3-3:<永遠の夜明け>
村人たちは途中、「少し遠回りになっても風上へ向かった方がいい」と述べた。聞くと、湖には死臭が漂っており、その強さは時に息ができないほどだという。クロトールは了承し、道案内を彼らに委ねた。四人は草やぶの中をしばらく歩き、道なき道を進んだ。
馬のファリオンは長引く悪路に不機嫌になり、顔に枝がぶつかると鼻を鳴らしたり、いなないたりした。その様子は移動の終盤、イラクサの茂みを越えるあたりで、いっそうひどくなった。
クロトールは最初、ファリオンがイラクサの刺激を嫌がっているのだと思ったが、茂みの先に目をやった瞬間、思い違いに気づいた。イラクサの向こうは死体とそれらが放つ腐臭に満ちていた。ファリオンはそのせいでパニックになっていたのだ。
目の前に広がる湖の惨状は、想像以上だった。家畜の骨、ちぎれた布切れ、そして大勢の亡骸が無造作に打ち捨てられている。人々が一切の慈悲なく投げ出されている様はこの世のものとは思えず、見ているだけで激しい怒りが引き起こされた。
「ここからでも十分に見えるでしょう、旦那」
小太りの女が消え入りそうな声で尋ねた。
「略奪者たちは、わざわざ荷台を使って死体を運び入れたんですよ。新しい住処をきれいにするために、何日も往復したんだとか」
「彼らが一生懸命になるのは、殺しと、自分たちのことだけなんだよ」
そう述べた若者の言葉には、浅からぬ憎しみが宿っていた。
「これがあなたの探していた湖だよ、旦那。それで、どうするつもり? 湖の貴婦人は当然、ここにはいないよ」
「私もちょうど同じことを考えていた」
とクロトールは答えた。
「私は貴婦人の要求に従ってここへ来た。真実をこの目で見るために。だが、それでどうなるというんだ? 私に過去を変える力はないし、今から奇跡が起こるとも思えない」
「困ったな。なら、貴婦人からもらった剣を使って、湖をかき回してみるのはどうだ?」
場の雰囲気を少しでも和ませようと、漁師の男が軽い冗談を言った。
「そうすれば、水がスープに変わるような”奇跡”が、今に起きるかもしれないぞ?」
「悪くない案だが、私は奇跡を待つより、別のことをしたい」
そう言うと、クロトールは懐から財布を取り出し、村人三人に百ソレルずつ手渡した。
「これは案内のお礼だ。あなたたちは先に帰ってくれ。私はここに残り、捨てられた遺体を数えることにする」
「遺体を数えるって、何のために?」
若者が首をかしげて聞いてきたので、
「埋葬のためだ」
とクロトールは答えた。
「この目で見た以上、遺体をこのままにはできない。おおよその数を把握してから、荷台を手配するつもりだ。しかし、問題は費用だな。いよいよ財布が空になるか——どうした? 私の顔に、変なものでもついているのか?」
「そうじゃない。ちょっとびっくりしちまってな」
それまでクロトールを見つめていた漁師の男が、ばつの悪い顔で答えた。
「じろじろと見ちまって、悪かった。帝国人の口から、まっとうな言葉が出てくるなんて思いもしなかったんだ」
「帝国人かどうかなんて、今さら関係ないでしょう、あなた」
小太りの女がそう言って、漁師の男をたしなめた。
「旦那、遺体の数が知りたいなら、私たちも数えますよ。皆で協力すれば、その分早く終わるでしょう?」
「それなら二手に分かれようか」
若者が提案した。
「俺と父さんはあっちを数えるから、旦那と母さんはここを頼むよ。そうすれば日暮れ前には終わるから」
「手を貸してくれるのか」
クロトールは三人の顔を見渡し、一礼した。
「ありがとう。ここまでの案内といい、あなた方には助けられてばかりだ」
「礼なら後でいい。さあ、暗くなる前にさっさと終わらせよう」
四人は二手に分かれて作業を始めた。不幸中の幸いか、湖面に浮いている遺体はごくわずかで、多くは水際か地上にある。全てを回収するのは難しいだろうが、ほとんどはあるべき場所に埋めることができるだろう。
だがその時、クロトールは森の茂みの向こうから、不穏な気配を読み取った。単体ではなく、複数の何かが、敵意をもってこちらを監視している。肌を刺す空気と直感が、己に危険を告げている。
気配のする方に目をやると、剣と鈍器で武装した、ちぐはぐな恰好の男たちが森から現れた。彼らのいからせた肩や、飢えた獣のような目つきを見る限り、明らかに友好的な相手ではない。
「エラナダの略奪者だわ」
小太りの女が今にも消え入りそうな声でつぶやいた。
「奴らに気づかれた。いったいどうしたら?」
「あなたは、家族と一緒にここから離れろ」
クロトールは小声でささやいた。こうして話している間にも、略奪者たちは大股な歩みでこちらに近づいてくる。残された時間は少ない。
「集落まで逃げて、助けを呼んできてくれ。私はそれまで時間を稼ぐ」
小太りの女がためらいがちに駆け出すのを見たクロトールは、馬のファリオンの尻を乱暴にたたいて、その場から立ち去らせた。これで犠牲は最小限で済むはずだ——クロトールはそう思いながら進み出て、略奪者の集団と対峙した。
略奪者の集団は、クロトールの数メートル手前で立ち止まった。両陣営はその後、しばし無言のままにらみ合ったが、やがて髪と髭を伸ばした首魁らしき人物が声を発した。
「女と馬を逃がして、自分だけ残ったのか? ご立派なことだな」
首魁らしき男は、どすの利いた声でそう言うと、クロトールが腰に提げた<誇り>に目をやった。他者から物を奪うことによって生計を立ててきた彼は、剣の価値を目利きの商人のごとく嗅ぎ分けられるようだった。
「それなら、気高き騎士さんよ。こういうのはどうだ?」
男は歯を見せて、にやにやと笑いを浮かべた。
「お前のその剣を、こっちに渡せ。そうすれば、命だけは助けてやる」
圧倒的に不利な現在の状況では、男の提案は魅力的に思えた。首魁の男を合わせて、略奪者の数は全部で七人。勝てる確率は万に一つに等しい。それが剣一つで助かるなら良いではないかと、己の心がささやくのを感じる。
だが、クロトールはその誘惑を、すんでのところで押し留めた。湖の大勢の亡骸を前に略奪者に屈することは、矜持が——”誇り”が許さなかった。
「断る」
クロトールはそう言うと、鞘から<誇り>を引き抜いた。辺りの張り詰めた空気に触れると、刀身が金属の音色を立てて、高らかに歌い出した。
「欲しいなら力ずくで奪い取るがいい。お前たちがこれまでしてきたのと、同じ手口でな」
首魁の男はクロトールの言葉を聞いても、良心の呵責を覚えることはなかった。彼は不愉快に目を細めると、嘲りの笑みを投げかけた。
「なら、喜んでそうさせてもらうとしよう」
そう言うと、男は手下に向かって、短くも荒々しい口調で命令した。
「殺せ。ただしあの剣は傷つけるなよ」
にじり寄る略奪者を前にして、クロトールは<誇り>の柄を握りしめた。勝ち目のない戦いだが、退くわけにはいかない。自分がここで踏みとどまれば、その分、村人と馬のファリオンが逃げる時間を稼ぐことができるのだから。
たとえ死ぬことになろうと、今回ばかりは誰も死なせない。ダイアウルフに殺された二人の同僚を思いながら、クロトールは湖のほとりで死の舞踏を始めた。




