誰が殺したクックロビン
それは私と、思い出す。
遊んでたんだ、あの時は、ただ、普通に。
お爺様が居て、親父が居て、お袋が居て、親父の親戚も皆居た。
家を出てる人も多かったけど、それでも頻繁にクックロビン本家に集まって情報交換とかをしてたんだ。
お爺様の子であり、親父の兄弟である人達は、厳しいけれど優しい人達ばかりだった。
外から来た奥さんも旦那さんも、皆素敵な人だった。
親父の兄弟達も子供が居て、俺と近い年頃の子が多かった。
兄みたいな子に苦笑されて、姉みたいな子に叱られて、双子みたいな子に蹴飛ばされて、弟みたいな子を肩車して、妹みたいな子を慰めて、
……妹と、手を繋いでた。
そうだった、俺には妹が居たんだった。
とっても可愛くて、とっても小さくて、俺が四歳の時に生まれたんだ。
俺が伸ばした手を、指を、小さな小さな手で掴んでくれた。握ってくれた。
あの温かくてちっちゃな妹と出会ってから、俺は兄として、この宝物みたいな妹を守るって決めたのに。
……俺が、そんな全部を壊したんだ。
俺はちょっとだけヤンチャだった。
他の子を巻き込んで森に入ったりもして怒られた。
妹をいじめようとした子を殴って数時間叱られた。
それでも皆優しくて、そういう時にどうしたら良いかを教えてくれて、街の人達も色んな人が居たけれど、それでも皆優しかった。
俺を叱る人、心配する人、怒鳴る人、挨拶するだけの人、お菓子をくれる人、と色んな人が居るけれど、偉い立場の子である俺をそこまで特別扱いしないところが好きだった。
皆、俺を、俺達を守るべき子供として見てくれた。
それを台無しにしたのは俺だった。
「おゥーーーい、そこの坊主。お前なんて名前だよ、なァ、お前だよお前ェェ」
街と外のギリギリの境目みたいな、子供がちょっと足を延ばせば行けるような場所。
柔らかい草が生い茂っていて、花とかがあって、子供が追いかけっこをしたり昼寝をしたり花冠を作ったりする事が多く、子供を探す時はまずここだと言われる場所で、アイツらに出会った。
クックロビン家にやってくる貴族でも、地位の高い者が着ているような上等なドレス。
しかしどこか独特のデザインで、加えてドレスの質の良さが台無しになるような下品な笑みを浮かべた女。
目と口が弓なりになっていて、にまにましていて、下心がありますよという顔だった。
「そォんな警戒すんなよォ、なァ、坊主。変に警戒されるなんて悲しいじゃねェかよォ」
ギヒッ、と女は嫌な笑みを浮かべて笑っていた。
手の中で飾りの多い扇子をくるくると遊ばせている女は、得体が知れない存在だった。
二年前、まだ十歳だった俺はその下品さとか、嫌な感じとかがよくわからなかったけれど、逃げた方が良いような気がしていた。
「いきなりそんな口調で距離を詰めれば、そういった対応を取られても致し方ない気がしますがね」
ウクク、と口元を手の甲で押さえながらこっそり笑いつつそう言ったのは、女の付き人みたいな老人だった。
「申し訳ありません、坊ちゃま。こちらのキャージュ様は少々口が悪いのですが、悪い方ではありませんよ。私共はこちらへ来たばかりで、少々道を聞こうとしていただけなのです。まさかキャージュ様に任せただけでここまで警戒されるとは思いませんでしたが……ックク」
「うるっせェなァ! テメェは黙ってろドゥミナシオン!」
笑いを堪え切れていない男、ドゥミナシオンに対し、キャージュと呼ばれた女は顔を赤くしながら怒鳴りつけていた。
「ったく、まあ確かにちょっと今のはいきなり過ぎたと思うけどよォ……それで坊主、少しばかり道を聞きたいのだが、良いか?」
「お、おう……」
その時の俺は、すっかり警戒を解いてしまっていた。
軽快なやり取りを前にして、どこか照れ臭そうなキャージュを見て、警戒するような人では無かったのかもしれないと思ってしまったのだ。
「クックロビン、という家名の貴族を知っておるか? 珍しい話や伝承などに興味があると聞いてな、我らも少しばかり話を語って聞かせようかと思ったわけだ。かつて存在したとある大陸……その大陸が地図から消された理由に関わるのだろう話を、な?」
ニィィ、とキャージュは笑みを浮かべていたが、耳まで裂けるようなその笑みは恐ろしいものだった。
