第14章 大魔導師の噂
その日の六時課の鐘(約正午)が鳴る前に、エリィたちはベッケニアの西城門をくぐった。警備騎士団の話では、昨夜遅くにここの門番が狂戦士の手により殺害されたのだという。二度と同じことが起きないよう警戒しているのだろう、門の詰所には、常駐している門番の他に二名の警備騎士の姿もあった。
州都ベッケニアは、クラドナ州のほぼ中央に位置する。ここから東に、チェスターから来たのと同じ程度の道のりを進めば、ソルスタロン連邦国の首都、セントリーア州国に入ることが出来る。
取った宿に装備品と馬を預けると、エリィたちは近くの酒場に入った。
「いや、チェスターも凄かったが、話通り、ここベッケニアはそれ以上だな」
興奮冷めやらぬ口調でエリィが言った。
「お前、また街に入るなり、きょろきょろしてたな。田舎者丸出しで」
「実際に田舎者なんだから、仕方ないじゃないか」
ストラグルの言葉に口を尖らせながら、エリィは運ばれてきたビールを喉に流し込んだ。全員がとりあえずと、ひと口ずつ飲み物で喉を潤すと、
「魔法使いの件だが、どうする? ここで捜すか?」
ヴォルトレイドが話を切り出した。
「ああ、俺もそれがいいと思う。このベッケニアを出たら、魔法使いがいそうな大きな町なんて、もうセントリアネスしかなくなる。いくらなんでも、敵のお膝元でこちらに協力してくれる魔法使いを捜すのは難しいだろ」
「おい、別にセントリーア州国は、我々の敵じゃないぞ」
エリィがストラグルの言葉尻を捉えた。
「それは分かってるけどよ。どうも気持ちの据わりが悪いじゃねえか」
「まあ、言えるわな」とヴォルトレイドも同意して、「セントリアネスで魔法文字の解読を頼んだら、どこからそのことが漏れて、セントリーア王家の耳に入るか分からん。そこへ行くと、ここクラドナは、ソルスタロン連邦が出来る前は、セントリーアとライバル関係にあった国だ。情報がセントリーアに漏れる心配も少ないと思う。それどころか、内容如何によっては、高値で売れるかも――」
「ヴォルトレイド!」
「冗談だよ、冗談……」
エリィに、きっ、と睨まれて、黒髪の戦士は小さくなってグラスを口に運んだ。「まったく……」とエリィもビールをひと口飲んでから、
「そうなると、なるべく信用の置ける人でなければならないな。まあ、魔法使いなんて、社会的地位の高い人ばかりだから、おいそれとおかしな人に巡り会う確率は高くないと思うけど」
「甘いぜ、エリィ、前にも言ったが、魔法使いには変人が多い。よく吟味しないと駄目だぜ」
「そうそう、ストラグルの言うとおり」
二人の戦士は同時に、うんうんと頷いた。
「そこで、考えたんだけどな」とストラグルは、「街で一番年寄りの魔法使いに依頼するのがいいと思う」
「どうしてだ? 年齢と信用度は、必ずしも比例しないと思うが」
「秘密を知られても、どうせすぐにお迎えが来るだろ――痛っ!」
ストラグルはテーブルの下でエリィに脚を蹴られた。
「とりあえず、街にどんな魔法使いがいるのか、聞き込みをするのが先決だと思う」
ヴォルトレイドが言うと、「そうだな」とエリィは立ち上がり、
「よし、二手に分かれて聞き込みに廻って、九時課の鐘(約午後三時)が鳴ったら、またここに集合することにしよう。行くよ、ディーダ」
「ん」
都会でしか口に出来ないような、珍しい菓子を一心不乱に頬張っていたディーダは、最後のひと切れを口に放り込むと、ぴょこんと椅子から飛び降りる。ヴォルトレイドは、未だ脚を押さえているストラグルを引きずって酒場を出た。
「えっ? ダンバルフって、あの大魔導師のダンバルフ老ですか?」
エリィが聞き返すと、通行人は頷いた。
魔法使いについての聞き込みを開始したエリィとディーダは、すぐに情報を得ることが出来ていた。通行人の口から聞かれた魔法使いの名を、エリィはもう一度復唱して、
「ダンバルフ老が、このベッケニアにお住まいなのですか?」
「ああ、ひと月くらい前からだね。ダンバルフはここの出身だから、セントリアネスで王宮魔導師長の職務を定年で終えて、故郷に帰ってきたらしいよ」
エリィの隣では、ディーダも、ほほう、という顔をしている。
冒険者ではなく、また、その関連稼業にまったく無関係の人物であっても、かつての「大冒険者時代」に活躍した魔法使い、大魔導師ダンバルフの名を知らないものはいないだろう。その名を一躍世に知らしめたのは、魔神フィアトロナスの復活を目論んだ邪悪魔導師クルーエルドとの戦いだ。ダンバルフは、悪の魔導師の野望を討つべく結成された六人の冒険者パーティ“ジャスティスオーダー”の一員であった。戦いの中、メンバーのひとりである斥候、“蒼き疾風”ザンブルが命を落としたものの、ジャスティスオーダーは見事クルーエルドを討伐し、邪神の復活を阻止した。その活躍は各所で語られ、生き残った他の四人のメンバーとともに、その存在は生ける伝説と化している。
