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第2章 急襲

 二人が休憩している間、馬車二台だけの小さな商隊(キャラバン)が、エリィたちと同じくチェスターへと向かう方角へ街道を通り過ぎていった。護衛は付けていなかった。

その一団を見送り、上空を流れる風に雲が大きく形を変えた時分になると、


「そろそろ行くか」


 エリィは立ち上がり、馬に荷物を提げ始めた。ストラグルも大きく伸びをしてから、同じように準備をする。



 再び馬を走らせて、しばらく経った頃、


「エリィ」ストラグルが馬を近づけて、「何かいるぞ」

「……ああ」


 二人は周囲に目を走らせ、街道を左右から挟む林の中に気配を感じ取った。馬の歩調を落として耳を澄ます。草を掻くような音は聞こえない。ということは、


「獣の(たぐ)いじゃない。待ち伏せだな」ストラグルが言った。

「野盗か? だが、こんなところに今まで出たことは……」

「走ろう」

「ああ」


 二人は手綱を引いて一気に馬速を上げた。林に潜む何者かが弓矢で狙ってきたとしても、林立する木々を越して、走る馬に狙いをつけるのは容易ではないはずだ。

 それからすぐ――空気を裂く音がした直後、タンッ、という乾いた音が聞こえ、木の幹に矢が突き立った。弓の弦がはねる音、木に矢の立つ音はさらに続いた。何本かの矢は木を抜けたが、それらは全て狙いを外していた。


「このまま突っ切るぞ」

「分かった――あっ!」


 エリィは悲鳴をあげた。前方の地面から何かがせり上がってきた。それは一本のロープ。道を横断して置かれていたロープが、左右から引かれて持ち上がってきたのだった。その高さは地面から四フィート(約百二十センチ)程度に達した。二人は手綱を(さば)いて馬を跳び上がらせる。蹄で地面を蹴り、ストラグルの馬はロープを越えて向こう側に着地した。が、


「しまったっ!」


 エリィの馬は僅か届かず、ロープに足を取られてしまった。馬は(いなな)きを上げて横転し、エリィは地面に投げ出された。


「エリィ!」


 ストラグルは手綱を廻して馬を急停止、回頭させる。同時に左右の林から数体の人影が飛び出てきた。鎧を着込んだ戦士たち。右から二人、左からひとり。三人の戦士は倒れたエリィに向かって走る。

 馬に掛けていたベルトから二本の剣を引き抜くと、ストラグルも馬を飛び降りて駆けた。林の中から現れた戦士たちは、三人が三人とも、右手に長剣(ロングソード)を持ち、左腕には直径一.五フィート(約四十五センチ)程度の円形盾(ラウンドシールド)を装備している。(ヘルメット)の奥からは、殺気をみなぎらせた鋭い眼光を放っていた。

 ストラグルは、右から現れた二人とエリィとの間に素早く体を滑り込ませ、手にしていた剣のうち一本をエリィのもとに放った。


「使え!」


 エリィの武器の鎚矛(メイス)は、数フィート先に倒れている馬に提げられたままだった。が、エリィは、


「悪い」そう言いながら起き上がると、「ここ頼む」ストラグルの投げた剣も拾わず、自分の馬に向かって駆けだした。


「おい!」


 ストラグルは二人の戦士が仕掛けてきた攻撃を(かわ)し、剣で受けつつ叫ぶ。左から出てきた戦士はエリィを追っていた。

 二対一ではあったが、数の差にも関わらず戦いはストラグルが押していた。敵の攻撃をストラグルはぎりぎりで見切って躱し、カウンターを叩き込む。これが数度繰り返され、ストラグルの一刀がついに敵のひとりの腹部に突き立った。鎧の隙間を狙い澄ました一撃。ぐぅ、とヘルメットの奥からくぐもった声を漏らし、敵戦士は剣を振り上げかけていた手を止めて地に伏した。

 背後からもうひとりの剣が迫る。すぐさまストラグルは剣を引き抜いて応戦し、数回剣を切り結ぶ。武器の射程(リーチ)は敵のほうが優っていた。相手の射程ぎりぎりにおいてストラグルの攻撃は届かず、ついに敵の切っ先が、鎧に守られていないストラグルの左二の腕を(えぐ)った。鮮血がほとばしる。


