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第12章 早朝の包囲

 思わぬ戦闘で足止めをされたものの、エリィたちはその日の日没までに宿駅に到着することができた。エリィとディーダ、ストラグルとヴォルトレイドがそれぞれツインの部屋をとると、四人は一階に下りてきて夕食にありついていた。座席は半分以上埋まっていたが、客は商人や旅人といった層がほとんどで、“冒険者”らしい格好をしているのはエリィたちだけだった。


魔法使い(マジックユーザー)のことだが」と一杯目のビールを空けてストラグルが、「どうする? どこで捜す?」

「やっぱり、ベッケニアに入ってからか」


 と、こちらはまだ半分しかビールを飲んでいないエリィが言った。次いで、二番目にグラスを空にしたヴォルトレイドが、


「そうなるだろうな。なるべく早いほうがいいし、近くのコンバロ村には魔法使いなんていないだろう」

「やっぱり、魔法使いって数が少ないんだな」

「そりゃそうさ」と、エリィの言葉に答える形でヴォルトレイドは、「魔法の勉強って、恐ろしく面倒くさいからな。まあ、自ら進んで魔法を習おうだなんてやつは、相当な変わってると言えるかな」

「な、やっぱり魔法使いは変人しかいないだろ」


 我が意を得たり、とストラグルが口を挟んだ。


「だから……あ、ご主人、ビール追加」ヴォルトレイドはカウンターに立つ宿駅の主人に注文を追加してから、「だから、優秀な魔法使いって、どこの冒険者パーティも取り合いになるんだよ」

「冒険に魔法使いって、必ずしも必要か? ――あ、こっちにはワインね」


 魔法使いの存在に懐疑的な意見を唱えてから、二杯目にはワインを注文したストラグルに、ヴォルトレイドが、


「まあ、魔法使いを、ただ単に“魔法を使う人”って視点だけで見れば、確かにストラグルの言うとおり、冒険に必須じゃあないな。魔法使いって、駆け出しのうちはろくに魔法も使えないしな。本当にペーペーの魔法使いなんて、一日一回魔法を使って、それでもう打ち止めなんてざらだぜ」

「そんなものなのか?」


 意外そうにエリィが言った。


「そうさ。それだけ魔法っていうのは、憶えるのも使うのも大変なんだ」

「ああ、それは聞いたことがある。我々僧侶(クレリック)の使う神聖魔法とは、根本的に違うんだよな」

「そうだ。僧侶の魔法が“神への祈り”という信仰心に由来するのに対して、魔法使いのそれは、純然たる知識だからな。まず、ここ」と、ヴォルトレイドは自分のこめかみを指で叩き、「が優秀でなきゃ務まらないのさ」

「で、それでも魔法使いをパーティに同行させるっていうのには、他に理由が? 将来の育成って意味も込めてなのか?」

「家族同然に付き合いの深いパーティなら、それもないじゃないだろうけど、たまたま目先の仕事を完遂するために結成された即席パーティだと、そんな義理はない。って、こういう話はディーダのほうが詳しいだろ」


 黙々と料理を口に運んでいた青い髪の盗賊は、ヴォルトレイドに話を降られると、「ん?」とスプーンを止め、


「そう、魔法使いって、頭がいい。だから、いると助かる」

「なるほど」


 答えを聞いたエリィは納得した。ヴォルトレイドも同じように頷いて、


「そうなんだよ。魔法使いの存在意義って、魔法が使えるってだけじゃないんだ。その知識と知恵を生かして、あらゆる問題や困難を解決する、パーティの頭脳っていう役割も与えられるのさ。逆に言えば、“魔法が使える”ってふんぞり返ってるだけの魔法使いなんてのは、パーティはお呼びじゃないんだ。“魔三考七(まさんこうしち)”って言葉がある。冒険者としての魔法使いの仕事は、実際に魔法を使うのは三割で、残りの七割は頭脳労働って意味だ」

