第8章 廃墟の戦い
ヴォルトレイドは長弓を背負うと、腰から小剣を抜いた。距離が近いこともあるが、一点を狙う弓矢では、矢が骨の間を通り抜けてしまう可能性が大きく、骸骨相手にはほとんど効果がないためだ。
骨が鳴る音を響かせながら、スケルトンが三人に襲いかかった。武器を手にしたものはその武器で、何も持たぬものは骨の手を振り上げて。
すでに長剣を抜いていたストラグルはいち早く応戦する。振り下ろした刀身を鎖骨部分に食い込ませて骸骨の動きを止めると、返す刀で横から迫る別の個体の頭蓋骨を砕いた。
エリィは、鎚矛で襲いかかるスケルトンを打ち倒すと、一歩下がって胸元に手を入れた。その行動の意味を察したストラグルとヴォルトレイドは、エリィを守るように立ち位置を変えた。胸元から出した聖印を握ると、エリィは静かに神への祈りの言葉を呟き始める。その間にストラグル、ヴォルトレイドともに一体ずつの骸骨を斬り倒したが、その数は減っていない。二人が倒すたびに、地中から新たなスケルトンが這い出てくるためだった。
「……亡者よ、還れ!」
エリィの呟きが強い発声に変わった。その瞬間。三人の周囲を取り囲んでいたスケルトンの数体が、関節からバラバラになって地面に骨を散らばせた。僧侶が持つ特殊能力“亡者撃退”。神への祈りにより、スケルトンやゾンビといった亡者に属する魔物を撃退出来る力だ。エリィの祈りにより、敵の数は一気に半数以上に減った。この勢いに乗って、ストラグルとヴォルトレイドは攻勢をかける。
「ここ、任せていいか」エリィは聖印をしまうと鎚矛を握り直して、「私は、あの子、ディープダウンに会いに行く」
「何があるか分からん、ストラグルも行け。ここは俺ひとりで十分だ」
「よし」
残るスケルトンをヴォルトレイドに任せ、エリィとストラグルは、かつて孤児院の建物だった廃墟に走った。
「何なんだ、あのスケルトンども」
「恐らく、ここで亡くなった人たちの亡骸だろう」
「武器を持ってた個体は、冒険者や警備騎士団ってわけか」
「それより、彼女はどこだ?」
「分からん。声は、こっちの廃墟の方向から聞こえたのは確かだが」
二人は廃墟の奥へと進む。建物は天井が半分以上抜け落ち、床には瓦礫が散らばる、散々な有様だった。天井の隙間から差し込む月明かりだけが頼りでは足下がおぼつかないため、歩きながらエリィは、背負い鞄から取りだしたランタンに火を灯して左手に掲げていた。盾は背中に負い、右手は鎚矛の柄を握ったままだ。
「エリィ!」
「ああ」
二人は足を速めた。廃墟の壁の向こうから甲高い音が聞こえる。鉄が何か――恐らく人の骨――と打ち合わさっている戦闘音だった。
「おい!」
壁の向こうに躍り出たストラグルは、即座に剣を構えて突っ込んだ。
エリィもそれを目撃した。ひとりの少女が、刃渡り八インチ(約二十センチ)程度の短剣を逆手で両手に持ち、一体のスケルトンと斬り合いを演じていた。スケルトンは右手に小剣だけを持っている。少女の二刀流とはいえ、いかんせん短剣の威力では一撃当たりのダメージは知れている。少女は手数を勝負にスケルトンと渡り合っていた。そこへ、
「おら!」
ストラグルが長剣をスケルトンに浴びせる。両手持ちで振り下ろされたその攻撃は骸骨を粉々に砕き、一刀のもとに敵を斬り伏せた。
「怪我はない?」
エリィが近づくと、少女は二刀流の短剣を構えたまま一歩跳び退き、二人と距離を取った。
「おいおい、助けてやったってのに、それはないだろ」
ストラグルが嘆息する。
「あんなの、倒せてた」
少女は無表情のまま言い放った。床を見ると、二体分のスケルトンの残骸が転がっている。
「かわいくねえな」ストラグルは苦い顔をして、「ディープダウン、だな」
名前を訊いたが、少女はさらに、きっ、と鋭くした視線を返すだけだった。長く青い髪がランタンの明りに照らされる。背中には、その小さな体には不釣り合いなほどの大きな背負い鞄を提げていた。
「私たちは敵じゃない」
優しい声を掛けながらエリィが一歩近づき、笑みを浮かべたまま、
「ディープダウン、だよね」
その問いかけには、少女は黙って頷いた。
「俺のときには答えなかったくせによ!」
「ストラグル!」
一歩踏み出そうとしたストラグルを制したエリィは、鎚矛を腰に提げ、胸元から聖印を取り出すと、
「私はエリィ。僧侶だ。で、このがさつなやつがストラグル。君をどうこうしようというんじゃない。話がしたいだけなんだ」
少女、ディープダウンの構えていた両腕が若干下げられた。そこへ足音が近づいてきて、