しかし直前のやり取りから、ちょっと笑顔が苦手な人なのかもしれない、と俺は思ってしまっていた。
元々変わった人がうちの屋敷にやってくる事は多かったから、俺は油断してしまったんだ。
「クックロビンはうちだよ。案内してやろうか?」
「おお、なんと、それは僥倖。思わず声を掛けたくなる程に可愛らしくて初々しい子に聞いたら、まさかその子が目的地の家の子とは、なァ?」
「ええ、全くですな。最低限の下調べはしていましたが、ここまで好みの子とは……いや、失敬」
二人はそんなよくわからない事を言いながら、猫のようにニマニマとした変な笑みを浮かべて俺を見ていた。
・
二人はお爺様と話をして、あっさりと受け入れられていた。
書物にも残らない程徹底的に消されている大陸について詳しい二人は、大事な客人としてうちの屋敷にしばらく滞在する事となった。
元々そういった事は何度かあったから、いつものお爺様の癖だ、と皆が笑っていた。
……他の人と話す時の二人は、普通だった。
寧ろ優しくて、上品で、穏やかで、理想的なお客様だった。
知識豊富だから誰とでも話が合うし、キャージュの付き人であるドゥミナシオン、ドンなんかは子供に教えるのが上手だった。
俺達がお世話になっている家庭教師よりも教え方が上手なんじゃないか、と思うくらいだ。
「ウクク、そう言われるのは嬉しい事ですね。とはいえこれは、あくまで年季と杵柄ですよ。経験から最適な対応を考えて、適切な教え方をしっかりとマスターする。それだけで、親と子両方からの信頼が得られるのですから」
ドンはそんな事を言っていた。
二人はお爺様と話す時以外は、大体他の誰かと一緒に居た。
勝手に自分達だけで屋敷の中をうろつくのは良くないだろう、と言う彼らに、親父達も好感を寄せていた。
そんな二人に屋敷を沢山案内してやったのは、俺だった。
俺が連れて来たんだから、と言って、俺自身が張りきったのだ。
見慣れない大人というだけで珍しかったし、可愛がってくれる人というのは、一緒に居たくなるものだから。
「おォ、よォしよォし。お前は本当に可愛いなァァァ?」
「ええ、本当に。このまま大事に大事にとろかしてしまいたいくらいですねえ」
だけど、二人きりの時、彼らはちょっと怖かった。
キャージュは魔法の掛かった義手だという鉄の手で、俺の顔をよくこねくり回した。
無遠慮にむにむにされるのはあんまり好きじゃなかったけれど、何だかとてもきもちのいい事のような気がして、俺は拒絶する事が出来なかった。
ドンは髪に隠れていない左目で俺をじっと見つめながら、優しく優しく頭をじっくり撫でていた。
目をただ見つめられ続けるのは何やら気恥ずかしくて、頭を撫でる手がゆっくりと首を、背中を撫で始める時は、手が触れる度に何かゾクゾクした感覚を覚えていた。
どちらも穏やかで静かな、しかしギラギラした光を灯している目で俺を見てきて、俺はとても怖いのに、何故かそれを拒絶出来なかった。
まるで囚われているかのように、それを家族に言い出せなかった。
実際、ただ優しく顔や背中を触れられているだけなので、いざ何かを言おうとしてもどう言えば良いのかわからなかった事だろう。
今だって、わからないのだから。
……でも、俺は、間違えた。
その時までは問題無かった。
あの時までは普通だった。
いつも通りを壊してしまったのは、俺の言葉だった。
親父達がガゼボで談笑していて、妹がこちらに笑顔で駆け寄ろうとしていて、二人を案内していた俺は反射的に妹を受け止める動きをしながら、無意識で零してしまっていた。
「二人が俺の家族だったら楽しいのにな」
怖いけれど楽しくて、恐ろしいけれどきもちよくて。
そんな彼らがずっと一緒に居てくれたら、この気持ちもわかるかもしれない、と思った。
ちょっとだけ嫌な感じがするけれど、居なくなったら寂しいだろうな、とも思った。
そう思って零した言葉に、彼らは初めて会った時のような笑みを浮かべた。
「「了解♡」」
最初の時のように、下品で、悪辣で、嗜虐的な笑みだった。
とろけるような、腹の底を抉るような、絡め取るような声だった。