「そのダンバルフ老には、どこへ行けばお目にかかれるか、ご存じありませんか?」
「城壁の外にある郊外の屋敷に住んでるって話だね」
「壁内には住んでいらっしゃらないのですね」
「ああ、今は昔と違って、城壁の外でもそんな危険なことはないし、なにせ、あの大魔導師だからね。魔物か悪人が来ても、火球一発で消し炭にしちゃうでしょ。あんたら、ダンバルフ先生に何か用事でもあるの?」
「ああ、いえ……」
「ははあ、さては、弟子入り希望かな? それなら無理だと思うよ。あの爺さん、もう弟子も取らずに、俗世間からは身を引いて完全引退する腹づもりらしいからね。ここに帰ってきたときに、市長が何か官職に就いてもらおうとお願いに行ったんだけど、やんわりと断られたそうだし」
「引退ですか……。ありがとうございました」
最後にダンバルフが住む屋敷の場所を訊き、通行人と別れたエリィは、「これで決まったね」とディーダを見た。
「エリィ、ダンバルフに会いに行くの?」
「もちろん。これほど信用の置ける魔法使いは他にいないでしょ」
九時課の鐘(約午後三時)が鳴る少し前にエリィとディーダが酒場に入ると、ストラグル、ヴォルトレイドの二人はすでに戻ってきていた。
「二人とも、聞いてくれ――」
「大魔導師だろ」
エリィに最後まで言わせぬまま、ストラグルが声をかぶせてきた。
「やっぱり、そっちもか」
「ああ。誰に聞き込みをしても、『魔法使い』ってこっちが口にしただけで、異口同音に伝説の大魔導師の名前を返されたぜ」
「じゃあ、決まりだな」
と言ってエリィがビールを注文すると、
「おいおい、待てって」とヴォルトレイドが口を挟み、「本気か?」
「何が?」
「本気でダンバルフに、あの魔法文字の解読を頼む気なのか?」
「問題ないだろ。ダンバルフ老ほど信用できる魔法使いは、いない」
エリィが答えると、黒髪の戦士は考え込むような顔をする。
「何だ、ヴォルトレイド。不服なのか?」
「だってよ、ダンバルフは、ついこの間まで王宮魔導師長の職に就いてたんだろ? ある意味、セントリアネス側の人間だ」
「もう官職からは身を引いているだろ」
「だがな……それに、そもそも会ってもらえるか? 相手は生ける伝説級の人間だぞ。俺たちみたいなのが、いきなり押しかけても……」
「ああ、それは考えていなかった……」
運ばれてきたビールをひと口飲んでから、エリィも思案する表情になる。
「改めて、別の魔法使いを捜したほうがいいって」
「うーん……ストラグルは、どう思う?」
「俺か?」と話を振られた茶色い髪の戦士は、「俺は、賛成だな」
「どうして?」
「会うだけ会ってみりゃいいじゃんか、駄目もとで。それに、かの大魔導師なら、俺が言ってた条件にもばっちり合致する」
「条件って?」
「ダンバルフって相当な爺さんだろ。秘密を知られても、どうせ老い先短いから――痛っ!」
ストラグルはテーブルの下でエリィに脚を蹴られた。
「爺さんが死ぬ前に、秘密が王宮に漏れたらどうすんだ」
脚を押さえてうずくまるストラグルにヴォルトレイドが訊いた。
「その心配はないと俺は見るね」
「どうして?」
「だって、俗世間を離れた完全隠居を決め込んでるんだろ。定年っても、彼ほどの実績と名声、実力の持ち主なら、絶対に王宮側からの引き止めはあったはずだ。それを断って引退したってんなら、王宮や王家のことには、積極的に関わりたくないって思ってるんだろうぜ」
「それは言えてるかもな」
「そうと決まれば、さっそく行くか」
ジョッキに残った最後のビールを喉に流し込み、ストラグルが立ち上がったが、
「待て」と、エリィが制して、「これから、ダンバルフ老がお住まいの屋敷まで行くとなると、到着は日が落ちる時分になってしまう。そんな夜中に押しかけては礼を失する。訪問するのは明朝にしよう」
全員が異論はないと答え、四人は宿に戻って就寝した。
翌朝、起床したエリィたちは朝食を済ませると馬に乗り、大魔導師ダンバルフの屋敷を目指して城門を出た。左右に田畑や林、あるいは川を望みながら、四人が騎乗する三頭の馬は街道を闊歩していた。
「この脇道だな」
先頭を進んでいたエリィは、昨日聞いていた、屋敷へ向かう道筋へと馬を向かわせる。左右を木々に挟まれた狭い林道をしばらく進むと、やがて一軒の屋敷が見えてきた。
屋敷の前に馬を繋いだ四人は、門をくぐって玄関の前に立ち、代表してエリィが扉に備え付けられたドアノッカーを叩いた。
「ごめんください」
ノックのあとにエリィが声を掛けるが、返答はない。
