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第19章 月下の死闘

 ヴォルトレイドの前で、彼に抱え込まれるようにして馬上に跨がるアルサスは、事件資料から読み取った話を続けていた。


「記録を読むと、現場に常に一番乗りしていたのは、リッジレイ隊長だったんだ」

「だから……」


 ヴォルトレイドの頬を汗が伝う。


「そう、恐らく、狂戦士(バーサーカー)の正体は彼だ。これだけの事件を起こし、殺戮を繰り返しておきながら、騎士団に尻尾も掴ませないなんて、どう考えてもおかしい。でも、犯人――狂戦士が騎士団の中にいたというなら、話は別だ」

「しかし、リッジレイが狂戦士なら、すぐに自分が犯人だと気付いていたはずじゃないか? 狂戦士化(バーサーク)中は自我を失っているんだとしても、それが解けたら、何体もの死体が転がる血の海に、自分も返り血で真っ赤になって立ち尽くしてるわけだろ。絶対に事情を察するはずだ」

「それは、街を恐怖に陥れている狂戦士の正体が、自分だと知っていて、そのことを黙っていたのか……」

「とんでもねえやつだな。仮にも騎士団長の座に就いていながら……」

「そうだね。もし、そうなら、リッジレイは稀代の極悪人ということになる」

「アルサスくん!」と併走する馬上から、エリィが、「私には信じられない。二回ほど話をしただけだが、リッジレイ隊長は騎士団長に相応しい、誠実で正義感あふれる人に、私には見えた。そんな人物が――いくら狂戦士化は自分の意志ではないとはいえ――何人、何十人もの市民を殺戮しておきながら、そのことを黙っているとは……」

「僕も、そう思います。リッジレイ隊長のことは僕も知っていますが、とてもそんなことをする人だとは思えない。そんな状態に置かれたとしたなら、リッジレイ隊長は必ず自首するでしょうし、場合によっては、責任を取って、自ら死を選びもするのじゃないかと……」

「だが」とヴォルトレイドが、「狂戦士の正体はリッジレイ。それがお前の見立て――推理なんだろ?」

「そう……だから、それとも……」

「それとも?」

「もしかしたら、リッジレイ隊長が変化した狂戦士は、自我、というほどのものじゃなくても、ある程度の知性を持っているのかもしれない」

「知性? 狂戦士がか?」

「そう。いわば、“狂戦士としての人格、知性”。やっかいなのは、リッジレイ隊長本人の人格は、自分が狂戦士であることを知らないけれど、狂戦士としての人格のほうは、自分が普段は騎士団長のリッジレイであるということを知っているってことだ。つまり、狂戦士の人格が、普段の人格の上位に置かれている」

「どうして、そう言い切れる?」

「一連の犯行から、リッジレイが犯人であるという物証が、見事に隠蔽されているからだよ。狂戦士はたぶん、犯行を終えると、誰にも見られない場所に移動して、剣や鎧に付いた血を洗い流し、狂戦士化する一歩手前の状況にリッジレイを置いたうえで、狂戦士化を解いているんだ。すると、どうなるだろう」

「現場はすぐ近くなんだから、まず、死体を最初に発見するのはリッジレイ、ということになるな……」

「そう、リッジレイ隊長自身は、まさかその殺戮の犯人が自分だとは、夢にも思わない」

「確かに……」

「僕がそう考える根拠は、四件目の事件にもある」

「どういうことだ?」

「僕たちとみんなが初めて出会った宿駅での話を思い出してほしい。四件目の犯行直後、追い詰められた狂戦士は、門番を殺して城門を開け、さも自分が壁外に逃げたように騎士団を欺いたのだろうと、僕は推理した」

「――そうだった! 狂戦士が自我を持っているなら、自分が壁の外に逃げたと思わせるような、高度な策略をとることも可能ってわけだ」

「うん、リッジレイ隊長は、普段は騎士団長であるという立場を、狂戦士の人格に利用されているんだ……」


 詰所へと取って返した五人は、留守番の騎士にアルサスの推理を話し、今夜の見回りでリッジレイが担当している地区を聞き出し、さらに残っていた馬を借り受けた。アルサスとエリィの説得と、ストラグルとヴォルトレイドの脅し、どちらがより効果を発揮したのかは分からない。


