第11章 街道の罠
快晴を頂き、心地よい風が頬を撫でる中、エリィたちは順調に馬を進めていた。時折、商隊のものや乗合馬車、徒歩や馬での旅人といった、様々な人たちとすれ違い、追い越され、また、追い越しながら。街道を行く人々は、馬に鞭打ち先を急ぐもの、旅の道中を楽しむように、ゆるやかに進むもの、様々だった。道中では、街道脇に馬車や馬を停めて休憩している商隊や旅人も見られる。エリィはそのたびに、きょろきょろと視線を向け、赤い髪をなびかせていた。特にエリィの興味を引いたのは、アークムでは見られないような大きく豪奢な馬車だった。
「街道の整備具合だけじゃなくて、人や馬車の数も俄然多くなったな。それに、随分と馬や馬車を飛ばしている人もいるな」
「朝一でチェスターを出れば、途中の宿駅に寄らずに、日没になって門が閉まる前にベッケニアに到着も可能だからな。逆の行程もしかり。急いでるやつらは、多分その口だぜ」
エリィの疑問にストラグルが答えた。
「そうなのか。有事でもなければ、あんなに馬を飛ばすなんて、アークムでは考えられないな」
「そういや、アークムって警備騎士団がないから、その仕事は寺院に委託されてるんだよな」と、ヴォルトレイドが、「あんな田舎で、犯罪絡みの仕事なんて、あるの?」
「ああ、たまに。とはいっても、村の中から犯罪者が出たことは一度もない。都会から逃げてきた悪人が、国境を越えるために訪れて、その行きがけの駄賃とばかりに悪事を働くっていうのがほとんどだ。犯罪者を追ってきた騎士団と合同で、パトロールや山狩りに参加することもある。あと、害獣や魔物絡みのトラブルもな。うちは警備騎士団の委託とはいえ正式なものではないから、そういった冒険者が扱う仕事もしてるんだ。そもそも、アークムみたいな田舎に冒険者が訪れることなんて滅多にないからな」
「ふうん。以外と仕事はあるんだな」
「でも、ベッケニアやセントリアネスみたいな都会とは比べものにならないさ。平和で、いい村だよ」
「私、エリィの村に行ってみたい」
ディーダが顔を上げた。エリィは視線を下ろし、自分を見上げる少女と目を合わせて、
「ああ。この任務が終わったら、一緒に行こう」
「うわーい!」
「こら、ディーダ、手を離すと危ないよ。ヴォルトレイドも、ぜひ来てくれ」
「考えておこう」黒髪の戦士は、微笑とともにそう答えると、もうひとりの茶色い髪の戦士を向いて、「ストラグル、お前も、この任務が終わったらアークムに帰るのか?」
「まさか。俺があの田舎寺院に身を寄せていたのは、行き倒れになりかけてたからだぜ。この任務が終われば、その義理も果たせる。そうなれば、あんな田舎に戻る理由はないさ」
「ふん。田舎で悪かったな。散々タダ飯を食いまくっていたくせに」
「たまに仕事を手伝ってただろうが」
「気が向いたときだけ本当に、たまに、だけだったろ」
「……あ、そうだ。村のガキどもに剣を教えてやってただろ」
「ああ。あの子供たち、妙にお前に懐いてたよな。懐いてたというより……なめられてたっぽいけど」
「うるせえ! ……あ、そういやエリィ、お前、ガキに変なこと教えるなよな!」
「何がだ?」
「あいつら、いつだったか、『“ごくつぶし”って、どういう意味?』とか訊いてきたんだよ。誰が言ってた? って訊き返したら、『エリィがストラグルのことを、そう呼んでた』って」
それを訊いたヴォルトレイドとディーダは、声を上げて笑った。
「そんなことがあったのか。それは悪かったな」
「反省してるなら、いいんだよ」
「いや、違う。私がお前のことをそう呼んでいるのを、子供たちに聞かれてたってことに対してだ。変な言葉を教えてしまった。子供たちの教育上よろしくない」
「そっちかよ!」
「子供は大人のことを、こちらが考えてる以上によく見ているからな。気をつけないと。で、何て答えたんだ? その子供に」
「“穀潰し”っていうのは、最強の戦士の称号なんだ、って教えてやった」
馬上からの笑い声にエリィのものも加わった。
「ストラグル。任務が終わったら、ちょっとでいいから村に顔を出せよ。お前がいなくなると、子供たちが寂しがるぞ」
「……考えておくよ。それまで俺が生きてたらな」
「縁起でもないことを言うな!」
エリィは、怒気の中にほんの少し、憂いを混ぜたような声を上げた。