「ちっ!」


 ストラグルは横に跳び退いて追撃を躱す。その足下には、エリィに向けて放ったもう一本の剣が転がっていた。敵が剣を構え直して迫る。膝立ちの状態から起き上がったストラグルは、自分も武器を振り上げて真っ向から敵に対する。

 敵は自らの射程ぎりぎりから攻撃を繰り出す。同時にストラグルも剣を振った。攻撃開始はほぼ同時だったが、武器を振る速度はストラグルが優っていた。先にストラグルの切っ先が相手の首筋にめり込む。敵の動きがぴたりと止まった。ストラグルがそのまま剣を振り抜くと、引き倒されるように敵戦士は地面に突っ伏した。


 エリィの背後に敵が迫っていたが、軽装の利を活かし、彼女は敵に追いつかれる前に馬に辿り着くことが出来た。まず左手で盾を取り上げて、振り向きざま頭上にかざす。その上に敵の一刀が振り下ろされた。両足を踏ん張ってその衝撃に耐えたエリィは、右手で鎚矛の柄を握ると直後、盾を突き出して相手を押し返す。その勢いでエリィも前に出た。

 相手はバランスを崩したままで、まだ体勢を立て直せていない。絶好の攻めどきだった。が、


「おい!」エリィは声を上げて、「お前たち、何者だ? どうして私たちを襲う?」

「――あの馬鹿!」


 その様子を見たストラグルは小さく叫ぶ。その間に敵は攻撃体勢を立て直しており、エリィの問いかけに剣を振るうことで答えてきた。ストラグルは走る。

 エリィは上段から叩き込まれた剣を盾で受け止めると、攻撃を受け流すように盾を傾げ、勢いのまま敵の剣を盾に滑らせる。その隙に敵の懐に踏み込んだエリィは、長い脚をしならせ、踏み出していた相手の右膝に内側から蹴りを入れた。軸足を払われた敵戦士は、またも大きくバランスを崩す。今度はエリィも何も問いかけはしなかった。代わりに手にした鎚矛の先端をヘルメットの真横に叩き込む。戦士は剣を取り落とし、全身を弛緩させて地面に崩れた。


「エリィ!」


 駆けてきたストラグルにエリィは、左手を上げて自分が無事であることを伝えた。



「何者だったんだ、この戦士たちは」エリィは地面に横たわり、息絶えた三つの亡骸を見回して、「野盗か……?」

「違うな」ストラグルが否定した。

「どうして?」と、エリィが顔を向けると、

「こいつらが野盗なら、さっき俺たちの前に通った商隊を狙ったはずだ。あっちのほうがどれだけ実入りがいいか知れない。護衛も付けていなかったしな」

「……確かに、この辺りの街道で野盗が出るなんていう話は聞かない。だからここを通る商隊も、昔ならいざしらず、今は護衛なんて付けないんだ」

「じゃあ、こいつらは何者だ?」

「答えてもらえなかったんだ。私が知るか」

「教えてやろうか……」ストラグルはエリィの目を見て、「こいつらは傭兵崩れだ。何者かに雇われて、俺たちを狙ってきたんだよ」

「……どうして」

「それはお前が知ってるんじゃないのか?」

「……」


 エリィは黙ったまま、ストラグルを見返すだけだった。


「それよりも、お前」と、ストラグルは批難するような視線をエリィに向けて、「さっきのあれはないぜ。命のやり取りの最中に悠長に敵と会話しようとするやつがあるか。しかも、あんな絶好の機会を前に……」

「警備の仕事をしている癖が出たんだ。警備では、相手が何者だろうと問答無用で殴りかかるなんて許されないからな。戦いに入る前に、相手に抵抗をやめるよう説得したり、何をやっているのか詰問するのは当然だ」

「まあ、いいや」ストラグルはため息を吐いて、「行こうぜ。お前の馬も無事だ。急がないと今夜中に宿駅に着けないぜ」

「ああ、でも、その前に……」


 エリィはストラグルに近づき、彼の左二の腕を包み込むように両手で挟み、神への祈りの言葉を唱え始めた。すると両手から淡い光が溢れ、エリィがその輝く手で傷口をやさしくさすっていくと、一文字に開いていた傷口は見る間に長さを縮めていき、やがて完全に塞がった。


