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4-1:審問官と魔女

 眠っている間にクロトールは夢を見た。今でも夢見る子供時代の思い出は、他人からすれば過去の追体験でしかないだろう。だが、自分にとっては忘れがたい——いや、忘れてはならない記憶だ。なぜなら、あの一日は人生の転換点であり、今の自分を支えてくれる原点でもあるからだ。


 夢は幼少期の自分が森を歩くところから始まった。故郷にほど近いその森は食材の宝庫で、自分は当時、野いちご狩りを楽しんでいた。だが夢中になりすぎた結果、途中で迷子になり、帰り道が分からなくなってしまった。


 さまよううちに日が暮れて、夜になった。歩くのに疲れ、そばにあった木の根に腰を下ろすと、あまりの冷たさに鳥肌が立った。暗闇で狼の遠吠えが聞こえると、心に恐怖が押し寄せた。


 怯えたクロトールは神に祈った——神様、私を家に帰してください。それが無理なら朝日を、まばゆい光をください。道が分かれば、再び歩くことができますから。


 かじかんだ指を握り、ひたすら願いを唱えていると、突然、目の前が輝き出した。見ると、手が届きそうなほど近くに、小さな光の球がぽつんと浮かんでいる。夜明けの太陽を思わせる、柔らかい光だ。


 クロトールは恐れ半分、期待半分で光球を見つめた。いったい何だろう。神様が私の願いを聞き届けてくれたのだろうか。


 やがて光球は動き始めた。光はゆったりとした速さで、木々の中を縫うように進んでいく。このままだと見失ってしまう。クロトールは立ち上がり、無我夢中で光を追った。その後は村にたどり着くまで、ひたすら森を走り続けた。


 その日の出来事が、後の運命を変えた。家族のもとへ戻った無事にクロトールは、今後の人生を神に捧げることを誓った。そして決意した。神が自分を導き助けたように、自分も誰かの光になるのだと。



***



 あれからおよそ三十年。その間、クロトールの立場は信徒から審問官へと変化していったが、その間、神への思いが変わることはなかった。そして生きている限り、自分の信念は決して揺るがないだろうと思っていた。


 そう、生きている限りは。重傷を負った自分が今も生きているのは、<永遠の夜明け>の助けがあったおかげだ。彼らの治療と世話によって、体は少しずつ回復してきている。それでも本調子には程遠く、現在は寝返りを打つのも一苦労な有り様だが。


 クロトールは寝具の上で横になりながら、天井を見つめて息を吐いた。今いる建物は<森の民>の祖先が古い時代に建てた神殿だが、現在は<永遠の夜明け>が隠れ家として使っている。雨漏り一つない屋根の構造からは、当時の技術の高さがうかがえる。


 天井から下に目を移すと、壁に描かれた奇妙な生物の絵が見えた。<森の民>とその先祖が信仰する、古き神々の姿だ。下半身がムカデの男神や、両腕に羽を生やした女神など、多種多様な神が顔料で丁寧に着色されている。だが、それらの芸術は歳月の経過によって、すでに多くが色あせていた。


「具合はどうだ、審問官?」


 声のした方に首を回すと、エイレナが部屋の入り口に寄りかかって立っていた。気配もなく突然現れ、クロトールを驚かせるのが彼女の最近の日課となっていた。


「悪くはないな」


 クロトールは体を横たえたまま答えた。


「最初の頃に比べれば、ずいぶん良くなった。昨日はリハビリのために少し歩いてみたんだ。案の定、あまり長くは続かなかったがね」


「じきに元通りになるはずだ。というより、そうなってもらわないと困る。これだけ看病したのだから」


 エイレナが微笑んで壁から離れると、彼女のまっすぐな黒髪が肩の上で弾んだ。


「だいぶ良くなっているようだから、今日も少し運動しないか? 実を言えば、お前に見せたいものがあって、そこまで一緒に来て欲しいのだ」


「いいだろう。命の恩人には素直に従うさ」


 クロトールはうなずき、答えた。


「だがその前に、起き上がるのを手伝ってくれないか? 背中を曲げる時が一番つらくて、大変なんだ」


「もちろん」


 エイレナが支えてくれたおかげで、楽に起き上がることができた。それでも、痛みに多少歯を食いしばる必要はあったが。上体を起こしたクロトールは、靴を履いて床から立ち上がった。この時もエイレナがさりげなく手を貸してくれた。


「ありがとう」


「礼には及ばない」


「あなた方は私に良くしてくれた。治療や食事の用意、それと恥ずかしながら——下の世話まで。これらの料金は、決して安くはないのだろうな」


 すると、エイレナは心の奥底をのぞき込むような目でこちらを見返した。。よくよく見ると、彼女の瞳は黒の混じった薄青色で、さながら森の深部を流れる清流のようだ。


「支払いなど不要だ。我々は貴婦人との約束を守っただけなのだから」


 エイレナはそっけなく答えた。彼女が貴婦人と交わしたという”約束”は、果たして今回の無益な奉仕に見合うものなのだろうか、とクロトールは訝しんだ。


「湖の貴婦人は元気か? ここへ来てから姿を見ていないな」


 クロトールはふと気になって尋ねたが、エイレナは話題に触れたくないのか、


「彼女とはじきに会えるだろう」


 と答えるだけだった。


「ところで、動くのに問題はないか? 途中で倒れることがあれば、文字通りお前を引きずって戻らねばならないぞ?」


「いきなりかけっこを始めない限りは大丈夫だろう。さあ、見せたいもののところまで案内してくれ」



***



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