「私たちを襲った魔法使いも、そんな厳しい道を歩んでいるのか。それだけの精神力がありながら、どうして悪事に手を染めたりするんだろう」


 エリィは悲しい顔をした。


「能力と思想は無関係だからな。最初から悪の魔法使いになる目的で魔法を習うやつも、そりゃいるさ。魔法は確かに難しいが、使いこなせれば、あれほど恐ろしい力もない」

「……ああ、それは身に染みたよ」


 一転、エリィの表情はシリアスなものに変わった。


「そう言えばさ……」と、ディーダがまたスプーンを止めて、「今日の戦い、ヴォルトレイドは凄かった。敵の睡眠(スリープ)に二回ともかからなかったね」


 驚嘆を込めた声で言うと、エリィとストラグルの目が自然とヴォルトレイドの顔に、正確には、長く黒い髪で隠されている耳の位置に向いた。


「……ああ、そのことか」


 ヴォルトレイドは、他の客の目を意識しながら、そっと髪をかき上げた。そこには、


「あっ」


 ディーダは言葉を止めて、それを凝視した。ヴォルトレイドの耳は、先端が僅かに尖っている。


「こういう理由さ」ヴォルトレイドは手を下ろし、再び髪で耳を覆った。

「ハーフエルフ……」ディーダは小さく呟いた。


 エルフは人間や他の種族に比較して、魔法への耐性が極めて強い。魔法の矢(マジックアロー)火球(ファイアボール)といった、直接肉体にダメージを与えるものは別だが、睡眠のような精神に働きかけてくる魔法には強い耐性を見せる。ハーフとはいえ、その血がヴォルトレイドにも流れているのだ。


「まさか、敵もハーフエルフが相手だとは思ってもいなかっただろうな。まだ気付いていないかもな。俺が二回も催眠にかからなかったのは、たまたまだと思ってるかも……どうした? ディーダ」

「……ヴォルトレイド、かっこいい」


 ヴォルトレイドを見るディーダの目には、憧憬(しょうけい)の念でキラキラと星が輝いていた。


「はは。ありがとうな」黒髪の戦士は、照れ隠しのように大きくビールを煽る。

「ねえねえ……」

「何だ?」

「何歳なの?」


 グラスを傾けたヴォルトレイドの手が、ぴたりと止まった。

 エルフは長寿の種族として知られる。“エルフには寿命がない”という説まであるほどだ。有史以来、エルフの死は事故や戦闘の類いによるものしか記録されていないためだ。人間や他種族との混血により生まれたハーフエルフの中には、寿命に関しては他種族側の血のほうを強く受け継ぎ、ネイティブエルフほどのそれを持たない場合もあるが。


「ディーダ」


 エリィが諫め、


「おい、答えなくってもいいんだぞ」


 と、ぶっきらぼうな言いようながらも、ストラグルも釘を刺した。ハーフエルフにとって、混血であるということは往々にしてコンプレックスに働く場合が多い。ヴォルトレイドは少し迷うような表情を見せた、が、すぐに、


「聞いて驚け、こう見えて俺は……百五歳だ」

「おおー」ディーダは驚嘆の声を漏らし、

「まじか!」ストラグルはグラスを置いて、隣に座るヴォルトレイドの顔を見る。

「ほう……」と、エリィも目を丸くした。

「ふん……悪かったな……」


 ヴォルトレイドは一気にグラスを傾ける。それを見てストラグルは、


「いやいや、すげーって、まじで。百五にもなって、そんなガキみたいなメンタルなのが……」

「なにおう!」

「本当のことだろうが!」

「エルフの年齢を人間のと一緒にすんなよな!」

「しかしな、百を越えてそれはねえだろ!」

「人間で言えば、まだ二十代半ばだ!」

「そういや、お前、百年以上も生きてるのに。巨大サソリジャイアントスコーピオンが群れて行動することも知らなかったのかよ!」

「俺は都会派なの! 森や山で泥まみれになって戦う趣味なんてないから、そんなこと全く存じ上げなかったよ! お前みたいな野生児とは違うの!」

「なんだとこのやろう!」


 二人の小競り合いが始まった。


「やれやれ……」エリィは呆れたような笑みを浮かべてそれを見て、「ディーダ、お風呂入って寝ようか」

「うん」


 舌戦を繰り広げる男たちを残して、女性二人は揃って席を立った。



 翌朝、いつもより早くエリィは起床した。その原因は、


「……何だ?」


 まぶたを擦りながらエリィは、部屋の窓から外を覗いた。まだ東の空に太陽が上り始めたばかりで辺りは薄暗い。一時課の鐘(約午前六時)が鳴るまでにも、まだだいぶ時間があった。その薄い朝闇の中、宿駅の周囲を何人かの人影が動き回っていた。動くたびに、がちゃがちゃと金属の擦れ合う音を響かせていることから、


