第13章 魔法使いの少年
「どういう意味だ、貴様」
若き警備騎士マックは少年に詰め寄る。
「やめろ」
と、すぐに隊長のリッジレイが間に入り、マックを引かせた。騎士団隊長は少年に向くと、
「君、どういうことかな。ここには狂戦士がいない、という根拠でもあるのかな」
目を見て訊いた。リッジレイはマックを超える長身のため、本来であれば彼以上に少年を見下ろす格好となるのだが、隊長は腰を屈め、少年と目の高さを合わせていたことで、両者は真正面から視線を交わす形となっていた。
「話によると」と少年は、「騎士団の皆さんは昨夜、馬で狂戦士を追ったんだよね」
「そうだ」
「であれば、狂戦士のほうも馬に乗っていたはず。でなければ、西門を出た皆さんは、すぐに相手に追いつけていたはずだろうから」
「ああ、我々もそう考えている」
「可能?」
「どういうことかな?」
「クラドナ州都ベッケニアの警備騎士団が駆る騎馬の追走から逃れるというのは、並大抵のことじゃないよ。相手が先行していたのだとしても、すぐにその差は埋められていたはず。違う?」
「……そうかもしれないな」
「にもかかわらず、狂戦士はまんまと騎士団の追走を躱しきった。騎士団の皆さんは、ここに来るまでの間に、相手の姿を少しでも目撃した?」
そこでリッジレイは食堂にいる騎士の面々に、「どうだ?」と問いかけた。真っ先に答えたのはマックだった。
「いえ、見ていません。我々の視界に入るくらいの距離まで追い詰めることが出来ていたら、決して逃しはしません。その少年の言うとおり、すぐに追いついてみせましたよ――」
「ということは」と少年はマックの声にかぶせるように、「皆さんが追っている狂戦士は、騎士団の追撃を寄せ付けないほどの馬術の技量を持ち、かつ、駆っていた馬も騎士団の騎馬にも劣らない名馬だったということになる――」
「そんなことはあり得ない!」
今度はマックが、少年の声に自分の怒声をかぶせた。
「……あの、いいですか」
手を挙げたエリィは、「どうぞ」と発言を促されたが、その言葉を発したのは、リッジレイでもマックでもなく、金髪の少年だった。いちおう、リッジレイの顔を見てから、エリィは、
「西門からこの宿駅に来るまでの間に、狂戦士は街道を逸れた森の中にでも逃げ込んで、騎士団をやり過ごしたということは考えられないでしょうか?」
「……いや」とリッジレイは、「西門からここに至るまでの街道沿いは、北側は確かに森だが、木々が密集した迷路のような森で、とても馬で入り込めるような場所ではない。南側は広い川だから、そちらに逃げ込むのも無理だ。しかも我々は、騎士団所属の魔法使い二人による“明り”の魔法で街道を照らしながら追跡していた。途中で相手、しかも馬の乗った人間を見逃すとは考えられない、よしんば、やつが森や川に入ることが出来たのだとしても、その痕跡も見落とすことはないだろう」
「そうだ」と再びマックが、「だから、そいつはここに逃げ込んだに違いがないんだ!」
「どうして? ここから更に先の街道や、村道に入って村に逃げ込んだ可能性もあるんじゃ?」
少年が質した。その疑問にはリッジレイが、
「いや、それは無理だろう。馬が保たない。訓練された我々の騎馬でも、この宿駅まで全速力で駆けてくるのが精一杯だった」
「そういうことか。じゃあ、犯人が乗ってきた馬は、どこにいるの?」
「ここの馬小屋に繋いだに決まっているだろ!」
マックが叫んだ。
「確認したの? 宿泊客や従業員のもの以外に、余計な馬がいるかどうか?」
「皆さん、馬小屋まで同行していただけますか」
リッジレイの声で、集められた人たちは馬小屋へ向かった。
「馬の数は合っています」
主人がリッジレイに報告した。宿泊客が申告した馬に従業員たちの持ち馬を合わせた数は、馬小屋に繋がれた馬たちとぴたりと一致していた。無論、別の馬にすり替わっているということがないことも確認された。
「どう?」と少年はリッジレイに向かって、「騎士団の追走を振り切ったということは、犯人の狂戦士は必ず馬に乗っていたはず。だけどここには、犯人が使ったと思われる馬はない。途中で乗り潰して徒歩で逃げたのだとしても、その馬がいない。乗り潰された馬なんて、しばらくは立てもしないから、追跡の途中で必ず皆さんが発見したはず」
「じゃあ、あの狂戦士は、馬を使わずに逃げたということか?」
マックが呟いた。
「魔法?」と、エリィが、「その犯人は、魔法を使えたのかも。瞬間移動とか」