「安心しろ、エリィ」と、ヴォルトレイドが、「数日の付き合いだが、俺には分かる。こいつは殺しても死ぬようなタマじゃあない」
「はん! よく言うぜ! それはお前も同じだろうが!」
「何だと!」
「何おう! やるのかコラ!」
「何がコラだ! コラ!」
「やめろ!」
徐々に接近する二人の馬間に、エリィが自分の馬を割り込ませる。
「まったく、お前たち二人は……。ちょうどいい、休憩して頭を冷やすか」
「賛成だ。このペースなら、少し長めに休憩をとっても、十分日没までに宿駅に到着できるぜ」
そう言ってエリィとストラグルは馬の速度を緩め、ヴォルトレイドも手綱を引いてそれに合わせた。
「……この辺りにするか。あ、先客がいるな」
エリィが視線を向けた街道脇に、一台の馬車が停まっていた。三本の大樹が並んでおり、ちょうどよい木陰を作っている。馬車は四人乗りのもので、小さな窓から、中に何人かの姿が覗き見える。
「エリィ、おかしい」
馬を寄せてきたヴォルトレイドが囁いた。
「何がだ?」
エリィも顔を寄せると、
「あの馬車から、誰も出てきていない」
「えっ?」
見ると、馬車の窓を通して、中には数人の人影が見える。
「ただ、車内で休んでるだけなんじゃないのか?」
「せっかくの休憩だってのに、わざわざ狭い車内になんているものか。あそこは木陰で日も差さないし」
「……言われてみれば」
「それに、馬車の中にいるやつら、さっきから微動だにしていない」
「……確かに」
「エリィ」と今度はストラグルが近づいてきて、「このまま通り過ぎよう」
「どうした?」
「あの馬車の中にいるやつに、正確には、そいつが着ている鎧に見覚えがある」
「えっ? どこでだ?」
「道中、俺たちを襲ったやつらだよ」
「何? ということは、あいつらの仲間?」
「とにかく、何も気付かないふりをして抜けるぞ」
「あ、ああ……」
エリィ、ストラグル、ヴォルトレイドは目配せをしあい、緩めていた馬速を戻そうと手綱を握った、その瞬間、
「――おわっ!」
ヴォルトレイドが叫び、馬から飛び降りた。彼の跨る馬が突然足を止めて倒れ伏したためだった。
「何だ――エリィ! ストラグル!」
それは他の二頭の馬も同様だった。突然に馬体を真横にして地面に横臥した。ヴォルトレイドと違っているのは、馬の手綱を握っている二人――エリィとストラグル――も馬と同じく、その体を地面に横たえていたことだった。二人ともまぶたを閉じ、身動きひとつしていない。意識を失っているらしかった。
「エリィ!」
少女の叫び声がした、ヴォルトレイドともうひとり、盗賊のディーダだけは無事だった。ディーダは馬が倒れる寸前に飛び降りており、今は横たわったエリィの体を揺すっている。エリィの、そしてストラグルの口からは、寝息が漏れていた。それは倒れた三頭の馬も同じだった。
「“睡眠”か!」
ヴォルトレイドが叫んだのと同時に、木陰に停まっていた馬車のドアが開け放たれ、男たちが飛びだしてきた。その数、三人。いずれも鎧を纏っており、右手に長剣を持ち、左手には直径一.五フィート(約四十五センチ)程度の円形盾を装備している。剣を振りかざしながら、戦士たちはヴォルトレイドたちに迫る。
ヴォルトレイドは背負っていた長弓を構え、矢を放った。矢は一直線に飛び、先頭の戦士ののど笛を貫いた。が、
「――なに?」
戦士は倒れなかった。命中の衝撃で一旦足を止め、上体をふらつかせはしたものの、何事もなかったかのように突進を続けている。が、その動きは――馬車から出てきたときから――どこかぎこちない。後方に続く二つも、それは同じだった。
「――ゾンビ!」
ヴォルトレイドは敵の正体に感づいた。向かってくる三体の戦士は、いずれも人ではなかった。正確には、かつて人であったもの。兜の奥に覗く目にも、生者の輝きは見られない。ヴォルトレイドは弓を背負い、小剣に装備を変えた。
「ディーダ!」腰の鞘から二刀流の短剣を抜いて、自らも応戦の構えを見せた盗賊に、ヴォルトレイドは、「先に二人を起こせ!」
そう命じると、襲い来る三体のゾンビに向かい走った。
