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第4章 風を切る矢

 市民の生活を守る存在として、各国は警備騎士団を置いている。が、警備騎士団が扱う案件は基本、社会生活における人間同士のいざこざ、犯罪に限られ、日常生活の外側から来る外敵――魔獣、魔物の討伐などは、昔ながらの冒険者や傭兵の仕事の範疇とされている。社会生活のトラブルと違い、命の危険に直結するこういった仕事は騎士団がやりたがらないこともあるが、またこれは、冒険者や傭兵の仕事を奪わないための措置でもあった。他国で一度、騎士団がそういった魔物の討伐までも行ったときがあったが、その際に仕事にあぶれた冒険者や傭兵が野盗と化し、市民の脅威となるとともに騎士団の仕事を余計に増やした事例があった。それ以来、どこの国でも、警備騎士団と冒険者たちは仕事の棲み分けをはっきりとさせるようになった。


「先ほども名乗りましたが、私はエリィといいます。で、こっちがストラグル」


 エリィは、二人の村人と黒髪の男に自分たちを紹介した。品定めするように二人を見てから、黒髪の男は、


「ヴォルトレイドだ」


 名前を名乗った。


「では、行きましょう。今、私たちの馬を持って来ます」


 エリィは宿駅の厩舎へ走った。


「……何なの、あいつ」

「さあ。俺にもよく分からん」


 ヴォルトレイドとストラグルは、エリィの背中を見て言葉を交わした。


「巡礼してんの? 馬に乗っての巡礼なんて、聞いたことないけど」

「違うって。だから、俺は僧侶じゃないから」

「じゃあ、何? 何の目的で旅してるの?」

「……それも、よく分からん」

「ふーん」とヴォルトレイドは、「あのエリィって、お前の恋人なの?」

「断じて違うわ!」


 ストラグルは目を釣り上げて睨んだ。


「そんな怒ることないだろ。結構美人じゃねえか。親切だしさ」

「お前はあいつの本当の顔を知らない」

「ふーん……。で、いいんだな?」

「何が?」

「さっきの話。ただ働きしてくれるってことで、いいんだな」

「……そのことなんだけどな」ストラグルは、エリィの姿が見えなくなったのを横目で確認してから、「金貨二百で手を打とう」


 指を二本立てた手を付きだした。


「帰れ」

「待てって」

「そういうことなら、俺はひとりでやる」

「じゃあ、百八十……百五十」


 ヴォルトレイドは、しっしっ、とばかりにつれなく手を振り、全く取り合わない。


「百三十……百でいいから――」

「ストラグル」

「――あっ!」


 エリィが二頭の馬を引いて戻ってきていた。


 一台の馬車と二頭の馬が、マール村へと続く村道を進んでいた。村道は街道と比べて道が狭い。馬車を先行させて、エリィとストラグルは並んでその後ろについていた。


「お前はいいよ。僧侶は基本、無償で施しをするからな。寄付金や、警備騎士団からの委託金ももらってるしな。でも、俺は違う。しがない傭兵だ。今日日(きょうび)、でかい戦争もそう起きない。かといってカタギの商売なんて出来るわけがない。こんな時代に俺たち傭兵は、どうやって暮らしていけばいい?」

「寺院に転がり込んで、タダ飯食らえばいいんじゃないか?」

「ぐっ……」


 ストラグルの馬が速度を落とした。が、すぐに追いついて並ぶと、


「俺は戦わないからな。冗談じゃねえぜ。同じ命を掛けて、あいつは金貨四百五十枚丸儲け。こっちには銅貨一枚入らねえ。こんな馬鹿な話があるか。いいか、俺は絶対に戦わない。剣を抜きもしないからな」


 たらたらと語る。エリィは笑みを浮かべたまま、真っ直ぐに馬を走らせるだけだった。



 マール村に到着し、エリィたち三人は村の公民館で仕事の詳しい説明を聞いた。巨大サソリジャイアントスコーピオンが目撃されたのは、村の東の森。森の先には川が流れており、井戸の水が乏しいこの村では、川の水が貴重な水源となっている。川へはいつも森の中を抜けて通っており、森を迂回するとなると、非常な手間と時間がかかる。


