初対面じゃないらしい初対面
建物の前に立ち、コココンと主様が短いノックをして返事も待たずに扉を開ければ、そこには細身の女と筋肉質でガタイが良い大男が居た。
サングラスで目元は見えないものの、大男の方は鋭い三角型のサングラス越しに警戒するような視線を寄越しつつ、腕を組んで仁王立ちしている。
そんな大男に守られるような位置に居るまな板胸の細身の女は、大男が警戒しているのを気にする様子も無く、布で座り心地良さそうにデコられた木製の椅子に腰かけていた。
「いらっしゃーい」
「…………おう」
「久しぶりだね、仕立て屋、護衛」
にこやかな女と不愛想な大男に対して主様はニコリと笑ってそう挨拶し、
「ところで護衛、またやったね?」
す、と一瞬で温度を無くし、冷気を漂わせながら目を細める。
口元にはほんのりとした笑みが浮かんだままだけれど、その笑みは圧を強める要因でしかない。
冷気を纏って圧を掛けている主様に対し、護衛と呼ばれた大男は面倒臭そうに舌打ちをした。
「……何の話だ」
「この森付近で一瞬何をしていたかが記憶から抜けているような感覚を覚える時、大抵はキミが何かした時だろう」
「何も起こってないし見てもいない。会話もしてない。それで良いだろ面倒臭ぇ」
への字口に曲がった口でそう吐き捨て、護衛はシッシッと雑に手を振る。
その態度に主様の周囲の温度がまた下がり、隣に立っている私ですらほんのりと寒さを覚える程だ。
……冷気を感じるくらいならともかく、温度耐性が高い私も寒さを感じるって相当な……。
「ヘクシュン!」
そう思ったと同時、女が大きなくしゃみをした。
とても細身で胸に一切の膨らみが無いまな板さんだが、主様の言葉からすれば彼女こそが仕立て屋であり、ジジイの言っていた織姫様なのだろう。
……あまりにもまな板過ぎて本当に女なのか自信ないけど、多分、女……?
骨格が華奢で、腹は内臓が入っているのか心配になる程薄く、全体的に肉が無い。
男らしい筋肉も無ければ女らしい丸みも皆無という、第二次性徴がまだ起こっていない世代のような絶妙な細さだ。
……あの世代、子供特有のぷにぷにさが無くなりつつも明確な男女差はまだ出てないっていう絶妙に脂肪も筋肉も足りてない時期なんだよなあ……。
つまり興味の範囲外。ロリ巨乳とか筋肉ショタならヨダレ垂らして喜ぶけれど、そうじゃないなら論外である。
まあ、ただのデブなんかは私にとって論外以上にアウトだが。
「ううう、もう、やめてよ諦観者! 寒いじゃないか!」
ヘックシ! と仕立て屋はもう一度クシャミをして腕をさする。
……まあ薄着だし、気温耐性無いタイプならそうなる……かな?
何せ仕立て屋の服装は、首までを覆うハイネックではあるものの、内臓が入っているか不安になる程細い腹をガッツリ出したミニ丈。
ピッタリしているその濃い緑色の服からは胸の膨らみが一切窺えない。
加えて肩出しのデザインとなっているが、一応ゆったりしたデザインの袖がついていて、肘の辺りで布を絞りつつ着物の振袖のような袖が前腕を覆っている。
……でもあんまり厚み無い布に見えるし、袖も通気性高そうだから冷気が漂ってると普通に寒いか。
しかも下は下着一枚。
いや、下着では無いのだろうけれど、ビキニアーマーの下装備って感じに見える。
アーマーではなくて上に合わせた濃い緑の布な為、ただの下着にしか見えないが。
一応横や後ろを覆うように踊り子のような薄い緑の透け布がスカートのように広がっており、どこか妖精染みた雰囲気を見せているものの、露出度が高い事には変わりなし。
よく見れば左の太もも部分に二つのベルトが巻かれ、そこには針山や糸切狭なんかがセットされているという美容師さんみたいなスタイル。
いつでもそれらを使用出来るようにと前面を露出するようなデザインになっているのかもしれないが、気温変化に弱そうなのは確かだ。
……んでもって、混ざってるのは蜘蛛系の魔物、っぽい?