「留守なのかな……」
呟いたエリィが、もう一度ノッカーを叩こうとした、そのとき、物音が聞こえてきた。だがそれは屋内からではなく、四人が来た林道のほうからのものだった。馬の蹄鉄が地面を叩く音が近づいてくる。しかも、一頭や二頭のものではない。振り向くと同時に、林の木々の向こうから数頭の馬と、それに騎乗する鎧の騎士たちが姿を見せた。独特の青い鎧、警備騎士団だった。先頭を走る騎士は、エリィたちの姿を確認すると馬速を上げて迫り、扇状に四人を取り囲んだ。エリィたちは、数人の騎士たちと屋敷とに挟まれる形となった。
「何だ、お前ら!」
ストラグルが声を上げ、他の三人の目にも緊張の色が走った。警備騎士たちが紋章入りの剣を抜いたためだ。先頭を走っていた騎士は降馬すると、剣先を四人に向けたまま一歩進み出て、
「ここで何をしている」
声を掛けてきた。その声を聞き、顔を見たエリィは、
「あなたは、昨日、宿駅で会った……」
その騎士は、宿駅でエリィたちを尋問した若い警備騎士マックだった。マックは、エリィの言葉には耳も貸さないように、
「一緒に来てもらおう」
と他の騎士たちに何かしら合図するように顎をしゃくった。騎士のうち半分は剣を構えたまま、残る半分は腰に提げた袋から捕縛用の縄を取り出して、エリィたちに迫る。
「何だ? やんのかてめえら――」
「待て!」
ストラグル構えた拳をエリィが下ろさせた。ストラグルをはじめ、皆の装備品は宿に預けたままのため、今の四人は丸腰だ。唯一、武器を所持していたディーダが腰から短剣を逆手に抜いたが、エリィは慌ててそれも収めさせ、
「いったい、何がどうしたというのです?」
マックに事情の説明を求めた。若き警備騎士は、エリィたちの顔を順に見回して、
「お前たちに殺人容疑がかかっている」
「何ですって?」
「チェスターからコンバロまでの街道で、三体の死体が発見された。お前たちが、その三人を殺して金品を奪うのを目撃したという、市民からの情報も入っている」
「――そ、それは違います!」
「何が違うというのだ」
「彼らは何者かに雇われた傭兵です。一方的にこちらが襲撃を受けたのです。正当な防衛行為が成り立つはずです」
「ああ、それに」とストラグルが言葉を受け取り、「チェスターからベッケニアまでの街道で戦ったとき、そいつらはすでにゾンビにされていた」
「……ゾンビだと?」
マックの顔がストラグルに向く。
「ああ、間違いない。どこかの魔法使いの仕業だ。俺たちは最初、アークム、チェスター間の街道でそいつらに襲われている。そこで俺たちが倒した傭兵の死体をゾンビ化させて、もう一度襲わせたんだ」
「それを証言できる第三者はいるか?」
「……いねえよ。俺たちの他には誰もいなかった」
「それに、傭兵と言ったな」
「ああ」
「死体は全員、一般の市民と見られている。傭兵らしい装備は一切身に着けていなかった。無論、武器の所持もな」
「なんだって?」
目を見張る四人の前で、マックは鞄から取り出した書類に目を落とし、
「酷いことをするな。ひとりは首を撥ねられ、ひとりは左腕を斬りおとされている……」
彼が見ているのは死体の検案書だった。
「エリィ、これは……」
ヴォルトレイドが赤い髪の僧侶と目を合わせた、エリィは頷いて、
「ああ、罠だ。ゾンビを作った魔法使いが、傭兵の装備を剥いで普通の服を着せて、警備騎士団に知らせたんだ。まるで、我々が強盗を働いたかのように偽装して……」
「さあ、もういいだろう」とマックは、「我々は、目撃者からお前たちの外見を聞き、お前たちらしい奴らがダンバルフ老の屋敷を捜していたという情報を得て、こうして向かってきたというわけだ。偉大な大魔導師の邸宅前で無粋な真似はしたくない。おとなしく街まで戻ってもらうぞ。まったく、狂戦士でこそなかったが、やっぱりお前たちは怪しい集団だったんだな。あのとき捕まえておくべきだった」
「何だと……!」
息まいたストラグルの前に、騎士の剣の切っ先が突きつけられた。
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
後ずさったエリィの背後で、玄関扉の開く音がした。
「……何ですか。騒々しい」
開いた扉の隙間から顔を覗かせたのは、輝くようなブロンドの髪を持つ、ひとりの少年だった。
「あっ! 君は……」
エリィは、マックに引き続き、見知った顔をそこに見た。扉の枠に手を掛けて、ひょっこりと顔を出しているのは、宿駅で出会った、アルサスと名乗った少年だった。
次回、またもアルサスの推理で嫌疑を晴らされたエリィたちは、大魔導師ダンバルフとの対面を果たす。
第15章「大魔導師との対面」