先頭のゾンビが振った剣を躱して、ヴォルトレイドは小剣を叩き込む。刀身は鎧の隙間を縫って肩口にめり込んだ。人間であれば、およそ戦闘続行不能となるほどの重傷となるところだが、ゾンビが相手では勝手が違った。一瞬動きを止めただけでゾンビは、すぐに腕を振って肩に食い込んだ刀身を引き離した。その間に、二体目のゾンビも戦闘範囲に入り込み剣を振る。バックステップで攻撃を回避したヴォルトレイドは、ゾンビたちが出てきた馬車に目をやって、
「……あそこにいるな。あいつが催眠を使って来やがったんだな」
開け放たれたままのドアの向こうに、魔法使いのものと思われるローブの裾が視認できた。
「エリィ! エリィ!」
ディーダは寝息を立てているエリィの体を激しく揺する。それに伴って、エリィは徐々にまぶたをぴくぴくと痙攣させ始める。なおも体を揺すろうとしたディーダに、
「――ディーダ!」
ヴォルトレイドから鋭い声が掛けられた。ゾンビの一体が標的を替え、ディーダのもとに向かっていたのだ。
エリィのそばを離れたディーダは、再び短剣を抜き逆手持ちの二刀流になると、姿勢を低くしてゾンビに向かって走り、敵の剣の射程に入る寸前で前方に転がった。ゾンビの一刀は空を斬る。転がりつつディーダは、ゾンビの真横をすり抜ける瞬間、脛当てに保護されていない膝関節を短剣で斬りつけた。左右で二撃。片脚の支えを失ったゾンビは、もんどり打って地面に倒れ伏す。足でブレーキを掛けて止まったディーダは、地面を蹴って跳ぶとゾンビの背中を踏みつけ、兜と鎧の間に覗く首の後ろに短剣を突き立て、真横に引いた。
ゾンビが起き上がる直前に、ディーダはその背中を蹴って跳び退き、空中で一回転して着地した。文字通り、首の皮一枚で繋がっていたその首は、ゾンビが完全に飽き上がる前に千切れて地面に転がった。体のほうも、ダメージを負った膝があらぬ方向に曲がったことで崩れ落ち、自分の首を追うように地面に倒れ伏した。
ヴォルトレイドは未だ、二体のゾンビと交戦を続けていた。うち一体は左腕の肘から先が失われているが、そんなことはお構いなしに、二体ともが猛然と剣を振り回し続けている。
ゾンビを打ち倒したディーダは、再びエリィに戻ろうとした。が、握っていた短剣を取り落とし、その場に倒れてしまった。地面に横たわり、小さな唇から寝息を漏らしている。
「二発目の催眠が……」
それを見たヴォルトレイドは、ゾンビの向こうに見える馬車を睨んだ。
一体と鍔迫り合いの状態になった隙に、残る一体がヴォルトレイドの脇を抜けた。
「しまったっ!」
黒髪の戦士の口から叫びが漏れた――その瞬間、ゾンビは二体とも、雷に打たれたように突然体を痙攣させて崩れ落ち、完全に動かなくなった。
「――エリィか!」
目を覚ましていたエリィが、胸元から取りだした聖印を握りしめて膝立ちになっていた。残っていたゾンビは、彼女の亡者撃退により撃退されたのだった。
ヴォルトレイドは即座に馬車に向かって走り、ドアを蹴破って中に躍り込む。が、馬車の中はもぬけの殻だった。
「……逃げたか」
忌々しそうに呟いて、ヴォルトレイドは嘆息した。
ストラグルとディーダ、馬たちも起こし、四人は動かなくなったゾンビ――正確には、ゾンビ化が解かれた人間の骸――を街道の脇、人目に触れない草むらに横たえた。
「ストラグル、このゾンビたちは……」エリィが訊いた。
「ああ、俺たちを襲ってきたやつらだ。装備が同じというわけじゃない。間違いなく当人たちだ」
「私たちが葬った死体を、何者かがゾンビにして使役していた、ということか」
「そうなるな……」
「何と言うことを……」
街道の脇に並べられた三体の死体――うち一体は左腕が、一体は右膝から先と首が千切れていた――を見下ろして、エリィは聖印を握って祈りの言葉を囁いた。ストラグルとディーダもそれに倣う。ヴォルトレイドも、短くだがまぶたを閉じて、彼なりに哀悼の意を示してから、
「こいつらをゾンビにしたやつは、俺たちに向かって馬車の中から催眠の魔法を掛けてきやがったんだ。そして、このゾンビどもをけしかけた」
「眠らせれば、確実に仕留められるって寸法だな」ストラグルが言った。
「ああ、幸いに、一発目の催眠では、俺たち全員を眠らせることは出来なくて、俺とディーダが応戦した。だから、その魔法使いは戦闘中に二発目の催眠を放ってきたんだ」
「味方はゾンビだから、睡眠に掛かることはないってことか。それを見越して、そいつはゾンビを使役してきたんだな」
「その魔法使い」とディーダが、「まだ近くにいるんじゃ。魔法使いの足なら、そう遠くへは逃げられないと思う。私が追う」