「魔法を使える狂戦士なんて、聞いたことないよ」少年はその説に疑問を呈して、「だいいち、テレポートが使えるのであれば、門番を脅して門を開けさせる必要が、そもそもない」
「ここまで逃げてきてから、馬ごと瞬間移動したとか?」
「自分と馬を丸ごと瞬間移動って、相当な使い手だね。だけど同じことだよ。瞬間移動できるのであれば、やはり、ここまで逃げてくる必要自体がない」
少年の言葉に皆は黙った。その沈黙を破ってリッジレイが、
「犯人は、瞬間移動を使ったのではない。かといって、馬で逃げたのでもない……」
「どういうことなんでしょう?」
冷や汗を流しながらマックが訊いた。
「騎士団の皆さんは、まんまと罠に嵌ってしまったんじゃない?」
「なに?」
マックは鬼のような形相で少年を向く。が、ここでもリッジレイが彼の肩を叩いて制すると、
「罠、とは、どういうことかな」
「簡単なことだよ。西門に行った犯人は、門番を脅して門を開けさせてから彼を殺す。そして、そのままどこへも逃げなかった」
「何だって?」
マックが、この日何度目かの叫び声を上げた。少年は冷静な目でマックを見ると、
「犯人は、さも自分が西門から逃げ出したように見せかけて、何食わぬ顔でベッケニアの街中に戻ったんだ。きっと、騎士団が血相を変えて門から飛びだしていくのを、笑いながら見ていたんじゃないかな?」
「……くそっ!」
やり場のない怒りをぶつけるかのように、マックはブーツで地面を蹴った。舞い散った草と土が朝焼けに照らされる。
それからすぐに警備騎士団は宿駅から撤収し、ベッケニアへと戻っていった。エリィは、街道に小さくなっていく騎士団の騎馬群を見送っている。ストラグルたちは、騎士団からの扱いに文句を言い続けながらも、さっそく朝食にありついていた。騎士団を見送っていたのは、エリィの他に、もうひとり。
「先ほどは、見事でしたね」
エリィは、自分の隣に立つ少年に声を掛けた。「えっ?」とエリィを見上げた少年は、
「あんなの、どうってことない。ちょっと考えたら分かることだよ」
「そんなことはありませんよ。とても勉強になりました」
エリィは頭を下げて微笑んだ。少年は頬を赤らめて視線を外すと、「そろそろ朝食を……」と宿駅に戻り始めた。
「あの」とエリィは少年を呼び止めると、「私は、アークム村の僧侶、エリィと言います。よろしければ、お名前を」
立ち止まって振り向いた少年は、
「アルサス。ベッケニアに住んでいる、魔法使い見習い」
まだ若干頬を染めたまま、ちょこんと頭を下げると、宿駅に向かって走った。
「魔法使い……」
少年の小さな背中を見つめながら、エリィは呟いた。
食堂にエリィが戻ると、そこにアルサスと名乗った少年の姿はなかった。一旦部屋に戻ったようだ。先ほどまでのアルサスは、寝ているところを警備騎士団に叩き起こされたためだったのだろう、シャツに丈の短いパンツだけという、いかにも押っ取り刀で駆けつけたような慌ただしい格好だった。ストラグルたちに加わり、自分も朝食を頼んだエリィは、
「さっきの少年、見たか?」
他の三人に訊いた。「階段を上がっていったよ」と、パンを囓りながらディーダが答えた。エリィは、階段にちらりと視線を向けてから、
「彼、魔法使いの見習いだそうだ」
「魔法使いか、どうりで」ヴォルトレイドは納得したような声を上げて、ひと口スープをすすってから、「見た目は子供だけど、恐ろしく頭が切れてたもんな」
「何だか、生意気なガキだったな」
「ストラグル、そんな言い方はないだろ。彼がいなかったら、あらぬ疑いをかけられて、私たちはもっとここに足止めくらっていたかもしれないんだぞ」
エリィが、茶色い髪の戦士の言葉をたしなめる。
「ああ、それに」とヴォルトレイドが、「あの子の考え通りなら、狂戦士は未だベッケニアの街中に潜んでいるということになる。警備騎士団を早く街に戻すという意味でも、よかったな」
「狂戦士……か。なあ、みんな」
と口を開いたエリィに、ストラグルが、
「おい、早く食べて出発しようぜ。考え事や相談があるなら、道中にしよう」
遅れて朝食にありついたエリィ以外は、三人とも食事を終えていた。
「ああ、悪い」
エリィも食事を再開し、その間、三人は荷物をまとめて馬の準備に入った。
四人は宿駅を発ち、街道を進んでいた。昨日と同じく、ストラグルとヴォルトレイドがそれぞれ、エリィとディーダが相乗りという形で三頭の馬に分乗している。予期せぬ警備騎士団の訪問で出立が早まったこともあり、三頭の馬は人が歩くのとほとんど変わらない速度で街道を歩んでいる。
「ストラグル、ヴォルトレイド」エリィは騎上から声を掛け、「狂戦士と戦ったことは、あるか?」
