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赤のキメラは今日も主様に興奮してます!  作者:
キメラの仕立て屋
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ジジイの忠告



 あの後間もなく、夕方ちょっと前くらいの時間帯に主様と合流し、折角だからと宿屋で食事を取る事になった。



「そういえばお土産? は買えたんです?」


「一応、甘い物を幾つか。こういうのがあれば()()が何か突っかかって来ても()()()()が落ち着かせてくれるからね」


()()()()……って、時々話題に名前だけ出てた()()()()ですか?」


「ああ」



 さらりと肯定し、主様はサンドイッチを口にした。

 シャキシャキ野菜とちょっと味が濃い干し肉を挟んだサンドイッチであり、斜めにカットされた三角形タイプだ。

 今はガッツリした食べ方の気分らしく、大きく口を開けて頬張っている。


 ……良い……。


 小さな一口でちまちま食べる時もあれば、ぐわ、と大きな口で食べる時もあるから素晴らしい。

 そしてどんな食べ方だろうと食べかすを零したりしないのもグッド。

 私は私で注文したフライドチキンを食べているが、主様の食べる様子を見ているだけでお腹いっぱいになれそうな満足感だった。



「この村……ムジカイザの近くには糸垂らしの森があると言っただろう?」


「言ってましたね!」


「その奥に住んでいるからここに来たんだ。そろそろ新しい着替えを仕入れたいからね」



 何より()()()()は腕が良いから、と言って主様はサンドイッチに挟まれているトマトの汁が垂れたらしく、手首の辺りを真っ赤な舌でべろりと舐めた。

 お行儀が良いとは言えない仕草だが、主様の真っ赤な舌が何かを舐めているという図だけでも凄まじい光景だ。

 これだけでもうポルノだろう。勿論アダルトな方の。



()()()()の場合は注文するのにお金と素材が必要だけれど、お金に関しては問題無いし、素材も適当に森中で溢れてる糸を回収して持っていけば良い」


「あ、それで良いんですね?」


「何をどう使うかは向こうが決めるから、注文した衣服にこの糸をどうしても使って欲しい、とかが無いなら適当で良いんだよ。一応のストックとして提供する、っていうのが支払い扱いだね」


「成る程」



 ほうほう、と私は頷く。



「でもこの村は糸垂らしの森から糸を回収して特産品にしてるみたいなのに、幾ら森の奥だったとしても所在があっさりバレそうな気が……」


「お? 何じゃ何じゃお嬢さん、織姫様の話か?」


「え、何このジジイ」


「旅人に有益な話を聞かせる名物ジジイじゃよ」



 どっこいしょ、と枯れ枝みたいなジジイが隣へと腰掛ける。

 向かいに座っている主様の隣に座らないだけマシだが、筋肉の欠片も無い枯れ枝というのが残念だ。

 ジジイであってもムキムキならばおめめがハートになるくらい嬉しいものだが、枯れ枝が相手じゃどう足掻いてもテンション萎え萎え。



「森の奥がどうとか聞こえたが、あの糸垂らしの森に行くなら気をつけねばならんぞ。現地民からの忠告じゃから間違いない」


「気を付けるって、化け物でも出るの?」


「うんにゃ、そりゃあもう美しい織姫様が出ると聞く。噂じゃけどな」



 歯が足りてないジジイは口を微妙にもごもごさせつつヒャッヒャッヒャと笑った。



「金と素材を持ち込んで森の奥まで行けば、後日家の扉が叩かれ、扉を開けるとそりゃあもう美しくて上等な衣服が用意されておるそうじゃ」


「はあん」



 それってさっき主様が言っていた()()()()ではなかろうか。

 主様をチラリと見れば、こちらの視線を無視して二つ目のサンドイッチを食べ始めていた。

 今回は食べ残しを貰えそうになくてちょっぴりしょぼん。



「しかし注意すべきなのは、その織姫様を見た者がおらぬ、という部分じゃ」


「見た事無いのに美しいとか言ってんの?」


「儂に言われても知るはずなかろう。そう語られとるだけじゃしの」


「ま、それもそうか」



 噂ってのはそういうもんだしなあ。



「見た事が無い、というよりも、正確には記憶を消されておるのではないか、というのが有力な噂じゃの。その姿を見ようとしたとか、害そうとしたとか……森へ行く前にそう言っておった者達も戻って来た時にはすっかり記憶を失っておった。普通に依頼する者も漏れなく森に入ってからの記憶を喪失状態じゃよ」


「え、それだと依頼出来たかどうかわかんなくない?」


「それが面白い事に、森の中で暴漢に襲われて素材と金を奪われたとか言う者は記憶を失わずに泣きながら戻ってくるんじゃよなあ。逆に森へ入ってからの記憶が無いどころか、今から森へ入るところだったはずなのに日は暮れてるし素材も金も無くなってるな、という者の場合は後日品物が用意される。故に、織姫様と出会うと記憶を消されるのではないか、という噂じゃ」