「戦士か……いや」エリィは眠い目を見開いて、「警備騎士団だ!」


 建物の外を動く人影は、いずれも青い鎧に身を固めていた。腰には独特の紋章入りの剣を提げている。宿駅は十数名の武装した警備騎士によって完全に包囲されていた。


 宿泊客たちは、宿に乗り込んできた警備騎士たちに叩き起こされ、全員が一階の食堂に集められていた。その数、老若男女合わせて十数人。当然エリィたち四人もその中に含まれている。


「おい! 何なんだよこれは!」

「黙っていろ!」


 ストラグルの声は、騎士のひとりの一喝によって止められた。その顔はまだ幼さを残しており、一団の中でも年少の騎士と思われた。だが、それで引き下がるストラグルではない。


「まずは説明しろっ()ってんだよ! せっかく気持ちよく寝てたところを、問答無用に叩き起こしやがって! あの言いようは何だよ! それでも誇り高き警備騎士団かよ! ごろつき傭兵のほうが、まだ礼儀があるぜ」

「そうだ、そうだ」とヴォルトレイドも呼応した。

「何だと?」


 言われた警備騎士は、腰に提げた剣の柄に手をかけた。が、


「やめろ、マック」


 背後からの声に、その動きを止めた。声を掛けた人物も警備騎士のひとりだった。その騎士も官給品である青い鎧を装備しているが、鎧の所々に銀色のラインが入っているのが、ストラグルたちと口論していた騎士と違っていた。周囲にいる騎士たちの中で、そのような鎧を着ているのは、その男ひとりだけだった。


「申し訳ありません」と、その騎士は、二人の戦士――特にヴォルトレイドのほうを見て、「部下の非礼をお許し下さい、お嬢さん」

「はあ?」その言葉を聞き、表情を歪めてヴォルトレイドは、「俺は男だ」

「――! し、失礼いたしました……」


 騎士は深々と頭を下げ、隣ではストラグルが笑いをこらえていた。


「さて」と、その騎士は、改めて食堂に並んだ宿泊客たちを見回して、「皆さまも、突然の訪問と非礼をお許し下さい」もう一度頭を下げる。それを見ると、ストラグルに敵意をむき出しにしていた「マック」と呼ばれた騎士も、大人しく柄から手を離して直立不動の姿勢に戻った。


「私は、ベッケニア警備騎士団第一分隊隊長のリッジレイです」


 分隊長の証である、銀色のラインが入った鎧を着ている警備騎士は、そう自己紹介すると、もう一度軽く頭を下げた。堀深く端正な顔立ちに映える、色の濃いブロンドがゆるやかに舞った。


「ことは緊急を要したもので。この宿駅から誰も出立しないうちにと、こうして夜明け早々から御協力願った次第です」

「ということは」と一連のやりとりを黙って見ていたエリィが、「誰かを捜しているというわけですか? そして、その捜索対象は、この宿駅に泊まっている我々の中にいる、と?」


 それを聞くと、宿泊客たちは互いの顔を見回し始めた。


「その通りです」警備騎士団第一分隊隊長のリッジレイは、エリィに軽く頭を下げてから、「ですが、確実にこの中にいる、とは断言しきれないのです。あくまで可能性に過ぎないのですが……」


 リッジレイは食堂に集められた客たちの顔をぐるりと見回した。


「説明していただけますね?」


 エリィの声に、リッジレイは頷いて、


「我々が捜しているのは……狂戦士(バーサーカー)です」


「狂戦士」という言葉がリッジレイの口から漏れると、宿泊客、従業員たちは一斉にどよめいた。


「狂戦士……」


 エリィも小さく呟き、ストラグル、ヴォルトレイド、ディーダらと顔を見合わせる。その誰もが一様に、不安と恐怖をない交ぜにした表情を顔に貼り付けていた。

 リッジレイは、マックと呼んだ騎士を見て顎をしゃくる。「説明しろ」という合図だった。若い警備騎士は「はっ」と一声を返し、一歩前に踏み出ると、


「ベッケニアで最近、狂戦士によるものと思われる殺人事件が数件、発生している」

「狂戦士の殺人?」


 エリィが聞き返すと、「そうだ」とマックは、


「ここ一箇月の間で四件も起きている。最後に起きたのが昨夜遅く。通報を受けた我々は現場に駆けつけ、目撃者から、犯人、つまり狂戦士が西門の方向に逃げたという証言を得た。我々が西門に到着すると、深夜にも関わらず門が開いていた。門の開閉を操作する管理室を覗くと……そこで夜勤の門番が殺されているのを発見した。恐らく、犯人が門番を脅して門を開けさせたあとに殺し、そのまま逃走を図ったものと見られた。我々は馬を出し、夜通し街道を行軍して、この宿宿に辿り着いたというわけだ」

