第7章 盗賊を追って
酒場を出たエリィとストラグルは、ヴォルトレイドを加えた三人となって、ディープダウン捜索を再開した。目で捜すだけでなく、三人は聞き込みも平行して行っていたが、芳しい成果は一向に得られずにいた。
「せめて“仕事”でもしていれば、そこらで噂が聞かれるんだがなぁ……」
ストラグルは頭をかいた。三人は街の中心にある広場で、ベンチに腰を下ろし休憩している。
「そりゃ、一度に金貨二百相当も手に出来れば、しばらく仕事なんてしないで済むさ」
ヴォルトレイドは背もたれに背中を預け、大きく空を見上げる。九時課の鐘(約午後三時)も街に鳴り響き終わっており、日はだいぶ西に傾いてきていた。
エリィは、広場を横切ったパトロール中の警備騎士団員を横目で見送った。警備騎士の象徴とも言える青い軽装鎧に身を包み、腰には警備騎士団の紋章が刻まれた長剣を提げている。
「警備騎士が多いな」
「ああ」とストラグルもそれを見送って、「よりによって、こんな日にな。警備強化の日なのかも知れないな。これじゃあ、盗賊もおいそれと仕事は出来ないだろうぜ」
「もう、この街を出てるんじゃないか?」ヴォルトレイドが言った。
「だが」とストラグルは、「ギルドのボスの話じゃ、ディープダウンはギルドを除名になったあと、しばらく姿を見せていなかったらしい」
「何か目的があって舞い戻ってきたってことか? その目的が分かれば」
「よし、休憩終わり」ストラグルは立ち上がり、「まだ調べてないのは、どこだ?」
「北のほうだな」
「行こう」
エリィ、ヴォルトレイドも立ち上がり、三人は街の北側を目指した。
「見たよ」
「本当に? どこでですか?」
捜索と聞き込みを続け、街の北端である北門の前で、ついに目撃情報を得た。情報をくれたのは、乗合馬車の職員で、
「乗合馬車に乗って、この北門から出て行ったよ」
中年男性の職員は、太い指で城壁に口を開ける大きな門を示した。
「連れはいましたか?」ストラグルが訊くと、
「いや、ひとりだったな。ちっこい体に大きな背負い袋提げてたよ」
「その馬車が出たのは、どれくらい前ですか?」
「そう前でもないよ。馬を飛ばせば追いつくんじゃないか?」
「その馬車は、どこへ?」
「北にあるホル村までだよ。まあ、途中でも客の要望があれば乗り降りはさせるがね」
「ありがとうございました」
三人は職員に礼を言って、城壁の前で輪になった。
「どうする? 走って追うか?」ヴォルトレイドが訊くと、
「いえ、宿に馬を繋いであります」とエリィが、「私とヴォルトレイドさんで、ひとまず馬車を追いましょう。ストラグルは、宿から私たちの馬を連れて……念のため、武装も持って追いかけてきてくれ」
「よし」
ストラグルはすぐに走り出し、エリィとヴォルトレイドは北門に向かった。
チェスターは城壁に囲まれた街だが、全ての市民が壁の中で暮らしているわけではない。壁の中は外に比較して安全であることは間違いないが、その分家賃、税金が高い。そういった理由から、壁の外を選んで暮らす人も大勢いる。また、壁の外は城壁内では行えない耕作地帯という役目もあり、それらの農作業に従事する人の中には、街から田畑まで通うのが面倒という理由で、田畑のそばに家屋を建てて住んでいるものもある。しかし、そういった人は例外で、壁の外に人が住むというのは、ほとんどが経済的な理由によるもので、これはチェスターに限ったことではなく、城壁を有する街全てに共通することだった。
エリィたちが北門を抜けると、目の前に田園風景が広がった。その中心を貫くように、一本の街道が延びている。乗合馬車一台であれば、十分余裕を持って通行できる道幅だ。
「ホル村なら、この道をまっすぐだ。見失いっこない。乗合馬車なら馬のスタミナを最優先させるから、そんなに速度は出さないし、ストラグルが来れば馬ですぐに追いつけるだろ」
「ええ、行きましょう」
二人は、真新しい馬車の轍に沿って歩き出した。
「ありがとうございます、ヴォルトレイドさん」
しばらく歩いてから、エリィは声を掛けた。
「何が?」
「私たちの失態が招いたトラブルなのに、こうして手伝っていただいて」
「だから、それはいいって……なあ」
「はい?」
「その喋り方、何とかならない?」
「喋り方、ですか?」
「そうだよ。かたっ苦しいって」
「そ、そうでしょうか」
「ストラグルに対してと、全然違うじゃん」
「それは当然です」
「苦手なんだよね、そういうの。俺に対してもさ、ストラグルみたいに接してよ」
「そんなわけにはいきません」
「もっと、ざっくばらんに行こうぜ」
「……そうは言われましても」
「いいだろ。一度は背中を預けて戦った同士じゃねえか。仲間だろ、もう」
「仲間……」
「そうだぜ、エリィ」