「初めて見たのは、一昨日の夕方だ。俺ともうひとりで水汲みから帰る途中、森の中で出くわしちまった。そりゃもうびっくりして、桶をふん投げて逃げ帰ってきたんだ」


 巨大サソリと遭遇した男は、そのときの様子を冷や汗を流しながら語る。その翌日、つまり昨日、村の男衆が確認に行ったところ、話に間違いはなく、確かに体長六.五フィート(約二メートル)程度の巨大サソリが二体、森の奥にうごめいているのを見たという。即座に会議が開かれ、代表した二名が翌日の朝一番に街道の宿駅まで行き、冒険者に巨大サソリ退治を依頼することになったのだった。


「巨大サソリが二体だけでいることは、まずないそうです。なあ」


 と、エリィは隣に座ったストラグルを見る。詳しく話せということだ。ストラグルは頬杖を突いたまま、


「山の奥のほうから這い出てきたんだろうな。あいつらは数体で群れて行動する癖があるから、二体だけってことは有りえないよ。巨大サソリを倒せるような獣がここらにいるとは思えないしね」

「冒険者どの、では、やつらは何体ほどいるとお考えか」


 村人に訊かれたストラグルは、「冒険者じゃねえし」と小さく呟いてから、


「最低でも四体。多ければ六体から八体はいるね」


 村人の間にざわめきが起こった。ストラグルは、エリィを挟んで座っているヴォルトレイドを見ると、薄く笑みを浮かべた。ヴォルトレイドは、その表情の意味を察したのか、ストラグルを見返して、


「二体だろうが八体だろうが問題ない」

「あっそ。じゃ、ひとりでやれば」

「元からそのつもりだ!」

「落ち着いて」


 立ち上がったヴォルトレイドの腕をつかんで、エリィがたしなめる。黒髪の戦士は、「ふん」と鼻を鳴らして、


「村長さん、俺は敵が二体だと聞いてこの仕事を受けたんだ。倍まではサービスしておこう。だが、もしサソリのやつが五体以上いた場合は、当初のそちらの言い値、金貨五百払ってもらうぜ」


 村長は無言のまま頷いた。


「おい!」今度はストラグルが立ち上がって、「増えた五十枚は俺のものな」

「どうしてそうなる。お前は戦わないんじゃなかったのか」

「金さえもらえれば、やるよ」

「じゃあ、引っ込んでろ」

「なにおう」

「やるか」

「まあまあ……」


 エリィも立ち上がって二人を落ち着かせる。村人の間から、「こんな仲の悪い冒険者パーティで大丈夫なのか?」といった声が聞かれると、


「冒険者でもパーティでもねえし!」


 二人は声を揃えて反論した。



 エリィとヴォルトレイドは、二人並んで森の中を歩いていた。二人が並んで進むのがやっとの狭い道。すぐ後ろからはストラグルも続いている。


「なあ、どうしてついてきたの?」


 周囲への警戒を怠らないまま、ヴォルトレイドが訊いた。


「放っておけませんでしたから。ひとりで数体もの巨大サソリを相手にするなどと」


 エリィも左右に視線を投げながら答えると、後ろからストラグルが、「余計なこと言わなきゃよかった」と呟いた。


「しかも、報酬もいらないなんて、さすが、神に仕える僧侶(クレリック)は違うね」


 ヴォルトレイドが言うと、「俺は違うし」と再び後ろから呟く声が聞こえた。


「……そろそろです」


 手にした地図に目を落としてエリィが言い、警戒を強める。村人が巨大サソリを目撃したという地点に近づいていた。

 樹木が林立し、大人の膝丈以上まで草が生えた森の中で巨大サソリと戦うのは圧倒的に不利だ。平たいサソリの体は草の下に隠れてしまい、視認することが困難なうえ、木の幹に上られて立体的な攻撃を仕掛けられたら対処するのが非常に難しい。

 三人は作戦を立てた。敵と遭遇したら、少し走った先にある開けた空き地に誘い出し、そこで戦う。平地で正面から戦えば、体長六.五フィート(約二メートル)程度の巨大サソリは、「敵じゃない」ヴォルトレイドとストラグルは口を揃え、エリィも頷いた。

 草を掻く音が右から聞こえた。三人が立ち止まった直後、左からも。一瞬だけ顔を見合わせてから、三人は走った。草を掻く音もそれを追い、距離をどんどん詰めてくる。

 右の草むらから何かが躍り出た。左右一対のハサミを持ち、鋭い毒針の尾を持つ巨大なサソリ。村人の言葉通りの大きさだった。草の抵抗がなくなったためだろう、道に出たサソリの速度は速まった。八本の節足を小刻みに動かし、ハサミを振り上げて三人を追う。片方のハサミが最後尾を走るストラグルの背中に迫った。ストラグルは剣を抜くと同時に振り向き、突き出されたハサミを打ち返す。


