気付けば時間が過ぎ去っている
主様が宿屋を手配した後、別行動になってしまった。
「最近は手土産が無いと面倒だからね」
との事で、適当に歩いてくるから好きにしていろ、という指示。
まあオーダーメイド系の店なら手土産がある方が色々スムーズだったりもするのだろうが、何が何だか。
……ま、良いか。
そう思いつつ、適当に見て回る。
慣れない場所だと道に迷いそうで一瞬躊躇いがあるけれど、嗅覚を頼れば知ってる道には一応戻れる為、キメラになってからはあまり恐怖も無くなった。
正直なところ、知ってる道に戻れるという理由以上に、暴漢と出くわそうが迎撃可能という事実の方が安堵の理由な気がするが、まあまあまあ。
……しっかし本当に色んな糸や布が売ってるなこの村。
その辺で見かけるような安価な糸もちらほらあるが、基本的には上質だろう糸が多い。
そんな上質な糸も、近場で採取可能だからか通常より安価でお買い求め出来るようだ。
……いや、あんまり物価わかんないけど。
自分一人で利用する夜の店ならある程度の経験から大体の平均価格もわかるけれど、糸系の平均物価に関してはサッパリだ。
そもそも宿やら食事やらの支払いは主様がやってくれるし、お金も人を食べれば入ってくるので平均的な収入も不明である。
まあその辺はさておき、露店などを見ていると流石に家畜系魔物による特殊なタイプの布なんかは数が少ないようだった。
……実ってる糸を売ってるだけだからか、ひんやり生地になる氷属性の糸とかはあんまり無いんだな。
時々あるけれど、ああいうのは寒い地域で育てているという事もあってかネイチャー大陸であるこの村では結構なお値段だった。
逆に保温可能だったり程良く発熱して低音火傷しない程度に調節された炎属性の糸なんかは比較的お求めやすいお値段をしている。
全身にカイロを貼るようなものなので、冷える時期や見張り番にお求めされる糸なんだとか。
やはり炎属性の家畜系魔物から採取する事になる為、気温高めなこっちだと安くなるのかもしれない。
……砂漠の近くだと夜の冷えが結構洒落にならないみたいだけど、家畜自体が近場に居るなら運送費とかが省ける分お安くお買い求め可能だろうしなあ。
とはいえ、私は炎属性なので寒さに関してはよくわからん。
熱さもあまり感じないが、常にポカポカなので冷たさもあまり感じないのだ。
いや、ひんやりしてるとかはわかるけれど、暑い日に冷えたコップに触れるような爽快感に近いのでダメージが入らない。
……流石に主様の氷漬け攻撃とかは通るけど、ねえ。
要するに、こういう系の糸や布の良さが実感出来ないという話だ。
種族的に耐性が強く、何なら生前からエアリズムだのヒートテックだのの良さをあまり実感出来ていなかったタイプなので尚更わからん。
触れられる事による性的興奮が薄い事と体感温度に対する鈍さって比例するんだろうか。
「いよう姉ちゃん、さっきから随分と羽振りが良さそうじゃねえか」
「え、俺?」
露店から視線を逸らし、声のした方を見てみれば、チンピラ風の男が背の高い女性に絡んでいた。
……いや、女性……か……?
多分女性なのだろうけれど、あと一歩で百八十センチだろう背の高さ。
まあ百八十センチを超えている現在の私が言う事では無いので身長は度外視しても良いのだが、旅人用のフードがついた布を纏っている為、可愛らしいお顔以外がすっぽり覆われて隠れているのだ。
前髪を大き目のヘアピンで留めている緑髪のボブヘアで、金のインナーカラーが入っていて、真っ赤なおめめが大きくてくりくりしているキュート系。
しかし私の性癖が、あの子は膨らみ皆無のまな板だし筋肉も期待出来ないぞと囁いてくる。
「高級な生地もポンポン買ってたみたいだし、金持ちの娘か何かか? そんだけ金があるんならよ、俺にもいっちょ分けてくれや。ちょぉーっと酒飲んで綺麗なお姉ちゃん達の店に行ったら素寒貧になっちまってよ」
「いや、それ、自業自得って言うんじゃないの……?」
「うるせえ! 良いから寄越せよ! 俺が可哀相だとは思わねえのか!?」
「そんな支離滅裂で意味の分からない主張をされた挙句にお金を取られそうになってる俺の方が可哀相だよ、もう」
人相の悪い、筋肉もいまいちなチンピラに絡まれている彼女は、特に動じた様子も怯えた様子も無く肩を落として溜め息を吐く。
……どうしよっかなー……。
周囲を見渡すも、他の人達はざわざわ騒がしい中でお買い物をしている為か、人の流れから外れて絶妙に死角になっている場所でのやり取りには気付いていない様子。
暇してたので助けに入っても良いのだが、積極的に助ける理由も無いからどうしたものか。
……まあでも、見捨てて飯が不味くなるよりは助けて美味しくご飯を食べる方が良いか!