背後から馬蹄の音が聞こえてきた。振り返ると、騎乗したストラグルが、もう一頭の馬を引いて走ってくるのが見える。ストラグルは軽装の鎧を着込み、両前腕には小型の盾、大小二本の剣を差した革ベルトをたすき掛けた、いつもの戦闘スタイルにすでに整えていた。馬にはエリィの槌矛、盾をはじめ、二人の荷物もくくりつけてある。
「お待たせ」
手綱を引いてストラグルは馬を停止させた。エリィも馬に跳び乗って、
「ヴォルトレイドはこっちに」
「分かった」
黒髪の戦士は鐙に足を掛けて、エリィの後ろにまたがった。それを見たストラグルは、きょとんとした顔をする。
「どうした、行くぞ」
「お、おう」
馬をいななかせて、馬車の轍の上を走り始めたエリィのあとをストラグルも追って、
「何で、いきなり呼び捨てに?」
馬上で首を傾げた。
「見えてきたぞ」
三人が乗合馬車の背中を視界に収めたのは、夕日が山の向こうに半分以上身を隠した頃だった。この場所は、どの街や村からも離れているため耳には出来ないが、すでに晩課の鐘(約午後六時)は鳴り終えているだろう。ひとりしか騎乗していないため速度に優るストラグルが、いち早く馬車に追いつき、
「ちょっと! 止まってくれ!」
馬車の横にぴたりと馬をつけて叫んだ。それを――完全武装したストラグルを――目にしすると馭者は、「ひ、ひいぃー!」と甲高い悲鳴を上げた。
「違うって! 野盗じゃない! ちょっと乗客に話があるだけだって!」
ストラグルは自分たちが野盗ではないと言い聞かせ、続いて横についたエリィが聖印を見せたことで信用したのか、ようやく馭者はゆっくりと馬車を止めた。馬車は二頭立て乗客八人乗り、壁と天井を備えた完全密閉式の仕様だった。相手が逃げ出した場合を考え、ストラグルとヴォルトレイドが馬車の左右に立ち、エリィが馬車後部にあるドアを開け、中を覗いた。
「……どうだ?」
「……いない」
「なに?」
外からのストラグルの声に、車内を見回したエリィは答えた。馬車の中には乗客が六人。いずれも大人で、エリィたちが昨日目撃した、背の低い少女らしき人物は含まれていなかった。
「馭者さん!」と馬車から降りたエリィが馭者台に向かって、「途中で乗客を降ろしませんでしたか?」
「あ、ああ、ひとり降ろした」
「子供か? 青い髪の」続いて掛けられたヴォルトレイドの声に、
「そうそう。でかい背負い袋を提げた女の子でね。フードをすっぽりと被ってたけど、青い髪が見えてた」
「どこで降ろした?」
「畑が終わって少し過ぎた辺りだったかな……」
「……そこには、何かあるのか?」
「いや、あの辺りには何も――」
「孤児院ですよ」
記憶を探るように視線を上げていた馭者に変わり、馬車から降りてきた乗客のひとりが言った。年老いた女性だった。
「孤児院?」とエリィが、「孤児院があるのですか、その近くに」
「ええ」エリィを向いた女性は、「正確には、あった、というほうが正しいのですが」
「あった? では、今は」
「はい、もう孤児院はありません」
「ああ、あのときに」と馭者も思い出したように、「魔獣の襲撃があって」
「魔獣?」
怪訝な顔をしたエリィの横に、ストラグルとヴォルトレイドも集まった。
「そうなんです……」と女性は話しだし、「東の山から魔獣が何十体も下りてきて、チェスターの壁外一帯を襲ったことがあったのです。街にいた冒険者たちが集められて討伐に向かいましたが、魔獣の数があまりに多く、街にいた冒険者ではとても足りないということで、そのときばかりは、通常であれば魔獣災害には関与しない警備騎士団も、部隊を編成して討伐に向かったほどでした。戦いは数日に及び、何とか魔獣は駆逐できましたが、冒険者や警備騎士団の被害も甚大でした」
「それでは、その孤児院は……」
エリィの声に、女性は悲しそうな顔をして頷くと、
「はい。初動で討伐に出た冒険者パーティが駆けつけたときには、もう……手遅れだったそうです。あの孤児院は、人が常時住んでいた施設では街から一番離れた場所にありましたから、そのぶん魔獣の到達も早かったのです……」
「そんなことがあったのですか……」
皆の心情を反映するように、辺りには薄闇が広がっていた。すでに日没だった。
「その魔獣の襲撃があったのって」とストラグルが、「二年前ではありませんか?」
「……ええ、そうです」
三人はその孤児院への詳しい道を聞くと、礼を述べて馬車を見送った。
「二年前」夕闇に馬車が走り去るのを見て、エリィは、「ディープダウンが盗賊ギルドに入ったのが、その頃だと言っていたな、あのボスが」
「ああ、たぶん、間違いないだろう。ディープダウンは、その孤児院の生き残りだ」
「とにかく、行こうぜ」ヴォルトレイドが馬に乗って、「エリィ、今度は俺が手綱を握る」
「頼む」エリィも後ろにまたがった。
「お前ら、ちょっと見ない間に仲良くなったんだな」
「仲間だからな」
「はあ?」