「おい、どうなった?」
ヴォルトレイドが追いついてきた。再び、ディープダウンの瞳に警戒の色が浮かび上がった。
「こいつか」十フィート(約三メートル)ほど離れて立つ青い髪の少女をヴォルトレイドは睨み、「ほら、命が惜しかったら、盗んだものを置いて、さっさと帰れ――」
「ヴォルトレイド!」エリィは黒髪の戦士を諫めると、「ねえ、君は、この孤児院の出身なんだよね」
「お前たちには関係ない。帰れ」
ディープダウンの態度は軟化を見せてはいるものの、あくまでエリィたちを拒絶していることに変化は見られない。
「とりあえず、その短剣を収めてくれないか……ほら、お前たちも」
エリィに促され、二人の戦士は手にしていた武器を鞘に収める。それを見ると、ディープダウンも、二本の短剣を手の中で回転させてから腰の鞘に差し込み、エリィたちが来た方向に向かって歩き出した。
「どこに行くの――」
「帰る。今日はやめ」
声を掛けてきたエリィを見もしないまま、ディープダウンは足早に瓦礫の中を歩いて行く。ストラグルとヴォルトレイドは顔を見合わせ、やれやれ、という表情を作った。
「ねえ」エリィは女盗賊のあとを追って、「今日はやめ、って、何か用事があったの? ここに――」
「うるさい」ディープダウンはつっけんどんに言うと、懐から封筒を取りだして、「これ、返す」床に放った。エリィは屈み込んでそれを拾い上げて、目を見開いた。封蠟が開けられていたのだった。
「ちょっと、ディープダウン――」
呼び止めようとした瞬間、廃墟の中を異様な声が走り抜けた。明らかに人間のそれではないが、そこには、恨み、苦しみ、悔恨、ありとあらゆる人の負の感情がない交ぜになっているかのような、恐ろしくも悲しげな声だった。
「――!」ディープダウンは足を止め、勢いよく振り返る。月明かりに青い髪が揺れた。
「何だ、今の声?」
ストラグルは訊いたが、ヴォルトレイドは首を横に振るだけだった。
「この声――あっ! ディープダウン!」
エリィの横をすり抜けて、ディープダウンは瓦礫――孤児院だった建物――の奥へと走っていった。三人もその背中を追う。ディープダウンと、彼女を追う三人は瓦礫の中を抜け、かつて裏口であったらしい開口部をくぐり、屋外に出た。そこは、林に囲まれた三十フィート(約九メートル)四方ほどの土地だった。裏庭らしいが、ここにも当然のように草木が繁茂し、かつて裏庭だったという面影はない。その、さらに奥に光が浮かび上がっていた。よく見るとそれは、不明瞭ながらも何かを形作っており、
「何だあれ?」
「光ってる……あれは……」
ストラグルとヴォルトレイドは、それを視認すると再び剣を抜いた。先ほど聞こえた――そして今も聞こえ続けている――異様な声は、この物体から発せられている。その、おぼろげな人の形をした光から数フィート離れて、ディープダウンが立ち尽くしていた。
「離れろ! ディープダウン!」
最後に裏庭に出てきたエリィが叫んだ。
「エリィ――」
「あれは、死霊だ」
ストラグルを向いてエリィは言った。
だが、ディープダウンはエリィの声も耳に入っていないかのように、立ち尽くしたまま動かない。半透明な人の姿をした死霊は、ゆっくりと右腕を上げる。
ヴォルトレイドは背負っていた長弓を取り、矢を放った。が、矢はレイスの体を通り抜けて、背後の木の幹に突き立った。
「死霊に普通の武器は通用しない!」叫びながらエリィは走り、「ディープダウン!」ランタンを投げ捨てると青い髪の少女に背中から飛び付き、地面に押し倒した。そこを、勢いよく振り下ろされた死霊の腕が通り抜ける。半透明の腕がエリィの肩口を掠り、鮮血がほとばしった。
「エリィ!」その後ろからストラグルが跳びかかり、長剣を叩き付ける。が、先ほどの矢同様、その刀身は半透明の体を何の抵抗もなくすり抜けた。死霊は両腕を広げた姿勢で数フィートほど舞い上がると、発していた声の階調を変える。すると裏庭の地面の数箇所が波打ち、そこからスケルトンが這い出てきた。
「あいつがスケルトンを生み出して、操っていたのか」
ヴォルトレイドは長弓から小剣に装備を変えた。
「下がって!」
エリィは起き上がり、抱きかかえていた少女を瓦礫のほうに押しやろうとしたが、ディープダウンは上空を見上げたまま動かない。
「……ディープダウン?」
エリィの声には反応を示さず、青い髪の少女は、
「院長……」
上空に浮かぶ死霊を――おぼろげながらも生前の表情が僅かに読み取れる、その顔を――見上げたまま小さく呟いた。