博識のように腕が複数というわけでは無いが、仕立て屋の背中からは蜘蛛の脚が三対生えていた。
硬質でスタイリッシュなタイプの脚だが、三対もあると中々に視覚へのインパクトが強いように思える。
見た感じからすると上の服の背中に穴が開いており、そこから二対、そして服の下から一対が出ているという縦に三列といった生え方だ。
……足も太ももまではまだ人間っぽいけど、膝から下は人間じゃないよね、アレ。
膝の関節は虫のような関節となっており、下腿は異様に細く、同じく虫の関節となっている足首から下に至っては足と言って良いのか自信が無い。
それ程までに細い足であり、つま先立ちをしているような、どころかつま先しかないような足。
プラスチックで出来ているナイフを思い出させる薄さだが、アレで体を支える事が出来るんだろうか。
……まあキメラに常識を問うだけ無駄だし、良いか。
うん、深くは考えるまい。
「まあ、実際にどうかとは思うけど。ズマンってば過保護過ぎるよ。俺を見る初対面顔からして、ジージエの記憶まで消したんだろ?」
「…………」
はて、何で仕立て屋は私の偽名を知ってるんだろうか。
特に名乗った覚えもないし、執事が言っていたようなキメラ内での新聞では変態名義のはず。
むっつりと黙り込んでしまった護衛の態度からするとどうやら記憶を消されたっぽいが、どういう事なのかわからず首を傾げた。
「ジージエとはムジカイザの村でちょっと話したんだ」
「そうなの?」
心当たりも記憶も無いが、うん、と仕立て屋は頷く。
仕立て屋が好みの体型じゃないから記憶に残らなかったとかではなく、本当に関わった覚えがない。
しかし、向こうではそうでは無いようだった。
「すぐにズマンが迎えに来たからそこでさよならしたんだけど……」
「どうせ多少会話をした程度で何かが起こるわけでも無いし、それこそ世界ごと巻き戻さない限りは残り香で接触したかどうかはわかるものだけどね」
何を馬鹿馬鹿しい事をしてるんだか、と主様は呆れた顔で肩をすくめる。
多少落ち着いたのか、漂っていた冷気は気付けばすっかり散っていた。
「……うるせえな。コイツは危なっかしいし、利用されかねねぇとこがあんだよ」
「俺だって迎撃くらい出来るよ! ズマンが居ない時はそうしてたし! 機織りとかの最中なら特に苛烈な迎撃をお見舞いしてやる!」
「そもそもそんな事が起こらねぇ方が良いだろ。話が早い」
「起こらない、ではなく、巻き戻して無かった事にしているだけだろうに」
「うるせえ!」
ふむ、よくわからんがこの護衛は執事のような記憶操作タイプでは無く、時間操作タイプの様子。
本当にそうなのかという確証は無いが、会話からすればそうだろう。
……それに、見た目からしても時間関係なんだろうなって特徴しかないもんなあ……。
二メートル越えの身長だとか体格の良さよりも特徴的だ。
見た目としては鋭い三角形のサングラスという人相を悪く見せるようなサングラスを装備した露出の多い男、という感じ。
というのも左胸をメインで覆う胸当てのような暗い赤色の布を、右に一本、左に二本ある細い黒ベルトで吊っている。
吊っているというか、うん、左肩の内側にある一本だけが役目を果たしていて、右側にある一本、そして左側にあるもう一本のベルトは二の腕に引っかかっているという状態だ。
……ギャルとかがこういう風に着崩したりするのはあるけど、大男がやるとセクシーって印象以上に何かヤバそう感つっよ。
当然ながら首とか肩とか腕とか腹とかは思いっきり露出されていて、良い筋肉がよく見える。
主様のようにラインがるんるんしている脂肪の乗った立体感のある筋肉とは違い、どこか平面という仕上がりの筋肉なのが個人的には少し惜しいが、しかし良い筋肉である事は確かだ。ギッチリ詰め込まれたお弁当って感じで良いと思う。
……欲を言えばもっとむっちり感のあるもも肉系の筋肉であって欲しいけどな! むね肉系の引き締まりなんだよな!