「それにしても……」とヴォルトレイドが、「なんでリッジレイは、女性が黒髪の恋人同士を見ると、狂戦士化してしまうんだ?」

「それについては、まったく分からない……」


 アルサスは、そう答えるしかなかった。



 リッジレイには恋人がいた。星々を浮かべた夜空がそのまま地上に降りてきたかのような、吸い込まれそうな黒髪を持つ女性だった。リッジレイはその女性を強く愛し、彼女もまた、リッジレイのことを大切に想っていた。だが、彼女はリッジレイと愛し合いながらも、彼とは違う別の恋にも落ちていた。道ならぬ恋に。

 リッジレイがその“現場”を目撃してしまったのは、まったくの偶然からだった。隣州セントリアの首都セントリアネスへ騎士団会合のために赴く途中、早馬の伝令により会合が中止になったことを知らされた。セントリアネス騎士団が急遽、王からの特命を受けて遠征に出向かねばならなくなったためだった。ベッケニアへと引き返したリッジレイは、恋人の驚く顔を思い浮かべた。はるかセントリアへ行き、半月は帰らぬと思い込んでいる自分が、わずか二日で姿を見せたならば、どんなにか驚くだろうと。突然の帰還を悟られぬよう、足を忍ばせて家へと近づいたリッジレイは、寝室の窓から見てはいけぬものを見てしまった。恋人が、何者かとベッドを共にしていたのだ。しかも、その相手は、リッジレイも慕っていた、近くに住む彼女の実兄(じっけい)

 その日を境に、リッジレイの頭から恋人と、その兄の記憶は消え失せた。その兄妹が突然いなくなったことも、二人には他に肉親がいなかったせいもあり、誰も気にするものはなかった。

 リッジレイは夢のように微かに憶えていた。自分が若い男女二人を惨殺し、その死体を人里離れた山中に埋めたことを。だが、そのおぼろげな記憶も、時とともに消え去っていった。



 先に狂戦士が動いた。驚異的な跳躍力でもって石畳を蹴り、助走もなしに約十六フィート(五メートル)もの距離を、ひと跳びで縮めてきた。


「――!」


 狂戦士の全体重を乗せた重い一撃が、ストラグルの盾を、鎧を、体全体を震わせる。

 ストラグルは、狂戦士の軸足を蹴り払うと同時に盾で押し返す。バランスを崩した敵は、後ずさりながら数歩たたらを踏む。そこへ長剣の追撃が浴びせられた。頭部、左腕、腹部へと、ストラグルは計三発の剣撃を叩き込む。その全てが致命傷とはならないまでも、これだけの連撃を受けては、まともに立っていられる道理はない……相手が普通の人間ならば。

 狂戦士は立っていた。傷口から鮮血を流しつつも、狂気に染まった紅い目を向け、再びストラグルに跳びかかろうと膝を曲げ、体勢を低くしていた。


「化け物め……」


 ストラグルは、両手持ちにした長剣を構え直した。

 狂戦士の連続攻撃がストラグルを襲う。片手で無造作に握り、やたらめたらに振り回してくる剣撃は人間離れした速さだ。ストラグルが長剣を一度振るう間に、狂戦士は二度や三度も剣を振ってくる。手数の圧倒的な差から、ストラグルは防戦一方に回らざるを得なくなっていた。

 ――そこに風を切る音。狂戦士の首筋を一本の矢が貫いた。「がっ……」という呻き声とともに動きが止まる、その一瞬をストラグルは見逃さない。水平に構えた長剣を突き出し、狂戦士の腹部――狙い澄ましていた鎧の隙間――に突き刺した。両手持ちの力に加え、カウンター気味に入った長剣は、その切っ先を背中側に貫通させた。


