第6章 再会
「何だか、凄い世界なんだな。私は、何も知らなかったよ……」
「あんな話、知らないほうがいいのさ」
盗賊ギルドを出たエリィとストラグルは路地を歩いていた。
「しかし、どうして盗賊ギルドと貴族が裏で繋がってるんだ? どういうメリットがある?」
「お偉い連中と悪い奴らが繋がってるなんて、どこでも当たり前のことだぜ。両者の力関係で、付き合い方も変わってはくるがな」
「どういうことだ?」
「王侯貴族なんかの偉い連中のほうが力が強けりゃ、盗賊ギルドは“上納金”を納めるんだよ。『これで自分たちの商売を見逃して下さい』ってな。まあ、お偉いさんにも庶民に対する体裁があるから、盗賊を取り締まりはするが、手心は加えられる。事前に警備情報を流して、『警備騎士団はよくやっているが、盗賊のほうが一枚上手でまんまと逃げられた』みたいに装ったりな」
「ひどいな。で、盗賊のほうが強かったら?」
「その場合は全く逆。貴族側がギルドに“心付け”を渡して、『うちに関連する施設には盗みに入らないで下さい』ってお願いするわけだよ」
「そんなことをしてるのか?」
「もちろん、貴族の全員が全員じゃないさ。そういう連中もいるってことだよ。ここ、チェスターでは、両者の力関係は拮抗してるんじゃないのかな。時と場合によって、“上納金”と“心付け”が行ったり来たりしてるんだろうな。変な言い方だけど、バランスが取れた理想的な関係だな」
「はあ。チェスターでこれだ。ベッケニアやセントリネアスに行ったら、いったいどんなことになるのか、考えるだけで恐ろしい……」
「都会は怖いところなんだぜ」
「……すまないな。私がぼーっとしていたばっかりに」
エリィは嘆息して、しょげ返った。
「もういいって。俺も先に忠告しておくべきだった。それに、あいつのスリの手際がよすぎたんだ。俺たちが別のスリを捕まえた隙を狙われた。大したやつだよ。しかも、冒険者パーティに加わって地下迷宮に潜ってたんだろ。盗みだけじゃなく、戦いのほうの腕も結構なものを持ってるはずだ」
「見たところ、まだ子供だったな」
「ああ、間違いなく、二十歳にはなってない、いいとこ十代半ばだろうな」
「そんな子供が盗賊に身をやつしているなんて。どうなってるんだろう」
「それも都会の怖さだよ」
「なあ、ストラグル。チェスターにも寺院はある。私が事情を話せば、そこでまとまったお金を貸してもらえると思う」
「あの小娘――ディープダウンだっけか――を見逃せっていうのか?」
「そういうことじゃあないけど」
「エリィ、ここの寺院のやつらに、お前が旅をしてる事情を話せるのか?」
「それは……!」エリィは懐を触った。そこで、「ない!」
「えっ?」
「しまった! あの子、お金の袋だけじゃなくて、あの書簡も――」
「書簡?」
「そ、そうなんだ。実は……」
さらにしょげ返ったエリィを見ると、ストラグルは、
「何だか、込み入った話みたいだな。いい加減腹が減ったぜ。食いながら聞こう」
「で、でも、お金が……」
「俺が持ってる」
「そうなのか? いつの間に?」
「アークムの寺院に転がり込んだ時点で、少し持ってたんだよ」
ストラグルは屈み込むと、ブーツの中から小さな袋を取りだした。
「左右の靴底に白金貨一枚ずつ。二人で飯食って飲むには十分だろ」
ストラグルが袋を逆さにして振ると、手の平に合計二枚の白金貨が滑り落ちた。白金貨一枚で金貨五枚に相当する価値を持つ。
「ストラグル……」
「礼はいいって。持ちつ持たれつだろ」
「お前、金を持ってるのに、寺院でただで飲み食いしていたのか」
「それ、今言うか?」
「感心したんだ。さすが、傭兵戦士は違うな。抜け目がない」
「田舎寺院に籠もりっきりの僧侶が隙だらけなだけだぜ。ろくに身体検査もしないで。今夜の宿代はもう払ってあるから、明日中にけりを付けないとだな」