食べる飯は人肉だけど、まあ深くは考えるまい。
困っている人を見捨てろだなんていう教えを受けた覚えは無いんだし。
……いや、門前の小僧が習わぬ経を読むように、日本って見ない振りをしてる人ばっかりだからある種教えは受けてる、か?
しかし情けは人の為ならずと言うし、実際彼女を助ける為というよりも時間つぶしを兼ねて助ける事にするとしよう。
「ああもう、やっぱり勝手に抜け出さずに一緒に来れば良かった。でもアイツ変に過保護だし、時間掛けて買い物すると文句言うからなあ」
「何ごちゃごちゃ言ってんだよ。それよりも俺にお恵みをだな!」
「はーいそこまで」
顎に手を当てて自分の世界に入り込んでいるらしい彼女と、イライラしている様子のチンピラの間にずいっと割り込む。
まさか割り込む人間が居ると思わなかったのか、双方が目を丸くした。
正確には人間というかキメラだけれど、擬態してるので人間でも間違ってはいないだろう。
「夜遊びの時点で節度とか無いようなもんだけど、ああいう店は相当なぼったくりでも無い限りは自己責任や好みかどうかって範疇だろ? 大当たりならそれはそれで最高ってなって支払いが幾らになっても満足だけど、良い店に当たったのであれ悪い店に当たったのであれ、自分が楽しんだなら自分の懐から自分の金で払うもんだ。どれだけ懐が素寒貧で寒々しかろうが、他人から金を巻き上げるなよな」
「いきなり何だテメェ!」
私なりの見解を告げたところ怒鳴られたが、チンピラはすぐに私のバインボインな爆乳へと視線を移し、その顔をこれでもかとニヤけさせる。
「いやぁ~? 何だと思ったら随分と良いおっぱいしてるじゃねえか、おい。お姉ちゃんがベッドでお相手してくれるってのか?」
「何が楽しくて好みでもない野郎に体を許すんだよ首を折られたくなかったらさっさとどっか行け」
反射的にブチギレて小石を踏み潰して砕け散らせたところ、チンピラは情けない悲鳴を上げてすたこらさっさと逃げて行った。
骨を砕かれるとでも思ったんだろうか。
……うん、まあ、あんまり面倒なようならそのつもりだったけど。
このおっぱいを前にしたら性欲に呑まれてしまうという気持ちもわかるので、下世話な視線はまだ良い。全然許容範囲内。
何なら私だってこんなおっぱいあったら下世話な視線を向けるから気持ちはわかる。
しかし、筋肉も碌に無い癖にワンナイトのお誘いなんてクソ食らえだ。
……例えお金を貰っても、好みじゃない野郎とは、なあ。
私は性欲が強い方だとは思うけれど、性行為をしたいから男を誘うのではなく、好みの男を堪能したいからベッドに誘うのである。
誰でも良いというわけでは無いので、迅速に逃げてくれたのはありがたかった。
いやあ、だけどそう考えると金さえ出せば汚いオッサンとでも寝てくれるお店のお姉さん方は凄いな。プロ意識がしっかりしてるぜ。
……まあ人によっては良いブツが生えててちゃんと機能すればソレで良いってタイプも居そうだけど。
それでも許せる範囲と許せない範囲はあるだろうに、しっかりお勤めを果たす彼女達は本当に凄い。
女性向け風俗なんかの男性に至っては、好みじゃない相手でも勃起させないといけないから尚の事難易度が高そうだ。
「と、大丈夫だった?」