「ストラグル!」


 馬上で弓を構えたヴォルトレイドが駆けてきた。手綱を引いて馬を止めたヴォルトレイドは、同乗させていたアルサスを降ろす。


「無事か?」


 そのすぐ後ろからエリィの馬も駆けてきた。馬が完全に停止しないうちに、同乗していたディーダは(あぶみ)を蹴って地面に着地した。


「……くたばったか?」狂戦士の腹部を貫いた長剣を引き抜こうと、ストラグルは握っている柄を引いたが、「――?」


 頭上からの月明かりが遮られたことにストラグルは気付いた。見上げると、振り上げられた狂戦士の剣が月に重なっていた。柄を離してストラグルは横に飛び退く。一瞬前までストラグルのいた空間に、狂戦士の剣が振り下ろされ、剣先が石畳を砕いた。さらに――間髪入れず横に振るってきた剣を、ストラグルは(かわ)しきれなかった。切っ先が腹部を裂き、鮮血がほとばしる。


「ストラグル!」


 ヴォルトレイドが放った二本目の矢は、真正面から狂戦士の首に突き立った。エリィは降馬し、ストラグルのもとに走る。


「大丈夫か?」

「俺はいい!」駆け寄ってきたエリィに叫ぶと、「ヴォルトレイドを援護しろ!」


 屈み込んで腹部を押さえているストラグルの声に、エリィは鎚矛(メイス)を構えて狂戦士のほうを向いた。腹部を長剣、首筋を前後から二本の矢に貫かれつつも、狂戦士は平然と立ち続けていた。


「ちまちま矢を当てたところで、埒が開かないみたいだな……」


 ヴォルトレイドは武器を小剣(ショートソード)に持ち替えて地上に降りた。ディーダも二刀流の短剣(ダガー)を逆手に構え、エリィの横につく。

 戦士(ファイター)僧侶(クレリック)盗賊(シーフ)の三人に扇状に囲まれた狂戦士は、獣が喉笛を鳴らすような低い唸り声を上げた。

 ――そこに悲鳴が響いてきた。近くの共同住宅の玄関口に立つ女性からのものだった。手にはランタンを提げ、他に複数名の男女の姿も見える。戦いの物音を聞きつけ、何事かと思い出てきたのだろう。


「危険です! 中に入って――」


 エリィが叫ぶと同時に、狂戦士は走り出した。その方向は……。


「なにっ?」


 ヴォルトレイドが目で追う。狂戦士が向かったのは共同住宅の玄関口だった。


「――まずい!」駆け寄ってきたアルサスが、「あの人!」


 玄関口を指さす。そこには――恐らく悲鳴を上げた本人だろう――若い女性の姿があった。その髪は、艶やかな黒色をしている。事情を察したヴォルトレイドとディーダも走る。無論、エリィも続いたが、


「エリィはそいつの手当てを!」


 ヴォルトレイドの声で足を止めた。


「あいつ、余計なことを……」


 ストラグルは立ち上がろうとしたが、すぐにしゃがみ込んでしまう。


「ストラグル!」駆け寄ったエリィは、「見せてみろ!」


 腹部を押さえていた手をどかせ、月光にさらした傷口を見ると、


「全然よくないじゃないか! 寝ろ!」


 ストラグルを石畳に横たえさせると、傷口を両手で押さえ、神への祈りの言葉を唱え始めた。その両手から溢れた淡い光が、傷口を塞いでいく。


「……あまり強がるな」


 外傷治癒ヒール・オブ・ウーンズの光が、憂いを帯びたエリィの表情を浮かび上がらせる。


「……ああ」


 荒い息を漏らす合間に、ストラグルは呟いた。



 突如向かってきた狂戦士に、住人たちは口々に悲鳴を上げながら、出てきた玄関から建物内に逃げ込み始めた。が、パニックをきたし全員が一斉に出入口に殺到して、押し合いになってしまう。その背後に狂戦士が迫る。