「“外傷治癒(ヒールオブウーンズ)”か」


 その様子を見てストラグルが呟いた。僧侶(クレリック)が使える神聖魔法のひとつ。エリィが手を離すと、ストラグルは自分の二の腕をまじまじと見つめて、


「……上手いものだ。下手なやつがやると、傷口がきれいに塞がらなくて跡が残ることもあるのに」


 完全に負傷前の状態に戻った肌を撫でた。エリィは微笑むと、


「さて、もうひと仕事ある……手伝ってくれ」


 そう言うと、自分が倒した戦士を街道脇の林の中まで引っ張っていく。


「あとの二人も、頼む」


 促されて、ストラグルも怪訝な顔をしたまま、自分が撃ち倒した戦士を林の中に運んだ。

 エリィは、並べ終えた三体の亡骸のまぶたを閉じさせて、口元にこびりついた血泡を拭き取ってやり、胸の上で手を組ませる。それが終わると、首に提げていた聖印(ホーリーシンボル)を胸元から抜き出して両手に握り、エリィは目を瞑った。その口からは、死者を弔う神への祈りの言葉が静かにささやかれ始める。


「おいおい。自分を殺そうとしたやつにお祈りしてやってんのかよ……」


 ストラグルは呆れ顔で両手を広げた。エリィは、そんな言葉も耳に入らないかのように、淀みなく祈りの言葉を終え、ゆっくりと目を開いた。


「本来であれば、せめて土に埋めてやりたいところだが、今は道具もないし先を急ぐ。これで勘弁してもらおう」


 エリィは、聖印を元のように胸元にしまうと街道に戻っていく。ストラグルも三体の亡骸に、ちょこんと頭を下げてから林を抜け出した。



「さすがだったな」

「何が?」


 馬上からエリィはストラグルに声を掛ける。


「さっきの戦いだよ。二人を相手にしても楽勝だったな」

「そう見えただけさ。俺みたいな軽装だと、一撃が即致命傷になるからな。一方的に勝つか、一刀のもとに死ぬか、どっちかしかないわけよ」

「二人目を倒したとき、剣を替えていたな」

「そこまで見てたのかよ。お前のほうこそ余裕あったじゃねえか」

「武器を、小剣(ショートソード)から、落ちていた長剣(ロングソード)に持ち替えたな。敵はお前の射程範囲を、それまで切り結んでいた小剣の長さで判断していたから、同じ間合いを保ったまま斬り込み続ける限り負けはない、と判断していたんだな」

「よく見てれば分かったはずなんだよ。刀身に血がついていたかどうかで、俺が剣を替えたことは見抜けたんだ。それさえ把握していたら、これはおかしいって思って、向こうも冷静になったはずさ。そうなったら、俺のほうがやられていたかもな。あいつは結構な手練れだった」

「ありがとう」

「な――何がだよ!」

「私のほうに、射程が長い長剣を放ってくれたってことじゃないか」

「あ! そういえばお前! どうしてあの剣を使わなかったんだよ!」

「我々僧侶(クレリック)は、刃のついた武器の使用を禁じられている」

「あの期に及んでもかよ! 神様の教えに従順なのはいいが、それで死んでたら元も子もないぜ」

「お前の腕を信じていたからな」

「なっ――!」

「お前を連れてきて正解だったよ。これからもよろしくな、ストラグル」

「……あ、ああ、お前も、エリィも強えよ」

「ははは」

「何だよ!」

「やっぱり、変な名前」

「うるせえ!」

「ちょっと飛ばしたほうがいいな。さっきの商隊に全然追いついていない」

「おい!」


 エリィは馬の速度を速め、ストラグルもそれに続いた。

 やがて商隊の背中が見え始め、二人は日が落ちるとほぼ同時に宿駅に到着した。

次回、エリィとストラグルは、ひょんなことから魔物退治を引き受けることになり……。

「第3章 黒髪の射手」

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