「あ、うん。ありがとうございます」
チンピラが完全に姿を消したのを確認してから振り返れば、律儀にペコリと頭を下げられた。
「いや、割り込んだは良いけどあんまり動揺もしてなかったみたいだし、お邪魔したかなーってちょっと心配でさ。一応聞くけど割り込んで良かった? んだよね?」
「それは勿論だよ! ああいうのはいっつも一緒に居てくれる相方が追い払ってくれるんだけど、今日は一人で出てきちゃったから」
たはは、と眉を下げて笑い、彼女は気恥ずかしそうに頭を掻く。
とりあえず邪魔をしたという扱いにはならなそうで一安心。
人ってのは何が地雷かわからないので、この辺の確認が出来たのは良かった。
「あ、俺はハイヤート。そっちは?」
「ジージエ。よろしく」
「うん、ヨロシク」
ニコ、と笑うハイヤートはとても可愛らしい。
私は可愛らしさよりもおっぱいの大きさで好感度が決まるので心が揺さぶられはしなかったけれど、大抵の人は心を奪われるくらいの可愛さなんじゃないだろうか。
クラスや学年どころか学校内での総合ランキングで上位に食い込めるタイプの可愛さだと思う。
「ジージエは旅人さんかな? 観光目的?」
「とっても素敵で最高でこれ以上の存在はいないだろうって方に同行してる旅人かな。観光とかはよくわかんない」
「おお……何か謎に濃いな……」
驚きの顔をされたものの、ドン引きされた気配は感じない。
先程チンピラに絡まれていた時も全然動じていなかったし、結構メンタルがタフなタイプのようだ。
「ハイヤートの方は現地人?」
「んー……この村の人間では無い、かな。近くには住んでるけどね。ここには珍しい糸や布を買いに来たり、新しい本とか美味しい食べ物とか欲しくて来たんだけど……まさか絡まれるとはなあ」
ハァ、とハイヤートは疲れたような笑みで溜め息を吐いた。
別にあんまり気にしてないけど楽しいものじゃない、という感じの表情だ。
「相方にも一人で行くなって言われては居たんだけど、やっぱり一人でゆっくり買い物したいっていうの、あるだろ?」
「あんまり買い物しないから私にはわかんないな。でもラシー様は一人で買い物するのが好きみたい。今も単独行動状態だし」
「へえー……ん?」
何か引っかかったのかハイヤートは怪訝そうに首を傾げるも、まあ別に気にしなくても良いかなとでもいうように表情を変える。
あまりぐだぐだとは考えない性格らしい。
「ところで、まだ買い物したりする? 暇してるし護衛代わりに付き添おうか?」
「いや、護衛なら居るから大丈夫」
ありがと、と笑みを返された。
「まあその護衛を置いてきちゃったから絡まれたんだけど、多分居ない事に気付いたらすぐ探しに来ると思うから。一応行き先書いたメモを置いといたし。あ、でもアイツが来るまでに見て回りたいところはまだあるからやっぱりお願い」
「しなくていい」
「あだっ」
いつの間にかハイヤートの背後に佇んでいた大柄な男が緑色の頭にチョップを入れた。
二メートルと十センチくらいだろう高身長に、それに見合う肩幅を持ち、ハイヤートと同じような布を纏っているのでわかりにくいが先程見えた腕からすれば相当にムキムキな気配がする。
……クッソ、布で覆われてるのが惜しい……!