 ディーダは短剣を投擲した。一本は石畳に跳ねたが、もう一本は狂戦士の膝裏に突き刺さり、その足を止まらせた。そこへヴォルトレイドが追いつく。


「落ち着け! ひとりずつだ!」


 狂戦士を羽交い締めにして、ヴォルトレイドは叫んだ。その声で落ち着きを取り戻した住人たちは、順番に玄関をくぐっていく。


「……も、もう限界だ……」


 ヴォルトレイドの拘束を狂戦士は力づくで振り切った。住人の最後のひとりが入っていった玄関に向かって突進を再開する。すぐさまヴォルトレイドも追い、二人は続けて建物内になだれ込んでいった。ディーダもそれに続く。


「まずいな……」


 剣を結び合う音、住人の悲鳴、喧噪が漏れ聞こえてくる共同住宅を見て、アルサスは呟いた。

 音が響く位置は、徐々に上階へと移動していき、やがて、壁越しのくぐもった音ではなく、戦闘音が(じか)に聞こえるようになった。三階建て建物の屋上に、ヴォルトレイドとディーダが狂戦士を誘導したのだった。


「こんなにしぶとい狂戦士とやるのは、初めてだ……」


 屋上に立ち、ヴォルトレイドは荒い息を吐きつつ呟いた。

 狂戦士の強さは、すなわち変身元の強さの水準(レベル)に比例する。騎士団長を務めるほどの男、リッジレイが狂戦士化したとなれば、その戦闘力は推して知るべしといえた。

 相対する狂戦士は、住居屋内での戦闘により、さらに数箇所の刀傷を付けられていたが、その動きには微塵も衰えが見られなかった。対するヴォルトレイドのほうは、腕、脚など複数箇所に、致命的には至らずも、戦闘力が低下するには十分なダメージを負ってしまっていた。その横に立つディーダはほぼ無傷だったが、これは狭い屋内では一対一の戦闘を余儀なくされてしまい、彼女自身が狂戦士と戦う機会がなかったためだ。


「ヴォルティは休んでて」


 建物に入る前に拾ってきた短剣一本を構え、ディーダが前に出る。


「何だよ、いきなりフランクな呼び方するんじゃねえよ……。大丈夫だよ。何のために広い屋上に連れてきたと思ってんだ……」

「分かってる。ここなら、二対一で思う存分戦える」

「頼むぜ……」


 笑みを浮かべたヴォルトレイドだったが、小剣を構える手は全身の痛みに震えていた。そこに――


「ディーダ!」下から声が響いた。アルサスの声だった。「火口(ほくち)箱を!」


 ヴォルトレイドが目で促し、ディーダは背負い袋を下ろすと中身を漁り始める。狂戦士が跳びかかったが、その突進は間に入ったヴォルトレイドが受け止めた。雑多な品を屋上にまき散らし、「あった!」ディーダは目当ての火口箱を見つけ、屋上の(へり)から投げ落とした。



 落下してきた火口箱を受け止めたアルサスは、落ち葉や枯れ枝をかき集めると、箱から取り出した火打ち石を叩き合わせて着火を始める。


「エリィさん!」


 ストラグルの治癒中だったエリィは、アルサスに呼ばれた。


「待ってくれ! まだ――」

「行け……」


 ストラグルが、エリィの腕を掴み、自分の腹部から離させた。傷は見た目以上に深く、治癒魔法でもまだ塞げていない。


「俺はもういい……だいぶ痛みも引いた。あいつのところに、行け……」

「しかし――」

「あのガキには、何か必勝の策があるはずだ。それにお前が必要だっていうなら……そっちを優先させろ……」

「……分かった」


 エリィは、手を離した傷口にタオルをあてがうと、「がんばれ」と声をかけてから、アルサスのもとに走った。


「アルサスくん!」

「エリィさん、手伝って」

「手伝うって……何を?」


 アルサスの足下では、すでにたき火のように落ち葉が燃えていた。


「……これくらいでいいか」


 アルサスは靴で踏みつけて火を消すと、黒い灰の中に両手を突っ込んだ。


「な、何を……」

「協力して。あいつを倒すため……」


 引き抜かれたアルサスの両手は、灰で真っ黒に染まっていた。

次回、狂戦士との戦いに決着。そして……。

「第20章 炎と影」

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