「素材と金が無くなってるし時間も経過してるからわかるものの、それらが無かったら記憶消された事にも気付けなさそうだ……」


「年を取ってくると、先程まで何をしていたかとか誰と話してたかとかどんな話題だったかなぞ尿意一つで忘れるもんじゃがなあ」


「言いたい事は何となくわかる」



 年を取っていなくても、ふとした瞬間尿意なり通りすがりの美人なりに意識を奪われた瞬間、さっきまで何を話していたかがすっぽ抜けるというのはあるものだ。

 無意識でやっていたりすると尚の事すっぽ抜ける事が多い。

 さっきまで持ってたはずのスマホどこに置いたっけな、とかよくあるよくある。



「ちなみにじゃがな、織姫様に無礼を無そうとすると記憶を奪われるだけでは済まんから気をつけろよ?」


「具体的には?」


「具体的に……そうじゃなあ、コレは少し前に実際あった話なんじゃが」



 子供に怖い話を聞かせる時の大人のように、どこか楽しそうなニマァとした笑みでジジイは話始めた。



「かつて自業自得で死にかける程の大怪我を負った馬鹿者がおってな、治療費で素寒貧になったのよ。で、生活費やらを稼ぐ為に糸集めをしようと糸垂らしの森へ行く事になったんじゃが、そこで要らん欲を出してなあ」


「というと」


「糸集めついでに織姫を捕まえて売るなり品物奪うなりしてやる、とかほざいとったのよ。まあ現地の者はどうせ無駄に終わるとわかっとったから止めなんだが」



 ヘヒャヒャヒャとジジイは笑う。



「その馬鹿者、どうなったかわかるか?」


「森へ入ってからの記憶どころかこれまでの人生全部の記憶抜かれでもした?」


「惜しい!」



 惜しいのか、コレ。

 結構中々の事を言ったつもりだったのだが。


 ……いやでも()()もそんくらいの事されてたし、異世界じゃわりとよくある事なのか?


 もしそうなら中々にヤバい気がするのでそんな事は無いと思いたい。



「実際は、酷い大怪我で発見された、じゃ」


「返り討ちか」


「それがただの返り討ちじゃなくてのう」



 内緒話をするようにジジイは僅かに声を潜め、ニマニマとした笑みで言う。



「何と、その大怪我は素寒貧になる理由でもある、前に追っていた大怪我とまったく同じ怪我だったのよ」


「……前の怪我を真似てつけられたとかじゃなく?」


「本当に、まったく同じ、当時のその馬鹿者を過去から引っ張ってきたのかと思うくらいには同一だったそうじゃ」



 ……そんな事あるかあ?


 読んだ事ある漫画には古傷を開く事が出来る能力持ちの巨乳が居たが、そうなると記憶操作云々はどういう事だろう。

 まあ主様のように氷と雷という二種類の能力持ちも居るので、()()()()がそういうキメラだという可能性もあるが。


 ……ん、でも主様が言うには()()とかいうのも居る? っぽい? んだっけ。


 ならばそっちとの合わせ技なんだろうか。わからん。

 正直言って、服飾系は()()()()に頼むのが良いらしい、という情報しか持っていないので想像もつかない。



「ちなみに記憶に至っては、自業自得による大怪我を負うよりも前の記憶しか無かったんじゃよ」


「…………えーと、つまり大怪我を負ったのが二十代後半で森入ったのが三十代になってからと仮定すると、普通は三十代のまま森関係の記憶だけがすっぽり抜けるはずなのに、二十代後半時の大怪我に二十代前半時までの記憶しか持たない状態に陥ってた、みたいな?」


「その通り」



 うむ、とジジイが頷く。



「結局そやつは治療の為にこの村から去って行ったが、目先の欲に囚われて織姫様に害を為そうとしてはイカン、という話じゃな。これから森へ入るのであれば、織姫様に無礼が無いよう気をつけねばいかんぞ? 必要以上の記憶を奪われる危険性があるからのう」