「ストラグル!」

「止まるな! 走れ!」


 振り向きかけたエリィに、ストラグルが叫んだ。ヴォルトレイドは足を全く緩めないまま空き地を目指す。エリィもその背中を追った。

 ストラグルは、繰り出されるハサミを右の長剣、左の小剣、二本の剣で受け流しながら後退する。左の草むらで音がした。この状態で真横から襲撃を受けることは断じて避けたい。


「いいぞ!」


 声がした。空き地に出たヴォルトレイドが、矢をつがえた長弓(ロングボウ)を構えている。ストラグルは力を込めた一撃を放って敵の足を止めると振り向き、脱兎の如く空き地に向かって走った。その直後、左の草むらから二体目の巨大サソリが跳びかかり、一瞬前までストラグルが立っていた地面にハサミを突き立てた。獲物を追おうとした一体目のサソリは、突然目の前に現れた同種に行く手を塞がれる形となり、足を止めざるを得なくなった。その隙にストラグルは空き地に駆け出て横に転がる。同時にヴォルトレイドは引いていた矢尻から指を離した。二体目のサソリの顔面に矢が突き立った。続けざま第二、第三の矢が放たれる。

 地面を一回転して起き上がったストラグルは、ヴォルトレイドの動きに目を見張った。

 矢筒から抜いた矢を弓につがえ、弦を引き、()つ。一連の動作は流れるように、目にも止まらぬ早さで、一分の無駄もなく行われた。ヴォルトレイドが三本の矢を放った時間で、常人の戦士であれば矢を一本放つのが精一杯だろう。三本の矢を突き立てられた巨大サソリは、一対のハサミと毒針のついた尾を地面にだらりと落とし、動かなくなった。


「凄い……」


 後方で槌矛(メイス)と盾を構えたエリィも、黒髪の戦士の弓さばきに感嘆の声を漏らした。が、


「エリィ! 来る!」


 ストラグルの声に武器を握り直した。ヴォルトレイドが亡骸としたサソリを乗り越えて一体、さらに、左右の藪から数体の巨大サソリが一斉に空き地に跳びだしてきた。

 ヴォルトレイドは一発だけ矢を放つと弓を背負い、腰に提げていた小剣(ショートソード)に装備を交換した。すでに射撃武器で戦える間合いではなくなっていたためだ。

 サソリは、その見た目ほどに固い外殻は持たない。ストラグルの二本の剣。ヴォルトレイドの小剣。さらにはエリィの鎚矛は、サソリの外殻を斬り、叩き砕き、徐々にその骸を増やしていく。


「これで最後!」


 エリィの鎚矛が残り一体となった巨大サソリの頭部を砕き、戦いは決した。その瞬間、ストラグルは嘆息して屈み込み、ヴォルトレイドも大きく息を吐いてその場に座り込んだ。エリィは一旦鎚矛と盾を地面に下ろし、汗を拭って周囲を見回すと、


「一、二……七体か。こんなものか」

「ああ」とストラグルが、「ひとつの群れとしては、多い方なんじゃねえの」

「そうか。二人とも、怪我はないか?」


 エリィの問いかけに二人の戦士は揃って首を横に振った。


「今は、外傷治癒ヒール・オブ・ウーンズよりも水だ」


 ストラグルは、戦いの中で投げ捨てた自分の背負い鞄(バックパック)から革の水筒を取りだして口をつけた。他の二人も水筒の水を飲み人心地つくと、ストラグルが、


「尻尾の先端の毒針部分を切り取るのを忘れるなよ」

「どうして?」


 エリィが訊くと、


「何体サソリを倒したかの証拠にするからに決まってるだろ。このまま手ぶらで帰って、七体のサソリを倒しました、って申告しても信じて貰えないだろうが」

「なるほど。さすがだな」

「はあ、これだから、寺院育ちのお嬢さんは……。まあ、ここは村の連中が行き来する道らしいから、放っておいてもこいつらの死骸を目にして、倒したことは信用してもらえると思うけど、それも時間の無駄だしな。じゃあ、始めようぜ――」