さておき下だが、下はダメージジーンズなのだけど、左側だけがホットパンツ状態になっていた。
右足はしっかり覆われているのに左足はガッツリと露出しており、右足は黒い膝丈のベルトブーツ、左足は足首丈のベルトブーツ。
ブーツのデザインは一致しているので見ていても違和感が無いのだが、左足のこれでもかという大胆露出なホットパンツはとんでもない。
……けど、まあ、そこまでヤバくも無いのがヤバいよな。
というか別方面にヤバい。
具体的には、左足が光沢のある赤色で塗られた柱時計だからだ。
左足が柱時計とはどういう事だと言いたいが、マジで柱時計の左足。
よく見ると時計部分になっている上部は大腿部にあり、途中で関節があり、下腿の方に振り子などがある仕上がり。
だからといってビジュアルのヤバさは変わらないが、この足だからズボンを履けないと判断しているのか、わざわざ左側をホットパンツ状態にしているのだろう。
……実際は普通に履けるかもしれないけど、こういう異形部分って覆い隠すと違和感凄いから露出しておきたい気持ちはわからなくもないな!
私も胴体をぐるりと覆っているコルセット部分に関しては剥き出しだ。
衣服を纏っても出っ張り部分がシルエットの邪魔になるし、明らかな違和感を出してしまうという事から主様にも諦められている。
が、そんな私の方の事情はさておき、護衛の体にある時計要素は左足の柱時計だけではない。
右の頬にはスチームパンク好きが喜びそうなデザインの蓋無し懐中時計が埋まっており、時計なのかは知らないが首にはぐるりと巻くようにローマ数字が書かれている。
右の鎖骨下には四角いパネルのようなものが埋まっていて、そこにはデジタル式に時間が表記されていた。
両手の甲にはアナログ時計が埋まっているし、右と左で長さが違うピアスの飾りもよくよく見たら素敵デザインの長針と短針だろう。
……ここまで全身で時計人間だって表現してくるヤツもそうそういないぞ……。
いや人間では無いけれど、時計関係のキャラクターだってもうちょっとマイルドな主張で抑えるはずだ。
なのに体に埋め込む形で時計を主張するとかどうなっているのやら。
仕立て屋の背中にある硬質な脚とか、私の腹を覆うドラゴンコルセットとかキメラには不思議な特徴が多いものだけれど、それにしたってここまで時計を主張するなんて事があるとは。
……何だろうな、鳥籠とか執事が擬態もせずに生活してたくらいにはキメラっぽい異形感少なかったのもあって、中々にインパクトが凄い……。
仕立て屋も護衛も露出度はどっちもどっちに思えるが、見た目の異形感は護衛の方が圧勝だった。
首をぐるりと巻いているローマ字までなら普通にありそうだけれど、あちこちに埋まる時計はインパクトがヤバすぎる。
「えーと……主様? この護衛ってヤツは時間操作系っていうエロで御用達な技が使えると?」
「途中のノイズは聞かなかった事にするけれど、まあそうだね。時計くんという魔物が混ざっているから、時間操作の殆どが可能だ」
「子供向け作品みたいな名称でかなりガチな能力じゃないですか……えっ、具体的には?」
「時間を止めるも、巻き戻すも、早めるも、動きだけを早めたり記憶だけを巻き戻したりも出来る魔物だよ」
「マジでエロ御用達じゃないですかそんなの!」
時間停止とかリセット機能なんて能力、エロ同人誌で一体どれだけ活用されてると思ってるんだこの男。
私だってそんな能力あったら道行く巨乳のおっぱいを揉みしだいた上で時間巻き戻して犯行を無かった事にして証拠隠滅する。絶対する。
まあ妄想はすれども主様に手を出すのは主様を軽視している扱いになるので絶対やらないだろうが、その他には手を出しまくるだろう未来がありありと浮かぶ程だ。
「え、つまり護衛もそういうエロ系に使ってたりする? 時間停止中に相手が食ってる食い物に向かって発射して相手に食わせて反応見せたところで巻き戻したりとか」
「気が狂ってんのかテメェは」
護衛だけじゃなく主様と仕立て屋にもかなり本気のドン引きと軽蔑の目で見られたが、そんなエロ御用達の能力聞いたらそのくらい考えるだろ。
しかし反応からして、良い体してる癖に護衛にはその発想が一切無かったらしい。
いくらキメラが性欲失いがちとはいえ、性欲の死にっぷりが激し過ぎるんじゃないのかコイツ。




