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第10章 旅の再開

 夜が明け、目を覚ましたエリィたちは、火を起こして朝食の準備を始めた。


「あまり野宿することは予定に入れていなかったから、携帯食料はこれで終わりだ」


 言いながらエリィは鍋をかき混ぜる。彼女がアークム寺院から持参してきた携帯食料は、二人分が二食。つまり、ここにいる四人の腹を満たすと底を尽く。


「まあ、どの道、一旦街に戻って色々と用意するものもあるしな……はい、ディーダ」


 エリィは鍋からすくったスープを皿に盛ると、ディーダに手渡した。「ありがとう」と受け取ったディーダは、両手で皿を持ち「ふー、ふー」と息を吹きかけて熱いスープを冷ましている。


「俺は大盛で頼む」と言ってきたストラグルに、ディーダと変わらぬ量のスープを盛った皿を渡して、エリィは、


「ところで、ヴォルトレイドとディーダ、もし頼めるのであれば、このまま我々と同行してくれないか?」


 それを聞いたストラグルは口に含んでいたスープを吹きだした。


「何だ! 汚いな!」

「エリィ! お前な、何言ってんだよ!」

「おかしなことを言ったか?」

「言ったよ! 何で……」とストラグルは、自分と同じように鍋を囲んだ黒髪の戦士と、青い髪の少女を見て、「こいつらと一緒にならなきゃいけねえんだよ!」

「こいつらとは何だ」


 エリィからスープ皿を受け取りながら、ヴォルトレイドが突っ込んできた。


「私……」スープに息を吹きかけるのを一旦やめて、ディーダは、「エリィと一緒に行く」

「ありがとう、ディーダ」


 エリィに頭を抱き寄せられたディーダは、頬を染めて微笑む。


「よし、俺も付き合ってやる」

「本当か、ヴォルトレイド! ありがとう」

「いいって」と、差し出されたエリィの手を軽く握り返してから、ヴォルトレイドは、「あの書簡に何が書いてあるのか、気になるしな……」

「ああ……」それを聞くと、ストラグルも神妙な表情になって、「あれを読むには、やっぱり魔法使い(マジックユーザー)の手を借りないと駄目か?」

「そりゃそうだ。魔法文字(マジックレター)は、読めるのも書けるのも魔法使いだけだからな。魔法文字ってのは、ただ単に俺たちの知らない言葉で書かれているとか、暗号とかいうんじゃないんだ。そういったものなら、解読方法さえ理解できていれば、俺たち一般人にも読めてしまうからな。あれは、魔法文字書きマジックレター・ライトの魔法を使って、魔法的にランダム生成された文字だからな。同じ文面でも、使った魔法使いが別なら、全く違った文字が刻まれるんだ。だから、字面だけで解読することは不可能なんだよ。読むには、魔法文字読みマジックレター・リードの魔法が絶対に必要だ」

「そういうことなのか。どうも、俺は魔法ってものに疎くてな」

「だから、どこかで魔法使いを捜して、あれを――」

「おい、ヴォルトレイド、そんなこと出来るわけないだろ」


 エリィが口を挟んだ。


「どうして?」

「当たり前だろ。あれは、なるべくすみやかにセントリーア州国王家に届けなければならないものだ。私たちが見ていいものじゃない」

「でもよ、もう封蠟は破られちまってるわけだから、届けたところで、セントリーアの連中はどうせ、俺たちが書簡を読んだものと決めてかかるに決まってるぜ」

「そうそう」とストラグルも、「そんなら、ついでに読んじまって、形上、『読んでません』ってシラを切り通せばいいだけだ」

「珍しく意見が合ったな」

「おお」


 二人の戦士は顔を見合わせて、悪そうな笑みを浮かべた。


「駄目だ。ばれようとばれまいと、これは心づもりの問題だ」

「真面目」

「お堅いねぇ」


 ヴォルトレイドとストラグルは、黙々とスープを口に運び始めた。


「ごめんね」スプーンを止めて、眉を下げたディーダが、「私が封を破っちゃったから……」

「ディーダのせいじゃないよ」


 エリィはディーダの肩にやさしく手を置く。


「いやいや、どう考えてもお前のせいだろ――痛っ! 熱っ!」


 ストラグルはエリィに、鍋に入ったお玉で殴られた。その衝撃でお玉から弾き飛んだ熱いスープの滴が顔面を打つ。「目にっ! 目に入ったっ!」と顔を覆って地面を転げ回るストラグルのさまを、ヴォルトレイドは指をさして笑った。


「まあ、それは別にして……」エリィはお玉をタオルで丁寧に拭ってから鍋に戻し、「これから先、魔法使いの力も必要になるんじゃないか?」

「魔法使いを仲間に加えるってことか?」


 ヴォルトレイドが訊くと、エリィは頷いて、


「あの書簡を持っていた戦士は、魔法使いの火球(ファイアボール)を食らった可能性があるということだ。ストラグルの見立てではな。今後、そいつと一戦交える羽目にならないとも限らない。そうなると……」