「行くぞ!」
「おい!」
二頭の馬は馬蹄を鳴らして、来た道を引き返し始めた。
馬車を追って走った道の途中、馭者から聞いた大きな木を見印に、
「あれだ」ストラグルは、木の手前に見える狭い脇道へ馬を入らせた。ヴォルトレイドが手綱を握る馬もそれに追従する。そこは道とはいえ、左右から草木が伸び、馬一頭がやっと通行可能な程度の幅しかなかった。
「何か月、いや、年単位で、この道は使われていないみたいだな」
左右を見回しながらヴォルトレイドが言った。その後ろでエリィも、
「ああ、二年前に魔獣の襲撃に遭ってから、ほとんど誰も通っていないのかもしれないな。でも、どうしてこんな辺鄙なところに孤児院を」
「金の問題だよ。街の中は言うに及ばず、外でも城壁により近いほうが土地代は高くなる。何の収益も生まず、ボランティアでの運営を余儀なくされている孤児院なんて、どこもこんなもんさ。魔獣でも天災でも、そういうところが真っ先に被害に遭うのさ」
それを言うヴォルトレイドの目は、他人事ではない憂いを帯びていたが、彼の後ろにいるエリィにそれは見えなかった。元より日没直後のこと、月と星の明かりだけが頼りの今の状況では、正面に対していたとしても、それを窺い知ることは出来なかっただろう。
「それらしい建物が見えてきた!」
先頭を走るストラグルの声が薄闇の道に響いた。
道が終わると途端に辺りは開け、平屋の建物が月明かりに浮かんだ。だがそれは、
「これは……ひどいな」
馬から降りたエリィが言った通り、建物はほぼ全壊し、かつて前庭だったと思しきスペースも草木で荒れ放題だった。
「エリィも装備をしておけ」
ストラグルの声で、エリィも軽装の鎧を着け左腕に盾を持ち、腰にメイスを提げた。ヴォルトレイドは徒歩での旅ゆえ、装備は常に身につけている。
三人は、エリィを男二人で挟むようにして、玄関――かつて玄関だった場所――へと歩を進めた。歩くたび、足下の雑草がかき分けられて、がさがさと音を立てる。
「気をつけろよ。相手が盗賊なら、奇襲はお手のものだ」
「我々は戦いに来たんじゃないぞ」
小声でストラグルとエリィが話をすると、
「……帰れ」
鋭い声が投げ掛けられ、三人は足を止めた。鋭いとは言っても、その声は隠しきれない幼さを帯びた少女の声だった。エリィたちは背中合わせになって周囲を見回すが、声はすれども姿はどこにも見えない。
「ヴォルトレイド、分かったか?」
「……いや。気配すら感じなかった」
二人は一瞬だけ視線を合わせて会話した。
「凄腕の盗賊ってのは、本当らしいな……」
ストラグルは小剣を抜き、ヴォルトレイドは背負っていた長弓を握る。
「待て!」武器を構えた二人を制すると、エリィが周囲を包む暗闇に向かって、「我々は戦いに来たのではありません。話をしませんか」
相手の姿が見えないため、ぐるりを見回しながら声を上げた。若干の間を挟んでから、再び少女の声が、
「金を取り返しに来たのか。こんなところまでわざわざご苦労なことだが、悪いけれど、あれは返せない」
「違います。お金は差し上げます――」
「おいー!」
ストラグルの強い声を無視して、エリィは、
「あなたが一緒に盗った書簡です。あれは返していただきたい」
返答は返ってこない。
「……おい! どうなんだ! 何とか言えよ!」
「落ち着け」
怒声を張り上げたストラグルをエリィがなだめる。
「……あれは何だ? 金になるものなのか?」
ようやく少女の声が返ってきた。
「違います。危険なものです、あれは」
「……危険?」
「おい!」少女の声に被せるようにストラグルが、「読んだのか?」
「……知らない」
「知らないって、お前、どういうことだよ――」
「とにかく、帰れ。金も手紙も返す気はない。さっさと立ち去れ」
「お願いです! あれを持っていると、あなたにも危険が――」
「もう一度だけ言う、帰れ――きゃっ!」
少女の声が悲鳴に変わった。三人は顔を見合わせた。
「どうした?」
ストラグルが問い質したが返答はない。
「……おい」ヴォルトレイドが周囲を見回して、「何だこれ?」
唾を飲み込み、その視線は地面に向いていた。エリィとストラグルも地面を見やり、目を見張った。雑草に覆われた地面が不気味にうごめき、そして地面が割れ、何かが突き出てきた。それは、
「骨……」
ストラグルの言葉通り、それは人骨だった。人間の完全な骨格が、地面から這い出てくる。一体だけではなく、二体、三体と次々に。空手のものもあれば、武具を装備した個体も見られる。三人はたちまち骸骨の群れに囲まれた。その数、
「……十はいるな」ヴォルトレイドが目算で数え上げた。
「スケルトン……」
ストラグルは、自身の目の前に立つ魔物の名前を呟いた。
次回、廃墟となった孤児院の奥に、さらなる強力な魔物が……。
「第8章 廃墟の戦い」




