3-4:<永遠の夜明け>
決着が着くまでのわずかな間に、湖では様々な音がこだました。誰かが地面を蹴り、金属がぶつかり合う音。悲鳴と怒号の後で、何かがどすんと地面に倒れる音。元々、死体にあふれていた湖に、さらなる死体が積み重なる事態になったのだ。
クロトールは、己に迫る死を予感しながら、<誇り>を手に戦い続けた。最初に飛びかかってきた男にはすくい斬りを放ち、二人目はけさ斬りによって倒した。三人目は殺す代わりに、負傷させることによって無力化したが、ここで限界が訪れた。攻撃をかわしながら七人同時に相手にするのは、信じがたい緊張と疲労を伴う。
不意に放たれた鈍器の一撃が、クロトールの頭部にかするように命中した。頭を打たれたクロトールは体の平衡感覚を失い、抗えず地面に倒れた。その際、近くの岩場に背中を激しく強打し、<誇り>は手を離れて、行方知れずになった。
「終わりだな。待て、とどめは俺がさす」
足元の方から、首魁の男の耳障りな声が聞こえた。クロトールは急いで起き上がろうとしたが、打撃によって生じためまいと、背中の痛みのせいで動くことができない。その間にも、首魁の男は剣を片手にこちらに近づいてくる。
これで終わりか——クロトールはいよいよ死を覚悟し、祈りの言葉を唱え始めた。だがその直後、信じられない出来事が目の前で起きた。
「おい、何だこれは!」
略奪者の一人が叫んだと思うと、それは瞬時に甲高い悲鳴に変わった。見ると、地面から伸びた”黒い手”が、首魁の男とその手下を一人残らず拘束している。誰もが必死に身をよじって抜け出そうとしているが、黒い手が四方から羽交い締めにしているせいで、逃れられないようだった。
予想外の事態にクロトールが戸惑っていると、誰かが突然目の前に立ちはだかった。男物の服を着たとび色の女——それは以前目にした、<永遠の夜明け>の一人だった。しかし、なぜここに? 彼らはダイアウルフを追って森へ消えたはずだ。
クロトールの疑問はただちに解消されることはなかった。とび色髪の女は何の説明もないまま、怪力ともいえる力でクロトールを持ち上げ、走り出した。女はクロトールが痛みに喚いても気にしなかった。男一人を担いでいるにもかかわらず、彼女は恐ろしい速さで森を駆けた。
最終的に、女は森に作られた小さな野営地に駆け込んだ。野営地に置かれた荷物の傍らに、弓矢で武装した一人の男が立っている。褐色の肌をした羽根つき帽の狩人。彼もまた<永遠の夜明け>の一人だ。
「その爺さんは生きているのか、ミア?」
羽根つき帽の狩人が、こちらをのぞき込むようにして尋ねた。すると、ミアと呼ばれたとび色髪の女は、クロトールを肩から降ろして、全身をくまなく観察し始めた。女の表情は無機質で人間味がなく、たとえるなら中途半端な出来の蠟人形のようだ。
「はい、生きています」
とび色髪の女はクロトールから目を離さぬまま、極めて事務的な口調で答えた。
「ですが、彼は相当に痛がっています。服の上からは怪我の程度が分からないので、後で患部を診てみなくては。他に知りたいことはありますか、フェリックス?」
「それならもう一つ。エイレナは今どこにいるんだ?」
狩人から尋ねられると、とび色髪の女はクロトールから目を離し、湖のほとりに目を移した。
「マスターは仕上げに取りかかるところです。それが終わればすぐに戻ってきますよ」
女が言い終えた直後、仰向けに寝かされていたクロトールは、湖の方角からおぞましい叫び声が上がるのを聞いた。その声は人というより、獣の鳴き声に近く、思わずぞっとする響きだった。向こうで何かが起きている。信じられないような何かが。
「あの”黒い手”は何なんだ? 黒魔術なのか?」
クロトールは痛みに耐えながら尋ねたが、羽根つき帽の狩人は答えず、
「そんなの気にしている場合か、爺さん? 今に吐くか、気を失うかって時に」
と言って笑うだけだった。
やがて略奪者の悲鳴が鳴りやむと、湖には急速に静寂が訪れた。夜の静寂——太陽は森の向こうに沈み、空に残照を残すだけとなっている。クロトールはめまいと痛みに耐えながら、深く息を吐いた。こうして生きたまま一日を終えられるとは、夢にも思わなかった。
「あなたは彼らに感謝すべきですよ、審問官」
不意に頭の後ろで老婆の低い声がした。もしやと思い首を傾けると、そこには予想した通り、物乞いが——湖の貴婦人が立っていた。
「あなたがあの連中と戦うなんて、思ってもみなかった。助けが間に合って幸いでしたね。でなければ今頃どうなっていたことか。今後はあのような無茶をしてはいけませんよ」
「では、あなたは、戦わせないために武器を寄越したのか? それは何だかおかしいんじゃないか?」
クロトールはぶっきらぼうに答えた。未だ治まらない体の痛みと、貴婦人の小言にうんざりしたせいだ。
「だが、すまない。あの剣は戦いの最中に落としてしまった。探しに行こうにも、今は体が痛くて——」
「剣とは、これのことか?」
そう言って<誇り>とともに現れたのは、白い肌をした黒髪の女だった。以前ダイアウルフと言葉を交わしていた、<永遠の夜明け>の一人。これで例の三人組がそろったというわけだ。
「ああ、素晴らしい。気が利きますね、エイレナ」
湖の貴婦人が目を細め、満足げに微笑んだ。エイレナと呼ばれた女は、辺りに生えた草を適当にちぎると、それを使って刀身の汚れを拭い取った。その後、彼女は剣を鞘に収めると、
「我々の仕事は終わった。何事もなく無事に」
と総括する風に言った。しかし、ここで羽根つき帽の狩人が異論を唱えた。
「”何事もなく”だって? いや、問題ありだ。貴婦人の話によれば、この爺さんは審問官だそうじゃないか。彼は俺たちの呪文を見て、”黒魔術だ”って叫んでたぞ」
「”俺たちの”呪文ではない。“わたしの”だ、フェリックスよ。お前は見習いですらないのだからな」
黒髪の女が狩人の名を呼んで、たしなめた。
「それはさておき、この男が審問官というのは本当か、貴婦人よ? そのような男を、なぜ気にかけるのだ?」
「なぜなら、彼は私のお気に入りだからです。いけませんか?」
湖の貴婦人は恥ずかしげもなくそう言うと、いたずらっぽく笑ってみせた。
「彼を助けてくれますね、エイレナ? 我々の同盟のために。お願いです」
「仕方がないな」
黒髪の女は肩をすくめて答えると、仲間二人にそれぞれ指示を出した。
「ミア、お前は審問官を隠れ家に運べ。フェリックスはあの馬を連れてこい。生かしておけば色々と役に立つだろう」
「馬?」
エイレナが言及した”あの馬”とは、まさしくファリオンのことだった。クロトールが決死の思いで逃がした馬は、どういうわけか<永遠の夜明け>の手に落ちていた。さらに悪いことに、ファリオンは彼らに従順で、なついているようにさえ見えた。
「ちょっと待て。隠れ家とは何だ? そこで私に何をするつもりだ?」
矢継ぎ早に質問を重ねるクロトールに対し、エイレナはわざとらしく首をかしげてみせた。
「何をするか知りたいのか? そうだな、審問官と異端者による最後の晩餐か——」
「あるいは、帝国人と非帝国人による、刺激に満ちた異文化交流会だな」
羽根つき帽の狩人が横から口を挟み、笑った。