「こちらにも魔法使いが必要、ってことか」

「魔法使いだと?」ダメージから回復したストラグルは起き上がって、「俺は反対だ」

「どうしてだ?」エリィが訊いた。

「魔法使いなんて人種は、変人しかいねえだろ! そんなやつと一緒になるなんて、俺は絶対にごめんだ」

「そんなことは……」とヴォルトレイドは自身の経験を思い起こしているのか、視線を空に向けていたが、「あるかもな」ストラグルを見た。

「だろ」

「いやいや」とエリィは顔の前で手を振って、「うちの僧長の茶飲み仲間に、ディマールさんていう引退した魔法使いがいるけど、おかしなところなんて全然ない好々爺だぞ」

「そいつはきっと、もう引退してるからだろ。現役の頃は、かなりの変人だったに違いないぜ」

「ストラグル、お前、冒険者のときもだったけど、魔法使いに対しても偏見があるんじゃないか?」

「俺は、経験則から事実を言っているまでだ」

「ということは、ストラグル、お前、傭兵やる前は冒険者だったんだな」

「違うよ!」

「もういいから、さっさと食って街に行こうぜ」


 ヴォルトレイドが食事の速度を速めた。遠く、街から、一時課の鐘(約午前六時)の音が微かに聞こえた。



「エリィ、これ」


 馬上でエリィの前に座るディーダは、懐から出した袋を手渡した。エリィには見覚えのある袋。一昨日、ディーダがエリィからすり盗ったものだった。


「ちょっと、使っちゃったけど……ごめんね」

「いいよ。ありがとう」


 エリィは笑顔でディーダの頭を撫でると、


「私、街に着いたら、アークム村の僧長宛てに手紙を書くよ。孤児院跡に慰霊碑を建てるよう、チェスターの寺院に依頼してもらうための。本当は私が直接チェスターの寺院に行けばいいんだけど、どうしてアークムみたいな田舎村寺院の僧侶が、こんなところにいるんだって、変に疑いを持たれても困るから」

「うん……ありがとう」


 ディーダは微笑みを返した。その様子を見て、ストラグルとヴォルトレイドも笑みを浮かべる。荷物が多くなったため、二頭の馬のうち一頭にエリィとディーダが乗り、全員の荷物を載せたもう一頭の馬を男二人が徒歩で引いていた。


「まず、馬がいるな。やっぱり、全員分は欲しいよな。所持金で足りるかな」


 馬上からエリィが言った。


「ヴォルトレイドの金をあてにしようぜ」

「おいこら。俺は出さねえぞ」

「何でだよ!」ストラグルがかみつく。

「そこのところはきっちりしようぜ。即席パーティが揉める一番の原因は金だ。今後得た金はパーティ全員で均等に分けるが、今まで個人で所持している金は別だ」

「というかな、パーティじゃないから」

「じゃあ、何なんだよ」

「何でもねえよ。ただ一時的に、目的が同じやつらが集まってるというだけだ」

「それをパーティと言うんじゃねえか」

「違うわ」

「待て待て」エリィが二人の(いさか)いを制して、「最悪、一頭だけでもいい。私とディーダはこうして相乗り出来るしな。ディーダは軽いから」

「そうだな、盗賊(シーフ)だから、重い装備品もないしな」


 ヴォルトレイドが言った。


「そうだ」とエリィが、「ディーダは今後、斥候(スカウト)って名乗るべきだな。ね」


 前屈みになって、エリィはディーダの顔を覗いたが、


「……私、盗賊のままがいい」

「どうして?」

「盗賊に誇りを持ってるから……」


 そう言い切る少女の目は、まっすぐに前方を見つめていた。朝もやの向こうに、チェスターの城壁が見えてきていた。



 北門が近づいてくると、エリィはディーダにフードを目深に被らせた。盗賊ギルドの所属員からの目撃を避けるためだ。


「俺、ちょっと抜けるけど、いいか」


 街に入るなり、ストラグルが言った。何か言いたげなエリィだったが、彼の目がディーダに向けられていることを見ると、


「ああ、それじゃあ、六時課の鐘(約正午)に、昨日入った店に集合しよう」

「分かった。買い物は全部任せるぜ」


 そう言い残すとストラグルは三人から離れ、人で賑わう広場を抜けて、狭い路地に姿を消した。



「ボスさんはいるかい」


 盗賊ギルド本部の酒場に入ったストラグルは、カウンターに肘を突き、陰気な店員に訊いた。相変わらず埃が積もったカウンターの上には、一昨日、彼が叩いた拳の跡がまだ残っている。男は一瞥だけすると、黙ったまま店の奥へと消えていった。


