切ると、かねてより抱いていた疑問を苦々しく口にした。


「どうして私のことを“爺さん”と呼ぶんだ? 私はお前が思うほど歳ではない」


「そうなのか?」


 フェリックスは信じられない、と言いたげに肩をいからせた。


「じゃあ、代わりに何て呼べばいいんだ?」


「クロトールでいい。それが本名だから」


 とクロトールは答えた。正直なところ、年寄り呼ばわりされないのであれば何でも良かった。

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