ストラグルとヴォルトレイドは、互いに背中合わせでスケルトンと交戦していた。二人の剣は、一体、また一体と骸骨を砕いていったが、
「二人とも! 上!」
エリィの叫びに斜め上を見上げた。死霊が急降下して迫ってきていた。二人はそれぞれ反対方向に飛び、体当たりを仕掛けてきた半透明の体を躱す。
「また来るぞ!」
死霊の二度目の急降下攻撃を、ストラグルは何とか躱すことが出来た。その際、すれ違いざま剣を振ったが、やはり刀身は半透明の体を無抵抗に通過するだけだった。
「エリィ!」ヴォルトレイドが駆け寄ってきて、「あいつも亡者撃退できないのか?」
「難しいな。スケルトンと違って、死霊はアンデッドの中でも比較的上位の存在だ。私くらいの水準の僧侶では、確実に撃退可能だとは断言できない」
「それでも、やってみる価値はあるだろ」
「だが、一度失敗すると、同じ相手に亡者撃退は効かない」
「そういや、そんな話を訊いたことがあるな」
「ああ。一度でも神への祈りによる亡者撃退を拒絶されたら、もうそのアンデッドは祈りを受け入れない。二度目はないんだ」
「成功率は?」
「分からない。五分五分より低いことは確かだとしか」
「何か手はないのか?」
「あの死霊にダメージを与え、怯ませて隙を作れば、撃退できる確率は上がるかも」
「ダメージったって、あいつに攻撃は通じない」
「ああ、魔法か、魔法の武器でなければ……」
「そんな上等なもの、持ってねえぞ!」
「当然、俺もだ!」
スケルトンを叩き壊したストラグルが叫んだ。
死霊は不気味な声を辺りに響かせながら、裏庭の上空を旋回している。
「来るぞ!」
死霊が次に標的としたのはエリィたちだった。ヴォルトレイドは地面を転がって体当たりを躱したが、エリィは、
「あっ!」
背中に攻撃を受けて悲鳴を上げた。棒立ちのまま動こうとしないディープダウンを抱きかかえていたため、回避するタイミングを逸したのだった。ヴォルトレイドは半ばヤケ気味に弓矢を放つ。矢は死霊の体を通り抜けて、闇の虚空に消えた。
「おい、お前」ヴォルトレイドはディープダウンの胸ぐらを掴んで、「何か持ってないのか? 魔法の武器とか」
「乱暴はよせ!」
エリィが苦悶の表情のまま、ヴォルトレイドの腕を掴む。ディープダウンはヴォルトレイドの腕を自分で振り払うと、背負っていた鞄を地面に置いて蓋を開け、中身をまさぐっては次々に投げ捨てていく。ディープダウンの周囲には、保存食、水筒、筆記具、油瓶、ロープ、火口箱、ランタンなどといった冒険に必須の品から、手鏡、櫛、鍋、皿、フォーク、ナイフなどの雑貨、果ては、綺麗な色をした石ころ、蛇の脱皮した皮、千切れたボタン、ベルトのバックルといったガラクタまで、様々な物品が散らばった。
「おいおい! 何やってんだ――」
「あった!」ディープダウンは鞄の底から目当てのものを取り出すと、「これ!」
エリィに手渡した。それは細長い紙を巻いて棒状にしたもの、巻物だった。
「これは……」エリィは受け取った巻物を広げると、魔法の巻物か! しかも、この魔法は“魔法の矢”! これなら死霊にダメージを与えられるぞ!」
「何だそれ?」
全てのスケルトンを倒したストラグルが合流した。
“魔法の巻物”。それは、魔法使いが自分の使える魔法を封じ込めた巻物。この巻物を広げて書かれた文字を読み上げれば、魔法使いのように呪文の詠唱が出来なくとも、封じられている魔法を使えるというアイテムだ。ただし、書かれた魔法を使ったら巻物は直ちに失われる。
「これで、あの透明野郎をぶっ倒せるってわけだな」
「ストラグル、そう簡単に行かない。恐らく、魔法の矢一発くらいでは、あの死霊は倒せない」
「じゃあ、どうすんだよ! 意味ねえじゃねえか!」
「その隙を突いて、私が亡者撃退を仕掛ける」
「それで行けんのか?」
「……多分」
「来るぞ!」
ヴォルトレイドの声に皆は散開した。今度はディープダウンも自分で跳び退く。三人が散った何もない空間を、死霊は高速で飛び抜けていく。
「ストラグル!」
エリィは、巻物をストラグルに投げ渡した。
「ここに書いてある文字を読み上げればいいんだな」
「そうだ」
「狙いは? どうやって付ければいい?」
「当てたい相手を目視しながら読み上げろ。魔法の矢は絶対に狙いを外さない」
「よ、よし……」
ストラグルは巻物を広げた。
次回、死霊撃退なるか? そして、ディープダウンの過去。
「第9章 開かれる扉」