「成る程ぉ……」



 その織姫は恐らく()()()()で、つまりキメラなのだと思われる。

 しかしキメラはわりと自分の欲求とか執着に正直な為、同じキメラなら多少の無礼が許される、なんて甘さは無い。

 お互いに判断基準がガバガバだからキメラに対しては寛容な態度っぽく見えるだけで、実際はキレたら即座にぶっ殺しが基本という関係性だ。

 ただの人間なら即座に死亡だがキメラなら復活するからそのまま会話を続行可能、というだけである。


 ……改めて考えるとキメラのコミュニケーション物騒だな……。


 死んだり殺したりも無くコミュニケーションを取る事は可能だが、ポップなテンションで一殺というのはわりとよくある。

 相手のキメラにもよるが、ツッコミのノリで頭が飛ぶくらいは基本基本。



「どうじゃ? ジジイの知っとる噂話は役立ったかのう?」


「さあ」


「役立ったと思うんなら、それ相応の代金が欲しいんじゃがなあ?」


「うっわセコい! やり口がセコい!」


「ヒッヒャヒャヒャ! その日暮らしをしとる老人なんてそんなもんじゃ! ほーれ役立ったと思うんなら代金くらい出せるじゃろ? なあ?」


「そうですね!」



 我関せず状態で黙々とサンドイッチを食べていた主様だが、食べ終えたのかお手拭きで口元を軽く拭いつつ、好青年モードの笑みを浮かべて返事をした。



「実際大事な情報ですし……うーん」



 わざとらしい程に明るい声で、主様は考えるように腕を組む。

 服装によって強調されている豊満な胸筋が腕による圧迫でより一層強調されて凄く眼福。



「では、この宿屋にある安い酒を一瓶、でいかがでしょうか」


「高い酒ではないんじゃな?」


「そっちの方が良かったですか?」


「要らん要らん、そこまでの情報でも無いし、高い酒の味なぞわからんでな」



 きょとりとした顔をしてみせた主様に、ジジイはヒャヒャヒャと笑いながらヒラヒラと手を振る。



「変に高いと慣れん味がして楽しめんからのう。慣れ親しんだ味を大量に飲める方がずぅっと豪儀じゃ。おぬし、随分と太っ腹じゃな!」


「良いお話を聞かせていただいたのは事実ですからね!」



 爽やかな笑顔を浮かべ、主様は食堂に居る店員へと瓶ごとお酒を注文した。





 その後、何故奢ったのかという理由を主様に聞いてみた。



「どうせ知っている話ではあったけれど、下手にごねられても面倒だったからね」


「成る程!」



 日が暮れてからの現在、私達は糸垂らしの森を歩いている。

 蔦のように垂れている糸を回収したり、良さげな木の枝を折ると出て来る糸を回収したり、はたまた木の実を割る事で中から出て来る布を回収しつつの移動だ。


 ……夜目が利くから良いけど、そうじゃなかったら蔦のように垂れてる糸が中々にトラップだよなあ、コレ。


 わりとあちこちに糸があるので、何らかの理由でパニックになって無茶苦茶な走り方でもしようものなら翌朝には首吊り死体が発見されそうだ。

 そのくらいには糸が垂れている。


 ……森で糸ってなると蜘蛛の巣とかを連想するけど、そういう感じでは無いんだよな。


 本当に絹糸とか木綿とかが枝に垂れている感じで不思議な光景。

 誰かが垂らして干してるとかじゃなく、自然にこうなっているというのは凄い事だ。



「それにしても、記憶が消えたりなんだりってどういう事なんです? そういう魔物とかが混ざってるとか?」


「そういう魔物が居ると思うかい?」


「居たらとんでもないなって思いますけど、()()っていうトンデモな前例居るからあり得ないって一蹴するには弱いなーって感じです!」


「そうだね。実際魔物なんて意味不明なヤツが沢山居るから、常識を求める方が馬鹿を見る」



 馬鹿を見るとまで言う程に常識外れな魔物が多いのか、この世界。

 そう語りつつ、主様は歩みを阻むかのようにカーテンの如く垂れ下がっている糸を手で退け、くるりと腕に巻く事で回収してこちらへと寄越す。

 私はソレを受け取って袋に詰めるだけの簡単な作業だ。



「……まあ、残り香からすると、既に……」


「はい?」


「何でもないよ」



 小声で何かを呟いているのが聞こえたが、聞き取れてもいまいちよくわからないワードだった。

 なので聞き返してみたものの、答える気は無いというニッコリした笑みを返される。

 作ったとわかる見本のような笑みにキュンキュンしちゃうな。



「そんなことよりも、ほら」



 主様はするりとした動きで右腕を持ち上げ、向こう側を指差す。



「見えて来たよ」


「あ、本当ですね!」



 示された方向を見れば、ぽっかりと開けた場所に建物が存在していた。

 妖精の家ってこんな感じかしらと思うような、どこかこじんまりした雰囲気の可愛らしい建物だ。

 しかし静けさのある風景とは真逆に、中からはドッタンバッタンと追いかけっこでもしているような音が響いてくる。



()()()()、入るよ」



 コココン、と手の甲で短くノックし、当然ながら物音に怖気づきもしない主様は返事が返ってくる前にドアノブへと手を掛けた。



「あっ、こらテメッ、待て!」



 扉が開いた先では、暗い赤毛に黒いメッシュの入った癖のある髪を首の後ろで一つに括っている大男が押し倒されていた。

 しかも押し倒しているのは、金のインナーカラーが入った緑髪を首までの丸みあるボブヘアにしている細身の女性だ。



「ズマン動くなってば! 新しい服用の布当てて確認してるだけだろ!?」


「そうじゃねえだろ! 客!」


「え? あ、本当だ。今取り込み中だからちょっと待ってて」


「手を止めろっつってんだよヤー!」



 ニコッと可愛らしさの化身みたいな笑みを浮かべた女性に大男はそう叫んでいたが、それでも一切動揺を見せない辺り、随分メンタルがタフだなあのまな板。



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