「いや、やつは瞬間移動を使って逃げたんだよ。俺が馬車に乗り込んだら、もう中は空っぽだった。俺は戦闘中も、ずっと馬車を視界に捉えていたんだ。俺に目撃されないように馬車から降りて逃げられるはずがない」
「魔法使い……」祈りを終えたエリィは腕を組んで、「そいつが、寺院に逃げてきた男を襲った犯人? そうであれば、火球なんかで私たちをまとめて葬ったほうが効率がよかったのでは?」
「多分だが……」とヴォルトレイドは難しい顔をして、「こんな街道でファイアボールなんて使ったら、大きな痕跡が残って、必ず人目に付く。そうなったら警備騎士団に通報が入ることは必至だ。やつはそれを嫌がったんじゃないか?」
「それは当たってるかもな」と今度はストラグルが、「俺たちがチェスターにいる間は、向こうは何も仕掛けてこなかった。人目を避けているというのなら、それも納得できる。あんな街中で何かやらかしたら、やはり即座に警備騎士団が飛んでくるはずだしな」
「ああ。それに、ゾンビに俺たちを襲わせる利点は、まだある。首尾よく俺たちを全滅させられたら、生き残った――ゾンビに対してこういう言い方をするのは変だが――ゾンビを死体に戻して逃げ去るんだ。そうしたら、あとに残されるのは俺たちの死体とゾンビだけだ。あのゾンビは本体である人間の死後間もないうちに作られたようだから、腐敗している箇所がどこにもなかった。そんな状況、はた目には、野盗と冒険者パーティとの戦闘跡にしか見えないだろうぜ」
「なるほど……」
「それに、火球なんかの攻撃魔法を使ったとしても、一発で確実に俺たち全員を葬り去ることが可能とは限らない。誰かひとりでも回避できたら、火球が飛んできた方向から、間違いなく術者のいる場所は特定できる。そうなったら、ゾンビを出したところで、俺たちに接近を許しすぎて危険だ。魔法ってのは連発できるものじゃない。瞬間移動の呪文を詠唱している間に馬車に乗り込まれたら、一巻の終わりだ」
「かなり用心深いやつだな。俺たちを殺す以上に、自分の安全を、さらには派手に振る舞わないことを優先しているように思う」
「そいつの狙いは、やっぱり……」
エリィが言うと、ストラグルは、
「間違いないだろ。あれだよ」
それを聞くと、エリィは懐から例の書簡を取りだして、
「これを狙っている。我々を殺してまでも奪おうとしている。何者なんだ? それに、これには何が書かれているのか……?」
しばらく見つめてから懐に戻した。
「ひとつ言えるのは、そいつは間違いなく悪人だということだ。それも、かなり性根の腐ったな」ヴォルトレイドは三体の亡骸に目をやって、「問答無用で殺しに来るやり方もだが、死体をゾンビにして使役する魔法、“亡者作製”を使うなんて、まともな魔法使いのやることじゃねえ」
「ああ、安らかに眠っている亡骸を穢すなど、血の通った人間のすることではない」
エリィは改めて、死体に向かって祈りの言葉を呟いた。
「なあ」とストラグルが、「こうなったら、読むしかねえぜ」
「読むって……これをか」
エリィは自分の懐に手をやった。
「そうだよ。それを読めば即座に敵の目的や正体も判明する、とは言わないが、何か手掛かりになるんじゃないか。そうしたら、こっちも対処のやりようがある」
「同感だ」
ヴォルトレイドも同意した。エリィは懐の上に手を置いたまま、
「だが、そのためには、魔法使いの助けがいるな」
「そのことを考えるのは、あとあと。まさかの二日連続での戦闘だぜ。さっさと宿駅で休もうぜ」
「はあ?」ヴォルトレイドが頓狂な声を上げて、「何言ってんだストラグル。お前、俺たちが大変なときに、ずっと高いびきかいて寝てただろ」
「なっ……うるせえ! 好きで寝てたわけじゃねーぞ!」
「寝てたことには変わりないよな」
「だから! 魔法のせいで――」
「今日、何もしてないのはお前だけだな」
「何だと!」
「お前、今日の寝床は馬小屋な」
「ふざけんなてめえ!」
「少しでも宿泊代を浮かすのに協力しろ」
「おい! 待てコラ!」
馬に戻るヴォルトレイドを追って、ストラグルは罵声をとばし、二人の舌戦は宿駅に着くまで続いた。
次回、エリィたちが宿泊している宿駅に、突如、警備騎士団の捜索が入り……。
「第12章 早朝の包囲」