二人は異口同音に、「ある」と答え、先にストラグルが、
「あれは凄いものだったぜ。“狂”戦士って、言い得て妙だなって思ったよ。あの滅茶苦茶な戦い方は、まさに“狂ってる”としか形容のしようがないね」
「同感だ」とヴォルトレイドも、「だが、その分、力の消耗も激しいんだろうな。暴れ回って体力の限界に達すると、糸が切れた操り人形みたいに、ばったりと倒れちまったやつも見たことがある」
「狂戦士って、具体的にどういうものなんだ? 怒りの精霊に取り憑かれて起きる現象だ、とは聞いたことがあるが」
「そう言われてるけど、正確には分かってないんだよ」
ヴォルトレイドはエリィの疑問に答える。
狂戦士。それは突如として発作的に発症する病のようなものだ。普段は温厚な戦士が、突然火が点いたように暴れ回り、敵味方問わず、周囲にいるものたちを無差別に攻撃する。さらに始末が悪いのは、狂戦士化したものは、人間が持ちうるそれを遙かに超える腕力、体力を発揮するようになることだ。常人離れした力で無差別攻撃を行う狂戦士が暴れ回ったあとには、往々にして凄惨な光景だけが残される。
「周りにいた人間を全員殺しちまったってのに、まだ狂戦士化が収まらなくて、死体全部をバラバラにしてしまったというやつもいたそうだ。全部で何人だったのかも分からなくなるくらい、細切れにされたって」
それを聞いたエリィは身震いして、前に座るディーダを背中から抱きしめた。今は手綱はディーダが握っている。
「加えて」と次にストラグルが、「痛みの感覚なんかもなくなるんだろうな。矢が何本も刺さって、片腕も斬り飛ばされてるってのに、全然元気に戦闘続行してたのも見たことがある。首をはねたら、さすがに死んだけど、それでも首無しの状態で何歩か歩いてから、ばったり倒れたけどな」
「……恐ろしいものなんだな」
エリィはさらに体を強ばらせる。
「ああ」とヴォルトレイドが、「狂戦士については、そうなってしまう原因も含めて、まだ分からないことだらけだそうだからな。さらにやっかいなのは、何が切っ掛けになって狂戦士化するのかも、全然解明されていないってことだ。生命の危機に追い詰められたときに発症するとか、特定の敵に遭遇したときにだけ発症するとか、同じ狂戦士っていっても、それが狂戦士化する原因は色々な事例があるって話だ。正気に戻っても、狂戦士化していたときの記憶が残っていないというケースも多いそうだから」
「そんなやつが、ベッケニアの街中に潜んでるっていうのか……」
「警備騎士団の話だと、昨夜で四度目だそうだな。そんなに犯行を重ねてるのに、まだ捕まっていないってことは、その狂戦士、余程運がいいか……」
「何だ?」
エリィがヴォルトレイドに続きを促した。
「もしかしたら、そいつ、狂戦士化を自分の意思で制御できるのかもな」
「そんなことがあり得るのか?」
「そんな話は聞いたことがないがな。通常、狂戦士は一度狂戦士化すると、体力の限界が来るまで暴れ回って、最後には気絶しちまうんだ。だから、町中で狂戦士が暴れ回ったって――まあ、被害は免れないだろうが、捕まえるのは容易いはずなんだ。犯行現場にひとりだけ生きて倒れてるやつがそうに決まってるんだからな。狂戦士の犯行に二度目はない。だが、四回も犯行を繰り返して、未だ捕まっていない、となると……」
「いい頃合いになったら、自分で狂戦士化を解いて、何食わぬ顔をして現場から立ち去っている?」
「それなら、何度も犯行を重ねられるだろ。新種の狂戦士ってわけだ」
「だ、だが、それならもう、狂戦士とは言えないんじゃないのか? 自分の意識とは無関係に暴れ回るからこその狂戦士なんだろ? 自分で狂戦士化を制御できてるってことは……」
「ああ、自分の力に酔ってる。暴れ回ることを楽しんでるだけなのかもな」
「ひどい……」
エリィは沈痛な表情になった。ディーダは、そんな彼女の顔を心配そうに見上げる。すると、ストラグルも、
「それは大いにあり得るな。あのガキの話が本当なら、その狂戦士は門を開けて自分が逃げたと思い込ませて、まんまと警備騎士団に一杯食わせたってことじゃないか。そこまで冷静になれるってことは、少なくとも、狂戦士化が解かれても、自分が何をしたかの記憶ははっきりと残ってるのかも」
「とんでもない話だな……ああ、それと、あの少年、アルサス、という名前だそうだ」
エリィは、出立した宿駅の方角を振り向いて言った。
次回、ベッケニアに入ったエリィたちは、郊外に住む老魔法使い、ダンバルフの噂を耳にする。
第14章「大魔導師の噂」




