4-4:審問官と魔女
質問に対するエイレナとフェリックスの態度は、まるで正反対だった。前者が顔色一つ変えなかったのに対し、後者は片眉をぴくりと動かし、険しい表情を見せた。
「それはどういう意味だ? ミアが怪物か何かに見えるっていうのか?」
「無礼を承知で尋ねているんだ。最初は考え過ぎだと思っていた。世の中には文字通り、色んな人間がいるからな」
クロトールは、とげのある態度を取るフェリックスに対して、可能な限り穏やかに応じた。
「だが、それでも奇妙に思えて仕方がないんだ。ミアの常人離れした腕力や脚力、感情の乏しさを見ていると、人というより、高度な技術で造られた人形のように思えてくる。彼女はいったい何者なんだ?」
口を閉じると沈黙が下りた。エイレナとフェリックスは何も答えず、読めない表情のまま動かない。
彼らは気分を害し、そのせいで黙っているのだろうか——クロトールは針のような静寂の中、思案した。だとすれば、ミアがいくら奇妙な娘であっても、口をつぐんでおくべきだったのかもしれない。
だがその後、突如沈黙が破られた。エイレナの笑い声とフェリックスの悪態が、森に同時に鳴り響いたのだ。
何事だ、と呆気にとられるクロトールをよそに、彼らは互いを見やり、彼らだけのお喋りを始めた。
「ちくしょう、やってくれたな。あんたはこっちが負けるように仕組んだんだろう? 俺がいない間に、爺さんに答えをこっそり教えたんじゃないのか?」
「いくら賭けに勝ちたくても、そんな真似はしないさ」
エイレナは、声を荒げるフェリックスに向かって満足げに微笑んだ。
「お前の敗因は”爺さん”をみくびった点にある。クロトールはただの帝国人ではなく、審問官だ。当然、人を見抜く能力はあるだろう」
「ちょっと待ってくれ。さっきは”賭け”と言ったのか? あなた方は私に関することで、賭け事をしていたというのか?」
クロトールが割って入って尋ねると、エイレナは含み笑いの中でうなずき、答えた。
「その通りだ、審問官。我々は賭けをしていたのだ。お前がミアの正体を見破れるかどうかについて。結果、お前は真実に気づき、わたしを勝利に導いたというわけだ」
「悔しいが、あんたの予想は正しい」
フェリックスがふくれ面をして言った。
「確かに、ミアは人間じゃない。彼女は<永遠の夜明け>が造った模造人形で、”ゴーレム”って呼ばれてる。ゴーレムは人間より力が強くて、動物並みに足が速い。怪我をしたあんたを軽々運べたのも、そういう理由さ」
真実を告げられたクロトールは、驚きではなく、妙な納得感を覚えていた。やはりミアは普通の人間ではなかった。人間に似せて造られた模造人形——ゴーレムなのか。
「人形みたいだと思っていたら、本当に人形だったんだな。では、あなたがミアを造ったのか、エイレナ? あなたの魔術で?」
「半分はわたしの力で、もう半分は先人の知恵によるものだ」
とエイレナは答えたが、その大雑把な回答に満足できなかったクロトールは、好奇心に動かされるまま質問を重ねた。
「どういう仕組みで動いているんだ? 動力は何だ?」
「ほら、やっぱり爺さんはミアに気があるんだ」
途中、フェリックスが茶々を入れたが、エイレナはそれを聞くとすかさず、
「あまりしつこいと嫌われるぞ、フェリックス」
とたしなめた。
「審問官よ、お前は色々と知りたがる性分のようだが、ゴーレムの製法は門外不出の秘術に指定されている。だから、この場でいくら粘っても無駄だぞ」
「それは残念だ」
クロトールは肩をすくめた。
「それなら、話題を変えようか。エイレナ、あなたはフェリックスとの賭けに勝ったんだろう。その勝利の記念に、何がもらえることになっているんだ?」