「そういうことだったのですか」


 事情を飲み込んだエリィが言うと、マックは改めて宿泊客たちの顔を見回して、


「だから、この中に犯人、狂戦士がいる可能性が高い……いや、間違いないというわけだ」


 集められた人たちから一層大きなどよめきが起き、互いの顔を見回し始めた。


「ご主人」と、リッジレイ隊長が、カウンターの向こうにいる宿宿の主人に向かって、「ここに、昨夜遅くから今朝にかけて飛び込んできたお客はいませんか?」

「……いえ。昨日は、あちらの」と主人はエリィたちに目をやって、「四人様が最後のお客でしたから。日没して少し過ぎた頃でした」

「間違いありませんか? もしくは、昨夜からひとり客の数が増えている、などということは?」

「お待ち下さい……」


 リッジレイに言われ、主人は宿帳をめくって、食堂に集まっている客の数を数えると、


「いえ、チェックインされた人数と、この場にいるお客の数は合っています。夜中に何者かが忍び込んで、客の振りをしてこの場にいる、ということはないようです」

「そうですか……」


 リッジレイは納得しかけたが、もう一度主人に向かって、


「では、昨日チェックインした客と、今この場にいる客が、全員同じ人物だと証言できますか?」

「えっ?」


 主人は戸惑った表情を見せた。


「なるほど」と警備騎士のマックが、「犯人の狂戦士は、昨夜ここに忍び込んで本来の客のひとりを殺して、そいつに成りすましているかもしれない、ということですね」


 食堂に、さらなるざわめきが広がった。リッジレイは主人に、客は全員昨日と同じか? と尋ねたが、いちいち客の顔を憶えていない、と主人はかぶりを振った。それを聞くと、マックは宿泊客の顔を順に眺め回していき、


「……お前が怪しいな」


 ストラグルの前で視線を留めた。


「いや! 待て待て!」


 若き騎士の刺すような視線を浴びながら、ストラグルは顔の前で両手を大きく振った。


「騎士殿」とエリィが進み出て、「彼は犯人ではありません。彼は昨日は私たちと一緒にチェスターからここへ来たのです。私たちは、先ほどご主人が証言してくれたように四人組の旅人です」

「そうだぜ」と今度はヴォルトレイドが、「犯人がこの中の誰かに成りすましているっていうのなら、複数人で行動しているものは除外される。今まで一緒に旅をしていたやつが、朝起きて別人になっていたら絶対に気付くからな。ひとり客を疑うべきだ」

「この中にひとり客は?」


 リッジレイが尋ねると、複数人で宿泊している客たちは自然と身を寄せ合い、ひとかたまりになっていく。主人も宿帳に目を落として、


「昨日宿泊された中で、おひとりのお客は……三名だけです」


 その言葉通り、誰とも組にならない、三人の客がぽつんと残された。マックは、その三人――恰幅のいい中年男性。小柄な少年。若い男性――の前に立ち、


「お前たちの中に、犯人、狂戦士がいるんだな?」


 刺すような視線を向けた。中年男と若い男性は、怯えたような表情を見せたが、


「馬鹿馬鹿しい……」


 最後のひとり、小柄な少年だけは、ため息をついて呟いた。


「何だと?」


 マックは少年を見返す。両者の身長差から、マックは少年をかなり見下ろす形となった。少年も血気(はや)る騎士を見上げて、


「警備騎士さん、本気でこの中に、その狂戦士がいると思ってるの?」

「……なに?」


 燃えるようなマックの視線もどこ吹く風とばかりに少年は、自分の金色の髪に手を入れて頭をかいた。この年頃の男子によく見られる、少女とも取られがちな中性的な顔立ちを持つ少年は、まだ眠気が残る中にも、確かに知性の光をみなぎらせた瞳で騎士の目を見返した。

次回、金髪の少年、推理を語る。

第13章「魔法使いの少年」

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