「それは俺たちがやってやるよ」


 エリィたちが来た道の方向から声がして、三人は振り向いた。


「お、お前ら……」


 ヴォルトレイドが呟いた。そこに立っていたのは、宿駅で彼と口論をした三人の冒険者の男たちだった。うちひとりは(クロスボウ)を構えている。すでに弦が引かれ、矢もつがえられている。


「全員動くな」


 リーダー格の鎧の男が言った。エリィたちは互いに顔を見合わせてから、嘆息して男の言葉に従った。それを見たリーダー格の男は、満足そうに頷くと、


「いい心がけだ」

「何をするつもりだ?」


 エリィに訊かれると、男はにやりと笑みを浮かべて、


「お前らはサソリ相手に苦戦を強いられて全員討ち死に。心配になって駆けつけた俺たちが、お前らに代わってサソリを討伐した、って寸法よ」


 三人そろって笑い声を漏らした。


「そんな話を村の人たちが信じるとでも」


 エリィが言うと、


「お前らの死体に、いかにもサソリにやられたような傷をつけておくのよ。(クロスボウ)の傷は上からサソリのハサミでも突き刺して消すから大丈夫ってわけさ。さて、最初は……当然お前からだ」


 弩の狙いがヴォルトレイドにつけられた。


「やめろ!」


 エリィが叫ぶが、男たちは表情ひとつ変えない。


「やってみろ」


 ヴォルトレイドが言った。顔色を変えていないのは、彼も同じだった。


「何だと?」

「お前が引き金を引くより早く、俺の矢がお前の眉間を貫くぞ」


 そうは言うが、ヴォルトレイドの弓は背中に背負われており、矢も腰に提げた矢筒に入ったままだった。


「……」ひと呼吸おいたあと、「ふっ、ふはは!」


 三人の男たちは笑い出した。


「おいおい。矢がつがえられていて、あとは引き金を引くだけの弩よりも、お前が背負った弓を構えて、矢筒から矢を引き抜いて弓につがえ、弦を引いて射つほうが早いってか? 冗談きついぜ」

「だから、やってみろ」


 ヴォルトレイドの表情は真剣そのものだった。その視線に射すくめられたかのように、弩の男の顔から笑みが消えた。


「お、おい……」


 ストラグルとエリィも、不安そうにヴォルトレイドを見守る。風が吹き、長い黒髪をなびかせた。

 数瞬の間――ヴォルトレイドの右手が動こうかという、その刹那、藪を掻き分ける音が聞こえた。三人の男の背後からだった。跳び出てきたものが三人の背中に襲いかかる。それは、


「まだいたのか!」エリィが叫ぶ。


 巨大サソリだった。振り返った男たちは驚愕の表情を見せ、弩を持った男が引き金を引いた。が、放たれた矢はサソリの体を掠りもせず、木の幹に突き立った。残る二人は長剣と戦斧(バトルアックス)を構えたが、遅かった。巨大サソリは二本のハサミで両脇の男を払い跳ばし、尻尾の毒針を弩の男の胸に突き刺した。

 毒針が抜かれた直後だった。風切音とともに矢がサソリの甲羅を射貫く。さらに二本。巨大サソリは八体目の骸と化した。

 ヴォルトレイドは、次弾としてつがえかけていた矢を弓から離した。瞬きする間の出来事。彼の腕であれば、本当に弩の引き金が引かれるよりも早く、矢を射ることが出来ていたかもしれない。


「ふう……」大きく息を吐いたヴォルトレイドは、「さて……」弓を背負い直すと小剣を抜き、倒れている三人の男に向かって歩いて行く。


「待って下さい!」


 エリィに呼び止められて、ヴォルトレイドは足を止めた。その横をエリィが駆け抜け、真ん中に倒れた男のそばに屈み込んだ。男は脂汗を流し、苦悶の声を漏らしている。サソリの毒による影響だ。エリィは男の胸に手を当てて、神への祈りの言葉を唱えた。手が淡い光を放ち始める。すぐに男の喉から発せられていた声は、苦悶のそれから落ち着いた呼吸へと変わった。


「はん、毒の治癒(キュア・ポイズン)か。そんなやつ、助けてやる必要ないだろうに。なあ」


 呆れた声を上げたヴォルトレイドがストラグルを見やる。ストラグルもまた同じように、呆れた表情を見せていた。



 毒消しを施され介抱されたあと、三人の冒険者はエリィから神の教えをきつく聞かされ、這々の体で逃げ去っていった。警備騎士団に引き渡すようなことはしない。騎士団は冒険者の仕事を奪わないのと同時に、冒険者同士のいざこざにも手は出さないためだ。アウトローである冒険者は、良くも悪くも社会の規律の埒外に置かれた存在なのだ。