「そういえば、賞品はまだ決めていなかったな」
エイレナは顎先に手を添えつつ、煙が漏れる土窯に目をやった。
「なら、鹿肉の一番旨い部分をいただくことにしよう。お前が切り分けてくれ、フェリックス」
「何だ、金じゃないのか」
答えたフェリックスは拍子抜けした様子だった。
「肉でいいなら都合がいい。今は金を貯めている最中だからな。少し前に、市場で見かけた複合弓が気になっているんだ。あれは軽くて、疲れにくそうだし——」
「静かに」
クロトールが声を殺して叫んだのと、エイレナがフェリックスを制止したのはほぼ同時だった。森の奥から、三つの影が横並びになってやって来る。最初は野盗かと思い警戒したが、実際は見慣れた顔ぶれだった。薬草採取を終えたミアと湖の貴婦人、それから愛馬のファリオンだ。
「湖の貴婦人が、皆と話がしたいそうです。薬草を集めている時に偶然出会って、連れてきました」
ミアの淡々とした説明が終わると、湖の貴婦人は丁寧に一礼した後、口を開いた。
「お元気そうで何よりです、皆さん。特に審問官殿については。あれから具合は良くなりましたか?」
「おかげさまで。ファリオンはあなたと一緒だったのか。迷惑をかけなかったか?」
すると、湖の貴婦人は声を立てて笑い出した。
「迷惑だなんてとんでもない。この数日間、あなたのファリオンは私のために十分働いてくれましたよ」
貴婦人はファリオンの手綱をクロトールに手渡した。
「可愛い馬ですね。人懐っこくて、素直で。きちんとしつけをなさっているのですね、審問官殿」
クロトールは貴婦人の言葉に思わず目を細めると、ファリオンに近づき、彼の首筋と背中を優しくなでた。
「お前が人懐っこいだと? まったく、この浮気者め。私がいない間は、誰にでも色目を使うんだな」
なでられたファリオンは機嫌を良くし、耳を倒したり、目を潤ませたりした。その様子にクロトールは安心を覚え、いっそう可愛がった。
「首尾はどうだ、湖の貴婦人よ? ヤンクログについて何か分かったか?」
エイレナの言葉を耳に入れたクロトールは、ファリオンをなでる手を止め、皆の方に向き直った。見ると、先ほどまで柔和だった貴婦人の表情に、暗い影ができていた。
「ええ。あなたが捜している狼は、先日私の近くを——湖のそばを通りました」
貴婦人は言葉を切って、後方を向いた。彼女の視線の先には森が広がっていたが、実際に見ているものは全く別のもののような気がした。
「彼が去った後で、黒煙が上がるのを見ました。それから悲鳴と、物の焼ける匂いがした。早合点は禁物ですが、あの狼は近くの集落を襲ったのかもしれません。どうです、エイレナ? この情報には価値があると思いませんか?」
エイレナはすぐには答えず、うつむいて何かを考えていた。その沈黙の間に、クロトールは懐の地図を広げて、湖周辺の地理を確かめた。
湖の周りにはエラナダとクー・ファディルという二つの村がある。前者は略奪者の巣窟になっているが、後者の方は住民が未だに暮らしている。村で生活する人々の中には、当然帝国人もいるだろう。帝国を忌み嫌うヤンクログがどちらへ向かったかは、火を見るより明らかだ。
「我々が次に向かうべきは、クー・ファディルだな」
エイレナとクロトールの見解は見事に一致した。
「審問官、悪いが予定を変更させてくれ。我々はヤンクログの足取りが消えないうちに、ここを発たねばならない。一緒に来てくれ。出発は明日の朝だ」
「いいとも。早朝に体を起こすのを手伝ってくれるならな」
クロトールは苦々しく答えた。自分を取り巻く状況は天気のように変わるばかりだが、一つだけはっきりしていることがある。それは、自分は狼より先に、痛みとの戦いに勝たねばならない、ということだ。