二人は、そう値の張らない大衆酒場を選んだ。
注文した料理とビールが運ばれてくると、エリィは旅に出ることになった経緯を話した。嵐の夜、傷だらけの戦士が寺院の門を叩き、治療の甲斐なく絶命してしまったこと。男は身分を証明するものは何も所持していなかったが、一通の封筒を携えていたこと。その封筒の封蠟が、セントリーア州国王家の紋章だったこと。ストラグルはひと言も口を挟まず、黙って耳とグラスを傾けていた。
「……なるほどな。封筒に書かれた宛名や差出人は、雨でインクが滲んで読めなかったと」
「そうだ」
「中は? 何が書いてあった?」
「開けられるわけがないだろ!」
「まあ、そうだわな」
「表の状態からして、もしかしたら中の書簡もインクが滲んで読めない状態なのかもしれないけどな」
「その男、いくつくらいで、どんな格好をしていた?」
「……年は、三十前後くらいだと思う。私やお前よりは年上に見えた。鎖帷子を着ていたが、余程激しい戦闘をしたのか、ボロボロだった。大剣と、お前が使っているものよりももう少し大きい小型盾を装備していたが、盾も無数の刀傷でひどい状態だった。剣のほうも刃こぼれだらけで、まともに刃が残ってる部分のほうが少ないくらいだったな」
「剣や盾に紋章とかは?」
「一切ない。どこの鍛冶屋で仕立てたのかも分からない、何の特徴もない品だった」
「傷は、刀傷だけだったか?」
「いや、所々、火傷のような傷もあった。鎖帷子や盾にも焦げた跡が」
「……火球でも食らったのかもしれないな」
「火球? 魔法を?」
「普通の戦士同士の戦いで火傷を負うなんてこと、まずないからな。まあ、火球の直撃を食らって生きていられるとは思えないから、掠った程度に留まったんだろうけどな」
「それじゃあ、あの戦士が相手をしていたのは、魔法使い?」
「刀傷もあったというなら、戦士もいただろう」
「……何者だったんだろう? あの書簡も」
「それを考えるのはまた今度。明日は、ディープダウンとかいう小娘を捜すのが最優先だ」
ストラグルはグラスを置き、本格的に食事に手を付け始めた。
「すまないな。私の任務のために」
「俺は最初から、あの小娘を捕まえるつもりでいたぜ。金貨二百――両替してるから白金貨四十か――も盗られて、泣き寝入り出来るか!」
「あの女の子……ディープダウン、か」
エリィもスプーンを取り、食事を口に運び始めた。
「とにかく、明日は朝一であの小娘の捜索だ。考えようによっては、あいつがギルドを抜けていてよかったかもな。ギルドを通してたら、盗られた金の半分程度しか返ってこなかったが、抜け盗賊なら関係ねえ。全額耳を揃えて取り返してやる」
「手荒はことはするなよ」
「何言ってんだ。相手は盗賊だぞ」
「しかし、女の子だ」
「関係ないね」
二人は食事を終えると宿に戻り、すぐに就寝した。
一時課の鐘(約午前六時)が鳴る前に、エリィとストラグルは起床した。宿備え付けの風呂に入って身支度を調え、パンと干し肉といったすぐに出せる食事を用意してもらい、食べ終えると町へと繰り出した。
「今日も泊まるような顔をして、馬と荷物を宿に預かってもらったからな。もし、今日中に金を取り返せないとまずいぞ」
「そのときは、私の顔で寺院に借金しよう」
「それは極力避けろ。どうしてアークムの田舎寺院の僧侶がこんなところにいるのか、絶対に事情を訊かれるだろ」
「でも」
「なあ、読んだと思うか?」
「……ディープダウンていう子が、あの書簡をか。ああ、読みたくなるんじゃないかと思う」
「だよな。何かやばいことが書いてあったら、まずいな」
「やばいことって?」
「知らない。けど、ひとりの戦士が命を落としてまで所持していたものだろ。ただの挨拶文じゃないことは間違いないだろ」
「確かに……」
「下手すりゃ、消されるかもな。街道で俺たちが襲われたみたいにな」