「よお」程なくして姿を見せたギルドのボスは、「今度はどうした」


 ストラグルはすぐには答えず、カウンターの奥に視線を向ける。その意味を察したのか、ボスは、


「……誰も聞いちゃいないよ。さっきのやつも使いに出した」

「察しが良くて助かるぜ。あのな……」ストラグルは念のためか、声を潜めて、「ディープダウンを預かってる」

「……そうか」ボスは一瞬だけ柔和な表情になったが、すぐに、強面(こわもて)な盗賊(づら)に戻すと、「この前も言ったが、あいつはもう、うちとは関係ねぇ。わざわざ知らせてくれなくてもよかったんだぜ」

「彼女、盗賊の仕事に誇りを持ってるってよ。職業(クラス)も、斥候(スカウト)に呼び名を変えるかって提案したんだが、盗賊(シーフ)で通すって言い張ってたぜ」


 ボスの表情が若干変化しかけた。ストラグルは笑みを浮かべて、


「いい子じゃねえか。若いのに腕も立つ。よほど教育者が優秀だったんだろうな」

「当たり前だ、この野郎」


 粗雑な口調とは裏腹に、ボスの表情は明るかった。


「ま、これだけ教えておこうと思ってな」

「ふん、わざわざご苦労なことだ。用事がそれだけなら、さっさと帰れ」

「言われなくとも」


 ストラグルは酒場を出た。カウンターの向こうからボスは、見えなくなるまでその背中を目で追っていた。



 六時課の鐘(約正午)が鳴って少ししてから、ストラグルは待ち合わせの店に入った。奥のテーブル席にはすでに、エリィ、ヴォルトレイド、ディーダの三人が座って食事をつついている。


「馬は一頭だけ買った。朝に言ったように、私とディーダは同乗すればいいからな。幸い、うちのパーティにいる戦士はみんな軽装だし。重い甲冑(プレートメイル)なんて着られてたら、他に荷物を載せられなくなるしな」

「おい、パーティって言うのやめろよ」


 席についたストラグルはビールを注文してから、エリィの言葉に文句をつけた。それを聞いたディーダが、


「どうして? パーティじゃないの?」


 黙々と料理を口に運んでいた手を止めて訊いてきた。顔割れを避けるため、食事中もフードは被ったままだった。


「ああ、そうなの。俺たちはただ、たまたま集まってるだけ。だいたい、冒険者じゃないんだからな」

「でもなあ……」とグラスを傾けながらヴォルトレイドが、「戦士(ファイター)が二人、僧侶(クレリック)盗賊(シーフ)だろ。ここに魔法使い(マジックユーザー)が加われば、結構バランスのいいパーティになるぜ」

「何だよ! お前まで! お前も冒険者は嫌いなんだろうが!」

「はは。冗談だよ、冗談……あ、お姉さん、ビール追加ね」


 黒髪の戦士は給仕をしている女性に向けて、空になったグラスを掲げた。


「さて」とエリィは他のメンバーの顔を見回して、「今日中にベッケニアまで行きたいと思ってるんだが。どうだ?」

「今日中にか? もう六時課の鐘(約正午)を過ぎてるんだぜ。無理だよ」

「同意だ。強行軍で辿り着けたとしても、間違いなく城門が閉まってる時間になっちまう。二日連続で野宿はごめんだね」


 ストラグルとヴォルトレイドは揃って異議を唱えた。


「そうか……」

「連日の疲れもある。今日は途中の宿駅で休もうぜ」

「コンバロ村に入る村道と街道が交わるところにあるよな。うん、ゆっくり行っても日没までには到着できるな」


 戦士二人が本日の行程を決めた。



 食事を終えると四人はチェスターを出た。東門を抜けると、すぐに街道に合流できる。一頭を買い求め、全部で三頭となった馬には、予定どおり、ストラグル、ヴォルトレイド、エリィとディーダという振り分けで乗った。四人は蹄の音を鳴らしながら街道を東へ、今日の目的地である宿宿へ向けて進んでいた。街道を少し行くと、エリィたちが来たロングウィ州とクラドナ州との州境を示す立て看板が目に入った。


「ここからクラドナか。同じ街道でも、クラドナに入るとずっと広くなるな」


 エリィが言った通り、チェスターに至るまでの街道の道幅は、馬車同士がやっとすれ違える程度だったが、今は大型の馬車三台分ほどに広がっている。


「幅だけじゃなくて、路面の状態もいいんだな。これなら馬も疲れないし、歩くのにも良好だな」


 エリィは、田舎州のロングウィに比較して、ずっと整備されているクラドナの街道を興味深げに見回した。


「あんまりはしゃぐなよ。みっともない」


 とストラグルは嘆息して、


「いやいや、微笑ましいじゃないか」


 ヴォルトレイドは笑みを浮かべる。抱っこされるように、エリィの前で馬に跨っているディーダも、「エリィ、かわいい」と斜め後ろを見上げて笑った。


「な、何だよ、みんなして……どうせ私は田舎者だよ」


 エリィは頬を赤らめて横を向いた。 

次回、街道を行くエリィたちに、またも敵の待ち伏せが。

「第11章 街道の罠」

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