 ヴォルトレイドは、村から約束通り金貨五百枚を受け取って、馬車で街道の宿駅まで送られる。エリィとストラグルも馬で宿駅に戻った。



「では、我々は先を急ぎますので」


 宿駅に着くと、エリィが別れの挨拶を切り出した。「そうかい」とそれを聞いたヴォルトレイドは、袋を二つ――金貨の入った五つの袋の中から二つ――を投げ渡した。


「……これは?」


 怪訝な表情をするエリィに、


「金貨二百。あんたらの取り分だ」

「いえ、しかし――」

「正直――」エリィの言葉を遮って、ヴォルトレイドは、「俺ひとりだったら、八体もの巨大サソリを相手に出来なかったと思う。村人の証言を鵜呑みにして安請け合いした俺の落ち度だ。だから、あんたらにはそれを受け取る権利がある」

「我々は、そんなつもりでは――あっ」


 持て余すように抱えていたエリィの手中から、ストラグルが袋を取り上げた。


「俺は、最初から“そんなつもり”だったぜ」にやりと笑みを浮かべて、「殊勝な心懸けじゃねえか」

「別に、お前はいなくてもよかったんだ。戦力的には、俺とエリィの二人で十分だった」

「てめえ! まだそんな減らず口を!」

「討伐数では、俺とエリィが三。お前が二だったろうが!」

「細けえこと憶えてんな!」

「言っておくが、その二百はエリィにやったものだからな。お前の取り分はゼロ」

「さっき『あんたらの取り分』て言っただろうが!」

「すまん、間違えた」

「この……」

「何だ?」

「それでは――」前に出ようとするストラグルの胸を押さえつけて、エリィは、「これはありがたく頂戴しておきます。あなたに神のご加護があらんことを」


 胸から聖印(ホーリーシンボル)を取りだして祈った。


「ああ、あんたらもな。って、俺には神様なんていないけどな」

「では」


 まだ眉を釣り上げたままのストラグルとともに、エリィは馬に乗り宿駅をあとにし、州境の町チェスターを目指した。



 街道を歩む馬上から、ストラグルはエリィに話しかけた。


「エリィ、気付いたか?」

「えっ? 何を?」

「あの、ヴォルトレイドって男」

「彼が何か? 恐ろしく腕の立つ男だったな。特に弓矢が」

「あいつ、ハーフエルフだぞ」

「えっ? 本当か?」

「間違いない。巨大サソリとの戦闘中、髪が舞い上がった拍子に耳が見えた。先端が僅かに尖っていたんだ。あの尖り方はハーフだ。生粋のエルフなら耳の尖りがもっとはねてる。髪では隠しきれないくらいにな」

「そうだったのか? 私にはそこまで確認する余裕はなかった」

「俺も目に出来たのは偶然だった」

「でも、一瞬だったんだろ。見間違いという可能性も」

「それだけじゃない。あいつは別れ際に『自分には神はいない』と口にしてただろ」

「……そうか、エルフには神がいない。つまり、信仰というもの自体を持たないと聞いたことがある」

「最初に変に思っていたんだ。あいつは、戦闘を控えているというのに、あの長い髪を束ねるなりしなかった。邪魔で仕方ないだろうに。あれは耳を隠すために伸ばしているんだろうな」

「自分がハーフエルフだと知られたくないから、か?」

「たぶんな。ま、確かに奇異な目で見られるわな。それに、あいつがハーフエルフなら、あの女みたいな見た目も納得出来るぜ。エルフって、線の細い美形ばっかりだからな」

「彼、何の目的で、たったひとりで旅をしているのだろうな」

「ま、俺たちが詮索することじゃないさ。それより、臨時収入が入ったんだから、今夜の夕食は豪勢に行こうぜ。宿屋も少し程度のいいところにして」

「駄目だ」

「またー、ケチ!」

「思わぬ用事で時間を取られた。日が落ちる前にチェスターに入ろう」


 エリィは手綱を引き、馬速を上げた。


「ねえ、せめて、いい酒を飲もうよ」


 ストラグルもエリィを追いながら頼み込んでいた。

次回、チェスターに入ったエリィたちは、ひとりの盗賊に遭遇して……。

「第5章 街の盗賊」

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