「……あれは、済まない。こうなるのであれば、もっと早く事情を話していればよかった」
「そんなこと言ったってしょうがねえだろ。まあ、街中で何かしてくることはないとは思いたいが」
「警備騎士団がいるからな」
「ああ。何者かは知らんが、街道で待ち伏せしていたってことは、事を荒立てたくないんだろう」
「なあ、ディープダウンのことだけでも、警備騎士団に届け出るべきだろうか?」
「……やめとけ」
「どうして」
「それはエリィだって分かってるだろ」
「……ああ。もしディープダウンが騎士団に捕らえられたら、あの書簡もつまびらかにされることになる。当然、このロングウィの領主にまで報告が上がることになる」
「それは、よろしくないだろ。ソルスタロン連邦の各州は元々別の国だ。セントリーアの領主に見られるならまだしも、よその州の領主に見られて、さっきも言ったが、もしも書簡に何かヤバいことが書かれていたら、無用なトラブルに発展しかねない。」
「そうだな……」
「さあ、おしゃべりはここまで。あの小娘――ディープダウンを捜そう」
三時課の鐘(約午前九時)が鳴り、六時課の鐘(約正午)もその音を町に響かせる時分となったが、二人は未だディープダウンを発見できずにいた。
「くそ、全然見つからねえな……」
「あの青い髪は目立つから、フードを被ってるのは間違いないからな」
「それにしたって、あいつ、かなり小さかったぜ。フードを被ってそれっぽい背丈という目印があるから、すぐに見つかると思ってたんだがな……」
「おい」
「いたか?」
「違う、あれ」
エリィは雑踏の向こうを指さして、ストラグルも目を向けた。そこには、
「あ、あいつ」
二十フィート(約六メートル)ほど離れた先に、長弓を背負った長い黒髪の男が歩いていた。
「ヴォルトレイド!」
名前を耳にして、黒髪の男もストラグルのほうを向いた。
「おお、お前ら」ヴォルトレイドは近づいてきて、「どうした? まだチェスターにいるとは思わなかったぞ。とっくに出たのかと……」
「ちょうどいいところで再会したな」
「……何?」
満面の笑みを浮かべながらにじり寄ってきたストラグルを避けるように、ヴォルトレイドは一歩後退した。明らかに怪しむ素振りを見せている。
「ひとつ頼みがある」
「はあ?」
「頼まれてくれるか」
「待て待て」ヴォルトレイドは、両手でストラグルの胸を押して自分から遠ざけると、「意味が分かんないんだけど」
「頼みがあると言っている」
「それは分かるよ!」
「じゃあ、いいじゃねえか」
「よくねえよ。どうして俺がお前の言うこと聞かなきゃならん!」
「巨大サソリのこと」
「金貨をやったろ。あれで貸し借りなしだろうが」
「いやー。まさか八匹もいたとは思わなかったよな」
「だから、その話はもう終わりだろ!」
「おまけにチンピラ冒険者まで出てきてな」
「あのな!」
「いいのか?」ストラグルはヴォルトレイドの首に腕を回し、顔を近づける。
「は?」
「いいのかと訊いてるんだ」
「だから、何が!」
「お前は、俺たちに命を救われたってことだよな」
「ま、まあ……」
「そうだよな。無謀にも敵の数も分からないのに、たったひとりで戦闘に出向いて、よしんば巨大サソリを退けられたとて、そのあとには三人のチンピラが奇襲を仕掛けてきてた。普通なら死んでるぜ、間違いなく」
「そ、それは感謝してる……だから、お前らにも分け前をやっただろうが」
「それ!」ストラグルは反対の手でヴォルトレイドの顔を指さす。
「どれ?」
「いいのか? お前が俺たちに払った金額は、いくらだ」
「金貨二百……」
「そんなものなのか?」
「は?」
「お前の命は、金貨たったの二百枚程度の価値しかないのか」
「はあ?」