酷く冷たくて、しかしどろどろにギラギラしている瞳だった。
直後、目の前が真っ赤に染まっていた。
「檻ってェのは、出られないようになってんだよなァァ。どうしたら出られるかってェ条件が大事だが、檻の中でこうある事は認められねェってのも出来るんだよなァァァ。檻の中では肉片になるのがマナーって風に調節すりゃァ、簡単に肉片になるんだよなァァァァ!」
「私の場合はそういった武力的転換は不可能ですので、普通に叩き潰させていただきましょう」
誰かの回りに檻が生えたと思ったら、赤とピンクが飛び散っていた。
ドンが動いたと思ったら、そっちでも赤とピンクが飛び散っていた。
「美味しそうな年頃の子が複数居るのに廃棄するのは心苦しいですが……こういうのは、一人に絞った方が手を入れやすいものですから、仕方ありません。複数残しておくと仲間意識から子供同士で依存しかねませんし、記憶の矛盾が気付かれやすくなってしまいますからね。ああ、でも勿体ない……」
「お前、死体の凌辱に興味ねェもんなァ。ま、我も無いけど。使用人は初物何人か居そうだし、確保しといて檻で飼うのも良いかもなァ。前のハジメテを奪って、ケツのハジメテも奪ってやるのが楽しいんだ。ノリノリなのも良いが、やっぱり抵抗と恥じらいと屈辱が入り混じったツラを拝まねェとこっちの股も濡れやしねェぜ!」
「下品過ぎますよ、鳥籠。抵抗や恥じらい、屈辱の顔が良いのは同意しますがね。しかしどろどろに甘やかして甘やかして依存するくらいに甘やかして信頼を築き、絶対に裏切らないだろうと確信させてから無理矢理襲うのが良いのではないですか。従順に信頼して股を開くのも、怯えて絶望するのも、裏切りに敵意を漲らせるのも、期待に瞳を潤ませるのも、どれも素晴らしき光景ですよ」
「うるせェよ執事。このド変態野郎が。貴様の能力なら触れるだけでその状況下に持っていく事が出来るであろうに、わざわざしっかり数年掛けるというのだから意味がわからぬわ」
「目的地に至るまでの過程も楽しむのがロマンというものです」
下品な軽口をたたき合いながら、みるみる内に裏庭が赤色へと染まってゆく。
大好きな花の香りが、鉄の臭いに上書きされてゆく。
「お、ッヴェ……ッ」
げえ、と俺はその場で膝をついて胃の中の物を吐いていた。
げ、げ、と胃が空っぽになっても胃液を吐き続ける俺に気付き、あー、とキャージュが柔らかい鉄の手で困ったように自身の頭を掻く。
「衰弱して死なれんのも困るんだよなァ。折角我ら好みの幼子が見つかったのだから、しばらく楽しむつもりだったし……おい、お前どうにかしろよ」
「記憶の凌辱は出来ますが、出来ればもう少し落ち着いた状況下でじっくりとやりたいところですねえ」
「じゃあ一旦檻の中で眠らせて……ってコラ! その男の使用人は初物だろうが! 死体じゃケツに突っ込む事は出来てもチンコ使えねェんだから足切り落とすくらいにしとけっつの! 女なら要らねェから良いけど、男はやめろ! 突っ込めても死体じゃイイ反応もしねェし!」
「おや、つい手が滑りましたね、ウクク」
「お前、普段は我に従ってるような顔しておきながら事実そんな事は全然無いってのが腹立つよな……」
「私達は対等にキメラ作成の被害者ですからね。ところで初物以外殺しますか? 私の目的はそこの哀れな小鳥のみですので、やってしまっても良いと思うのですが」
「あー、じゃあ初物以外で面倒臭そうなヤツを殺しておけ。食糧として考えるなら鮮度を考えて檻の中で大人しくさせても良いが、面倒だ」
「記憶を凌辱し、必要最低限の栄養補給と衛生維持をするだけの存在にして確保しておく事も出来ますが?」
「最初からそのつもりだったろお前……」
「ウクク」
楽しそうな二人とは対照的に、目の前に広がっている光景は絶望一色で塗り潰されていた。
親父だった首が転がっている。
お袋だった足が転がっている。
妹だった髪飾りが転がっている。
ここに居なかったはずのお爺様は騒ぎを聞いて飛んできて、あっという間にお爺様だった塊になった。
そこまでを見届けて、俺は意識を失って、本来の記憶すらも失った。
家族を失った俺は心優しい親戚の彼らに引き取られたのだと、そんな記憶を植え付けられて。