男はウェーブ掛かったくせ毛らしく、黒いメッシュが入った暗い赤毛の毛先があちこちで踊るようにくるんと跳ねている。
胸までの長い髪は首の後ろで括って前に流されており、前髪はサイドに退けられているのかシルエットがどことなくふんわりしていた。
横に退け損ねたのか真ん中にちょろんと一房前髪が残っているが、それが逆に色気を倍増させているような感じだ。
……まあ、色気も何も、布で体を覆われてる上にチンピラがつけてそうなサングラスで台無し感あるけど……。
鋭い三角型の黒いサングラスに、眉間に皺が寄せられた凛々しい眉に、への字口。
サングラスで目元が窺えない上にガタイの良い二メートル級の高身長となれば、色気云々よりも圧の方が勝るというものだ。
右耳には装飾がされた槍のようなデザインのピアス、左耳には同じデザインながら丈が短いピアスがつけられているのだが、ピアスによる色気補完も間に合わない圧だった。
今の私も高身長だからこうしてしっかり顔を見る事が出来ているが、これで子供だったら足しか見えなかっただろう。
「あ、ジージエに紹介するね。コイツがさっき言ってた相方、ワクト」
ハイヤートによってそう紹介されるが、ワクトの方は見定めるかのようにこちらを一瞬見た後、気にする価値も無いと言うかのようにハイヤートへと視線を戻す。
「……何を話してたんだ?」
「世間話だって。あとワクトが過保護って話」
視線を逸らして目を伏せたまま、べ、とハイヤートは舌を出す。
絡まれていたとかは言わない気なんだろうか。
……まあ過保護がどうとか言ってたし、本人に言う気が無いなら私がわざわざ言う事も無い、かな?
「何も問題が無かったならそれで良いが……さっさと帰るぞ」
「え!? 嫌だよ何言ってんのさワクト!」
戻ろうと方向転換しようとしたワクトに対し、ハイヤートは布を掴んで待ったを掛けた。
「折角買い物に来たのにまだ布とかをちょっと買ったくらいしか出来てないんだよ!?」
「欲しいのあったら俺が買い出しに行ってやるって言ってんだろうが! そもそもお前は声掛けられやすいんだから外出んな!」
「外出るなって何だよ! 良いじゃんか別にちょっと出かけるくらい!」
叫んでから、あ、とハイヤートは何かに気付いたかのようにほんのり色づいた頬に手を当てる。
「もしかして俺の可愛さが人を惹きつけ過ぎる事に対して嫉妬や心配してるとか!?」
「いや、どっちかというと世間知らずのカモにされそうっていう心配だな」
「、馬鹿!」
「っ、~~~~……!」
思いっきり足を踏みつけられたワクトは声なき声で呻き声を上げながら屈みこんだ。どうやら痛いところに直撃したらしい。
「もう、勝手に行くからな!」
「あ、こら、勝手に動くんじゃねえ! ハイヤート!」
一気に機嫌を悪くしたハイヤートは頬を膨らませたまま早足で去って行ってしまった。
痛みでそれを見送るしか無かったのだろうワクトは間もなくして復活し、ったく、と呆れたように溜め息を吐きながら立ち上がる。
「そんじゃ、ジージエ……だったか? ハイヤートが面倒掛けたな」
「ああいや、別に。こっちも暇してたし」
何よりワクトという良い筋肉の気配させてる男と出会えたのでラッキーなくらいだ。
「そうか」
そんなこちらの内心を知らないだろうワクトは、ハイヤートに対する時に見せた感情表現の豊かさはどこへいったという真顔で頷いた。
コイツ、ハイヤート以外には興味が無いのかもしれない。
「じゃ、俺はハイヤートを追いかけるからここまでだな。アイツの相手してくれてありがとよ」
「いえいえ、どういたしまして」
背中を向けるワクトに、私はひらりと手を振った。
「また会う機会あったらよろしく」
出来ればベッドを共にする方面でよろしくしたい! ハイヤートにしか興味無いなら却下食らうかもだけどさ!
そんな下心をお行儀よく笑顔の裏に秘めていると、ワクトはぼそりと小さく呟く。
「……次も初対面だろうけどな」
「え?」
何か聞こえた気がして前方を見れば、ガタイの良い大男だろう誰かがフード付きの旅人向けな布を羽織って走っていた。
フードを被っていない為、くるんとしたくせ毛がぴょこぴょこと跳ねており、首の後ろで一つに括られた長い髪なんて走りに合わせて犬の尻尾のように動いている。
……うーむ、もうちょっと早くに気付いていればなあ。
ぼーっとしていたのか通り過ぎた事にも気づかなかったが、近くには路地裏含めた曲がり角も何も無いので多分私の背後から走り去って行ったのだろう。
良い筋肉の気配がしていたので、逆ナン出来なかったのが残念だ。
しかし気付けばいつの間にやら日が傾いているみたいだし、そろそろ主様が戻ってくる頃合い。ならば目の前を走り去って行く筋肉くらい別に惜しまずとも良いか。主様程優先すべき存在は居ないからな!