「百発百中にして雷光の如き速さで放たれる、あの弓矢。あの絶技には俺も舌を巻いた。掛け値なしに、お前は俺が今まで見てきた中で最高の射手だ」
「そりゃ、どうも」
「それでだ……二百なのか?」
「何が?」
「お前の命、すなわち、あの弓矢の腕。あれの価値は金貨たった二百枚分しかないのかと訊いている」
「何を言わんとしてるか、分かってきたぞ……」
「分かってもらえて嬉しいぜ」
「ふざけんなよ」ストラグルは自分の首に回されていたストラグルの腕を払って、「お前ら、あの場で金額に納得したから受け取ったんだろうが」
「もう、銅貨一枚やるつもりはないと」
「当然だ」
「よし、それじゃあ、こうしよう。俺たちは今、ある人物を捜している」
「断る」
「まだ何も言ってないだろうが!」
「どうして俺がお前らの人捜しを手伝わにゃならないんだ!」
「背丈はこれくらいでな」とストラグルは自分の胸に手刀を当てて、「フードを被ってるはずだ。もし被ってなかったら、青い髪だからすぐに分かる。華奢な体つきの女の子で――」
「こらこら、勝手に話を進めるんじゃない」
ヴォルトレイドはストラグルをさらに突き放すと、
「何? その青い髪の女の子が何かしたの?」
「スリなんだ」
「スリ?……もしかして」
「そうだ。お前からもらった二百をイカれちまった」
「まじかよ! え? 金貨二百を一度に? 分けて持ってなかったの? 不用心すぎるだろ。自業自得だぜ、そんなの……」
ヴォルトレイドは言葉を止めた。ストラグルの後ろで、エリィがしょげ返っているのを見たためだった。ストラグルの視線で、スリに遭ったのがエリィだと察したのだろう。
「いや……。すまん。誰にでも間違いや油断はある。エリィ、そんな顔するなって……」
「何だよお前、俺とは随分と態度が違うな。しかも、よく名前を憶えていたな」
「当たり前だろうが。お前は奇妙くん、だっけ」
「ストラグルだ! てめえ、わざと間違えただろ」
「うるせえ! それよりも、スリなら警備騎士団に届け出ればいいだろうが。それか、盗賊ギルドに直接交渉に行くか」
「それが出来ないわけがあるんだよ……」
「……何?」ストラグルとエリィの深刻な表情を見て、ヴォルトレイドは、「まあ、ちょっと話くらいは聞いてやるよ」
と顎をしゃくって、近くの酒場へと促した。
「……というわけなんです」
エリィは、ヴォルトレイドにこれまでのことを全て話して聞かせた。自分たちの旅の目的、その発端となった書簡が所持金と一緒にすり取られたこと。盗んだ少女ディープダウンは抜け盗賊のため、ギルドでも居場所を把握していないこと。
「……はあ。そんな事情があったのか」話を聞いている間に、ビールを一杯空けたヴォルトレイドは、「じゃあ、お前ら、秘密任務遂行のまっ最中だったっていうのに、俺の加勢に名乗りを上げたわけ? 何で?」
「それは」とエリィは、「放っておけませんでしたから」
「……何それ」
「どうだ、聞いたか」ストラグルは得意気な顔になって、「大事な任務を後回しにしてまで、困っている人を助けようという、麗しい僧侶の精神。感動しただろ」
「俺やお前には絶対にない精神だな」
「そうだろ――って、俺まで一緒にするなよな」
「じゃあ、お前がエリィの立場だったら、俺のこと助けてた?」
「……」ストラグルは黙った。
「いいよ」
「え?」
「手伝ってやる。そのディープダウンとかいう青髪の抜け盗賊を捜すのをな」
「あ、ありがとう!」
エリィは立ち上がって頭を下げた。「いいから、いいから」とヴォルトレイドは、エリィを座らせるとストラグルを見て、
「ほら、お前も、頭を下げて『よろしくお願いします、ヴォルトレイドさん』は?」
「何だと!」
「ストラグル!」
跳びかかろうとするストラグルをエリィが押さえつけた。
次回、ディープダウンの手がかりを見つけたエリィたちは、城壁の外へ。
「第7章 盗賊を追って」




